第 3 章 人口構造の変化が地域の疾患別需要に与える影響についての分析
3.2 方法
3.2.1 分析対象
本研究では医療計画の立案支援を目的としており、5 疾病の中から脳卒中・急性心筋梗塞 疾患を取り上げ、関連する救急医療の提供体制の整備の視点からの分析を行った。
分析対象地域としては、北海道をケースとして取り上げた。北海道は約 83,000km2と広 大な面積を有しており、人口密度は 2018 年時点で 66.93 人/ km2と全国で最も少ない。一 方で、市町村別の人口では、全道人口の 37.2%が札幌市に極めて集中している状態であり、
都市部への集中傾向は今後さらに増強していくことが見込まれている。このように人口の 減少傾向と、都市部への集中という両側面の変化を分析可能なケースとして北海道は適し た地域であると考えられる。また、北海道は 21 地域に二次医療圏を区分しており、当該圏 域を単位として入院医療や救急医療に関する資源配置の整備を行うことが求められるため、
本研究においても同様の地域単位を採用する(図 24)。なお、予測分析の期間として 2015 年を起点として、2025 年、2035 年を対象年度とした。
図 24:北海道における二次医療圏域設定 3.2.2 使用データ
将来の疾患別受療数を求めるために、将来人口推計と受療率のデータを収集した。将来人 口推計については、国立社会保障・人口問題研究所の年齢階層別および市区町村別の推計値 を用いた。疾患別の受療率については、厚生労働省が実施している基幹統計である患者調査 の「推計患者数, 性・年齢階級別×疾患別」の調査値を用いた。また、救急医療を担う人的 資源として、脳神経外科専門医・神経内科専門医、循環器専門医・心臓血管外科専門医とし て、各学会が公表している専門医師数を収集した[16-19]。また、北海道医療機能システム を用いて、北海道医療計画に記載されている脳卒中及び急性心筋梗塞の急性期を担う医療 機関を調査し、各専門医師数の配置と紐づけて二次医療圏別の専門医師数として集計を行 った[20]。その他使用データは表 7 に示した。
表 7:Demand-based model の構築に用いた変数 列
1 変数名 定義 調査名 列 2 年度
供給サイド
医師数/将来医師数 二次医療圏別将来人口×2015 年の二次医療圏別医師 数および専門医師数
将来人口推計、医師・歯科医師・
薬剤師調査 [1] 2014, 2015 二次医療圏別の将来人口 将来人口推計の 2025 年・2035 年 推計値 将来人口推計 [1] 2015
全道医師数 医療機関に従事する医師数 医師・歯科医師・薬剤師調査 [21] 2014
二次医療圏別の医師数 医療機関に従事する医師数 北海道保健統計年報 [22] 2014
脳卒中専門医師数 脳神経外科専門医・神経内科専門医 日本脳神経外科学会、日本神経
外科学会
[16-17] 2017 急性心筋梗塞専門医師数 循環器専門医・心臓血管外科専門医 日本循環器学会、心臓血管外科
専門医認定機構
[18-19] 2017 脳卒中専門医師/急性心筋梗塞専門
医師の配置 急性期医療を担う医療機関公表情報 北海道医療計画 [8] 2016
北海道および各二次医療圏におけ
る将来人口 将来人口推計の 2025 年・2035 年 推計値 国勢調査 [23] 2015 需要サイド
性・年齢・二次医療圏別の将来人口 将来人口推計の 2025 年・2035 年 推計値 将来人口推計 [1] 2014, 2015
3.2.3 研究デザイン:分析の流れ
本研究では、人口構造の変化を考慮した医療資源配置を議論するための基礎データ提供 を目的としているため、地域住民が医療にかかる機会の平等性を確保する必要性から、医療 需給の偏在・平等性についての評価を行った。本研究における分析は 4 段階で構成されて いる。まず、収集したデータを基に将来需要としての受療数推計および医師数・専門医数の 予測モデルを構築した。次に、人口増加率と患者増加率の関係や患者あたり医師数・専門医 師数を算出し需給バランスを評価した。さらに、患者の特定地域への集中を評価する指標と してのハーフィンダールハーシュマン指数(Herfindahl Harshman Index:HHI)、および偏 在の評価指標として患者数あたり医師数の Gini 係数を算出した。最後に、受療率における 不確実性を考慮した分析を行うために、受療率についての感度分析を行った。
図 25:本研究における各分析の流れ
3.2.4 Demand-based モデリングによる需要予測
