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5 人口統計から見る危機的な言語・方言(木部暢子・盛思超)

6.3 沖縄県多良間島方言(下地賀代子)

6.3.3 共通語教育と方言教育

多良間島における小学校教育は、1891 年 10 月に平良尋常小学校(宮古本島)の分校と して発足したのが始まりである。1893 年に公立多良間尋常小学校となり、現在の多良間小 学校へと繋がっている。開校までの状況について、『村誌たらま島』には「新教育に対する 島民の理解もおくれていた」、「一部には新教育を阻止しようという動きまででてきたので ある。これは日本政府に反感を持つ人たちの妨害行為であった」などのように記載されて いる(p152)。また、1902 年の新築校舎の開校式と共に「御真影奉戴式」が開かれ、君が 代の斉唱、教育勅語の奉読などが行われたという記録からも(p157)、日本式の、おそらく 現代日本語共通語による教育が当初から行われていたことが推察される。

戦後の教育についても、同じく『村誌』に「教科書は本土で出来たものを使用」(p181)

という記載があり、共通語による教育が引き続き行われたことが窺える。また、沖縄地方 の共通語教育はいわゆる「方言札」が用いられたことで知られているが、多良間でも、少 なくとも 1950 年前後まで方言札が使われていたようである9

現在も、多良間幼稚園・小学校および多良間中学校では共通語による教育が行われてお

6 「多良間公式ウェブサイト~南洋に浮かぶ癒しの島~」(http://www.vill.tarama.okinawa.jp/

2009.9.24更新)

7 厚生労働省HP「平成10年~平成14年人口動態保健所・市区町村別統計の概況」

(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/hoken04/2.html)

8 厚生労働省HP「平成15年~平成19年人口動態保健所・市区町村別統計の概況」

(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/hoken09/index.html)

9 昭和17年生の多良間出身の方の話しによると、小学3年生のときに方言札をかけられたことを鮮明 に覚えており、また6歳年下の弟の小学校入学時(1953~4年)には方言札はなかったという。なお、中

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り、通常授業の中での方言教育は行われていないのだが、多良間小学校では「子ども趣味 の講座」の1講座として「方言」が設けられており、月 2 回、方言教育の活動が行われて いる。なお、この講座は「地域と共に生きる力をはぐくむ活動」10として、「ヤーディ」と 呼ばれる地域ボランティアの協力のもと 1998 年から毎年開かれており、講座に「方言」が 加わったのは 2006 年頃である。また、多良間小学校および中学校の「総合学習」の中で方 言についての調べ学習が行われているほか、多良間幼稚園・小学校の平成 21 年度学習発表 会で子どもたちが多良間方言ではじめの挨拶を行うなど11、断片的ではあるが、学校教育 の中に「方言」が取り入れられている。

6.3.4 地域コミュニティーにおける方言保存活動

喜界島などに比べ、方言を保存・継承するという目的のための積極的な活動は行われて いないのだが、伝統文化の継承や自然保護活動は盛んであり、その中で方言(語彙等)が 取り挙げられている。例えば、多良間村役場が発行している『広報たらま』にはその月に 行 わ れ る 伝 統 的 な 祭 事 の 説 明 が 載 っ て お り 、 祭 場 な ど の 方 言 名 や そ こ で 歌 わ れ る 「 ニ ー り゜」と呼ばれる神歌の歌詞などが示されている。また、2007 年 4 月発行の『多良間島自 然観察ガイドブック』(多良間村)には、島内の道や浜、史跡、島に生息する動植物などの 方言名が写真・イラストとともに記されている。

多良間島では伝統的な祭事を含め数多くの年中行事が行われており、全ての世代が様々 な形でそれに参加している。このため、世代間の縦の関係はとても密である。このような 状況は方言の継承にとって望ましいものであり、今後、地域コミュニティーによる伝統文 化の継承活動の中に言語教育としての「方言」が含まれるようになることが期待される。

6.3.5 方言資料の作成

地域コミュニティーによる方言資料としては、まず多良間村役場による『多良間村の民 話』(1981 年)が挙げられる。明治から昭和初期の出生者をインフォーマントとし、1977 年から 1978 年にかけて、「沖縄国際大学口承文芸研究会(沖縄民話の会)」を中心とする組 織的な調査において聴取されものであり、41 名の話者による 147 話の民話およびことわざ が収められている。縦書きの2段組みとなっているが、上段には現代日本語共通語訳、下 段には漢字と仮名で表記された多良間島方言が配されている。

村史の編纂も非常に熱心に行われており、これまでに以下の2種類(計6冊)が作成さ れている。

学校では方言札は使用されていなかった。

10 学校だより/園だより6月号「はばたけ多良間っこ」多良間村立多良間小学校・多良間村立多良間幼 稚園発行(2009616日)

11 多良間村役場『広報たらま』平成222・3月号(No.453)より。

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多良間村誌編纂委員会編 1973年 『村誌 多良間島』

多良間村史編集委員会編 2000年 『多良間村史 第 1巻通史(島のあゆみ)』

1986年 『多良間村史 第 2巻資料編 1(王国時代の記録)』

2005年 『多良間村史 第3巻資料編2(近現代の社会と生活)』

1993年 『多良間村史 第 4巻資料編 3(民俗)』

1989年 『多良間村史 第 5巻資料編 4(芸能)』

1995年 『多良間村史 第 6 巻資料編 5(多良間の系図家譜並 びに謹書・古文書・御獄・古謡)』

『村誌 たらま島』、『多良間村史』第 4 巻には生産物や日用品、動植物、伝統行事などの方 言名と解説が記されており、民俗語彙集としての役割も果たしている。また、祭事のとき に歌われる神歌(ニーり゜)の他、雨乞いや麦搗きの歌、わらべ歌などの歌詞と意訳も収 められている。またこの他、仲程正吉編『多良間のことわざ』(多良間村教育委員会、2003 年)、「八月踊り」12で演じられる狂言「やきもち(りんき)」のシナリオ(手書き原稿)13 な どの個人編纂による資料、多良間村古歌謡収録政策委員会『島のむかし歌』(多良間村、1997 年)などもある。

いずれも、漢字仮名交じりあるいは仮名書きの資料であるが、日本語現代にはない、あ るいは表されない多良間方言独特の音を書き表すのに、独自の表記法が用いられている。

そのため、資料によってはその音価の再建が難しい場合も少なくない。

この他、言語学者などによる方言資料、論考については 6.5 の(9)で述べる。

12 毎年旧暦の88日から3日間にわたって執り行われる伝統行事。1976年から国指定重要無形文化 財に登録されており、20016月には、国立劇場での公演も行われた。

13 字仲筋の狂言座によって毎年上演されている人気歌劇。多良間方言によって演じられる。歌と筋書 きのみが決まっており、その継承は基本的に口伝えによっているのだが、1971年に手書きでシナリオが 作成されている(永積安明氏撮影・大宜見春良氏方言解説)。なお、拙論 2005「「畑の草取り狂言」―多 良間島八月踊りの狂言―」(『奄美沖縄民間文芸学』5、奄美沖縄民間文芸学会)でも、2004年の八月踊 りの中で上演された狂言の「脚本」化を試みている。