陥穴状土坑
+ +
+
o 2m l : J
+ + +
図
37 AOE2層
上面確認遺構平面図Fig.37 Distribution of structures on the sulfacc Of stratum 2,AOE
5層
と6a層
上面で楕円形のプランが検出 され、短軸の縦断面は逆台形 をなす。黒色の腐食 土 などは一切含 まれてお らず、検出は困難 を要 した。計4基
の上坑 の平面形は長軸 をほぼ平行 させ、 さらにこの うち3基
は短軸 が一直線上 に並んでいる。 これ らの土坑 は一定の形態 と一定 の配列 を持つ ことから、人為的 に掘 りこまれた遺構 と断定 した。 これ らの特徴はとくに縄文時 代のTピ
ット、陥 し穴、陥 し穴状土坑 などと呼称 されている遺構 の一部 と同様 である。次 に本土坑 の掘 りこみ面、すなわち所属時期 について検討す る。検出面は一応
6a層
上面で ある。 しか し、① 当地 で縄文の包含層 となっている(黒色)腐
食土 などが一切混 じらない、② 土 坑内の埋土はすべて火 山灰起源粘上であ り(土坑2:3層
に近 い、土坑3:3層
。4層 起源、 土坑
4:4層
。5層・6a層
起源)、 したがって元来掘 りこみ面は2層
上面 ない し3層
上面である。AOBの 5層
上面の石器群 に対 して、今から約2〜 3万
年の年代が与 えられてぃるので、 これL i s ir s 十 D
3
唸 坑 3
+ 5
⑮
引NlN
ぬ坑
2φ土 坑
lAOE陥
穴状土 坑の配置 図て ″
ト S
上坑 3N
図
38 AOE旧
石器時代の上坑Fig。38 PaleOlithic plts in AOE
♀ :1:11 2F
]
①土坑
2(検出面 :5層 上面
)冒名 土 色 土 質 粘 性 し ま り 合 有 物 備 考
I 4Bt7.5YR4/6 シルト質粘土 な し な し 愛島がミス起源の岩片少量 ク ラ ッ ク 多 数 入 る 。 基 本 層3層に 近 い 。
tlt7.5YR5 5/6 や や 不 良 同 上 クラック入る。基本層3層10とい。
皿 明褐色■5YR5 5/65 若Ⅱ層 よ り 千 チ曽 や や 不 良 岩 片 の 合 有 少 、 均 質 クラックの入 り方少 ない。
Ⅳ 髄 7 5YR5/6.5
的 り 較 比
あ しまり不良 岩 片 若 干 含 む IFそ IFそしている。
V 明褐色盈5YRツ6 同 上 しまり不良 岩片含 まず、均質 同 上
②土坑
3(検出面
:6a層上面
)膏名 土 色 土 質 粘 性 し ま り 合 有 物 備 考
I 暗IBt 7 5YR5/6 シ ,レ
ト あ り あ り 炭化物極少 基本層 3層 あるいは4層 に近ヽ
暗褐色 7 5YR5/6 シ ,レ
ト あ り I層 よ り
∃野 炭イ
̀物
極少 同 上
チ /プ1点出土
Ⅲ 暗褐色 7 5YR5/6 シ ,レ
ト
よ
咎 ll層 よ り
目野 炭化物極少 同 上
Ⅳ 鴫静3t75YR5/6 ン ,レ ト あ り I、 Ⅱ 層
と 同 程 度 炭化物・石英極少 基本層 5層 に近 い。
V 暗褐色7 5YR5/6 ン ,レ ト あ り Ⅳ 層 と
同 程 度 石英極少 同 上
Ⅵ 褐色 7 5YR4/6 粘土質シルト
離鼈
V層3資よ り 石英極少 同 上③土坑
4(検出面
:6a層上面
)習名 土 色 土 質 粘 性 し ま り 含 有 物 備 考
I 明褐色7 5YR5/6 シルト質粘土 普 通 少 基本層4層起源
Ⅱ 明褐色7 5YR5/6 同 上 少 基本層5層起源
皿 明褐色7.5YR5/6 同 上 弱 弱 少、青色岩片合む 基本層6b層 起源
即 明褐色7.5YR5/6 同 上 Ⅲ 層 よ り
目駁 少 基本層5層起源
V 鵡騨轟(ヨ7 5YR5/6 同 上 若干強 普 通 少、自色剰中と青色剥キを合む 基本層6b層起源
表
14 AOE旧
石器時代土坑の埋土注記表Table14 Pedological feature of fins in paleolithic pitfalls,AOE
らの層は少なくとも後期旧石器時代後半から晩期 旧石器時代 に位置付 けられよ う。 したがって、
本土坑 は日本の旧石器時代 において人類 が残 し た稀有 な遺構 といえ、かつ、 もし陥穴であった な らば、世界史的 にみてもその狩猟法の発展の 研究の上で貴重 な資料である。
(5)旧
石 器 時 代 の 陥 穴 状 土 坑 の検 討表
15 AOE陥
穴状土坑計測表 Table15 The size of assulned pitfalisAOE
