• 検索結果がありません。

6.1 実証分析の内容整理

上記5において、事業者が施主に提示する耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げ、

及び改修前の評点の引下げを行うことができることを述べた。ここでは実際に耐震改修工事の 評点に対する限界価格の引上げ及び改修前の評点の引下げが起きているかを横浜市より提供 されたデータを用いて実証分析にて確認する。

(1) 耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げの実証分析

まず、事業者が施主に提示する耐震改修工事の評点に対する限界価格を引き上げているか の実証分析について整理する。5.2 で述べたように耐震改修工事に対する補助制度の有無に 関わらず事業者は限界価格を引き上げることができるが、本稿では横浜市から木造住宅の耐 震改修工事に対する補助制度等の実績データを用いて実証分析を行うため、補助制度がある 状態の分析のみ実施する。そのため分析では、補助金の限度額が増額されると耐震改修工事 の評点に対する限界価格が上昇していることを確認し、もって事業者による限界価格の引き 上げが起こっていることを実証する。

また 5.2 で述べたとおり、施主の耐震改修工事の総便益が留保便益を下回らない範囲での み事業者は施主に提示する耐震改修工事の評点に対する限界価格を引き上げることができ る。そのため、施主の留保便益が小さい方がより事業者により限界価格の引き上げが行われ やすいと考えられる。よって施主の留保便益が小さいと考えられるときに、限界価格が上昇 していることを確認し、もって留保便益が小さいときに事業者による限界価格の引き上げが 起こっていることを実証する。

なお、施主の留保便益が小さいときとして考えられるのは、他の事業者がどの程度の工事 をどの程度の価格で受注しているかという情報や、より精度の高い個々の木造住宅の状況に 応じた必要最低限又は標準的な耐震改修工事の価格の情報等を施主があまり入手出来てい ないときと考えられる。具体的には、横浜市が派遣する診断士及び相談員、並びに、施主が 選択する設計者及び施工者の4者が所属する事業者が同一である場合は、同一でない場合に 比べて他の事業者の情報が入りにくいと考えられるので、留保便益が小さくなる可能性があ る。また、横浜市が実施している訪問相談において施主に耐震改修工事の概算価格を提示し ているが、3.4(2)でも述べたとおり当該概算価格は高めのものが提示されているため、訪問 相談を受けた施主の留保便益は小さくなる可能性がある。

以上から、診断士、相談員、設計者及び施工者の4者が所属する事業者が同一か、及び施 主が訪問相談を受けているかによって耐震改修工事の評点に対する限界価格がどう変化す るかを分析する。

(2) 改修前の評点の引下げの実証分析

次に事業者が改修前の評点を引き下げているかの実証分析について整理する。5.3 で述べ たように耐震改修工事に対する補助制度の有無に関わらず事業者は改修前の評点を引き下

- 37 -

げることができるが、本稿では横浜市から耐震改修工事に対する補助制度等の実績データを 用いて実証分析を行うため、耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げの実証分析と同 様に補助制度がある状態の分析のみ実施する。そのため分析では、補助金の限度額が多いと きに改修前の評点が低下していることを確認し、もって事業者による改修前の評点の引き下 げが起こっていることを実証する。

また、改修前の評点の引下げが行われていることを、施主又は耐震改修工事に対する補助 制度を実施する行政に認知されやすい場合は引下げが起こりにくいと考えられる。認知され やすい例として、市から派遣された診断士が市の事業として一般診断法による改修前の耐震 診断を実施した後に、同じ診断士が施主から依頼を受けて設計者として 2004 年版精密診断 法又は 2012 年版精密診断法による改修前の耐震診断を実施した場合が考えられる。この場 合は、診断方法が違っても、同じ者が壁の仕様及び基礎の仕様等の現地調査結果を悪い方に 変化させさせるのは難しい。具体的には、市の事業として行った耐震診断では筋かいがある とした壁を、設計者としての耐震診断では筋かいがない壁と調査結果を変更した場合は、施 主又は行政から説明を求められることが考えられる。よって、実証分析においては、診断士、

相談員及び設計者の3者が所属する事業者が同一かどうかで、改修前の評点がどう変化する かも併せて分析する。また、分析に当たっては訪問相談の実施の有無も考慮することとする。

6.2 実証分析に使用するデータ (1) 横浜市提供データ

横浜市建築局建築防災課から次のデータを個人及び事業者が特定できる氏名及び住所等 の情報を消去した状態で提供を受けた。

・ 横浜市木造住宅耐震改修促進事業の実績データのうち、2017 年3月 31 日までに耐震改 修工事を実施し、補助金の金額の確定を行ったもの。

・ 横浜市木造住宅耐震診断士派遣事業の実績データのうち、2017 年3月 31 日までに耐震 診断を実施したもの

・ 横浜市木造住宅訪問相談事業の実績データのうち、2017 年3月 31 日までに訪問相談を 実施したもの

ただし、個人及び事業者の特定はできないが、診断士、相談員、設計者及び施工者が所属 する事業者が同一かどうか確認できる形式でデータの提供を受けた。また、耐震改修工事に おける特殊な工法の使用の有無が確認できるようデータの提供を受けた。

