4-1. 間主体性をめぐる緊張
――コミュニケーション行為と仮説的態度
ハーバーマスは事あるごとに様々な名称を用いて間主体性について触れて いる。すでに第一章で確認した通り、間主体性は「同一の意味の理解と普遍 的な請求の承認に基づいて樹立される、言語および行為能力を有する主体間 の共同性を表わす術語」である(
Habermas
[1984: 1976]S
. 439)。例えば、『道 徳意識とコミュニケーション行為』(1983)に見られる通り、ハーバーマス は「 間 人 格 的 枠 組 み(interpersonale Rahmen
)」 や「 相 互 行 為 連 関(
Interaktionszusammenhang
)」 お よ び「 相 互 性 に 基 づ く 関 係(reziproke
Beziehungen
)」という名称を使用しながら、間主体性の輪郭を描き出している(
Habermas
[1983]S
. 160=234頁)。このことから分かる通り、ハーバ ーマスの社会理論は疑いなくこの間主体性という人間的関係を中心にして展 開するものである。例えば、ハーバーマスの社会理論にとってこの間主体性の構造を維持する ことが如何にして可能であるのかどうかという課題は重要な位置を占めてい る。というのも、この問いは彼の『コミュニケーション行為の理論』(1981)
で体系的に論じられた社会病理の診断、すなわちシステムによる「生活世界 の植民地化(
Kolonisierung der Lebenswelt
)」の命題に符合するものである からである。生活世界の植民地化は、間主体性という人間的関係を作り出す 資源となる生活世界が国家権力や金銭によって蚕食されること、そしてこれ により私的領域および公的領域が機能不全を起こすことを示すものである。そしてハーバーマスは『コミュニケーション行為の理論』の中で、このよう な間主体性という人間的関係を腐蝕させようとする趨勢に対して、防衛線を 張り抵抗する運動に対して肯定的な評価を下しているのである。
ハーバーマスはこのような人間同士の共同性という間主体的構造を「コミ ュニケーション行為(kommunikatives Handeln)」という観点から描き出し ている。彼は、1981年に発表した『コミュニケーション行為の理論』の一部 をなす「第一中間考察――社会的行為、目的活動、コミュニケーション」の 中で、コミュニケーション行為を「形式語用論(
Formalpragmatik
)」という 観点から体系的に論じている。すでにハーバーマスは、言語論的転回を綱領 的に告げる「ガウス」講義(1970/1971)や長大な論文「普遍語用論とは何か」(1976)の中で、「普遍語用論(
Universalpragmatik
)」について論じていた。普遍語用論は人間同士における言語使用に注目することを通じて、了解を目 指す発話行為を行なうに際して、文を使用するために話し手が有する「コミ ュニケーション能力(
kommunikative Kompetenz
)」の規則体系を再構成す るものである。このような再構成は、彼自身が「追構成(Nachkonstruktion
)」や「合理的追構成(
rationale Nachkonstruktion
)」という様々な名称で表現 する「合理的再構成(rationale Rekonstruktion
)」という方法論的立場に符 合するものである25)。合理的再構成という方法論的立場は、前理論的な知識 および規則体系、すなわち可能な経験の対象を構成する法則性を明示するも のである。彼のコミュニケーション行為の理論は、この方法論的立場から用 意されたものであると言うことができるであろう。しかし「第一中間考察」では、了解を目指さない発話行為である「戦略的 行為(
strategisches Handeln
)」も視野に入れつつ、コミュニケーション行 為の機能をより体系的に叙述することを試みる形式語用論の見地を採用して いる。以降、ハーバーマスはコミュニケーション行為を戦略的行為と対比的 に論じようとする。ハーバーマスの『道徳意識とコミュニケーション行為』(1983)の言葉を借りるとすれば、戦略的行為は「行為者たちが、彼の行為 の成果、すなわちその結果をもっぱら志向」するものであり、「武器や財貨、
威嚇や誘惑を手段にして、状況の定義や彼らの相手の意思決定および動機に
25) Vgl. Iser, Mattias (2009): »Rationale Rekonstruktion«, in: Brunkhorst, H./ Kreide, R./ Lafort, C (Hrsg.): Habermas-Handbuch,Stuttgart/ Weimar.S.364-366.
対して、外から影響を及ぼし、そのことを通じて自分たちの行為目標を達成 しようと図る」行為である(Habermas [1983]
S. 144=211頁)。
こ れ に 対 し、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 行 為 は「 了 解 志 向 的 行 為
(verständigungsorientiertes Handeln)」である。「第一中間考察」で論じられ ている通り、「了解(
Verständigung
)」とは「言語能力と行為能力をそなえ た主体の間で一致が達成される過程」のことである(Habermas [1981]Bd1.
