年 31頁
64 同掲書 30頁 65 同掲書 30〜 31頁
66部 民共同の約束である保甲規約は全
14款
で88条
か らなる規約で、第1条
〜第4条
まで は保 甲ノ名称及匡域に関す ること、第5条
〜第 13条までは戸 口調査に関すること、第 14 条〜第16条
までは戸 口異動届出及整理に関す ること、第17条
〜第22条
までは出入者取締 に関す ること、第23条
〜第26条
までは警戒及捜査に関すること、第27条
〜第38条
まで 衛生獣疫豫防害虫駆除に関すること、第39条
〜第42条
までは交通に関す ること、第43条
〜第
48条
まで安寧及風俗に関すること、第49条
〜第60条
まで世丁園に関すること、第61条
〜第67条
までは規約上の責任に関す ること、第68・69条
で褒賞及救血に関すること、第
70条
〜第75条
までは保 甲会議に関すること、第76条
〜第82条
までは経営の収支及賦 課徴収に関す ること、第83条
〜第88条
までは過怠処分に関することが記 されている。鷲巣敦哉
『 蔓湾保 甲皇民化讀本』台湾総督府内台湾警察協会
1941年
67大 清潔法 とい う清潔保持に関する法律があ り、『 マラリア防過誌』
(1932)12頁
には大清潔法に関 して以下のように記 されている。
一、大清潔法施行規程の制定
明治二十八年十一月二十八 日訓令第二百三十四琥を以て大 清潔法施行規程を嚢布せ り。右規定中 「マラリア」防邊に開する條文抜粋左の如 し 大清潔法施行規程
第一條
麻長 は本規定の定むる庭 に依 り毎年二同定期大清潔法を施行すべ し (春 。秋)
第二條
前條の施行期 日は麻長之を定むべ し
第二條
大清潔法施行 の程度 は土地の状況 を参酌 し左 の各琥 に準抜 し鷹長之 を定むべ し 第三條一
宅地の内外 を掃 除 し雑 草 を刈 除す ること
第二條三
住家の内外 に雨水又は汚水 を滲透す る場所 ある ときは之 を改修 し軍 に瀑潤 した る場所 はには石灰 、木炭末又は乾燥せ る土砂 を撒布す ること
第二條六
下水溝 渠 は之 を浚渫 し破損 の箇所 は相営修理 を加 ふ るこ と
第二條人
土砂採掘跡其の他汚水瀦溜の場所 は之を埋没す るか又は相営排水 の方法 を設 く るこ と
第人條
麻長 は大清潔法施行後三十 日以 内に其 の顛末 を蔓湾線督 に報告すべ し
大清潔法施行規程 は明治
38年
(1905)11月 28日 に訓令234号
として発布 された。大清 潔法施行規程の中でマラリア防遇に関係する条文は①年二回 (春秋)の
清潔法の実施、② 家屋の掃除及び草刈 り、③排水装置の設置及び土砂採掘場や汚水瀦溜地の埋め立て等が規 定 されている。庁長は大清潔法実施後 30日 以内に清潔法の実態な どを台湾総督 に報告す る。68同
掲書13頁、34頁
一、防疫組合施行規則改正
明治四十四年五月府令第二十六琥を以て防疫組合施行規則中 「ペス ト豫防組合」を 「防疫 組合」に 「ペス ト豫防事項」を 「博染病及風土病豫防事項」に改む
明治四十四年五月府令第二十七琥を以て防疫組合規則第一條第二項に依 る風土病を 「マラ リア」 と定む。
防疫組合の原型はペス ト予防組合であ り、ペス ト予防組合 の職掌が拡充 しマラリア防過 などにも従事するよ うになった。
69『
マラリア防過誌』(1932)76頁 70同
掲書75〜 77頁
71『
台湾 日日新報』1911年
