―新年 祝いの食卓
撮影=佐伯義勝、鈴木一彦(p.95)
協力=古屋留美 料理=柳原一成
p.095
一家揃って新しい年の始まりを祝って囲むのが、日本のおせ ち料理。地方によって、また家庭によっても料理や味はさま ざまだが、受け継がれる祝いの心や願いは皆同じだ。今こそ 見つめ直したい、日々の食への感謝の念と心豊かな生活へ の願い。その原点を、江戸時代の料理としきたりを現代に伝 える近茶流・柳原家のおせちに見た。
(p.094)
このページ:おせち料理の代表格、黒豆には、「黒々と日焼けするほど 達者に働けるように」と、新たな年への願いが込められる。
反対ページ、中央:こちらも正月には欠かせない、雑煮。餅とさまざま な具材を、だしたっぷりの汁とともに頂く。江戸湾の車海老に、浅草の りなど、柳原家ならではの味だ。
p.096
★印は p98~99 にレシピあり
錦玉子 ★
裏ごししたゆで卵を蒸した、優しい甘さの口取り。
紅白日の出かまぼこ
縁起のよい紅白 2 色のかまぼこは、祝いの膳に欠かせない。
矢羽根羹
大和芋で作った羊羹に模様を描き矢羽根に見立てたもの。
破魔矢を表し、魔よけの意味が込められる。
豆きんとん 栗きんとん ★
砂糖をふんだんに使い、金銀財宝に見立てた黄色をしてい る口取りは、江戸庶民にとって贅沢の象徴だった。
金柑甘露煮
だて巻き ★
魚のすり身をカステラのように甘くふんわりと蒸し上げたか まぼこは、オランダから伝わった鶏卵菓子に由来。
黒豆 ★
数の子 ★
粒の多いにしんの卵は、子だくさん、子孫繁栄を祈願する 縁起物として祝いの膳に欠かせない。
照りごまめ ★
干した片口いわしが田んぼの肥料にも使われたことから、
五穀豊穣への願いを表す。
紅白柿なます ★
大根の白、にんじんと柿の赤が縁起よく、華やかさを添える。
ぼたんゆり 八つ頭のうま煮
はぜの昆布巻き
はぜは江戸庶民の大好物。餌を発見するとすぐに腹に収め てしまう習性があることから、「すばやく目標を達成する」と いう縁起もある。
芽出しくわい
くわいは最初に大きな芽を 1 本出すことから、出世への願 いが込められる。
盾豆腐の含め煮
陣笠しいたけと手綱こんにゃくのうま煮
煮含めた高野豆腐に焼き目をつけて盾に見立て、家が「守 られる」よう祈りを込める。しいたけを陣笠に、こんにゃく 2013年 秋/冬号 日本語編
a p a n e s e t e x t
J
41 Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
を手綱に見立てた煮物は、戦勝を祈願。武勇を祈念する料 理は、武士の世の名残を映す。
煮しめ ★
子いもがたくさんつく里いもには子孫繁栄を、穴のあいた れんこんには「見通しがよい」とかけて家業の繁栄をと、縁 起を担いだ食材揃い。
ひらめの求肥昆布じめ
砂糖蜜で味付けされた昆布で、しょうがのせん切りとともに ひらめを巻いたもの。
花れんこん ★ さわらの西京焼き 鶏の松風焼き ★ わかさぎの南蛮漬け なまこ柚香酢
こはだ粟漬け ★
こはだを酢でしめる調理法は江戸後期に考案され、庶民に 人気のおかずになった。財運や魔よけを意味する黄色に染 めた粟と合わせて、縁起のよい一品に。
車海老の酒塩いり ★ きすの風干し
(p.097)
漆の重箱にぎっしりと詰められた姿が賑々しい、江戸おせち。写真左下 から時計回りに:一の重には黒豆・数の子・ごまめなどの代表的な祝 い肴を。二の重には甘さが楽しめる口取りを中心に。三の重には海の幸、
四(与)の重には山の幸が並ぶ。
江戸おせちの縁起に込められた正月の心
p.097
