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まとめ

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報2 (ページ 83-101)

これら

3点

の石器は、8層 が

TL年

代で約

64,000Y.B,P.の

愛島パ ミスであることから、前期 旧 石器であることに疑 間の余地 はない。石器出土層 とその直下の層の

TL年

代 も参考 にすれば約20 万年前 に遡 る可能性 も有 る。 これ ら

3点

の石器は,焉場壇

A追

跡20層以下、中峯遺跡Ⅶ層 と共 に 現在の所では最 も古 い一群 に属す ることになる。刹片生産技術 については点数が少 ないため分 析 で きない。 また石器組成の点で も点数の少 なさは決定的である。石材 として用い られている 巧瑠 と珪 質凝灰岩は中峯

C遺

跡、馬場壇

A遺

跡 で も主体的な素材であるが、 この両遺跡 では細 粒 の石材のほかに安山岩 、玄武岩等の粗粒の石材が平行 して用い られてお り、座散乱木15層に まで続 く宮城県の前期旧石器時代前半期の大 きな特徴の一つ となっている。 このよ うな組 み合

わせ は東 アフ リカの オル ドワ ン石 器群 に も見 られ る (Toth 1982、 86)。

 

この石材 の偏 りは11

d層

の石 器の少 な さに由来す るもので あろ う。

[  5)排

土 出上 の石 器

 

出土状況

AOBl10‑40区

に埋 め戻 していた排土中から13点の石器が発見 された。 これらの石器には土壊 が付着 してお り、ガラス瓶 に採取 して、周囲の土層 と比較 し、本来の出土層位の推定 に務めた。

その結果、図

30‑1〜

5、

31‑6の

石器の土 は赤色 が強 く、その中に自色 の粘土 が混 じる事 か ら11層以下 に相当す ることが確認 された。 図

31‑7〜

13は11層に相 当す る赤色土は付 着 してい ないことか ら、10層 より上位の層 に相当す ると考 えられる。

1011キ 1lo

+120+130+140+150+160+170+

4

1498m

WI

50 40

ぼ 一 上

1ld 2 3  E↓

28 AOB150‑30区 1ld層

石器出土状況

Fig。 28 Distribution Of hthc artifacts On stratum llb,in Grid 150‑30,AOB

※長さ・幅は、劇片は林(1973)に従い、その他打面が不明の 場合は、最大長・幅である。( )は 一部折損の場合。

0      5 cm

霊某露珍瞑

│と

 

 

ξ 準偏差値

フェザー ステップ ヒンジ

29 AOBlld層

出土石器

Fig。 29 Lithc artifacts recovered on stratum lld,AOB

cln cm 厚cln 重さg 汀面状態1打1背面構成刃氣王次観末端形状 石 質 その他i図 1ld層

] ノ ッ チ

/1/1/ /

珪質シルト岩

/

2 スクレ″f― 2.05 3.967

/1/1/ /

 

/

3 トー ン? 2.07

/1/1/ /

火山岩〕河床礫

30‑1〜

5、

31‑6の

石器の出土区 について前 日までの発掘状況 から推定す ると、

 4月

16

日までは

110‑40区

の精査 と図面作成 を行 ってお り、づF土は区外 に捨 て られている。 この こと か ら4月17日 にこの場所 が周囲の区の排土捨 て場 として使 われて、以後の調査 について検討す る必要 がある。 しか し

110‑40区

の深掘 り部分の周囲 も耳ヒ側の道路 に面 した

110‑50区

で も発見 の 日には

9層

まで しか達 してお らず、11層の土 が付 いた石器が原位置 を保 って発見 される可能 性 はなかった。残 された可能性 としては道路建設の際 に12層以下 まで掘削 された土 が道路際 に カッテ ィングの壁面 を覆 うよ うに積み あげ られていたことから、 この攪乱土 をつF除した際 に気 付 かなかった事 が考 えられる。

31‑7〜

13の石器 については

110‑40区

110‑50区

、道路際の攪乱土の

3箇

所の可 能性 が ある。

②   石    器

(図30、 31)

No l 

尖頭礫器

玉髄化 したチ ャー トの角礫 を素材 とし、尖頭器部 を作出 している。石材 としては名取、広瀬 の両河川で採取可能 と言われるが、実際 に探す とほとん ど見 られない。産地同定 がこれか らの 課題 である。 これほど明確 な尖頭礫 器の発見は初めての例 である。 この手の石器は利器 として 機能 を果た したことは勿論 だが、石核 の可能性 もあり、む しろそのよ うな二重の意味 を持つ こ

とが実態であろ う (N o TOth 1985)。

No 2 

スクレイパー

剣片 を素材 とし、ほぼ全面 を二次加工が覆 う。

B面

の一部 に主要素」離面が残 る。

1ld層

のNo lと同様平坦剣離 が用い られる。

No 3 

石核?

