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「木造住宅の耐震改修工事における情報の非対称性が耐震改修工事の価格に与える影響:横浜市の事例 」

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木造住宅の耐震改修工事における情報の非対称性が

耐震改修工事の価格に与える影響:横浜市の事例

< 要 旨 > 木造住宅の耐震改修工事においては施主と事業者間及び行政と事業者間に情報の非対称性があ る。そして、木造住宅の耐震改修工事の市場構造は独占的競争であるため、事業者は耐震改修工事 の価格を引き上げることが可能である。木造住宅の耐震性は上部構造評点又は総合評点という指標 値で表され、1.0 以上であれば耐震基準を満たすが、この上部構造評点又は総合評点を 1.0 未満か ら 1.0 にする個々の木造住宅の状況に応じた必要最低限又は標準的な耐震改修工事の価格に関す る研究が進んでいない。そのため、行政は施主に情報の非対称性の対策として、必要最低限又は標 準的な耐震改修工事の価格について伝えることができない。加えて、行政は必要最低限又は標準的 な耐震改修工事の価格に基づいて補助金を交付することができない。このとき、事業者が耐震改修 工事の価格を引き上げても、施主は耐震改修工事の価格の高低を判断するのが難しいためその引上 げに気づかず、行政は本来必要ない補助金を交付する可能性がある。 本研究では、横浜市の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度等の実績データを用いて、補助 率がある補助制度のもとでは事業者は耐震改修工事の上部構造評点又は総合評点に対する限界価 格を引き上げ、耐震改修工事の価格を引き上げていることを実証した。加えて、工事量に応じて補 助金を交付する補助制度のもとでは、事業者は改修前の上部構造評点を引き下げることにより耐震 改修工事の価格を引き上げていることを実証した。 そのため、行政は木造住宅の耐震改修工事における情報の非対称性を緩和する政策を行う必要が ある。本研究ではその政策として、補助金の交付を受けて耐震改修工事を行ったものの事業者名、 工事内容及び工事価格の開示、必要最低限又は標準的な耐震改修工事の価格に関する研究の推進、 耐震改修工事の工事着手直後に実施する事業者の改修前の耐震診断についての現地での抜き打ち 検査、並びに、事業者への補助金返還請求に関する法整備等を提案した。

2018 年(平成 30 年)2月

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム

MJU17706 可知 孝弘

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- 2 - 目次 1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 1.1 本研究の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 1.2 問題意識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 1.3 先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 1.4 研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 2 在来軸組構法の木造住宅の耐震診断及び耐震改修工事・・・・・・・・・・・・・・・・6 2.1 法的根拠・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 2.2 一般診断法及び精密診断法による上部構造評点の算出・・・・・・・・・・・・・・・7 2.3 一般診断法と精密診断法の違い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 2.4 旧精密診断法による総合評点の算出・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 2.5 わが家の耐震診断表による診断方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 2.6 耐震改修工事の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 3 木造住宅の耐震改修工事に対する政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 3.1 木造住宅の耐震改修工事の正の外部性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 3.2 木造住宅の耐震改修工事に対するピグー補助金・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 3.3 国の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 3.4 横浜市の木造住宅の耐震改修工事の促進に関する事業・・・・・・・・・・・・・・・13 3.5 横浜市の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度・・・・・・・・・・・・・・・・14 4 木造住宅の耐震改修における補助制度の規定及び情報の非対称性の対策・・・・・・・・17 4.1 政令指定市への調査の目的及び調査内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 4.2 調査実施方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 4.3 回答内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18 4.4 調査結果のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 5 事業者による耐震改修工事の価格の引き上げ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 5.1 木造住宅の耐震改修工事における価格の引上げ・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 5.2 木造住宅の耐震改修工事における評点に対する限界価格の引上げのモデル・・・・・・25 5.3 木造住宅の耐震改修工事における改修前の評点の引下げのモデル・・・・・・・・・・30 5.4 定率補助制度と工事量に応じた補助制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 6 実証分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 6.1 実証分析の内容整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 6.2 実証分析に使用するデータ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 6.3 横浜市提供データの整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 6.4 分析の種類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 6.5 耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げについての実証分析の方法・・・・・・39 6.6 改修前の評点の引下げについての実証分析の方法・・・・・・・・・・・・・・・・・40 6.7 耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げについての実証分析の説明変数と予想され る結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 6.8 改修前の評点の引下げについての実証分析の説明変数と予想される結果・・・・・・・47 6.9 基本統計量・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51 6.10 耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げについての実証分析の結果と考察・・・52 6.11 改修前の評点の引下げについての実証分析の結果と考察・・・・・・・・・・・・・・56 7 政策提言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58 8 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61 引用文献・参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61

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1 はじめに

1.1 本研究の背景 1995 年1月 17 日に発生した阪神・淡路大震災では多くの建築物が倒壊し、日本建築学会(1 998:127-128)によると木造住宅では 1981 年5月末日以前に着工された旧耐震基準の建築物 の倒壊率が高かった。また、多くの命が失われ、死因の9割近くが建築物及び家具等の倒壊に よるもの1であり、建築物の耐震性の向上の重要性が認識された。これを受けて、1996 年4月 1日に「建築物の耐震改修の促進に関する法律(以下、『耐震改修促進法』という。)」が施行さ れ、その後国及び地方公共団体は建築物の耐震化を促進するために様々な施策を行っている。 とりわけ戸建て住宅の耐震改修工事に対する補助制度を実施している地方公共団体は多く、20 17 年4月1日時点で全国の 1,741 市町村のうち約 84%の 1,469 の市町村で実施されている2 さらに、これまで耐震改修工事の実施を促進する研究は多数行われている。例えば、村山ら (2003)は耐震改修工事が進まない原因とその対策を体系的に整理し、中川・和田(2015)は 行政が実施した施策について定量分析を含めた効果の検証を実施しており、目黒・高橋(200 1)は「しかるべき耐震補強を済ませた建物が被災した場合に、建て直しを含めて被災建物の補 修費用の一部を行政が負担することを保証する」制度を提案している。 しかし、これまで耐震改修工事について経済学上の効率性の視点から行われた研究例は極め て少ない。例えば、吉村・目黒(2002)は木造住宅に耐震性がないことによる負の外部性の一 部である地震発生時の住宅の解体・撤去費及び仮設住宅の建設費等に着目し、助成金の制度に ついて検討しているが、経済学の理論分析は行われていない。 このように、耐震改修工事を促進が重要視され続けているにも関わらず、耐震改修工事にお ける効率性の検証があまりされていない。そこで本稿では在来軸組構法の木造住宅の耐震改修 工事(ただし、工事のことを指し、設計及び工事監理を除く。以下、同じ。)に着目し、経済学 上の効率性の検証を行うこととする。 1.2 問題意識 耐震改修工事は木造住宅の所有者又は居住者等(以下、「施主」という。)が、建築士事務所 及び工務店・建設会社等(以下、「事業者」という。)に耐震改修工事に係る設計及び耐震改修 工事の施工を依頼することによって行われる。木造住宅の耐震改修工事の技術的な事項及び費 用に関する事項は専門性が高く、施主が理解するのは難いため、耐震改修工事の内容及び耐震 改修工事の価格等について施主と事業者間には情報の非対称性がある。 また、行政は木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度を実施しているが、当該補助制度に おいて耐震改修工事の改修前後の計算書の正確性及び見積書の価格の高低等を詳細に審査す ることは、行政の費用が高く難しい。そのため、行政と事業者間にも耐震改修工事の内容及び 耐震改修工事の価格等について情報の非対称性があるといえる。 加えて、木造住宅の耐震改修工事は個々住宅に応じて事業者ごとに差は小さいかもしれない が差別化されたものが提供され、木造住宅の耐震改修工事を提供する事業者は多数いるという 1 平成7年版警察白書(https://www.npa.go.jp/hakusyo/h07/h070103.html,2018 年2月5日閲覧) 2 報道発表資料:地方公共団体における耐震改修促進計画の策定予定及び耐震改修等に対する補助制度の 整備状況について - 国土交通省, 参考 4.耐震改修促進計画の策定予定時期、耐震診断・改修に係る補助 制度の実施状況(市区町村別一覧)(http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000682.html,20 18 年1月 13 日閲覧)