12月 9日 の小島第二防疫医官談話―阿線麻のマラ リア月艮薬の ケース 「教師 も施行者 に」によると「小學校生徒に封する服薬は教師に一任 し賞行せ しむ ることと鶯 し居れ るが成績頗る良好なるが如 し」 と書いている。月長薬に関 して医師や警察 官だけが施行者でな く教師 も施行者に成 り得るケースがあつたことが分かつた。72こ
の防蚊方法は例えば家屋の窓に金網 を張つて蚊の侵入を防 ぐ、或は除虫菊其の他の科 学的物質の燻蒸によつてこれを駆逐する方法、或は普通行われている蚊帳使用法な どがあり、この防邊方法 をイタ リア流 と呼ぶ。
『 高木友枝追憶誌』
41頁
高木友枝追憶誌刊行会1957年
73『
マラリア防過誌』(1932)3頁
を国語訳に して引用、また『 蔓彎衛生法規類集』(1918 年)を
参照す74原
文には話 し言葉に近い文章でル ビが付 されているが省略する75『
マラ リア防遇誌』(1932)39〜 40頁
76中
国語で書かれた同 じ内容の文章が続 くが省略する。77『
マラ リア防過誌』(1932)56頁
の本文を現代語訳「一、『マラリア』防遇事務講習開始
「マラリア」防過事務講習規程奎布せ られたるに依 り人月十二 日第一回の事務講習を開始 し引績き第二回第二回の講習を行ひ計二十人名の講 習修了者 を出 し各麻 に配置 した り。」
78只
野陽二郎宮城県に生まれる。明治
41年
警察本署臨時防疫課雇、大正8年
警察本署 衛生課技手、同9年
8月 警務局衛生課技師、同年 12月 蔓北州警務部衛生課技手、昭和2年
墓北州警務部衛生課衛生技手 となる。
(蔓
溝線督府職員録系統中央研究院
蔓彎史研
究所)
79穴
澤穎治医学博士。明治
21年
福島県に生まれる。大正9年
蔓北州衛生課長、昭和4 年総督府衛生技師。マラ リア病の研究に尽力 しマラリア博士 と呼ばれた。『 マラ リア防遇誌』の中に穴澤穎治の叙述が
65頁
〜74頁
にわたつて掲載 されている。(橋本 白水『 台湾統治 と其功労者』南国出版協会
1930年
)80森
下薫 1896‐1978
寄生 虫学者 、熱 帯病 学者 、理学博士、医学博 士。 明治29年
奈 良 県 に生まれ る。大正10年
東京帝大理学部動物学科卒業。寄生 虫学 を専攻。北里研 究所助手、蔓漏総督府 中央研究所技師 を経て昭和
14年
菫北帝大 医学部教授 (衛生学、寄生 虫学 を担 当)とな る。昭和
22年
大阪大学教授微生物病研 究所 寄生虫学兼原 虫学部長 とな り、同35年
退 官後名誉教授 。戦後WHOマ
ラ リア専門委員 として活躍。台湾時代 のマ ラ リア及びハマダラ蚊の研究が著名。野 口英世の研 究家 として も知 られ る。(『 日本人名大事典』平凡社
1979
年)
81桐
林茂明治
24年
福井県 に生まれ る。大正5年
金沢医学専門学校 を卒業。 同6年
大阪 商船株式会社 の船 医、同11年総督府港務検疫 医員 、同12年
蔓北州衛生技師、昭和11年地 方技師兼 中央研究所技師、蔓 中州衛生課長兼薬 品試験支所主任 を歴任す る。(『改訂 台湾人 士鑑』1937年
、1989年
『 台湾人名 事典』 として 日本図書セ ンター よ り復刻)82鈴
木外男石川 県に生まれ る。大正
7年
に蔓南医院の医官補、同9年
公 立高等普通学校 及び公 立蔓 中高等普通学校 、公 立高等女学校及 び公 立蔓 中高等女学校 の嘱託 、同14年
蔓北 州警務部衛生課衛生技師、昭和2年
