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上記6において、定率補助制度である表3の①から③の補助率がある補助制度において、同じ 補助率の場合には補助金の限度額が増額されると、事業者は評点当たりの耐震改修工事の価格を 引き上げ、耐震改修工事の価格を引き上げていることを実証した。また、工事量に応じた補助制 度である表3の④から⑥の補助上限単価制度の補助制度において、補助金の限度額が多い場合に は、事業者は改修前の上部構造評点を引き下げることで耐震改修工事の価格を引き上げているこ とを実証した。

この事業者による木造住宅の耐震改修工事の価格の引上げは、木造住宅の耐震改修工事におい て施主と事業者間及び行政と事業者間に情報の非対称性があることによるものである。そのため 行政はこの情報の非対称性を緩和する政策を実施する必要がある。

まず対策方法の1つ目として、補助制度を利用して耐震改修工事を実施した木造住宅について、

事業者名、工事内容及び工事費を開示することが挙げられる。調査した 19 の政令指定都市では 補助制度の申請において提出する見積書は1事業者分のみであり、他の事業者との比較が行われ にくい環境にある。しかし、複数の事業者から見積書を徴収すると施主の費用が高くなるため、

補助制度において複数の事業者からの見積書の提出を求めるのはあまり現実的ではない。そのた

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め、行政がどの事業者が、どのような内容の工事を、いくらで施工したのかという情報を開示す れば、施主が開示内容を基に耐震改修工事の価格の高低を判断できるようになる77。そうするこ とで、耐震改修工事の価格に競争性を働かせることができ、事業者による耐震改修工事の価格の 引上げを抑えることができると考える。

そして2つ目の対策として、必要十分な耐震改修工事の価格について工学的な研究を進めると いうことが挙げられる。この価格が分からないことが、施主と事業者間及び行政と事業者間の木 造住宅の耐震改修工事についての情報の非対称性の原因の1つとなっているためである。必要十 分な耐震改修工事の価格が分かれば、行政はその価格に基づいて施主に耐震改修工事の価格につ いて情報提供を行うことができ、その価格に基づいて補助金を交付することが可能となる。そう すれば、事業者が耐震改修工事の価格を引き上げても、施主は耐震改修工事の価格の高低につい て判断でき、行政は本来必要ない補助金を交付することを防ぐことができる。実証の結果として、

訪問相談で提示する高めの耐震改修工事の概算価格が施主の留保便益を小さくしている可能性 が確認できたが、必要十分な耐震改修工事の価格を訪問相談で提示すればこの問題を解決するこ とができる。

なお、この必要十分な耐震改修工事の価格の研究にあたっては、注意点がある。それは過去に 実施された木造住宅の耐震改修工事の実例のみから研究を行うと、そもそもその実例の価格が事 業者によって引き上げられた価格である可能性があることである。実例からは、例えば調査の精 度による上部構造評点の差など工学的な研究に留めるのが望ましいと考える。木造住宅に関する 情報及び調査レベル等からある程度の精度の必要十分な耐震改修工事の工事量を工学的及び統 計的に算出できるようにし、その工事量から物価を考慮して必要十分な耐震改修工事の価格を算 出するのが適切であると考える。

そうして必要十分な耐震改修工事の価格が算出できるようになったときには、システム化し、

誰もが簡単にその価格を知ることができるのが望ましい。また、木造住宅の耐震改修工事の補助 金の算出方法は複雑であるため、想定される補助金の金額もシステム上で算出されるのが良い。

これにより、補助金の限度額まで交付されない場合に施主にその理由を説明する事業者の費用を 削減するため、補助金の金額を増やそうとする事業者のインセンティブを少なくすることができ る。

次に木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度における政策について述べる。まず、先ほど述 べた必要十分な耐震改修工事の価格に基づき補助金を交付することは1つの対策である。ただし、

補助金の金額の規定は、補助制度の各申請における補助金の金額算出のための行政の費用の大き さと、規定の詳細さの程度による不効率性の大きさを比較、勘案して定める必要があると考えら れる。

そして、補助制度において事業者が耐震改修工事の価格を引き上げるというモラルハザードへ のシンプルな対策としてモニタリング実施が考えられる。木造住宅の耐震改修工事の場合は、実 証にて改修前の上部構造評点の算出の根拠となる木造住宅の現況写真等の資料の提出を求めて も、事業者の改修前の上部構造評点の引下げに対しては効果がないことが分かったことから考え ても、現地検査を行う必要がある。しかし、現地検査は行政の費用が高いため、実施する場合は 抜き打ち検査となると考えられる。また、耐震改修工事の後には改修前にあった筋かい及び雑壁

77 これにより施主の留保便益が小さくなると考えられる。

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等が撤去されており、改修前の状況まで検査することは困難である。そして補助制度において筋 かい、構造用合板、金物及び基礎等が計画どおり施工されたかは、行政が補助金を交付するうえ で、現地又は写真にて一定の確認をしていると考えられる。そのため、例えば耐震改修工事の工 事着手直後に事業者の精密診断法による改修前の耐震診断が適切であったかを現地にて抜き打 ち検査を行う等の方法が有効であると考える。

なお、先に述べた事業者名、工事内容及び工事費を開示では、事業者が改修前の上部構造評点 を引き下げることを防ぐことはできないため、このような抜き打ち検査は改修前の上部構造評点 の引下げを抑えるうえで有効である。

しかし、このような抜き打ち検査をしても事業者にペナルティがないと耐震改修工事の価格の 引上げを行わないインセンティブが事業者に働かない。多くの場合、木造住宅の耐震改修工事に 対する補助制度の補助金は施主に対して支払われ、補助制度における申請が虚偽又は不適切であ った場合に補助金の返還請求を受けるのは施主である。これでは事業者に適切に申請するインセ ンティブが働かず、行政も施主が補助金をもらえなくなる事態は避けようとするため、あまり適 切な審査が行われにくくなる可能性もある。以下は法整備が必要な話になるが、補助制度におい て申請が虚偽又は不適切と思われる場合に、その責任の所在が事業者であった場合には、事業者 から補助金の返還をできるようにするべきであると考える。

以上のような政策を行うことで、木造住宅の耐震改修工事における経済学上の効率性を高める ことができると考える。そして、効率性を高めることで、より木造住宅の耐震改修工事の実施を 促進することが可能になる。

8 おわりに

事業者が木造住宅の耐震改修工事の価格を引き上げていることを述べてきたが、これは平均的 な事業者におけることであり、もちろん全ての事業者が引上げを行っているわけではない。また、

補助制度の制度設計及び地域性によって、引上げの有無及び程度は異なってくると考えられる。

そのため、地方公共団体ごとに同様の分析を行うことが望ましい。

また、実証分析を行ったのは木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度が実施されている場合 のみであり、補助制度が実施されていない場合に事業者が木造住宅の耐震改修工事の価格を引き 上げているかについては分析を行っておらず、引き続き研究が必要である。

加えて、耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げの実証分析に関する理論モデル及び分 析モデルにおいては、事業者が限界価格を引き上げたことにより耐震改修工事の工事内容及び工 事量が変化した場合に、施主の耐震改修工事の便益が変化する可能性を考慮できていないという 問題がある。これについても、より精度の高い理論モデル及び分析モデルの研究が引き続き必要 である。

そして、政策提言で行った必要十分な耐震改修工事の価格の工学的な研究は、木造住宅は個別 性が高いため極めて難易度が高いと考えられる。そのため、完全な算出方法ではなくても、ある 程度の精度の算出方法が今後提案されることが期待される。

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