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- 4 - 状況であるため、耐震改修工事の市場は独占的競争の市場構造であるといえる。 以上のように、耐震改修工事には施主と事業者間及び行政と事業者間に情報の非対称性があ り、耐震改修工事の市場構造は独占的競争であるため、事業者は耐震改修工事の価格受容者で はなく、価格設定者となることができる。事業者は利己的なインセンティブに反応すると考え られるため、このような耐震改修工事を取り巻く状況下においては、経済学上の利潤(以下、 「利潤」とは経済学上の利潤をいう。)を拡大させるため、耐震改修工事の価格3の引上げを行 う可能性がある。さらに、木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度により、耐震改修工事の 価格に対する施主の自己負担の金額が減ると、事業者が耐震改修工事の価格をより引き上げる 可能性がある。 これは一種のモラルハザードであるが、実際に以上のように事業者が耐震改修工事の価格を 引き上げていると仮定した場合、次のような影響が生じると考えられる。 (1) 木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度が実施されている場合に、耐震改修工事の価格 がより引き上げられることにより、施主の自己負担金額の減少分は補助金の金額分より少な くなり、補助制度による耐震改修工事の実施促進の効果が小さくなる。 (2) 木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度により交付される補助金の金額が、個々の木造 住宅の状況に応じた必要十分な耐震改修工事の価格に基づき算出されていない場合に、耐震 改修工事の価格が引き上げられることにより、本来必要ない補助金が支出される可能性があ る。 (3) 耐震改修工事の価格が引き上げられることにより、施主の自己負担の金額が増え、耐震改 修工事を辞めてしまう者が出てくる可能性がある。 (4) 耐震改修工事の価格が引き上げられることにより、行政等から周知される耐震改修工事の 価格の平均値が上昇するため、その平均値を見て耐震改修工事の自己負担の金額を考えた場 合に耐震改修工事を辞めてしまう者が出てくる可能性がある。 (5) 事業者が耐震改修工事の価格を引き上げていることが施主に認知されると、施主の事業者 に対する信頼が低下し、施主が事業者を選択する費用が上昇するため、耐震改修工事をため らう者が出てくる可能性がある。 上記(1)、(3)及び(4)は耐震改修工事の価格に対する施主の自己負担の金額に与える影響に ついてであるが、一般に耐震改修工事を行わない最も大きな理由として挙げられるのは施主の 自己負担の金額が大きいことである。例えば、内閣府の「防災に関する世論調査(平成 25 年 1 2 月調査)4」によると「耐震補強工事の実施予定がない理由」の回答では「お金がかかるから」 が最も多く、また村山ら(2003:341)が行ったインターネットアンケートでも「耐震改修工事 を行わない理由」は「費用がかかる5」が最も多い。よって、(1)、(3)及び(4)の影響は耐震改 修工事の実施を促進するうえで支障があると考えらえる。また、村山ら(2003:341)の同アン 3 一般的には耐震改修工事の価格ではなく、耐震改修工事費と表現されることが多いが、本稿では施主が 事業者に支払う金額である価格と、耐震改修工事の事業者の費用を分けて考えるため、耐震改修工事費と いう価格か費用か混同しやすい表現は使用しないこととした。 4 防災に関する世論調査(平成 25 年 12 月調査)-内閣府,2 調査結果の概要,2.地震対策に関する 意識について, (3) 耐震補強工事の実施意向, ア 耐震補強工事の実施予定がない理由(https://survey. gov-online.go.jp/h25/h25-bousai/index.html,2018 年2月5日閲覧) 5 ここでいう費用とは、耐震改修工事の価格のことである。

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- 5 - ケートにおける「耐震改修工事を行わない理由」として3番目に多い6のが「適正な業者がわか らないから」であり、(5)の影響によっても耐震改修工事の実施を促進するうえで支障がある と考えられる。そして、少子高齢社会となり行政の歳出に占める社会保障費が増加するなど財 政状況が厳しいなかで、(2)の影響が生じているのであれば対策が必要である。 1.3 先行研究 以上のような耐震改修工事における情報の非対称性及び独占的競争に着目し、事業者が耐震 改修工事の価格の引き上げを行っていることについて研究したものは過去にはない。例えば、 芳賀・横田(2010:3-4)は「耐震改修工事費の分析7」において「補助を出している地方公 共団体の補助要件により金額に差が生じている可能性」について言及しているが、補助金によ り事業者が耐震改修工事の価格を引き上げているかの検証は行っていない。また、五十嵐(20 10:21)も「地域別の耐震改修費用8」について地域による耐震改修工事の価格の違いについて 物価以外に「補助金との関係」を指摘しているが、「データが不足」との理由で検証は行われて いない。 一方、耐震改修工事と同じように、消費者と供給者の間及び行政と供給者の間に情報の非対 称性がり、市場構造が独占的競争であるものとして医療サービスの分野がある。この医療サー ビスの分野では、医師が患者にとって不必要な医療サービスを提供しようとする、いわゆる医 師誘発需要仮説に基づく研究が多数行われており、本研究の参考となる。例えば、豊田・中川・ 松浦(2017:84)は、「既存の病院が独占的な地位を占めている可能性の高い、不採算地区にお いて医師誘発需要が発生している可能性」という分析結果を得ている。耐震改修工事において も事業者が独占的な環境で、耐震改修工事の価格を引き上げている可能性があり、このような 医療分野の研究は参考とすることができる。特に本稿では McGuire(2000)の医療サービスに おける独占的競争のモデルを参考に研究を行う。 1.4 研究方法 本研究ではまず本題に入る前に、本研究に関連する在来軸組構法の木造住宅の耐震改修工事 に関する技術的な事項、並びに、国及び横浜市の耐震改修工事に対する補助制度等について整 理する。そして、木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度において、個々の木造住宅の状況 に応じた必要十分な耐震改修工事の価格に基づき算出しておらず、かつ、事業者が耐震改修工 事の価格を引き上げている場合は、本来必要のない補助金が支出される恐れがあるため、各政 令指定都市の補助制度の目的及び補助金の算出方法等の調査を文書での照会回答により実施 する。そして、事業者が耐震改修工事の価格の引き上げを行う可能性がある背景として、耐震 改修工事における施主と事業者間の情報の非対称性の対策として各政令指定都市がどのよう なことを実施しているかも併せて調査を行う。 以上のように背景を整理した後に、その背景を踏まえ耐震改修工事において施主と事業者間 及び行政と事業者間に情報の非対称性があり、そして耐震改修工事の市場構造が独占的競争で あるために、事業者が耐震改修工事の価格の引き上げを行うことが可能であることを述べる。 6 2番目に多いのは「耐震改修の効果がよく分からない」である。 7 ここでいう「耐震改修工事費」とは耐震改修工事の価格のことである。 8 ここでいう「耐震改修費用」は耐震改修工事の価格のことである。

