4-1.はじめに
青潮は閉鎖的な内湾の海底面上で発達した無酸素水塊が沿岸において湧昇し,
イオウコロイド粒子の存在により海面で青緑白色を呈する現象である(Takeda
et al.,1991).青潮は水塊中の酸素が少ないことに加え,魚介類にとって有毒な
硫化水素を含むことが多いため,青潮が起きた海域ではしばしば魚介類のへい死 が見られる.
青潮の発生条件については離岸風が大きく関係していることが知られている.
例えば,東京湾では最奥部で離岸風(北東風)が吹くと底層に形成されていた無 酸素水塊が海岸に湧昇して青潮が発生すること(例えば,風呂田,1987 ; 松山ほ
か,1990),大阪湾では日平均風速が4~5 m s-1以上の陸からの強風が吹く場合に
青潮が多く発生していることが報告されている(藤原,2010).大村湾において も,湾中央部で形成された無酸素水塊が南東風に伴い湾南東部に輸送された後に 湧昇することによって青潮が発生することがTakahashi et al.(2009)によって 報告されている.
一方,第2章では,夏季から秋季に発生する密度流により湾中央部から湾奥部 の沿岸付近に貧酸素水塊が移動することを現場観測の結果から示し,この分布の 変化が大村湾における青潮発生の前提条件である可能性が高いことを指摘した.
このように青潮の発生には離岸風による沿岸湧昇と密度流による無酸素水塊の 移動が関与しているが,それら両方を考慮に入れて青潮の発生条件を検討した研 究例は無く,両者の相互関係についての知見は得られていない.
そこで,本研究では大村湾における現場観測結果に基づき,数値モデルを用い て密度流による水塊移動と複数の風の条件を組み合わせた数値実験を行うこと により,大村湾における青潮発生の物理的なメカニズムの詳細を明らかにするこ とを目的とした.
なお,本研究では溶存酸素濃度の変化を含む数値実験は行わず,夏季の大村湾 においてしばしば無酸素化し、青潮発生の原因となる湾中央部底層の水塊の,湾
奥部への移動および湾奥部表層への湧昇にかかわる物理過程の検討に重点を置 いた.
4-2.資料と方法 4-2-1.数値実験
大村湾の流れを再現するための数値モデルとして,中田ほか(1983)により開 発 さ れ たCOSMOS(Coastal Sea Modelling System for Hydrodynamic Processes)を使用した.COSMOSはこれまでに伊勢・三河湾(Taguchi et al.,
1999)や東京湾(Horiguchi et al.,2001),さらには閉鎖性の強い大村湾(田口 ほか,2014),宍道湖・中海(Ichikawa et al.,2007)や浜名湖(Taguchi and Nakata,
1998)など多くの湾に適用されている.本研究では,田口ほか(2014)と同じ く計算範囲を大村湾および佐世保湾とし(図4-1),水平方向に幅250 mのグリ ッドを設定した.さらに,鉛直方向には表層を2.5 m厚,水深2.5~25.5 mまでを 1.0 m厚,水深25.5 mから海底までを1層の全25層に分割した.水温・塩分の初期 条件には2007年3月29日に大村湾内19測点で行った現場観測のデータを用い,タ イムステップを6秒として1年分の予備計算を行った.モデルのパラメータは田口 ほか(2014)と同じ設定にした.佐世保湾湾口部での開境界条件は,潮汐につい ては佐世保験潮所における調和定数を用いて,M2,S2,K2,N2の4つの半日周潮 とK1,O1,P1の3つの日周潮,および年周潮Saの8分潮を与え,水温・塩分につ いては2008年に佐世保湾湾口部において月2回行った現場観測のデータおよび大 村湾湾口部において月2回行った現場観測のデータをもとに設定した.すなわち,
佐世保湾湾口部の各層における水温・塩分を時間的に線形補間することで1年間
流動を再現する数値実験を行った.その妥当性を確かめた上で,開境界の佐世保 湾湾口部から進入する水塊に仮想染料で標識し,その大村湾内における挙動を調 べた(実験1).仮想染料は水塊と共に移流拡散するように,水平拡散係数をリチ ャードソンの4/3乗則に従い,7.3×103 cm2 s-1とした.なお,大村湾に流入する 河川流量については,宇野木(2010)を参考にタンクモデルを用いて降水量およ び流域面積から推算した.気象データのうち,風・気温・降水量は長崎空港,日 射量・湿度・雲量は長崎地方気象台により測定されたデータをそれぞれ使用した.
次に,大村湾における密度流の効果について検討するため,風の条件を無風と した実験2を行った.すなわち,実験2では,2008年9月1日まで計算した実験1の 結果を用いて,9月2日以降の風応力を0とした場合について9月30日まで計算を行 った.