墓 中州 内務部教育課地方技師、同4年
中央研 究所台 中 薬 品試験支所 主任兼技師 を歴任す る。(蔓
湾線督府職員録系統中央研 究院
蔓湾史研 究所)
83宮
川 富士松福 島県 に生まれ る。大正
4年
蔓南麻防疫部嘱託、同8年
蔓南公 署、昭和 3年蔓北州警務部衛 生課衛生技師、同
6年
墓北州警務部衛生課衛生課長、翌年地方病及停染 病調査委員会臨時委員 を歴任す る。(墓
彎線督府職員録系統中央研 究院
墓潟 史研 究
所)
84下
村八五郎医学博 士。明治
17年
大分県 に生 まれ る。明治43年
長崎 医専 を卒業。大正 元年渡蔓。公讐 とな り安平 に駐在 。同14年
線督府地方技師、翌年墓南警察書、昭和4年
墓 北州衛生技師、同7年
新竹州衛生課長 を歴任す る。(『改訂 台湾人士鑑』台湾新 民報社) 85吉
田泰三大阪府 に生 まれ る。大正
12年
高雄州警務部衛生課衛 生技師、同15年
高雄州 高雄婦人病院院長兼地方技師、昭和5年
新竹州警務部衛生課衛 生課長 を歴任す る。(蔓漏線督府職員録 系統
中央研 究院
蔓漏 史研 究所)
86田
村庄五郎福 岡県 に生まれ る。 大正
12年
蔓 中州警務部衛生課警部、翌年同課 の警察 馨、昭和5年
新竹州警務部衛生課警察讐、同7年
高雄州警務部衛生課衛生課長 を歴任す る。(蔓湾線督府職員録系統
中央研究院
蔓湾 史研 究所)
87池
田末記熊本 県に生 まれ る。大正
14年
桃 園郡役所警察課警部補、昭和6年
新竹州警 務部衛 生課警部、同8年
文官普通懲戒委員会及び巡査懲戒委員会の新竹州書記 を歴任す る。(蔓湾線督府職員録 系統
中央研 究院
蔓漏史研究所)
88佐
藤慶二郎新潟県 に生まれ る。大正
8年
新竹馨院弧雇 、昭和6年
新竹州警務 局衛 生課 衛生技手、同8年
羅東郡役所三星庄庄長 を歴任す る。(蔓湾線督府職員録 系統
中央研 究院
墓溝史研 究所)
89重
松英太福 岡県 に生 まれ る。 明治
45年
蕃務本署理蕃課嘱託、大正5年
警察本 署衛 生 課 嘱託兼蔓北麻警務課嘱託 、同8年
警察本署衛 生課 防疫讐官、同10年
中央研 究所蔓南薬 品 試験支所主任兼技師、翌年皇南州警務部衛生課衛生課長 を歴任す る。(蔓湾線督府職員録 系統
中央研 究院
蔓溝史研究所)
90野
田兵三明治
18年
熊本県 に生 まれ る。 明治42年
長崎 医科大学卒業。大正9年
蔓南 麻警 察讐、同12年
新竹州衛生技師兼警務部衛生課長 、同15年
中央研 究所技師兼蔓南薬 品 試験支所 主任 、昭和2年
蔓南州衛生課長 に抜櫂 され内務部教育課 を兼務す る。(『改訂 台湾 人士鑑』台湾新民報社)91西
本安衛岡 山県 に生まれ る。明治
40年
嘉義鷹打猫支麻警部補 、大正3年
嘉義麻警務 課警部、同 11年蔓南州警務部衛生課警部、昭和2年
東石郡役所警務課警務課長兼警部 を歴 任す る。(蔓湾線督府職員録系統
中央研 究院
蔓湾史研究所)
92安
達敬智医学博士。明治
24年
長野県 に生 まれ る。大正4年
金沢医学専門学校 を卒業、同
12年
墓南州衛生課警察讐、同13年
新竹州衛生技師、同15年
新竹州衛生課長 、昭和4年
高雄州衛生課長兼教育課 、同
7年
墓 中州衛生課長、同8年
中央研 究所技師 を委嘱 され墓 中 薬品試験支所主任、同11年皇中州衛生課長を歴任す る。(『改訂台湾人士鑑』台湾新民報社)93樺
山味次郎鹿児島県に生まれる。大正
7年