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- 6 - なお、事業者が耐震改修工事の価格を引き上げる手段として、2つもモデルについて述べる。 そして、実際に事業者が耐震改修工事の価格を引き上げているかを、横浜市の木造住宅の耐 震改修工事に対する補助制度等の実績データを用いて実証分析を行う。最後に当該分析結果の 考察をし、政策提言を行う。

2 在来軸組構法の木造住宅の耐震診断及び耐震改修工事

本題に入る前に、本研究に関連する在来軸組構法の木造住宅の耐震改修工事に関する技術的な 事項として、耐震診断の診断方法、耐震改修工事の設計方法及び耐震改修工事の内容について技 術的な事項を次に述べておく。 2.1 法的根拠 耐震改修促進法第4条第2項第3号の規定により、国土交通大臣が「建築物の耐震診断及び 耐震改修の実施について技術上の指針となるべき事項」を「平成 28 年国土交通省告示第 529 号」により規定している。また、国土交通大臣は「地震に対する安全性に係る建築基準法又は これに基づく命令若しくは条例の規定(以下、『耐震関係規定』という。)9」に対して、「地震 に対する安全上これ10に準ずるものとして国土交通大臣が定める基準11」を規定している。この 基準は、国土交通大臣が「平成 25 年国土交通省告示第 1061 号及び第 1062 号」において、「建 築物の耐震診断及び耐震改修の実施について技術上の指針となるべき事項に定められるとこ ろにより耐震診断を行った結果、地震に対して安全な構造であることが確かめられること」と 規定されている。 整理すると、耐震診断、耐震改修工事の設計及び耐震改修工事の施工は既存の建築物におい て実施することから、同法では現在建築物を建築する際に適用される耐震関係規定とは別に、 「建築物の耐震診断及び耐震改修の実施について技術上の指針となるべき事項」及び「地震に 対して安全な構造であること」を確かめる耐震基準を規定している。 しかし、同指針に規定された耐震診断及び耐震改修の指針にはあまり詳細な記載がなく、実 務上は同指針のみで耐震診断及び耐震改修工事の設計を実施するのは困難である。そのため、 同指針の一部と同等以上の効力を有する建築物の耐震診断の診断方法及び耐震改修工事の設 計方法を国土交通省が認定し、「建築物の耐震診断及び耐震改修に関する技術上の指針に係る 認定について(平成 26 年 11 月7日,国住指第 2850 号,国土交通省住宅局長)」により技術的 助言を通知している。この通知によると、「日本建築防災協会による『木造住宅の耐震診断と補 強方法』に定める『一般般診断法』及び『精密診断法(時刻歴応答計算による方法を除く。)』 の「診断表により求められる総合評点12が 1.0 以上であり、かつ、土台及び基礎が構造耐力上 安全であることが確かめること」が在来軸組構法の木造住宅の耐震診断及び耐震改修工事の設 計における耐震基準となる。 以上から、現在在来軸組構法の木造住宅の耐震診断及び耐震改修工事の設計の実施にあたり 9 耐震改修促進法第5条第3項第1号の規定より 10 耐震関係規定のこと。 11 耐震改修促進法第 17 条第3項第1号、第 22 条第2項及び第 25 条第2項の規定より 12 通知では「総合評点」と記載されているが、日本建築防災協会(2012)及び日本建築防災協会(2004) は、木造住宅の耐震性を表す指標値として「総合評点」ではなく「上部構造評点」を使用している。

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- 7 - 主に日本建築防災協会/国土交通大臣指定耐震改修支援センター13(2012)による一般診断法 及び精密診断法14(以下、『2012 年版一般診断法』及び『2012 年版精密診断法』という。)、並 びに、日本建築防災協会(2004)による一般診断法及び精密診断法15(以下、『2004 年版一般診 断法』及び『2004 年版精密診断法』という。)が使用されている。 なお、上記は現在の在来軸組構法の木造住宅の耐震診断の診断方法及び耐震改修工事の設計 方法についてであるが、2012 年版一般診断法及び 2012 年版精密診断が定められる以前は、2004 年版一般診断法及び 2004 年版精密診断法が主に使用されていた。ただし、日本建築防災協会 (2012:1)によると、2004 年版一般診断法及び 2012 年版一般診断法の内容、並びに、2004 年版精密診断法及び 2012 年版精密診断法の内容には大きな違いはない。 また、2004 年版一般診断法及び 2004 年版精密診断法が定められる以前の耐震診断の診断方 法及び耐震改修工事の設計方法は、日本建築防災協会(1985)による耐震精密診断表による診 断方法(以下、「旧精密診断法」という。)により実施されていた16。日本建築防災協会(2012: 序)17によると、2004 年版一般診断法及び精密診断法は、旧精密診断法の「改訂版とはいうも のの、内容の充実度からいっても、実質的に新版といってもよいもの」であり、両診断方法の 内容の違いは大きい。 2.2 一般診断法及び精密診断法による上部構造評点の算出 2004 年版一般診断法、2012 年版一般診断法、2004 年版精密診断法及び 2012 年版精密診断法 はともに、木造住宅の「上部構造の耐力の診断」を「各階・各方向について必要耐力と保有す る耐力とを比較することで上部構造評点を算出して行う」18という点は共通している19。日本建 築防災協会(2012:57-104)によると、木造住宅の必要耐力とは「建築基準法のいう大地震動 に対して、当該住宅に求められる耐力」のことであり、また保有する耐力とは当該住宅が「実 際に保有している耐力」のことである。具体的には、必要耐力は木造住宅の重さ、階数、床面 積、形状、並びに、立地する地域及び地盤等により決まる。また、保有する耐力は木造住宅の 壁の仕様・長さ、開口部の仕様・長さ、接合部の仕様、基礎の仕様、偏心率、剛性率、床の仕 様及び劣化状況等によって決まる。そして、上部構造評点は次のように求められる。 「上部構造評点=保有する耐力edQu/必要耐力 Qr20」 この式により各階・各方向について上部構造評点を算出し、算出した上部構造評点により「建 築基準法が想定する大地震に対して、倒壊する危険性」の判定を表1により行う。例えば、2 階建ての木造住宅の場合は、1階南北方法、1階東西方向、2階南北方向及び2階東西方向の 13 以下、「日本建築防災協会/国土交通大臣指定耐震改修支援センター」は「日本建築防災協会」と省略し て記す。 14 精密診断法2を除く。 15 精密診断法2を除く。 16 「特定建築物の耐震診断及び耐震改修に関する指針に係る認定について(平成8年3月 12 日,建設省 住指発第 74 号,建設省住宅局長)」の通知内容による建築基準法第6条第1項第2号に規定する建築物以 外の木造の建築物の耐震診断及び耐震改修の方法。 17 日本建築防災協会(2012)の冒頭の序のページ 18 日本建築防災協会(2012)pp.25 及び pp.57、並びに、日本建築防災協会(2004)pp.36 及び pp.47 19 若干の用語の違い等はあるが考え方は共通である。 20 日本建築防災協会(2012)の pp.57。これは 2012 年版精密診断法における式である。2012 年版精密診断 法、2004 年版一般診断法及び 2004 年版一般診断法においても表現が若干違うものもあるが、内容はこの 式と同一のものを採用している。

