第5章 現代企業会計としての減損会計の特徴
2 投資意思決定のための報告会計としての減損会計
アメリカでは、1980年代から固定資産の評価減(切り下げ)が実施され、その延長線上 で減損会計基準として、SFAS第
121
号「減損した長期性資産および処分予定で保有する 長期性資産の会計」が1995
年に公表された。このSFAS
第121
号の設定前においても、会計実務においては、長期性資産の帳簿価額が回収不能となることを示す証拠(減損の証 拠)がある場合には、長期性資産は評価減が行われていた。
しかしながら、長期性資産の減損についての会計実務は多様であり、減損の認識時点及 び計上額について規定した会計基準はなかった。長期性資産の減損に関する会計基準の欠 如が、財務諸表の目的適合性および比較可能性を低下させていた
7
。この状況を改善するた め、FASB
は、1990年に討議資料を、次いで1993
年10
月に公開草案をそれぞれ公表し、それらに対する多くのコメントを検討したのち、上記の
1995
年3
月にSFAS
第121
号を 設定した。その後、SFAS第121
号は、2001年8
月にSFAS
第144
号「長期性資産の減 損または処分の会計」として改訂された8
。(1)減損と減損会計の必要性
SFAS
第121
号が設定されるまでのアメリカにおける評価実務の実態について、実証研 究の成果に基づいて紹介する9
。1980
年代から1990
年代前半にかけて行われたアメリカの固定資産評価切下げ実務を概代を背景にしたビッグ・バスが多く観察された。つまり業績の悪化した企業ほど経営者の 交代が行われ、その際、固定資産の評価切下げなどで過去の膿を出し切り、経営を交代す るのである。なかでも、のれんの評価切下げがビッグ・バスで多用されていた。しかし、
評価切下げの会計処理は、基本的なところで混乱していたのである
10
。すなわち、評価切下げの主たる動機である利益調整とは、「減損した資産を保有してい る企業は、評価切下げのタイミングをはかり、正常利益よりも多くの利益が生じた期間に 評価切下げを行い、評価損を計上して期間利益を平準化する」
11
ことを指しているのであ る。SFAS121 号設定以前の評価切り下げは、利益調整と経営者交代にともなう過去の清 算、つまり過去の膿を出し切る点にあったようである。資産評価切下げの公表に対して、証券市場はネガティブな反応をした。つまり、実証研 究によれば、証券市場は一般に資産評価切下げを企業価値の減少を示すものと理解し、将 来における業績改善のシグナルとしては捉えなかった
12
。また、資産評価切り下げを繰り 返す企業の会計情報は信頼性を欠き、評価切下げを行うにつれて会計情報が証券投資意思 決定に活用されなくなる、ということも分かった。さらに、資産評価切下げが適時に行わ れていなかったことを示唆する証拠も得られたのである。証券市場は資産の減損を事前に 予測して株価に織り込んでおり、評価切下げの実施と情報開示を概ね3
年遅らせていた13
。「このような資産切下げ実務に秩序を形成し、投資家に適切な減損情報を適時に開示する ことを目的にして、SFAS第
121
号が公表されたのである」14
。したがって、「業績の悪化した企業ほど経営者の交代が行われ、その際、固定資産の評 価切り下げなどで過去の膿を出し切り、経営を交代するのである。新しい経営者にとって ビッグ・バスは、自分の将来の業績評価に有利であり、投資家の期待を改善する一助とな る。中でも、のれんの評価切り下げがビッグ・バスで多用された」
15
。のれんの減損会計 が経営者の交代と最も相関を有し、特に裁量的に行われていたことが実証されているとい う16
。そうであるから、「減損会計基準では土地・建物・設備とのれんを分けて扱うべき だ」し、「安易な評価切下げを防ぐため減損を認識するハードルを高く設定すべきだ・・・(中略)・・・評価切下げを行うにつれて会計情報の有用性は低下したのである」
17
。 後述するように、利益調整を目的にした減損会計を防ぎ、会計情報の信頼性を確保する ために、減損を認識するハードルを高く設定すべきであるならば、SFAS第121