Demand-based approach によるモデリング手法では、需要推計の指標として患者数を算 出する。具体的な患者数としては、実際に医療機関を受診した「受療数」を医療需要の指標 としてみなすため、医療ニーズとは異なる指標となる。本研究で、将来における受療数を算 出するために、以下の方法でモデル構築を進めた。
始めに、厚生労働省の患者調査から、性・年齢別・疾患別受療数のデータを取得し、地域 別の将来人口推計で除すことにより、現在における性・年齢別・疾患別の受療率を算出した。
次に、この値を係数とし、将来人口推計との積によって疾患別の将来患者数を市町村別に算 出した。最後に、これらを二次医療圏別に集計し、圏域別の将来患者数とした。
同様の手続きを、脳卒中、急性心筋梗塞、全疾患の患者数について行い、2015 年、2025 年、2035 年患者数として算出した。
3.2.5 将来医師数および専門医師数の予測
将来の医師数および専門医師数を予測するために、2015 年における患者数および医師数 および専門医師数のデータを二次医療圏別に収集した。本研究では人口構造の変化に焦点 を当てた予測を行うため、2015 年の二次医療圏別の人口あたり医師数および専門医師数を 算出し、この値を係数として固定であると仮定して、二次医療圏別の将来人口との積から将 来医師数および専門医師数を推計した。同様の推計を 2015 年、2025 年、2035 年医師数と して算出した。
3.2.6 患者の地理的集中度の評価:HHI の算出
患者が特定の地域にどれだけ集中しているかを評価する指標として:HHI を算出した。
HHI は、企業が合併や買収を行う際に市場の寡占度や独占状況にどのような影響を与える かの評価に使用されてきたが、医療分野の先行研究では医療資源や患者の集中度を評価す る指標としても応用されてきた。Wong らは医療機関経営における競争の激しさを測定す る指標として HHI が使用できることを示した[25]。Chang らは、入院医療にかかる費用と 医療機関のシェアには関連が見られないことを HHI を使用して示した[26]。Goto らは HHI を使用して、CT の利用が高い地域ほど競争率が高いことを示した[27]。Fujiwara らは放射 線診療に関係する医療資源の集中度を HHI を使用することによって評価を行った。これら の研究のように HHI を使用することで、競争の激しさや資源の集中度を定量的に評価する ことが可能である。本研究においては、HHI を以下の式によって定義した。
𝐻𝐻𝐼 = ∑ 𝑆 ・・・式(7)
HHI は市場シェアの合計として求められる指標であるが、本研究においてシェアとは各
患者集中度の指標として評価する。HHI の評価基準として、先行研究や海外のガイドライ ンに準拠し、0.250 を超える場合は「非常に集中している状態」、0.150 より大きく 0.250 未 満の場合は「中程度に集中している状態」、0.100 より大きく 0.150 未満の場合は「集中し ていない状態」として評価を行った[28]。
3.2.7 医師・専門医偏在の評価:Gini 係数の算出
医師・専門医師の偏在を評価するために、経済学等で所得格差の指標として使用される Gini 係数を用いた[29]。本章における Gini 係数は以下の式によって求めた。
𝐺𝑖𝑛𝑖 係数= ∑ ∑ 𝑦 − 𝑦 ・・・式(8)
𝑦 , 𝑦 :各医療圏における専門医数および医師数 n:二次医療圏数 μ:平均医師数
Gini 係数は 0 から1の間をとり、値が小さいほど格差がないことを意味し、値が大きい ほど格差が大きいことを意味する指標である。したがって本研究では、Gini 係数の値が小 さいほど偏在を小さく、値が大きいほど偏在は大きいと評価した。
3.2.8 受療率の不確実性評価:感度分析
本研究の Demand-based モデルの想定される限界点として、各変数に時間変化を考慮し ていないことが挙げられる。特に、受療率のような患者の選好や医療技術の進歩、医療制度 の改定などの影響を受ける変数については、受療率は定数として扱うのではなく不確実な 値として取り扱われるべきである。本研究では、受療率についての感度分析を実施し、予測 結果に幅を持たせることで、不確実性を考慮した推計を行い、HHI や Gini 係数に与える影 響を分析する。患者調査の過去 15 年間に行われた 5 回の調査結果における変動から、感度 分析の変動幅を 10 万人対受療数で急性心筋梗塞で 2 ポイント、脳卒中で 71 ポイント、全 疾患で 630 ポイントとした[24]。受療率を各変動幅で減少させたシナリオを「減少シナリ オ(シナリオ A)」、増加させたシナリオを「増加シナリオ(シナリオ B)」、受療率を一 定としたシナリオを「基準シナリオ」として分析を行った。