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- 8 - ように計4つの上部構造評点を算出し、そのうち最も低い上部構造評点による判定が当該住宅 の判定となる。ただし、表1により判定は行われるものの、実際は同じ上部構造評点であって も耐震性にばらつきがあると考えられる。また、山口・森・井戸田(2008)のように耐震改修 工事の目標とする上部構造評点を 0.7 とする提案している研究者もいる。しかし、2.1 で述べ たとおり法的には上部構造評点が 1.0 以上であることが求められ、坂本(2010:12)のうよう に「評点が 1.0 未満のものは、基準法21が想定している地震動が起こったら、潰れる可能性が 高い」という意見もあることから、本稿では上部構造評点が 1.0 以上のものは耐震性があるも のとして扱う。 なお、表1による上部構造評点による判定に併せて、一般診断法(2004 年版一般診断法及び 2012 年版一般診断法のことをいう。以下、同じ。)では地盤及び基礎の注意事項を記述し、精 密診断法(2004 年版精密診断法及び 2012 年版精密診断法のことをいう。以下、同じ。)では 「各部の検討22」として、地盤、基礎、水平後面の損傷、柱の折損、横架材接合部の外れ及び屋 根葺き材の落下の可能性に関する検討結果を記述することになっている。 表1:上部構造耐力の評価23 上部構造評点 判定 1.5 以上 倒壊しない 1.0 以上 1.5 未満 一応倒壊しない 0.7 以上 1.0 未満 倒壊する可能性がある 0.7 未満 倒壊する危険性が高い 2.3 一般診断法と精密診断法の違い 2.1 で述べたとおり、2004 年版一般診断法と 2012 年版一般診断の内容に大きな違いはなく、 同様に 2004 年版精密診断法と 2012 年版精密診断法の内容に大きな違いはないが、ここでは一 般診断法と精密診断法の違いを述べる。日本建築防災協会(2012:17)によると、一般診断法 の「主目的は、耐震補強の必要性の有無を判定すること」であり、「実際に補強設計を行う場合 には、原則として補強前後に、詳細な耐震診断法である精密診断を実施する」こととされてい る。つまり、一般診断法は耐震改修工事の改修前の耐震性を判断するためのものであり、精密 診断法は耐震改修工事の設計方法として耐震改修工事の改修前後の耐震性を判断するための ものという性格が強い。また、一般診断法は精密診断法に比べて現地調査方法、各部位の評価 方法及び必要耐力の算出方法等が簡易的になっている。例えば、現地調査の方法として一般診 断法では「外観や床下・天井裏などからの目視調査(非破壊)を原則とする24」のに対し、精密 診断法では「壁の仕様などの耐震要素は、引き剥がしを含めて特定する必要がある25」とされ ている。そのため、一般診断法では「必要耐力を割り増すなどの安全率が含まれている26」と のことである。 21 建築基準法のこと。 22 日本建築防災協会(2012)の pp.54 及び pp.100-104 23 日本建築防災協会(2012)の pp.104 の表 4.29 を引用 24 日本建築防災協会(2012)の pp.20 25 日本建築防災協会(2012)の pp.57 26 日本建築防災協会(2012)の pp.17

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- 9 - なお、各診断法の詳細は、日本建築防災協会(2004)及び日本建築防災協会(2012)を参照 されたい。 2.4 旧精密診断法による総合評点の算出 2.1 でも述べたとおり、旧精密診断法は一般診断法及び精密診断法との違いが大きい。一般 診断法及び精密診断法が保有する耐力を必要耐力で除して上部構造評点を求めるのに対し、日 本建築防災協会(1985:9-23)によると、旧精密診断法は耐震精密診断表により総合評点を求 める。総合評点は、地盤・基礎による評点、偏心による評点、水平抵抗力による評点及び老朽 度による評点をそれぞれ求め、求めた評点を全て掛け合わせて算出する。具体的には、地盤・ 基礎による評点は木造住宅の地盤及び基礎の仕様の組み合わせから 0.5 から 1.0 の評点を選択 することで求め、老朽度による評点は木造住宅の老朽度により 0.8 から 1.0 の評点を選択する ことで求める。また、偏心による評点は、木造住宅の壁の位置・長さ、形状及び重さ等から算 出し、水平抵抗力による評点は、壁の仕様・長さ及び開口部の仕様・長さ等から算出する。た だし、偏心による評点及び水平抵抗力による評点は1階の方向別に求め、小さい方の値を採用 することとなっている。 以上のように算出した総合評点から表2により耐震性の判定を行うが、2階建ての木造住宅 であっても1階部分から算出した総合評点からのみ判定を行う。したがって、2階部分の耐震 性の判定は行われないことになる。つまり耐震改修工事においても工事が必要なのは1階のみ ということになる。 また、旧精密診断法は木造住宅の接合部の仕様が総合評点に反映されず、偏心による評点は 壁の仕様が影響しないなど、一般診断法及び精密診断法では考慮されていることの一部が考慮 されない。これは 2000 年6月1日の建築基準法施行令改正及び当該改正に伴う国土交通省告 示により、木造建築物の継手及び仕口の構造方法、並びに、耐力壁の配置に関する規定が明確 化又は整備されたが、旧精密診断法はこの改正よりも以前に定められたためと考えらえる。し かし、1995 年1月 17 日に発生した阪神・淡路大震災において、1981 年5月末日以前に着工さ れた旧耐震基準の木造住宅より、それ以降に着工された木造住宅の倒壊率が低い27ことから、 1985 年に定められた旧精密診断法も技術的に一定の信頼性があると考えられる。また、2.1 で 述べたとおり、旧精密診断法も一般診断法及び精密診断法が定められる以前に耐震改修促進法 に基づき、耐震診断の診断方法及び耐震改修工事の設計方法として使用されていたことから、 本稿では旧精密診断法による総合評点が 1.0 以上の木造住宅は耐震性があるものとして扱う。 なお、日本建築防災協会(1985:10-11)によると、旧精密診断法では地盤・基礎による評点 は木造住宅の地盤及び基礎の仕様の組み合わせから 0.5 から 1.0 の評点を選択することで求め が、次の場合は旧精密診断法の適用外となる28 (1) 基礎が「ひびわれのあるコンクリート造布基礎」で、地盤が「やや悪い」場合 (2) 基礎が「ひびわれのあるコンクリート造布基礎」で、地盤が「非常に悪い」場合 (3) 基礎が「その他の基礎(玉石・石積・ブロック積)」で、地盤が「やや悪い」場合 (4) 基礎が「その他の基礎(玉石・石積・ブロック積)」で、地盤が「非常に悪い」場合 耐震改修工事の設計の際には、基礎を補強することにより適用内にすることになるが、耐震 27 日本建築学会編著(1998)の pp.127-128 より 28 日本建築防災協会(1985)の pp.10-11 の「表-1 耐震精密診断表]より