A面

の中央の大 きな象J離面 を主要剥離面 とすれば象」片 となるが、

B面

の最」離 を重視すれば剥 片素材の石核 と考 えられる。

No 4 

石核

玉髄製で下部 に不純物 の面 を残す。最終 鉄」離 面 は

B面

左上の小 剖離痕 だが、

 

石核 としての 最後の大 きな剥離 は

B面

中央部 に加 えられた一撃である。 その結果 ここを中心 に同時害1れを生 じ、鈍角象」離状 を呈す る。馬場壇、中峯 にもあるよ うに、 この様 な小形の石核 では両極鉄U離に よって象」片生産 が行 われる可能性 が!旨摘 で きよ う。

No 5 

石核

流紋岩製であ り、 この石材 は広瀬川、名取川で採取可能である。打面 と作業面の位置 を頻繁 に変 える技術であ り、 この種 の石核 は1焉場壇

A遺

20層上面の禁」片生産技術 Ⅱ類 に相 当す る。

中峯

C追

跡 Ⅶ層で もこの技術の存在 が指摘 されている。

30 AOB排

土 出上 の石器 (1)

Fig。 30 Lithic artifacts recoVered from fill,AOB(1)

0       5 cm

11

最大長、幅である。( )は一部折損の場合。 ※木端形状

31 AOB排

土 出上 の石器 (2) Fig.31 L ithic artifacts recovered from fill,

0      5cm

ζ 工一

oB

︶       フ  A h

V 夕 ②

No 器 種 長cln 幅 釦 cm 重さ9 肛面状態 打 角 背面構成刃角(三

ヽ端形状 石 質 その他 図溺

,土 (11層)

1 尖頭礫器 6.06 5,10 3.48 99.8 土 髄 化 し た

2 スクレイパー 3 04 2 26 0 89 / / )63 8■ 5 5 ヒ質細粒凝灰岩

3 石核? 5.61 2 55 1 62 23.9

/

/ / イ

/

4 石  3.60 2.60 2.66 26 8

/

/ / //

5 石 核 6 82 4.83 4 24 1367

/

//

/ / /

流 紋 岩

6 劉  4 42 3 13 1 45 19 6 N

N+4

, 玉 髄 化 した

,卜土Ⅲ

7層

7 スクレイパー 4 53 4.14 1 32 19.3 P l十 フェザー 珪質 頁岩

8 スクレイパー 2 15 3,28 / /

2+N

  

9 鋸 歯 縁  3.09 2.51 1,03 R(3) 1+4+ト くテップ? チ ャ ー ト

剣 片 .01) (2.11) 0,751 /

1+?

.46 7=L898  ,レ ト岩

ll 剖  片 3.03 3.66 0,66 P

1+3+4

ェザー?細粒疑灰岩 12 剰  片 4 73 3.60 1 05 14 7 点メ犬 // 1+2+N フェザー

剖  片 2 93 2 77 0.96 77 R(2) 103° +2+4+1 ェザー?