さらに,大村湾南東部で9月~10月にしばしば発生する青潮に関与すると考え られている風の効果と密度流の効果を併せて検討するために実験3を行った.実 験3では,無風条件下で大村湾湾口部水が湾内底層へ進入し始めた時点から0 m s-1~8 m s-1まで1 m s-1きざみで一定の南東風を吹かせることにより,湾中央部底 層の水塊の湾奥部への進入状況がどのように変化するかを検討した.そのため実 験3においては,8月6日の時点で大村湾第二湾口(図4-1中のSt. 2)の平均密 度よりも高密度の水塊を湾中央部底層の水塊とみなし,その水塊を仮想染料によ り標識した.
なお,実験1~3の流動計算結果には潮汐流が含まれるが,田口ほか(2014)が 述べているように,大村湾内における潮汐流は物質輸送にほとんど寄与していな いものと考えた.また,必要に応じて25時間移動平均処理を施すことで潮汐の影 響を除去した.
4-2-2.モデルの再現性
モデルの再現性を評価するためにしばしば用いられているRMSE(Root Mean Square Error)を次式を用いて算出した (Shulman et al.,2002).
21
1
) ( ) (
N t T t T RMSE
N
t m o
ここで,Tmはモデルによる水温の予測値,Toは水温の実測値,tは時間,Nはサ ンプル数である.モデルと実測値の間に誤差が全く無い場合には,RMSEの値が 0となる.
4-2-3.観測データ
大村湾における観測点を図4-1に示す.2008年4月~9月に著者らが実施した 大村湾中央部(図4-1中のSt. 21)および大村湾奥部(図4-1中のSt. 18)に おける水温連続観測データ,大村湾奥部(図4-1中のSt. 18)における溶存酸 素(DO)の係留観測データを解析に用いた.係留観測の溶存酸素計は,10分以 上空気曝気した水を用いて係留前に溶存酸素飽和度100 %値の校正を行った.ま
た,2008年9月17日に大村湾奥部沿岸の船溜まり(水深1.5 m;図4-1中のSt. A)
において著者らが実施した目視調査および多項目水質計(AAQ1183,JFEアドバ ンテック株式会社製)による溶存酸素飽和度の観測データを青潮発生の判断に用 いた.この多項目水質計についても観測前に溶存酸素飽和度100%値の校正を行 った.
4-3.結果
2008年8月~9月に大村湾南東部(図4-1中のSt. 18)の海底面上1.8 mで著 者らが測定した溶存酸素飽和度の時間変化を図4-2に示した.8月初めから9月
中のSt. A)において,海面の着色(緑がかった青白色)が見られ,表層の溶存酸 素飽和度は8.5 %であったことから,この時期に大村湾南東部で青潮が発生して いたものと考えられる.青潮が発生していた期間とその前後における風向・風速 の時系列を図4-3に示した.溶存酸素飽和度が極端に低かった9月14日から9 月17日までは南東風が卓越していたことが分かる.一方,9月18日以降は強い北 寄りの風が連吹しており,それに少し遅れて底層の貧酸素状態は解消した.
大村湾における青潮発生の物理的メカニズムについて検証するために数値モ デルCOSMOSを用いて数値シミュレーションを行った.大村湾中央部(図4-
1中のSt. 21)および大村湾南東部(図4-1中のSt. 18)の表層と底層における 水温の現場観測値とモデルによる計算値を図4-4および図4-5にそれぞれ 示した.RMSEは,中央部表層,中央部底層,南東部表層および南東部底層でそ れぞれ0.69 ℃,0.66 ℃,1.00 ℃および0.65 ℃であった.観測値と計算値の間 には大村湾南東部表層において1 ℃程度の誤差が見られたものの,いずれの観測 点および観測層においても良く再現出来ていたことが分かる.
大村湾では夏季から秋季に季節が遷移する時期に,大村湾湾口部水が湾内に進 入する深度が中層から底層に変化するため,湾中央部で形成された貧酸素水塊は 進入する大村湾湾口部水によって湾の南東部や北東部の沿岸に押し込まれるこ とを第2章で示した.そこでモデルによって得られた流向・流速の計算値を用い て,佐世保湾湾口の開境界から仮想染料を投入することにより大村湾湾口部水の 湾内への進入状況を調べた(実験1).その結果のうち,2008年の夏季における中 層進入時の代表として8月22日の鉛直断面図を,また青潮発生前後の進入状況と して9月3日から9月18日までの3日ごとの鉛直断面図を合わせて図4-6に示し た.大村湾湾口部水は9月3日には既に湾内底層に進入していたことが分かる.9 月6日と9月9日にはさらに湾南東部の底層に徐々に進入していたがその厚みは薄 く,9月12日以降に進入する底層水の厚みが急に増加したことが分かる.大村湾