横浜市よりデータ提供後、横浜市木造住宅耐震改修促進事業の実績データのサンプルうち、

市の耐震診断又は訪問相談を実施しているものについては、横浜市木造住宅耐震改修促進事 業の実績データに横浜市木造住宅耐震診断士派遣事業及び横浜市木造住宅訪問相談事業の 実績データを結合させた。この結合させたもの(以下、これを「横浜市提供データ」という。) を実証分析に使用する。

ただし、各分析において被説明変数及び説明変数を作成するためのデータの入力がないサ ンプルに関しては削除して分析を行う。

(2) 公共工事設計労務単価

国土交通省及び農林水産省が公共事業労務費調査を基に決める公共工事設計労務単価の うち、1998 年以降の神奈川県の大工の公共工事設計労務単価のデータを実証分析に使用す

- 38 -

る。なお、このデータは、建築コスト管理システム研究所のホームページ65にて公開されて いるものを使用した。

6.3 横浜市提供データの整理

横浜市の耐震改修工事に対する補助制度については 3.5 で述べたとおりであるが、上記5の モデルを踏まえて改めて実証分析のために整理する。

表3の①から②の補助制度は、補助率がある補助制度であり、概ね定率補助制度に該当する 制度である。表3の④から⑥の補助制度は補助率がなく、補助上限単価を用いた制度であり、

概ね工事量に応じた補助制度に該当する。表3の③の補助制度は、補助率及び補助上限単価の 両方を用いた制度であり、定率補助制度及び工事量に応じた補助制度の両方の要素を持つ。ま た、表3の⑦の補助制度は 3.5 で述べたとおり補助率がなく、耐震改修工事の種類及び耐震改 修工事を行う木造住宅の規模等に応じて補助金の金額が決まる制度であり、定率補助制度及び 工事量に応じた補助制度のどちらにも該当しない。この標準的な費用制度の補助制度について 上記5の中では触れていないが、耐震改修工事の価格を引き上げても補助金の金額は増えず、

補助金の限度額が低めであり、耐震改修工事の工事量を増やしても補助金の金額はほぼ増えな いため、耐震改修工事の評点に対する限界価格の引上げ、及び改修前の評点の引下げは起こり にくい可能性があると考える。

6.4 分析の種類

6.1(1)で述べた耐震改修工事の評点に対する限界価格を引上げに関する実証分析は、横浜市 提供データを使用して次の2つの分析を行うこととする。

1つ目は、補助制度における補助率、補助上限単価制度及び標準的な費用制度の制度内容、

並びに、採用されていた設計方法に関わらず表3の①から⑦までの全期間のデータを用いた分 析(以下、「分析1」という。)を行う。この分析1では、5.2 で述べた補助金の限度額が増加 したときに、耐震性がより低い木造住宅が補助制度において申請された影響を緩和して実証分 析を行うため、後述する「市診断評点ランクダミー」変数をコントロール変数として使用する。

この変数は市の耐震診断による評点のデータを基に作成するため、表3の①から⑦までの期間 のデータのうち、市の耐震診断を受けているサンプルのみで分析を行う。

そして2つ目は、6.1(1)で述べた診断士、相談員、設計者及び施工者の4者が所属する事業 者が同一か、及び施主が訪問相談を受けているかによって耐震改修工事の評点に対する限界価 格がどう変化するかについても併せて検証する分析(以下、「分析2」という。)を行う。分析 2の使用データについて、市の耐震診断のうち、わが家の耐震診断表による耐震診断を行って いた当時の診断士が所属している事業者の情報が入手できなかったため、横浜市提供データの うち、わが家の耐震診断表による耐震診断を受けていたサンプルを除いたデータを用いた分析 を行う。つまり、分析2は一般診断法による市の耐震診断が実施されるようになった 2008 年 9月以降のデータを用いた分析となる。また、5.3 で述べた補助金の限度額が増加したときに、

耐震性がより低い木造住宅が補助制度において申請された影響を緩和して実証分析を行うた

65 建築コスト管理システム研究所 建築コストの経年変化 4.労務単価 公共工事設計労務単価データ等の参 考提供 その 1/年順テキストデータ(https://www.ribc.or.jp/research/research3_5.html,2018 年1 月 20 日閲覧)

関連したドキュメント