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- 10 - 改修工事の改修前の総合評点を算出するため、本稿において便宜上地盤・基礎による評点は、 (1)の場合は 0.7、(2)の場合は 0.5、(3)に場合は 0.6、そして(4)の場合は 0.5 とみなすことと する。本稿では実証分析において横浜市の耐震改修工事に対する補助制度等の実績データを使 用するが、横浜市でも同様の扱いをしている。 表2:上構造耐力の評価29 総合評点 判定 1.5 以上 安全である 1.0 以上 1.5 未満 一応安全である 0.7 以上 1.0 未満 やや危険である 0.7 未満 倒壊または大破壊の危険がある 2.5 わが家の耐震診断表による診断方法 これまで述べてきた一般診断法、精密診断法及び旧精密診断法は 2.1 で述べたとおり法的根 拠があるものであったが、この他に法的根拠はないが旧精密診断法をより簡易的にした、わが 家の耐震診断表による診断方法が日本建築防災協会(1985:2-5)により規定されている。旧精 密診断法と比べて偏心による評点及び水平抵抗力による評点を算出する代わりに、建物の形状 の評点、壁の配置の評点、筋かいの評点及び壁の割合の評点を使用するが、それらの評点はわ が家の耐震診断表から選択する方式になっている。 なお、旧精密診断法と同様に木造住宅の地盤及び基礎の仕様の組み合わせによってはわが家 の耐震診断表による診断方法の適用外となる。適用外となるものは 2.4 で述べたものと同じで あり、本稿では 2.4 で述べたのと同様にみなしの評点を使用することとする。なお、わが家の 耐震診断表による診断方法においても、このみなしの評点についての横浜市の扱いは同様であ る。 2.6 耐震改修工事の内容 木造住宅の耐震改修工事は、この上部構造評点又は総合評点(以下、上部構造評点又は総合 評点のことを「評点」という。)を上昇させる工事である。具体的には木造住宅の保有する耐力 を増加させる、又は必要耐力を減少させる工事を行うことである。保有する耐力は、壁・木材 の接合部の金物・基礎の仕様、壁の配置、劣化状況及び床の剛性等によって決まり、必要耐力 は木造住宅の荷重・面積・階数・形状及び地盤状況等によって決まるため、耐震改修は具体的 には次のような工事を行う。 (1) 保有する耐力を上昇させる一般的な工事の例 ・ 既存の壁の仕上げを撤去し、筋かい又は構造用合板等で補強し、木材の接合部に金物を 設置し、仕上げの復旧を行う ・ 既存の壁がない窓・扉・襖等の開口部に新たに筋かい又は構造用合板等を使用した耐力 壁を新設し、木材の接合部に金物を設置し、仕上げの復旧を行う ・ 既存の筋かい又は構造用合板が設置されている耐力壁で、木材の接合部に地震時に発生 29 日本建築防災協会(1985)の pp. 23 の表を一部加工したもの。

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- 11 - する力に耐えることができる金物が設置されていない場合に、当該壁の仕上げを一部撤去 し、金物を設置し、仕上げの復旧を行う ・ 大地震時に発生する柱の引抜力により、基礎が破損する恐れがある場合に、基礎の一部 又は全部を撤去し、基礎を補強又は新設する ・ 筋かい及び構造用合板等を使用せず保有する耐力を増加させる特殊な工法により工事を 行う (2) 必要耐力を減少させる一般的な工事の例 ・ 屋根の素材が重い陶器瓦等の場合に、ガルバリウム鋼板等の軽い素材に葺き替える ・ 一部減築する なお、ある特定の木造住宅の上部構造評点を一定まで向上させる耐震改修工事の方法はほぼ 無限にある。簡易的な例として、40kN 分だけ保有する耐力を増加させようという場合に、10kN の耐力壁を4ヶ所新設する場合と、4kN の耐力壁を 10 箇所新設する場合は、壁の耐力という 点では同じである。後者の方が局所的な力がかからないため、構造的には優れていると考えら れるが、大地震時における倒壊の可能性は評点により一定の評価ができているため、前者に比 べた後者の耐震性の高さは大地震時の損傷を防ぐなど、後述の 3.1 で述べる正の外部性は少な く、施主の私的便益を増加させるものに留まる可能性が高い。そのため本稿では、同じだけ評 点を上昇させる耐震改修工事であれば、社会的な観点からはどのような工事であってもあまり 差はないものとして扱う。 これに関連して、2.2 で述べた各部の検討の対象となる部分の工事のように、評点に反映さ れないが木造住宅の耐震性が向上する工事がある。しかし、上記同様、土台より上の上部構造 について、大地震時における倒壊の可能性は評点により一定の評価ができていると考えられ、 当該工事は施主の私的便益を増加させるものに留まる可能性が高い。そのため本稿では、評点 に反映されない工事の実施の有無は、社会的な便益にはあまり差を与えないものとして扱う。

3 木造住宅の耐震改修工事に対する政策

3.1 木造住宅の耐震改修工事の正の外部性 耐震性が低い木造住宅は大地震時に倒壊する可能性が高く、倒壊した場合に当該住宅の所有 者及び居住者の生命・身体及び財産に影響があるだけではなく、当該住宅の周辺にまで影響を 与える可能性がある。この周辺に与える影響の参考になるものとして、国土交通省住宅局建築 指導課編(2006:42)が阪神・淡路大震災における「建築物の道路への倒壊に起因する被害」 として次のものを挙げている。 ・ 道路通行が妨げられて避難が困難となり逃げ惑いにより多数の死傷者が発生 ・ 緊急車両の通行障害など消火・救助活動に支障、円滑な避難が困難に ・ 通行人等に対する直接的な危害 ・ 倒壊した建築物が発火点に ・ 倒壊した建築物の瓦礫が新たな延焼経路となって市街地火災が拡大 ・ 瓦礫処理費用、仮設住宅設置費用等災害復興費用が膨大に 上記のような被害は大地震による木造住宅の倒壊によって発生する可能性が高いため、大地 震時に倒壊する可能性を低くする木造住宅の耐震改修工事には正の外部性があるといえる。た