※長さ・幅は、工」片は林(1973)に従い、その他打面が不明の場合は、※背面構成 鋏?※刃角、標準偏差値

INo 6 alJ片

尖頭礫器の素材に似

.た

玉髄化 したチヤー ト製。打角が完全な純角であリー 、腹面に見られる大 きなア ドルバー・ スカーと考え合せれば両極創離■よる剖片であ ― ろう。

No 7  コンフヾ ―ジェント■スクレイパー

嘩質頁岩製で吉面有狼

j辺

に連続的な平坦剣離が施される。

.背

面下都には燒け弾けがある。形

1態

的には F,ボ ルドのムステリアン分類の

dei et。 1.こ

近似する

d

N08  スクレイパー

珪質頁岩製。打面と腹面右側辺に二次加工が施される。

No 9  鋸歯縁石器

チヤー ト製。腹面左側辺に連続した二次加工がみられ、鋸歯縁をなす。

No10  鋼片

ンル ト岩製の劇片腹面に徹細な剣維痕が見られる。上半分 と右側辺が欠擦する

.。

No■

  剖片

塩質凝原岩製でルバロワ ー 刹片に似る

.。

背面はⅡ類で― あり、 H盤 形の石核から

all離

された可能 性が高い

o

No12.劇 片

珪質細粒環灰岩製でⅡ類の背

1面

構成 を持つ。右側辺に微細な鋤離涙が見られる。

No13  剖片

珪質凝灰岩製の

all片

。背面構成はⅡ類で酌

11、 12と

同様の鋼片剣離が考えられる。

(梶 原 渤

一仲

3。

青 葉 山遺 跡 E地 点 (AOE)の 発 掘 調 査 (1)発 掘調査の経緯

東北大学理学部化学科棟 の南側 に化学機 器分析セ ンターが建設 されることにな り、 この地 が

AOB(青

葉 山遺跡

B地

)の

隣接地 と判断 されたので、事前調査 を行 うことになった(図32兆 昭和59年6月19日、本調査 に先立 って地下

3mま

での試掘調査 を行 った。 その結果、

AOBの

10層までの地層の対応関係 が明 らかとなり、調査 の必要性 がさらに裏付 け られた。

本調査 は昭和59年9月25日 に開始 された。調査面積 は、建物部分 と余掘 り部分で 400∬ であ る。調査範囲 にグリッ ドをくみ、東西軸 を西 から

1,2,3,南

北軸 を南 から

A,B,Cと

呼称す る。

基本的 に

7b層

上面 まで全面発掘 し、その段階で等高線 をとる(図33兆 その理 由は

AOBで

5

層上面 も合めて後期旧石器時代 までの文化層が広範囲で検出 されたからである。 さらに

Bラ

イ ン上 に深掘用 トレンチ を設定 し、青葉山段丘礫層 までの発掘 を行 った(図34)。 これは

AOB

lld層

上面で石器群 (前期 旧石器

)が

検 出 されたので、旧地形 か ら判断 して、

 

トレンチ を設定 した比較的平坦面 を残 しているこの場所で、人類 が生活 していた可能性 があると考 えたか らで ある。最後 に地層断面 を接状象」離 を用いて保存す ることになった (第Ⅲ章

‑8兆

)層   

基本的 に

AOBと

同 じであるが、

7,8,10,13層

が細分 された。特 に

7b層

は青灰色の砂質土で

AOBで

は見 られなかったものである。 また13層は赤色化 が著 しく、11層 とともに古赤色土 と考 え られる。全体的 に

AOBよ

りも地下水の影響 が少なく、水 はけの良い場所 だったためか赤色土の 色 が鮮 かである。 また層厚 も

AOBよ

り厚 く安定 している(図35)。

)地  

発掘調査 の結果、東北大学建設以前は三居沢へ向かって西へ傾斜 した地形 が、建設時 に削平 され、西側 の低 い傾斜地 が埋 め立て られ、 平坦面がつ くられた。従 って発掘範囲の東 は部分的 に旧表土 から

6層

までの地層 を欠いている。8層 (愛島パ ミス

)上

面の 手高線 からもわかるよ う に、三居沢東岸はよ り東側 か ら落込 んでいたよ うであるが、南側す なわち深掘 リ トレンチ を設 定 した部分は比較的東西平担 である。

発掘 が1l a層上面 に達 した際、 南北方向 にライ ンが数条検 出 され、 その後断面上で 1la層 以 上の地層 にもつ ながっていることが明 らかとなった。 これ らは地すべ りの亀裂 によるもので、

土層断面 を見 ると第

2層

にまで達 していることから

B,P,1万

年前後の間 に起 こった地すべ り の痕跡 である。

      (梶  

   

)

32 

青葉山

E(AOE)お

よび青葉山

B(AOB)・

青葉山

F(AOF)の

位置

Fig.32 LOcation of AOB,AOE and AOF 干

33 AOEグ

リッド配置と

7b層

上面等高線

 

Fig。33 Distrおution of excavation grids and contOur map on the surfacc Of stratum 7, AOE

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報2 (ページ 83-101)

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