第4章 推進剤の供給方法の変更による性能改善の検討
4.2 推進剤供給位置の変更による性能の変化
4.2.1 はじめに
推進剤の供給方法の変更による性能の変化を JAXA の宇宙科学研究本部で開発中の マイクロ波放電型イオンスラスタμ20において検討した.このスラスタは「はやぶさ」
に搭載されたマイクロ波放電型イオンスラスタμ10 の後継機の一台として開発中のも のである.μ10 を使用した「はやぶさ」の信頼性を背景に, 宇宙科学研究本部では小 天体探査などの次期計画が立ち上げっており, そのようなミッションに適用できるよ うマイクロ波放電型イオンスラスタの大型化が進められている.表 4-1 にμ10 の性能 とμ20 の目標性能を示す[4-3].μ20 の開発目標は推力電力比の向上であり, 第 2 章の表 2-1「代表的なイオンスラスタの性能」で示したような, 他の直流放電型のイオンスラ スタの推力電力比と同等にまで向上させる事である.
4.2.2 放電室 (プラズマ生成部)
μ20 の断面図, 正面図, 放電室内正面写真及び放電写真を図 4-1 (a), (b) に示す.直
径 200mm, 放電室長さ 30mm の放電室内には角形の Sm-Co 永久磁石を使用して, 4 列
の磁石列が敷かれており, 中心に近い 1 列目の磁石列から磁石の表面磁束密度が S 極, その次の列が N 極, と交互に磁石の表面磁極が異なるように並んでいる.以降, 磁石 列は中心に近い方から 1 列目, 2 列目, 3列目, 4列目と呼ぶことにする.図4-2 に磁場 配位を示す.磁石列は厚み 5mm の軟鉄製 Yoke に乗っており, 磁気回路を形成してい る.2 列目の磁石列と 4 列目の磁石列が磁気的に繋がるように, 橋渡し的な磁石が 2 カ 所 3 列目の磁石列と交わるように配置されている(図 4-1 (a) 参照).このように配置す ることにより3つの磁気トラックを形成し, プラズマの生成と閉じ込めを行っている.
中心にはマイクロ波供給用のアンテナが備わっており, それは使用するマイクロ波 の波長の 1/4 波長の長さをしたモノポールアンテナである.同軸ケーブルによりマイ クロ波電力がアンテナに供給される.
4.2.3 イオン加速用グリッド(抽出部)
本実験で用いたイオン加速用グリッドは, μ10 で使用されているものと同じ材質(カ ーボン・カーボン)である.引き出し部の直径は 200mm である.このグリッドシステ ムの設計値を表 4-2 に示し, μ10 のグリッドと比較した写真を図 4-3 に示す.グリッ
4.2.4 中和器(中和部)
μ20 用の中和器はμ10 で使用されている中和器を改良したものであり, 既に完成し ている.しかし, 本実験ではこの中和器を使用せずに, 0.2%のトリアを含浸させたタン グステン (ThW) 線を中和器として使用した.
4.2.5 実験装置
(1) 真空容器及び排気系[4-5]
本実験で使用した真空容器はμ10の耐久試験に使用したものであり.直径2m, 長 さ 5m の円筒形で, 高真空排気に油を一切使用しないクライオポンプを 4 台使用し ており, クリーンな真空環境を作る事ができる.装置全体の写真とスラスタ配置図 を図 4-4 に示す.表 4-3 に各ポンプの性能を示す.この真空容器は常に高真空に保 たれており, スラスタ等はこの主真空容器に取り付けられた副真空容器内に収めら れている.主真空容器と副真空容器はゲートバルブで接続されており, 実験を行う 時にバルブが開けられ空間的に接続される.この方法により, 一度実験を終了し副 真空容器を大気解放しても, 再び副真空容器を排気するだけで迅速な実験を行う事 ができる.
(2) マイクロ波電源系
発信器から出力されたマイクロ波は最大出力 200W の TWT(Traveling-Wave Tube:
進行波管)マイクロ波アンプにより増幅され, N 型のコネクタから出力される.出力 されたマイクロ波は低損失の同軸ケーブルで伝送されて, 1/4 インチセミリジッドケ ーブルに変換された後, 真空容器へと導入される.そして真空容器フランジに設置 されたμ20 へマイクロ波が供給される[図 4-4(b)参照].本実験で使用したマイクロ 波の周波数は4.25GHzである.
(3) イオン加速用電源系
2kV, 2A のスクリーングリッド用電源と 350V, 0.5A のアクセルグリッド用電源を 使用している.
本実験では, 加速試験用電源と真空容器の両者を接地し, 真空容器端面をイオン ビームターゲットとして使用する事で電流ループを閉じてビーム電流を測定してい
る(図 4-5(b)参照).イオンビーム電流はスクリーングリッド用電源得られる電流から
アクセルグリッド用電源で得られる電流を差し引いた値とした.全ての実験で加速 電圧はスクリーングリッドが+1.2kV, アクセルグリッドが-0.35kV で, ディセルグリ ッドは接地している.