「おせちの重箱は、料理の技術が詰まった宝箱です」と、近 茶流 現・宗家の柳原一成さん。確かな包丁さばき、季節感 を踏まえた材料の吟味――など、四段重に詰められた料理 のすべてに、柳原さんが指導する近茶流江戸懐石の技術の 基本が要される。「毎年おせち作りをすると、年を追うごと に少しずつ腕が上がったことがわかり、嬉しいものです。同 じ材料でも年ごとの状態の違いに気づき、素材を吟味する 力もつきます」
大漁や豊作に恵まれ、江戸時代においても特に平和な世 の中であった文化・文政期(1804 〜 1830 年)。自由闊達 な町人文化が花開き、料理の指南書も大流行したこの時期 に、柳原家家伝の「近茶料理」は興った。
新年を寿ぐしきたりは、古くは中国から伝来し朝廷で行わ れていた儀式が、江戸時代に広く町人の行事として広まった ものといわれる。祖先の魂がその家の一年の平安を守る「年 神」であると信じ、年末に大掃除をして家中を清め、年神 を迎える準備をする。そのなかで、米や餅、昆布、熨斗鮑 などの縁起の良い食材を三方にのせ、床の間などに供える
「蓬莱飾り」が、おせち料理の起源である。供えた物を下げ てそれを頂き、人が神と食事を共にすることを象徴する儀礼 から、美味しく食べることのできるおせちの形が生まれた。
「前年の秋の実りを感謝し、平安に新春を迎えられたという 喜びと、また新しい年が豊かであるようにとの願いをおせち にこめる。我が身我が家に対する福の感謝として、年神に 供えるという考えから、お重にはおせちをたっぷり盛り込み ます」と柳原さん。農作に関連した、五穀豊穣や健康を祈 願する祝い肴を筆頭に、子孫繁栄、財運、武勇などの祈り を込めた料理の数々は、今に受け継がれる江戸の心といえ る。
日常生活が多彩で豊かになった現代、日本は豊富な食物 に恵まれる。医療や科学の発達も手伝って、神に心から平 安を願うこともなく、グルメを楽しむ傾向が強くなっている、
と柳原さんは見る。「ささやかながら、祭事儀礼をせめてお せちに残し、食を通して次の世代にこの国の文化を伝えた いと思うばかりです」
柳原一成(やなぎはら・かずなり)
「江戸懐石近茶流」宗家。東京・赤坂にて「柳原料理教室」を主宰。
包丁さばきの技術、季節の素材選び、盛りつけ、器から膳組に至るまで、
質実剛健の様式美を旨とする料理道を今に伝授する。
四段重ねの晴れやかな柳原家の江戸おせちから、ここではそ の中でも基本の品々のレシピをご紹介する。二晩かけて準備 が必要なものもあるが、丁寧に下ごしらえをしながら、年改 まる時への気分も引き締まるはず。
p.097
<特に記載のない限り全て4人分の分量>
煮しめ (p.097 ⑱ )
[ 材料 ]A
里いも ……… 120g にんじん ……… 1 本 だし ……… 3 カップ l 砂糖……… 大さじ 5 薄口醤油……… 大さじ 2 みりん ……… 大さじ 1 絹さや ……… 20g 塩……… 適量 B
干ししいたけ ……… 6 枚 ごぼう ……… ½ 本 だし ……… 1½ カップ 砂糖……… 大さじ 4 醤油……… 大さじ 3 みりん ……… 大さじ 2
C
れんこん ……… 150g こんにゃく ……… 1 枚 だし ……… 1½ カップ 砂糖……… 大さじ 3 薄口醤油……… 大さじ 1 醤油・みりん ……… 各大さじ 2 酢……… 適量 A
❶ 里いもは六面むきにして乱切りにする。米のとぎ汁で下 ゆでする。
❷ にんじんは 4cm の長さに切り、それぞれ 8 等分する(写 真下)。色目をよくするため、芯の色が白い部分は取り除く。
❸ 鍋にだしと、1の里いも、2のにんじんを入れて火にかけ、
煮立ったら砂糖を加え、落としぶたをする。
❹ 4 〜 5 分ほどしてから醤油、みりんを加え、弱火で煮る。