土坑 1〜 4の 属性は表
15に示した。ここで注目すべきことは①長楕円形の上坑が長軸を三居 沢の谷筋に平行にし、三居沢へ向かってほぼ垂直の配列をするということ、② しかも旧石器時 代末期のものであるということである。そこでこうした土坑の位置付けを考えてみたい。
土坑NTo
開口部(cln) 底
部(cm) 深
位軸 長方
長 幅 長 幅
1
126
4 130
推定
︲ ︲ 0擁
N78°I/
冒名 土 色 土 14 軒 徴
10YR4 5/6 シル ト質ローム 看十粘性あり、しまり怒tl。丞不層9もしくは10層に無似 Z 10YR4.5/6 責 栂 色 やや シル ト質ローム 粘性あり、13層の砂質大山仄のブロックを合む。
3 7 5YR4/6 栂 色 シル ト質ローム 1、 2よ り赤い。しまり悪く軟らかい。基本婚■、12層に類lllし、13婚の秒質火山灰を合も 4 10VR4/6 褐 色 ロー ム 黒っぽい。しまり悪く、非常に秋かい。格性あり、炭fヒ物刈ヽ粒を含む。
5 10YR 5/8 責褐色 シル ト管 ローム 白っぼい。粘性は少ないが、しまりよく、やや硬い。基本層の15層に類似。
6 10YR 5/6 貢褐色 ロー ム 駄らかく、粘佳強し。水分を多く含む。懸本層16、17層に銀似。
7 粘 土 質 ロー ム Xhtつよくしまりよし。やや破い。丞本層16、17層に期以しスコリアを含む。
図
39
支倉遺跡B地
点 の陥穴状土坑 《(手塚・小川 1980よ り転載》Fig.39 Assulned pitfalls at LOcation B,Hasekura site
1)旧 石器時代の陥穴状土坑の類例
まず、 AOE例 と形態
(平面形、断面形 )上 類似 し、かつ何等かの配列をもつ土坑 を、旧石 器時代の日本列島の中で検討 してみよう。
① 宮城県川崎町支倉遺跡 B地 点
(手塚 均・小川 出 1986)(図 30
土坑の形態 は楕円形 を呈 し、大 きさは長軸1.lm、 短軸0.55m、 深 さ
0.8mで
ある。土坑の掘 りこみ面は今 から約
3万
年前 に降下 したといわれる川崎 スコリア層より上位のロームで、縄文時 代の包合層 よ り下位であり、一切黒色腐食土 を含 まない。 したがって、 この土坑 は1〜 2万
年 前の後期旧石器時代の ものである。発見例 は1例
だが、形態、大 きさともにAOEの
土坑 とよく類似 している。
② 千葉県成田市木の根遺跡
(宮重行 1981)(図
40)No 6遺
跡の 2号 、 4‑8号 陥穴状土坑は開口部平面形が円形に近 く、底部 が楕円形 を呈す。
これらの土坑の確認面は縄文時代遺物包合層であるⅢ層より下のソフ トローム面あるいはハー ドローム面である。埋土には他の陥穴状土坑のように腐食土が含まれず、ローム類似土である。
さらに
6号、
8号陥穴状土坑出上の木炭片の C‑14年 代は実に
12,220±230Y.B.P,12,870士
¬
一半
﹁ ャ
︑ 7
鈷 岬 峰
麺 0\
\
図
40
木 の根遺跡の 陥穴 状土坑《(宮 1981)より転載》
Fig. 40 Assumed pitfalls in the Kinone site
1 2号
土 坑︒〃 Y
′
≠
′ 引
E
P i
図
41
広野北遺 跡 の陥穴 状土坑《(山下他198の より転載》
Fig。 41 Asslmed pitfalls he HironOkita site
7 0
・
∂●
ゃ
♂ 叱
・
0
410Y.B,Pで
あ る。 したがって、 これらの土坑 は晩期 旧石 器時代 のもので ある可能性 が高 い。報告者 の宮重行 も「 ロー ム堆積 後 まもな く構 築 された遺構 で あ ることを示唆 してい る」 (宮 重 行 、
1981 p.210)と
述 べ て い る。これ らの土坑 は舌状 台地 の縁辺部 にまとまって分布 してい るが、酉己列 が直線白勺にな るこ とは な く、 あえてい えば弧状 をな してい るよ うにも見 える。 これ らの土 坑 には木炭片 が共通 して含 まれてお り、火 を利 用 した陥穴 の使用 との関連 を報告者 は考 えて い る。
③ 静岡県広野北遺跡 (山下 他
1985)(図
41)第
2号
、12号、14号、20号土坑 は、尖頭器ない しナイフ形石器 を伴 う時期 である後・晩期 旧 石器時代の面か ら掘 りこまれ、埋土 も更新世 ロームであ り、中間に入 る黒褐色土 も旧石器時代 の ものである。第2号