号による 減損テストのほうがIAS
第36
号よりも望ましい。(2)わが国減損会計基準の導入と先行基準(SFASと
IAS)
わが国減損会計基準に先行したアメリカ
SFAS
第121
号と国際会計基準IAS
第36
号の 特徴や相違をみながら、わが国基準の特徴を明らかにする(〔表3〕参照)。
減損会計の目的は、様々な表現でなされるが、例えば「資産の簿価が、その資産に期待 される将来の経済的便益の額を超えていないことを保証し、将来の経済的便益の喪失(資 産の減損)を適時に認識すること」にある。そこでは「将来の経済的便益」の測定基準を どうするのかという問題と、いつどの時点で「適時に認識する」のかという問題がある。
減損損失をいつどの時点で「適時に認識する」のかの問題は、前章において減損の兆候 テストの問題として述べたので、ここでは、「将来の経済的便益」の測定が、
SFAS
第121
号とIAS
第36
号のそれぞれの基準で相違していることについて述べたい。[表 3] SFAS
第121
号とIAS
第36
号の相違点SFAS第121号 IAS第36号
減損の認識
簿価と資産のもたらす割引前将 来キャッシュ・フローを比較して減 損を認識する
簿価と回収可能額(資産の正味売却 価格と使用価値のいずれか大きい方)
を比較して減損を認識する 減損の測定 簿価が公正価値を超過する額 簿価が回収可能額を超過する額
(筆者作成
)
[表3]での割引前将来キャッシュ・フローと正味売却価格、使用価値および公正価値の
大小関係は、減損した資産を使用し続ける状況下では、通常、その資産の正味売却価格よ りも使用価値は大きく、使用価値よりも割引前キャッシュ・フローが大きい。つまり、正味売却価格<使用価値<割引前キャッシュ・フロー
となる。また、使用中の資産は、他の資産と一体となりシナジー効果を発揮するため、多 くの場合、その使用価値は公正価値より大きいと考えてよい
18
。公正価値とは、アメリカ基準で用いられる減損損失の測定金額であり、すでに第2章の
[表1]を基に説明している。ここで再度定義しておくと、公正価値とは「取引の知識が ある自発的な当事者の間で、独立第三者間取引条件による資産の売却から得られる金額か ら処分費用を控除した額」(SFAS第
144
号6
項)である。ついでながら、使用価値とは価値をいう(IAS第
36
号6
項)。」したがって、SFAS第
121
号は、減損の認識に割引前将来キャッシュ・フローを使用す ることで高いハードルを設け、これを超えれば、相対的に多くの減損が計上される仕組み になっている。しかし、減損の計上後、公正価値が回復しても減損の戻し入れは認められ ない。これに対して、IAS第36
号では、SFAS第121
号が減損の認識に割引前将来キャ ッシュ・フローを用いるのに対し、これより小さくなる資産の正味売却価額と使用価値を 用いることになるので、減損の認識に低いハードルを設けることになる。結局、IAS
第36
号はSFAS
第121
号より積極的に減損を認識する仕組みになっており、計上される減損の 金額は相対的に小さいが、減損後の回収可能額が回復すれば、減損を戻し入れなければな らない。「利益調整を目的にした減損会計を防ぎ、会計情報の信頼性を確保するために、減損を 認識するハードルを高く設定すべきであるならば、SFAS第
121
号による減損テストのほ うがIAS
第36
号よりも望ましい。また、IAS
第36
号のように減損の戻し入れを認めれば、経営者に新たな利益調整の手段を与えることになる。実証研究は、経営者の利益調整を念 頭に置いた減損会計基準の設定が必要であることを、われわれに教えている。」
19
。[表3]でわかるように、減損会計を SFAS
第121
号は、「簿価が公正価値を超過する額」で測定されるから収益力の低下を契機とした事実上の再投資とみて、公正価値まで引き下 げられた価額は、新しい原価とみなされる。したがって、償却性資産については、公正価 値に切り下げられた価額に基づき、その資産の残存耐用年数にわたって減価償却される。
一方、IAS 第