蔓南麻大 日降支麻警部補、同12年
蔓南州 警務部衛生課警部、昭和2年
蔓中讐院書記を歴任する。(蔓漏線督府職員録系統
中央研究院
墓湾史研究所)
94佐
伯長一広島県に生まれ る。大正
9年
8月 嘉義麻北港支麻警部補、同13年
墓南州警 務部衛生課警部、同15年
新豊郡役所警察課警部、昭和4年
嘉義郡役所警察課警部、同8年
曾文郡役所警察課課長兼警部を歴任す る。
(皇
彎線督府職員録系統中央研究院
墓溝 史研究所)
95榊
原保福岡県に生まれる。大正
14年
蔓南州警務部衛生課警察讐、昭和2年
高雄州警 務部衛生課衛生技師、同5年
高雄州高雄市平安讐院院長 を歴任す る。(墓湾線督府職員録系統
中央研究院
蔓湾史研究所)
96豊
住政次郎明治
32年
東京都に生まれる。大正11年蔓北医学専門学校を卒業、同時に 蔓南市衛生技手、昭和4年
総督府州警察讐、同8年
台湾衛生技師を拝命、墓南州衛生技師として警務部衛生課に勤務す る。(『改訂台湾人士鑑』台湾新民報社)
97堀
之内榮蔵鹿児島県に生まれる。大正11年高雄州警察部衛生課警部補、昭和
2年
菫 南州警務部衛生課警部、同13年
新竹州新竹警察署署長兼地方警視、同16年
蔓南州墓南警 察署署長兼地方警視 を歴任する。(蔓
湾線督府職員録系統中央研究院
蔓湾史研究所)
98安
倍貞次明治
17年
大分県に生まれる。明治38年
私立熊本医学校 を卒業。大正10年
渡蔓、蔓湾公讐 として塩水街に在勤、昭和2年
蔓湾衛生技師に任官、蔓南州警務部衛生課に奉職、同
8年
蔓南警察讐を歴任する。同12年
に高雄州警務部衛生課衛生課長 に就任 し、マラ リア防遇の専門家 として高雄州の保健衛生事業に尽力 した医学博士。(『改訂台湾人士 鑑』台湾新民報社)
99竹
村持城広島県に生まれ る。大正
10年
曾文郡役所警察課警部補、昭和3年
蔓南州警 務部衛生課警部、同5年
殖産局山林課属兼墓南州警部、翌年新化郡役所警察課課長兼警部、同
9年
虎尾郡役所警察課課長兼警部同13年
蔓南州警務部保安課課長兼警部を歴任す る。(蔓溝総督府職員録系統
中央研究院
蔓湾史研究所)
100清
水清一明治
37年
石川県に生まれる。蔓北医学専門学校を卒業、同時に蔓南州警務 部衛生課に奉職、昭和8年
蔓南州警察讐を歴任する。(『改訂台湾人士鑑』台湾新民報社)101高
橋幾一広島県に生まれ る。大正
9年
阿線鷹六亀里支麻警部補、翌年蔓南州墓南警 察署警部補、同14年
新化郡役所警察課警部、昭和6年
蔓南州警務部衛生課警部、翌年新豊 郡役所警察課課長兼警部、同13年
斗六郡役所斗南庄庄長、翌年菫潟都市計画委員会臨時委 員、同15年
斗六郡役所斗南街街長 を歴任する。 (蔓溝線督府職員録系統中央研究院
墓
溝史研究所)
102勝
木貞次郎静岡県に生まれ る。大正
2年
桃園麻料以支麻嘱託、同4年
嘉義鷹嘉義保生讐員、同
9年
南投麻公讐、翌年墓中麻公讐、同11年高雄州警察部衛生課警察讐、翌年高 雄州警察部衛生課衛生技師を歴任する。(蔓
彎線督府職員録系統中央研究院
蔓湾史 研究所)
103瀧
澤豊吉長野県に生まれ る。明治
36年
蔓中麻警務課警部補、同42年
蔓北麻警務課 警部、大正2年
阿縁麻警務課警部、同11年高雄州警務部衛生課警部、昭和10年
高雄市役 所衛生課主事兼掃除監督長を歴任する。(蔓
湾線督府職員録系統中央研究院
蔓湾史 研究所)
104島
義雄明治
24年
鹿児島県に生まれ る。大正11年京都帝国大学医学部医学科 を卒業、大正