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- 12 - だし、2.2 及び 2.4 で述べたように、評点が 1.0 以上のときに耐震性があり、大地震時に木造 住宅が倒壊しないと仮定すると、評点を 1.0 未満から 1.0 とする木造住宅の耐震改修工事には 正の外部性がある。逆にいえば、木造住宅の耐震改修工事のうち、改修後の評点が 1.0 未満と なるものについては正の外部性はない。また、改修前の評点が 1.0 以上である木造住宅は、先 の仮定のもとでは既に大地震時に倒壊しない耐震性を有しているため、さらに評点を上昇させ る耐震改修工事を行ったとしても正の外部性はないことになる。 以上から、正の外部性があり、また政策によって実施を促進するべきなのは、評点を 1.0 未 満から 1.0 とする木造住宅の耐震改修工事である。 3.2 木造住宅の耐震改修工事に対するピグー補助金 1.1 で述べたとおり、多くの行政が戸建て住宅の耐震改修工事に対する補助制度を実施して いるが、このうち木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度により交付される補助金は、3.1 で述べた正の外部性を内部化し、木造住宅の耐震改修工事を促進するピグー補助金の一種であ ると考えられる。しかし、本来は 3.1 で述べた正の外部性を金銭換算し、その金額から補助金 の金額を算出するのが望ましいが、実際は正の外部性を金銭換算するためには費用をかけて工 学的な研究を行う必要があり、正の外部性を基に補助金の金額を算出するのは困難である。 そのため、3.3 及び 3.5 で後述する国及び横浜市の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制 度では、耐震改修工事の価格から補助金の金額を算出する制度となっている。このような制度 の場合、ピグー補助金としては「評点を 1.0 未満から 1.0 にする個々の木造住宅の状況に応じ た必要最低限又は標準的な耐震改修工事の価格(以下、『必要十分な耐震改修工事の価格』とい う。)」に基づき補助金の金額を算出する必要がある。そのように算出しない場合、正の外部性 がない評点を 1.0 より大きい値まで上昇させる耐震改修工事、及び 2.6 で述べたような大地震 の倒壊ではなく損傷を防ぐような、私的便益は上昇させるが社会的な観点からは必要性が低い 耐震改修工事に対しても補助金を交付する可能性が出てくる。 しかし、実際は必要十分な耐震改修工事の価格に基づき補助金の金額を算出することは難し い。理由として当該価格に関する研究があまり行われておらず、行政が当該価格を知るための 費用が高いことが挙げられる。 耐震改修工事の価格に関する研究としては、鵜飼ら(2000)、狩谷ら(2005)、芳賀・横田(2010)、 五十嵐博(2010)及び佐久間・入江(2011)などがあり、研究によっては評点を 0.1 上昇させ る木造住宅の延べ面積当たりの耐震改修工事の価格等の分析を行っているものもある。しかし、 耐震改修工事の価格は、木造住宅の延べ面積の他に、屋根の重さ、壁の重さ、基礎の仕様、壁・ 木材の接合部の金物の仕様、壁の配置等の様々で複雑な要素によって決まる。そのため現在の ところ、必要十分な耐震改修工事の価格を算出する方法を提案している研究はない。 そしてこのような研究がないなか、行政が必要十分な耐震改修工事の価格を知るためには、 木造住宅を一部破壊のうえ詳細に現地調査し、幾通りもの耐震改修工事の設計案を策定し、精 密診断法の計算にてその設計案の安全性を確かめ、その後それぞれの案について積算を行い、 耐震改修工事の価格の比較検討を行う必要がある。これは非常に行政の費用が高く、実施する のが困難である。 以上から、現在のところ行政が必要十分な耐震改修工事の価格を知ることは困難であるため、 行政は木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度において、補助金の金額に関する規定を簡易

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- 13 - 的なものとせざるを得ない。そのため 1.2(2)で述べたように、事業者により耐震改修工事の価 格が引き上げられた場合、本来必要ない補助金が支出される可能性がある。 なお、行政によっては実施している木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度の目的が、3.1 で述べた正の外部性を内部化することではなく、当該住宅の所有者及び居住者の生命・身体及 び財産を保護することなどの私的便益のためであることも考えらえる。本稿の内容からは逸脱 するが、このような補助制度の場合は経済学上の効率性の観点ではなく、公平性の観点から補 助制度が実施されていると考えられる。しかし、補助制度の性格上、耐震改修工事に対する私 的便益が高く、補助制度がなくても耐震改修工事を実施する者に対しても補助金を交付するこ とになる。そのため、公平性の観点から税金の支出を行うのであれば、補助制度において制度 上の工夫を行うか、バウチャー等の他の制度を検討するのが望ましいと考える。 3.3 国の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度 ここでは国の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度として、国の社会資本整備総合交付 金の基幹事業における補助制度(以下、「国の補助制度」という。)について述べる。この国の 補助制度は地方公共団体を通した間接補助であり、地方公共団体が補助制度の申請者である施 主に補助金を交付し、その交付した補助金に対し、国が地方公共団体に補助金を交付する仕組 みになっている。したがって、施主が受け取る補助金の金額は国の補助制度ではなく、地方公 共団体の補助制度によって決まる。そのため、3.2 で述べた必要十分な耐震改修工事の価格に 基づき補助金を交付しているかは国の補助制度は直接的には関係ないが、間接的に地方公共団 体の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度に影響を与える可能性はある。 国の補助制度における補助金の金額の算出についての詳細は省略するが、補助金の金額の算 出において国は限度額の規定を行っている。木造住宅の耐震改修工事についての限度額は、1 戸あたり 411,000 円である30。これは耐震改修工事を行う木造住宅の改修前の評点、延べ面積 及び屋根の重さ等が反映されない限度額であり、3.2 で述べたとおり簡易的な補助金の金額の 規定となっている。 3.4 横浜市の木造住宅の耐震改修工事の促進に関する事業 本稿では横浜市から提供を受けたデータにより実証分析を行うため、同市の木造住宅の耐震 改修工事を促進するための主な事業として補助制度の事業以外の次の(1)及び(2)の事業につ いて整理しておく31 (1) 横浜市木造住宅耐震診断士派遣事業 1995 年 10 月 11 日から実施している事業で、2階建て以下の在来軸組構法の木造住宅で あることが主な対象要件である。市長が認定した診断士を申請のあった木造住宅に派遣し、 診断士が現地調査を行い、後日診断士が作成した耐震診断の報告書が申請者に送付される。 2007 年8月まではわが家の耐震診断表による診断方法を使用した耐震診断(以下、「わが家 の耐震診断表による耐震診断」という。)を実施しており、同年9月以降は 2004 年版一般診 30 社会資本整備総合交付金交付要綱(平成 29 年6月 15 日改正)(http://www.mlit.go.jp/page/kanbo05_h y_000213.html,2018 年2月5日閲覧)より。なお、着手時期により金額が異なるが、1戸当たりの限度 額となっているのは同様。 31 横浜市建築局建築防災課へのヒアリングによる。