S
. 386= 中巻23頁)26)。すなわち了解は、発話された発言の内容がどのような 意図を含んでいるのかを「理解する(verstehen
)」ことを意味している(
Habermas
[1981]Bd
1.S
. 412= 中巻48頁)。コミュニケーション行為の第一 の機能は、この了解を生み出すことである。付言すれば、このような了解の「地平(
Horizont
)」や「背景(Hintergrund
)」および「脈絡(
Kontext
)」となるのが、「生活世界(Lebenswelt
)」である(
Habermas
[1981]Bd
2.S
. 183=下巻18-19頁)。ハーバーマスにとって、生 活世界は了解を形成するための「知のストック(Wissensvorrat
)」を意味し ている(Habermas
[1981]Bd
2.S
. 191=下巻26頁)。『コミュニケーション行 為の理論』(1981)の言葉を借りるとすれば、生活世界は「行為状況において、その背後に遡りえない地平」(
Habermas
[1981]Bd
2.S
. 225=下巻59頁)で あり、「コミュニケーション行為の当事者たちは、常に生活世界の地平の内 部で動いている」のである(Habermas
[1981]Bd
2.S
. 192=下巻27頁)。コミュニケーション行為の第二の機能は「同意(
Einverständnis
)」を確保 し、「 行 為 の 調 整(Handlungskoordinierung
)」 を な し、「 間 人 格 的 関 係(
interpersonale Beziehungen
)」を成立させることである(Habermas
[1981]26) ハーバーマスによれば、このような了解は「言語(Sprache)」の中に「目的因(Telos)」と して内在するものである(Habermas [1981] Bd1. S. 387= 中巻24頁)。ハーバーマスにとって 言語は、意味論が明らかにするように、ある対象を指し示し、記述するという機能を有してい る。しかしながら、言語は対象の記述を行うばかりではない。言語は、これを使用する人々の 関係を創出するものである。この「発話の二重構造」に注目するハーバーマスの見方は、ジョ ン・L・オースティンやジョン・サールをはじめとする発話行為論によって用意されたもので ある。この発話の二重構造については以下の著書を参照せよ。遠藤克彦(2007)『コミュニケ ーションの哲学――ハーバーマスの語用論と討議論』世界書院。
Bd
1.S
. 369= 中巻8頁)。了解を志向するコミュニケーション行為は、同意 を生じさせる。同意とは、了解された発言内容を当事者たちが妥当している ものとして「承認する(anerkennen
)」ことであり、この承認を通じて、そ の発言内容を「受け入れる(akzeptieren)」ことである(Habermas [1981]Bd
1.S
. 412= 中巻48頁)。ハーバーマスによれば、同意が成立し発言内容が 妥当するものとして受容されているとき、以下の三つの基準が同時に満たさ れている(Habermas
[1981]Bd
1.S
. 412= 中巻48頁)。すなわち、その発言 された言明は命題内容として真であるのかどうかという「真理性(Wahrheit
)」という基準、規範的コンテクストからみて適切であるのかという「適切性
(
Richtigkeit
)」という基準、話し手自身の意図がありのままに表明されているかという「誠実性(
Wahrhaftigkeit
)」という基準である。とはいえ、コミュニケーション行為には了解と同意(行為の調整)を形成 する他に、もう一つの機能を有している。ハーバーマス自身『コミュニケー ション行為の理論』の一部をなす「第二中間考察――システムと生活世界」
の中で、このようなコミュニケーション行為の計三つの機能を整序している。
ハーバーマスはここで以下のように叙述する。
「コミュニケーション行為は了解という機能的な局面においては、文化 的知の伝承と更新とに役立っている。また行為の調整という局面では、
それは社会的統合と連帯の確立とに役立っている。最後に社会化という 局面では、それは人格的同一性の形成に役立っている」(
Habermas
[1981]
Bd
2.S
. 208=下巻44頁)。引用にある通り、コミュニケーション行為の三つ目の機能とは、「社会化
(
Sozialization
)」に関わることであり、「人格的同一性の形成(Ausbildung
von personalen Identität
)」に資するものである。コミュニケーション行為 は間主体性の構造を創出するが、その間主体的構造の中で、個人の人格的同 一性が彫琢されていく。他者との意思疎通を通じて、人々は自分自身の同一性を形成するのである。
以上の通り、『コミュニケーション行為の理論』の「第一中間考察」およ び「第二中間考察」におけるハーバーマスの主張に基づくとすれば、コミュ ニケーション行為は、了解を生み出すという第一の機能、同意を確保し当事 者たちの行為を調整することによって間人格的関係を生み出すという第二の 機能、人格的同一性を形成する社会化を可能とする第三の機能という計三つ の機能を有している。ここから明らかな通り、コミュニケーション行為は自 己と他者の共通の意味理解と相互的承認をもたらす間主体性という構造を創 出するものであると言うことができるであろう。しかし、ハーバーマスは決 して調和的な間主体性を描き出すことに終始していたわけではない。むしろ、
この間主体性の構造とそこに属する個人の緊張関係を論じながら、社会的規 範や社会的役割を問い直す批判的主体の存在を肯定しようとしている。
実際ハーバーマスは、何らかの実体的なアイデンティティおよび実質的な 共同体意識によって再魔術化することを通じて、この人間同士の共同の関係 という間主体性を総体性へと変じさせることに対して繰り返し注意を喚起し ている。例えば、「歴史家論争(
Historikerstreit
)」の折に発表された論考「一 種の損害賠償」(1986)では、ハーバーマスは過去を修正しようとする歴史 家たちの根底にある精神的雰囲気を問題視している。ハーバーマスにとって 過 去 を 修 正 主 義 的 に 解 釈 す る 企 図 は、「 一 種 の 損 害 賠 償(Eine Art
Schadenabwirkung
)」に過ぎず、所詮は「過去を首尾よく脱道徳化し、それによって過去の負債を振り払おうという意欲に導かれたもの」である
(
Habermas
[1987]S
. 133=70頁)。ハーバーマスの要約は次のとおりである。「要するにこういうことである。国民意識の中に素朴に根付いたアイデンテ ィティの再興を目指すもの、予測可能性や合意調達、意味の創造を通じての 社会統合といった機能的命令に動かされているものは、歴史記述が有する啓 蒙的効果を恐れ、広範囲に持つ歴史解釈の多元主義を拒否しているのに違い ない」(