(4) 推進剤供給系
本実験では最大流量 10sccm のマスフローマスフローコントローラー(Mass Flow Controller: M.F.C.)を使用してスラスタに推進剤を供給している.このコントローラ ーの誤差は最大流量に対して 1%である.よって各々の実験流量に対しておよそ 0.1 sccm の誤差がある.真空容器フランジには 3 系統の推進剤導入端子が付けられてお り, 推進在流路はマスフローコントローラーの下流で分岐される.真空容器内では ガスアイソレーター(推進剤絶縁器)を通ってスラスタの各ポートに入力される(図 4-5 (b) 参照).本実験は 8.6sccm, 9.6sccm, 10.7sccm の 3 種類の流量で行った.推進 剤はXeである.
(5) DC Block
本実験では大電力マイクロ波対応の DC Block を大気中にて, 同軸ケーブルと 1/4 インチセミリジッドケーブルの間に挿入して使用した.
4.2.6 実験内容
以前の体系ではμ10 と同様に導波管が放電室中央に配置されており, そこからマイ クロ波が供給されていた.しかしながら導波管重量や, 占める体積が大きくなり衛星 搭載時に問題となり, 現在のμ20ではモノポールアンテナへと移行している.
導波管型を使用した体系での土岐, 西山らの実験[4-6]においては, 放電室中央にある 導波管の両脇と放電室壁面の合計 4 カ所から推進剤供給を行った結果, その分配比の 違いによりイオンビーム電流の値に差がみられた.このことからアンテナを使用した 体系に於いても, 推進剤の供給方法の違いでイオンビーム電流値に変化が現れる事が 予想された.そこで本実験では図 4-5(b) に示すように放電室上流(磁気回路 Yoke)から 推進剤を供給して性能(イオンビーム電流)変化を検討した.
1 列目の磁石列から 4 列目までの磁石列のそれぞれの間から推進剤を供給できるよ うに多数のポートが設置されており, 任意の場所のポートを使用することができる(図
4-1(b) 参照).本実験では推進剤の供給位置の違いにより性能の変化がどの程度現れる
か判断するために, まず 2 種類の推進剤供給ポートを使用して, 試験を行った.第 1 に 隣り合う 1 組の磁石列の間に 4 つの推進剤供給ポートを配置した.第 2 に隣り合う 1 組の磁石列の間に2つの推進剤供給ポートを配置した.
性能評価はそれぞれのポートを使用した時の加速試験によって得られるイオンビー ム電流値を比較することにより行った.
量に於けるイオンビーム電流値のマイクロ波電力依存性を図 4-9 から図 4-11 に示す.
どの推進剤流量に於いても, 推進剤供給ポートが半径方向外側に位置するほどイオン ビーム電流値は高くなる傾向になった.これはプラズマ生成が主として推進剤供給ポ ートを挟む磁石列で行われていると考えられ, 磁石列が長い, すなわちプラズマの生成 領域が広い 3, 4 列目の間に推進剤供給ポートを配置した場合にイオンビーム電流値が 高かったと考えられる.
次に, 図 4-12 から図 4-14 に 2 つの推進剤供給ポートを使用した場合の放電の様子を 示す.各推進剤流量に於けるイオンビーム電流値のマイクロ波電力位依存性を図 4-15 から図 4-17 に示す.イオンビーム電流値は, 使用する供給ポートの位置で多きく変化 した.すなわち使用する推進剤供給ポートの位置に対して, 適切な推進剤流量が存在 した.1, 2 列目の間の推進剤供給ポートを使用する場合には, 推進剤流量は少ない方が 良く, 2, 3 列目, 3-4 列目の間の推進剤供給ポートを使用する場合には推進剤流量を多く した方が良い.この理由として 1, 2 列目を使用する場合には推進剤流量が多いと, そ こでのマイクロ波電力の吸収が盛んになり, 半径方向の外側にまで十分は電界強度を 持ったマイクロ波が伝播できないためだと考えられる.そして, 3, 4 列目から推進剤を 供給する場合は 1, 2 列目の間で生成されるプラズマでのマイクロ波吸収は少なく, 3, 4 列目まで十分な電界強度を持ったマイクロ波が伝播してくる.よってそこでの推進剤 流量を多くすると, その分プラズマが 1, 2 列目の生成領域よりも 3.4 列目の広い生成領 域で生成され, 結果イオンビーム電流値は高くなると考えられる.
このようにμ20 では推進剤の供給方法一つで性能改善がみられる.よってその最適 方法を検討し, 先に掲げた目標値を得るべく, 電子のエネルギー分布関数(EEDF)を計 測した.