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- 14 - 断法による耐震診断を実施している。 なお、診断士が事業内において耐震改修工事の設計及び施工に関する営業行為を行うこと は認められていないが、この事業の申請者が耐震改修工事の設計及び施工を診断士又は診断 士が所属する事業者に依頼することは可能である。 (2) 横浜市木造住宅訪問相談事業 2008 年9月から実施している事業で、横浜市木造住宅耐震診断士派遣事業における耐震 診断(以下、「市の耐震診断」という。)を受診した結果、評点が 1.0 未満であることが主な 対象要件である。市長が相談員を木造住宅の所有者等の元に派遣し、市の耐震診断の結果、 当該結果を基に算出した耐震改修工事の概算価格、耐震改修工事の流れ、一般的な耐震改修 工事の方法及び事業者の選び方等について相談員が説明を行う(以下、この相談員を派遣し 説明を行うことを「訪問相談」という。)。 この訪問相談で提示する耐震改修工事の概算価格は、3.2 で述べた必要十分な耐震改修工 事の価格のようなものではない。耐震診断の結果を基に必要となる耐震改修工事の内容を想 定し、価格を算出しているものの、想定する耐震改修工事の内容は評点を 1.0 にするための 必要最低限又は標準的なものではない。2.6 で述べたような局所的な力がかからないように、 低い耐力の壁で多くの箇所を補強する工事内容をできる限り想定している。そのため訪問相 談で提示する耐震改修工事の概算価格は、必要十分な耐震改修工事の価格よりも高いものと なっていると考えられる。 なお、相談員が訪問相談において耐震改修工事の設計及び施工に関する営業行為を行うこ とは認められていないが、訪問相談の申請者が耐震改修工事の設計及び施工を相談員又は相 談員が所属する事業者に依頼することは可能である。 3.5 横浜市の木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度 3.4 に引き続き、ここでは木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度である、横浜市木造住 宅耐震改修促進事業について整理する32。この事業は 1999 年7月から実施しており、主な補助 対象建築物の要件、主な補助対象者の要件、補助金の金額、採用していた耐震改修工事の設計 方法及び申請方法等は次のとおりである。 (1) 主な補助対象建築物の要件 ・ 昭和 56 年5月 31 日以前に建築確認を得て着工された、木造在来軸組構法で建築された 階数2以下の住宅 ・ 耐震診断の結果33、評点 1.0 未満34であると診断された住宅。ただし、2006 年7月まで は、市の耐震診断の結果、総合評点が 0.7 未満であると診断された住宅。 ・ 精密診断法による上部構造評点が 1.0 以上となる耐震改修工事を行う住宅。ただし、 2005 年3月までは旧精密診断法による総合評点が 1.0 以上となる耐震改修工事を行う住 宅。 32 横浜市建築局建築防災課へのヒアリングによる。 33 2012 年4月以降は市の耐震診断による結果以外に、設計者が行う精密診断法による改修前の耐震診断の 結果でも可となった。 34 2011 年9月 15 日以降は市の耐震診断を実施した木造住宅のうち、わが家の耐震診断表による耐震診断 の結果が総合評点 1.0 以上であったものでも、設計者が精密診断法により改修前の耐震診断を行った結 果、上部構造評点が 1.0 未満であれば対象となった。

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- 15 - ・ 所有者等が自己の居住の用に供する住宅 ・ 建築基準法関係法令等に適合する住宅 ・ 過去に市の耐震改修工事に対する補助金の交付を受けていない住宅 (2) 主な補助対象者の要件 ・ 補助対象建築物の所有者35で、自己の居住の用に供するため耐震改修工事を行う者 ・ 補助対象建築物に居住する世帯の世帯員全員に市税の滞納がないこと36 ・ 耐震改修工事の終了後、原則として、補助対象建築物に5年間居住する者37 (3) 補助金の金額 この事業における耐震改修工事に対する補助金の限度額の変遷は表3のとおりである38 また、補助金の金額についての詳細な説明は次のとおりである。 ・ 表3には①から⑦の期間ごとに補助金の限度額及び補助率が記載されているが、同期間 内の補助金の限度額及び補助率の違いは、①から③においては世帯の所得税額違いによる ものであり、④から⑦においては市民税・県民税の課税・非課税の違いによるものである。 世帯の所得税額がより低い方が補助金の限度額が多く、補助率は高い。また、市民税・県 民税が課税の場合より、非課税の場合の方が補助金の限度額が大きい。 ・ 表3の②及び③は厳密には補助金の限度額の規定ではなく、補助対象とする耐震改修工 事の価格に対する限度額が規定されている。そのため、表3の②及び③には、補助対象と する耐震改修工事の価格に対する限度額に、それぞれ世帯の所得税額に応じた補助率を乗 じたものを補助金の限度額として記載している。 ・ 2006 年4月から 2011 年3月まで、耐震改修工事に係る所得税額の特別控除の額を補助 金の金額から差し引いて補助金を交付していたが、本稿では考慮しないこととする。 ・ 表3の③から⑥の備考欄に補助上限単価制度と記載があるが、これは耐震改修工事の種 類及び工事量に応じた補助対象とする耐震改修工事の価格に対する限度額の制度である。 具体的には、1階の壁の片面を撤去して壁を補強する工事についての壁1m当たりの単価、 基礎の新設工事についての基礎1m当たりの単価及び屋根の軽量化を行う工事の屋根の 施工面積1㎡当たりの単価等が規定されている39。実施する工事の量(m、㎡又は箇所) に、工事内容に応じて規定された単価(円/m、円/㎡又は円/箇所)を乗じて、全て足 し合わせたものと、耐震改修工事の価格と低い方を補助対象の耐震改修工事の価格とする。 そして、表3の③の場合は、上記の補助対象の耐震改修工事の価格と補助対象とする耐 震改修工事の価格に対する限度額のうち、小さい額に補助率を乗じたものが補助金の金額 となる40。また、表3の④から⑥の場合は、補助率の規定がないため、上記の補助対象の 耐震改修工事の価格と補助金の限度額のうち、小さい額が補助金の金額となる41 なお、補助上限単価は、表3の④から⑥のときより、③のときの方がより細かい工事内 容ごとに規定がされていた。また、この補助上限単価は過去に補助制度において申請され 35 2012 年4月以降は、所有者に加えて所有者の配偶者若しくは一親等の親族も対象となった。 36 2004 年6月より要件となった。 37 2004 年4月より要件となった 38 耐震改修工事の設計費及び工事監理費に対する補助金に関しては本稿では扱わないため省略している。 39 具体的な補助上限単価の金額等の説明は省略する。 40 実際は端数処理があるがここでは省略する。 41 実際は端数処理があるがここでは省略する。

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- 16 - たものの工事単価の実績よりも低めに設定されている。 ・ 表3の⑦の備考欄に標準的な費用制度42と記載があるが、これは耐震改修工事の種類及 び耐震改修工事を行う木造住宅の規模等に応じた補助対象とする耐震改修工事の価格に 対する限度額の制度である。具体的には、基礎の工事の標準的な費用は耐震改修工事を行 う木造住宅の建築面積(㎡)に 9,500 円/㎡を乗じたもの、耐力壁の工事の標準的な費用 は当該木造住宅の延べ面積(㎡)に 14,000 円/㎡を乗じたもの、及び屋根の工事の標準 的な費用は屋根工事の施工面積(㎡)に 12,100 円/㎡を乗じたものと規定している。そ して実施する工事について、各標準的な費用を足し合わせたものを耐震改修工事の標準的 な費用として、この金額と耐震改修工事の価格の低い方を補助対象とする耐震改修工事の 価格とする。この補助対象とする耐震改修工事の価格と、補助金の限度額と低い方が補助 金の金額となる43 なお、この標準的な費用は過去に補助制度において申請されたものの価格の実績よりも 低めに設定されている。 ・ 表3の①から⑦の全ての期間について、補助金の限度額、補助率、補助上限単価制度及 び標準的な費用制度の各規定は、耐震改修工事を行う木造住宅の改修前の評点等が反映さ れないものであり、3.2 で述べたとおり簡易的な補助金の金額の規定となっている。 表3:横浜市の木造住宅の耐震改修工事への補助制度における補助金の限度額等の変遷 期間 補助金の限度額・補助率 設計方法 備考 ① 1999 年7月~ 2001 年3月 限度額 200 万円(補助率 1/3) 旧精密診断法 補助率あり制度 ② 2001 年4月~ 2004 年5月 限度額 200 万円(補助率 1/3) 限度額 300 万円(補助率 1/2) 限度額 450 万円(補助率 3/4) 限度額 540 万円(補助率 9/10) 旧精密診断法 補助率あり制度 ③ 2004 年6月~ 2006 年7月 限度額 153.3 万円(補助率 1/3) 限度額 230 万円(補助率 1/2) 限度額 345 万円(補助率 3/4) 限度額 414 万円(補助率 9/10) 2005 年3月まで 旧精密診断法、 2005 年4月から 2004 年版精密診 断法 補助率あり制度 及び 補助上限単価制度 ④ 2006 年8月~ 2011 年3月 限度額 130 万円(補助率なし) 限度額 195 万円(補助率なし) 2004 年版 精密診断法 補助上限単価制度 ⑤ 2011 年4月~ 2013 年 12 月 限度額 205 万円(補助率なし) 限度額 270 万円(補助率なし) 2004 年版 精密診断法 補助上限単価制度 ⑥ 2014 年1月~ 2014 年9月 限度額 130 万円(補助率なし) 限度額 195 万円(補助率なし) 2004 年版 精密診断法 補助上限単価制度 ⑦ 2014 年 10 月~ 2017 年3月 限度額 75 万円(補助率なし) 限度額 115 万円(補助率なし) 2004 年版精密診 断法又は 2012 年 版精密診断法 標準的な費用制度 42 制度上、費用という名称がついているが、価格のことを指す。以下、同じ。 43 実際は端数処理があるがここでは省略する。