土坑 は長楕円形 を呈 し、形態 と大 きさともにAOEに
酷似す る。他の3 基 の土坑 は短軸 が比べて長いやや太めの橋円形 を呈す。断面形はほば一直線上 にの る。 しか し、土坑 の形態 と埋土の状況 に差があるので、時期 がそれぞれ異 なる可能性 もあろ う。埋土中よ り 出土 した遺物 は、土坑 に近接 してある石器、炭化物の集中が流 れ込 んだ ものである。
さて、以上の
3つ
の旧石器時代遺跡 の陥穴土坑 とAOEの
陥穴状土坑の形態 と配列 について 次の ことがす旨摘で きよ う。(A)形
態の分類十日 (旧石 器時代所属 の略
)A型
:支 倉遺跡
B地
点 、広野北遺跡 。 旧B型 :平
面形 は開 口部 、底部 と もつ。 旧A型
に比べ長短軸、深 さと も大 きい。……広野北遺跡 。旧
C型 :平
面形 は開 口部 で円形、底部 で は円形 か楕 円形 を呈 す る。 断 面形 は逆台形 に近 い糸 巻形 を呈 す る
……木 の根 遺跡 。
旧
A型
は瀬川分類 (1981)のBⅣ
型 今村 分類 (1983)のA型
やB型
に一 致 し、旧C型
の平面形 は瀬川分類 のC
Ⅲ型 、今村 分類 の
G型
に近 く、旧B
型 の断面形 は、台形 とい う点 で今村 分類 の
D型
、E型
に類似 す る。平面形 は開 口部 、底部 とも長楕 円形 を呈 す る。……
AOE、
も楕 円形 を呈 し、断面形 は逆台形 を呈 し、軽 い くびれ部 を
●
AOE(青
葉山追跡E地点)■支倉遺跡B地点
O木の根遺跡
▲広野北追跡
50 100 150 200長
軸Cm 図42
旧石器時代 陥穴状土坑開 口部 の大 きさ Fig.42 Comparison in the Orifice size ofthe assulned pitfalls
短軸・
2 0 0 c m
●● .
七
(B)配
列の分類単独で分布す るもの (支倉遺跡
B地
点)と
複数分布す るものがある。後者は斉野分類 (1983)に基づけば、I類
(木の根遺跡)、Ⅱ 類
(AOE)、
Ⅳ類 (広野北遺跡)に
相当す る。I類
とは、丘陵 における平坦部 の縁辺 に 配列 をなす ものである。本の根遺跡 の場合 は 弧状 をなすよ うにもみ える。 Ⅱ類 とは、丘陵 における平坦部の縁辺及び段丘の縁辺 に対 し て直角ない し斜 めに配列 をなす ものである。Ⅳ類 とは、丘陵 における平坦部及び段丘上 に 配列 をなすが、縁辺 にまで伸 びないものであ る。広野北遺跡 の上坑 は土坑 の形態 に差 があ るので、今の ところは括弧つ きにしてお きた い。斉野分類 Ш類 にあたる谷心線 に沿 う配列 は今の ところ旧石器時に にはない。
次 に土坑 の長軸方向 については、
AOEの
土坑 は斉野分類の
I種
(長軸方向が配列中心 線 に対 してほぼ直交す るもの)に
相 当 し、広 野北遺跡 の土坑 もこれに該当す る可能性 があ る。I類 1種
の確実な例 であるAOEの
土坑群の間隔は約
4mで
ある。2)縄
文時代の陥穴状土坑 との対比A3型
③嘩 ③悸
Al型(木│ウ
③器
δ 魏 欅め 砕じ レ
◎ 八 固 T 命
︲ ︱ ︱ ︱ 叩 ヽ ◎ 卿○
叫≫
却 ﹁
排 コ
縄文時代の陥穴状土坑 はとくに北海道 か ら中部地方 を中心 として分布す る。旧石器時代の場 合 も現在の ところ大 きく見れば、ほぼ同様 の分布 をもっているといえる。 しか し、今後 の発見 例の増加 を待 つて、 この分布の問題 には結論 を下すべ きである。
縄文時代の陥穴状土坑の所属年代の決定は、掘 りこみ面 と埋土中の遺構 と遺物 が少 な く、 と くに切 り合 い関係 がない場合 が多いので、困難 な場合 が多い(今村1983兆 神奈川県霧ケ丘遺跡 の場合、縄文時代早期後葉の茅山式期 には、図43の型式の土坑 がほぼ出揃 うらしい。
E型
の出 現年代 が切合 い関係の上でA型
、B型
より古 いとい う考 えかたを現在で も今村 はもっている(今 村 1973、 1983)。 底面 に杭肋 はないが、 形態上
AOE、
支倉、広野北(2号
)の旧A型
は霧ケ丘
A型
、B型
に近 く、大 きさの点 を合めると特 にB型
とC型
に近 い。 したがって、今村 自A2'i,
C型
囲 }
○ カ
図
43
霧ケ丘遺跡陥穴 状土坑 の分類《(今村1973)よ り転載》
Fig.43 ClassificatiOn Of the assulned pitfalls in the KirigaOka site