❺ 絹さやは塩を加えた熱湯でさっとゆで、水にとる。里い もとにんじんの煮汁にさっとつけ、それぞれの煮しめを盛り つける際に添える。
B
❶ ごぼうは包丁の背で皮をこそげ取り、乱切りにして米のと ぎ汁で下ゆでする。
❷ 干ししいたけは水に一晩つけてもどし、軸を除いて半分 に切る。
❸ 鍋にだしと1のごぼう、2のしいたけを入れ、火にかけ て煮立ったら砂糖を加える。4 分ほど煮てから醤油、みりん を加えて弱火で色よく煮る。
C
❶ れんこんは 1cm 厚さの輪切りか半月切りにし、酢水でゆ でる。
❷ こんにゃくは 1cm 幅の短冊に切り、中央に縦に小さく切 り目を入れて、一方の端をくぐらせ、手綱形にする。熱湯で ゆがく。
❸ 鍋にだしと1のれんこん、2のこんにゃくを入れ、火にか けて煮立ったら砂糖を加え、落としぶたをする。4 〜 5 分ほ
43 Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
ど煮てから醤油、みりんを加えて弱火で色よく煮る。
照りごまめ (p.096 ⑩ )
[ 材料 ]ごまめ ……… 50g 砂糖……… 大さじ 3 醤油……… 大さじ 2½
❶ ごまめを厚手の鍋に入れて頭や尾が少し色づく程度に煎 り、半紙に広げて冷ます。
❷ 鍋に砂糖と醤油を入れ、火にかけて砂糖を溶かし、すくっ たとき糸のようにぽとりと落ちる程度の堅さになるまで煮つ める ( 写真左 )。火からおろし、蜜が熱いうちにごまめを入 れてまんべんなくからませる。
❸ 鍋の端にごまめを寄せ、蜜の部分に細かい泡が立つまで 弱火にかける ( 写真右 )。こうしておくと、からんだ蜜が溶 け出すのを防げる。火からおろし、もう一度軽くからめる。
数の子 (p.096 ⑨ )
[ 材料 ]塩数の子……… 4 〜 5 本 だし ……… ½ カップ 酒……… 大さじ 1 薄口醤油……… 大さじ 1½
❶ 塩数の子は半日から 1 日くらい水につけて塩抜きし、細
い竹串などで白い薄皮を丁寧に取り除く( 写真左 )。❷ 鍋にだしと調味料を合わせてひと煮立ちさせ、冷めてか ら数の子の水気をきって浸し、1 〜 2 日ほどおいて味を含ま せる。
❸ 2の数の子を、くし目がばらばらにならないように、そぎ 切りにして盛りつける。
黒豆 (p.094, 096 ⑧ )
[ 材料 ]黒豆……… 3 カップ 重曹……… 小さじ 1 熱湯……… 約 8 カップ
《蜜》
砂糖……… 3 カップ 醤油……… 小さじ 1½ 水……… 2 カップ 凍みこんにゃく ……… 1 枚 醤油……… 少々 ちょろぎの赤梅酢漬け ……… 適量
❶ 黒豆は洗って鍋に入れ、重曹と熱湯を加えて一晩おく。
翌朝、そのまま強火にかけ、沸騰してきたところで一度あく をすくい(写真左)、弱火にして 3 〜 4 時間あくをすくいな がら煮る。汁が少なくなったら湯をたす。
❷ 豆を指で軽く押さえてつぶれるようになったら(写真右)、
さらに煮つめて色をもどし、火を止めて人肌になるまでおく。
豆を取り出して別の鍋で水からゆでて、軽く沸騰したらざる に上げる。
❸ 蜜用の砂糖と醤油、水を鍋に入れて火にかけ、砂糖を溶 かして人肌ぐらいまで冷ます。
❹ 2をぬるま湯で洗い、煮汁を流し、豆の皮を破らぬように、
水がきれいになるまで洗い流す。皮の破れた豆は取り除く。
❺ 4の豆の水気をきって3の蜜に入れ、紙ぶたをし、弱火 で 3 〜 4 分静かに煮てから火を止め、一晩おく。
❻ 翌日、蜜から黒豆を取り出し、蜜だけを火にかけて軽く 煮つめる。黒豆を戻して、さらに甘みを含ませる。
❼ 凍みこんにゃくはぬるま湯でもどし、黒豆を取り出した蜜 で下煮をした後、醤油少々を加えて煮含める。ちょろぎとと もに黒豆に添える。