(17)

- 17 - (4) 耐震改修工事の設計方法 耐震改修工事の設計方法について、2005 年3月までは旧精密診断法を採用し、2005 年4 月から表3の⑥のときは 2004 年版精密診断法を採用し、そして表3の⑦のときは 2004 年版 精密診断法及び 2012 年版精密診断法を採用している。 (5) 申請方法 表3の①から③及び⑦のときは、耐震改修工事に関する事業者との契約の前及び工事着手 前に市長に補助金交付申請を行い、市長の補助金交付決定を受ける必要がある。また、表3 の④から⑥のときは、耐震改修工事に関する事業者との契約の前及び工事着手前に市長に計 画承認申請を行い、市長の計画承認を受ける必要がある。 (6) その他 上記の他、本稿での研究において述べる必要があるものは次のとおりある。 ・ 2012 年6月以降かつ 2014 年9月まで計画承認申請44を行う場合は、設計者が行う精密 診断法による改修前の耐震診断について、上部構造評点の算出の根拠となる木造住宅の現 況写真等の資料の提出を求めていた。 ・ 2012 年6月以降に計画承認申請又は補助金交付申請45を行う場合は、耐震改修工事の施 工者が所属する事業者は市内事業者46であることが要件となった47

4 木造住宅の耐震改修における補助制度の規定及び情報の非対称性の対策

4.1 政令指定市への調査の目的及び調査内容 3.2 で述べたように行政は必要十分な耐震改修工事の価格に基づいた補助金の金額の規定を することが難しく、簡易的な補助金の金額に関する規定を行わざるを得ないと考えられる。そ こで各政令指定都市が木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度において、補助制度の目的及 び補助金の算出方法等をどのように規定しているかを調査する。 また併せて、事業者が耐震改修工事の価格の引き上げを行う可能性を低くすることができる と考えられる、耐震改修工事における施主と事業者間の情報の非対称性についての対策として 各政令指定都市がどのようなことを実施しているかを調査する。 4.2 調査実施方法 2017 年 11 月 21 日に全ての政令指定都市である 20 市48の木造住宅の耐震改修工事に対する 補助制度49の担当者宛てに、電話にて照会を行う旨を伝えた後に、照会依頼文及び調査票(Word 44 設計費に関する申請を除く。 45 設計費に関する申請を除く。 46 横浜市契約規則第7条に規定する一般競争入札有資格者名簿における所在地区分が市内である者、法人 登記簿における本店又は主たる事務所の所在地が市内である者並びに主たる営業の拠点が市内である個人 事業者及び登記簿に登記されていない団体をいう。 47 その他にも補助制度において設計者及び施工者が所属する事業者について要件があるが、ここでは省略 する。 48 札幌市、仙台市、さいたま市、千葉市、横浜市、川崎市、相模原市、新潟市、静岡市、浜松市、名古屋 市、京都市、大阪市、堺市、神戸市、岡山市、広島市、北九州市、福岡市及び熊本市 49 調査の対象としたのは、昭和 56 年5月 31 日以前に建築確認を得て着工された、木造在来軸組構法の一 戸建て住宅の耐震改修工事に対する補助制度である。

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- 18 - 形式)を電子メールにて送付した。その後、同年 12 月8日までに神戸市を除く 19 市から回答 が入力された調査票が電子メールにて送付された。 4.3 回答内容50 (1) 木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度の目的 木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度の目的を確認するため、表4の選択肢①から⑥ から目的として該当するもの全てを選択してもらう方式で調査を行った。回答数は表4のと おりであり、3.1 で述べたような耐震改修工事の正の外部性と考えられる①から④を選択し た市は半数以下であった。ただし、その他を選択し、記述にて「災害に強いまちづくりを推 進するため」等の正の外部性に関する目的を記入した市もあった。それを含めると少なくと も 19 都市中 14 都市は耐震改修工事の正の外部性を意識して耐震改修工事に対する補助制度 を実施していることが分かった。 一方で、⑤を 17 都市が選択しており、社会的な便益ではなく私的便益が意識された補助 制度が実施されている可能性がある。本稿の内容からは逸脱するが、3.2 で述べたように公 平性の観点から補助制度を実施するのであれば、制度上の工夫や他の制度の検討が必要にな ると考えられる。 表4:木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度の目的 選択肢51(複数選択可) 回答数 ① 大地震時の木造戸建て住宅の倒壊により、道路通行が妨げられて避難が困 難となり、逃げ惑いにより多数の死傷者が発生することを防ぐため 8 ② 大地震時の木造戸建て住宅の倒壊により、緊急車両の通行障害など消火・ 救助活動に支障が出ることを防ぐため 8 ③ 大地震時に倒壊した木造戸建て住宅が発火点となり、さらに倒壊した建築 物の瓦礫が新たな延焼経路となって市街地火災が拡大することを防ぐため 9 ④ 瓦礫の処理費用及び仮設住宅の設置費用等の災害復興に関する費用が膨大 になることを防ぐため 5 ⑤ 木造戸建て住宅の所有者及び居住者の生命・身体及び財産を保護するため 17 ⑥ その他 7 (2) 補助対象とする耐震改修工事 木造住宅の耐震改修工事に対する補助制度の考え方を確認するため、木造住宅の耐震改修 工事の特徴として次の3つを提示したうえで52、考え方として合致するものを、表5の選択 肢①から④から全てを選択してもらう方式で調査を行った。 ・ 耐震改修を行うことができる箇所がある限り、工事量を増やせば上部構造評点をどこま でも向上させることができる。 ・ 同じ木造戸建て住宅において、同じだけ上部構造評点を上昇させる場合であっても、様々 50 調査のうち本稿の内容と直接的には関りがないものの回答は省略する。 51 本稿の用語の使い方と一部違うところがあるが、調査票のまま記載する。 52 本稿の用語の使い方と一部違うところがあるが、調査票のまま記載する。

参照

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