本章では人体通信を用いて人体の手首の動きを識別する手首の動き識別方式[19] に ついて述べる.最初に手首の動き識別方式で使用する人体手部のモデル化を行い,FDTD 法を用いた数値計算を行う.また,数値計算と同様の実験を行い,手首の動き識別方式 の妥当性を示す.次に,手首の動き識別方式として,プローブを装着した被験者の定在 波比を計測し,手首の縦方向及び横方向の動きを識別し,手首の動き識別方式が実現可 能である事を示す.さらに,手首の動き識別技術の応用として,手部の形状識別方式に ついて述べ,実現例として,ジャンケンの識別を行い評価する.評価結果から,手首の 動き及び形状識別方式が実現可能であることを示す.
3-1 手首の動き識別方式概要
提案する手首の動き識別方式は手首の傾きを識別することを目的としており,携帯電 話等の小型端末を持った手首の動きに合わせた機械操作,手の形状認識,空間上での文 字の記述(図3-1)等の新しいヒューマンマシンインタフェースで活用が期待できる.
図 3-1 手首の動き識別方式を利用した空間文字記述システム
3-2 手首の動き評価モデル
手首の動き識別方式の実験では図2-8のプローブとネットワークアナライザを利用し,
識別に最適な手首の装着箇所を評価する.評価対象としては,図2-9の上面,下面,右 側面,左側面の計4箇所を評価対象としている.
図3-2は手の甲と手首を水平に伸ばした状態での各装着箇所におけるVSWRである.
このVSWRは試行回数50回における平均値を示しており,図3-3は標準偏差を示して いる.本結果から各装着箇所の値は同一でない事が明らかであり,手首の動き識別にお いて装着箇所による違いが生じる可能性がある事を確認した.
図 3-2 各装着状態におけるVSWR
3-2-1 FDTD 法を用いた手首の動き評価モデル
本節では手首の動き識別方式における評価として,FDTD法を用いた電磁解析シミュ レーション及び同様の実験を行い,手首の動き識別方式が実現可能であることを述べる.
図3-4は電磁解析シミュレーションに用いた簡易人体手部モデルを示しており,本手 部モデルは筆者の手の情報及び図3-5の手首を+30°,‐30度に傾けた状態の写真を元に 構築している.また,全体の大きさ,指間の長さ等の詳細は図3-4中に示している.
次に,人体に装着するプローブは図2-8と同サイズでモデル化しており,アンテナ部 は直径1cmの円形金属板となっている.この円形の中心部に正弦波電圧のピークが1V の給電点を設け,手首の上面にプローブを装着し,計算する. 解析には周波数500 MHz
から2.0 GHzまでを100 MHz刻みで使用しており,解析領域の空間離散間隔Δx,Δy,
Δzは使用する周波数の最短波長の1/10以下である0.2 cmとし,47.0 cm × 25.2 cm × 28.8 cmを全領域とした.また,時間離散間隔はCourantの安定条件よりΔt = 3.0 psとし,吸 収境界条件には6層のPML(Perfectly Matched Layer)[18]を適用,筋肉組織における誘
図 3-3 各装着状態におけるVSWR の標準偏差
態を0°とし,掌から指先を+30°傾けたモデルと手首を-30°傾けたモデルにおける給電点 のVSWRを下記の計算で求めた.
給電点での電圧,電流を
V
in ,I
inとすると,入力インピーダンスと入力アドミッタン スは次式で与えられる.in in in in
in
I
jX V R
Z
・・・(3.1)in in in
in G jB Z
Y 1 ・・・(3.2)
給電線の特性インピーダンスを
Z
0[]とすると,反射係数は次式になる.0 0
Z Z
Z Z
in in
・・・(3.3)従ってVSWRは次式で計算される.
1
VSWR 1
・・(3.4)図 3-4 モデル化を行った人体手部
3-2-2 手首の動き実験評価モデル
手首の動き識別方式の電磁解析モデルに用いた人体手部モデルは手首上面にプロー ブを装着した状態における縦方向の VSWR を求めている.そこで,同様の評価を行う ため,手首上面にプローブを装着し,実験を行う.実験パラメータは表3-1の通りであ り,手首に装着するプローブは手首を動かしても,円形銅板が手首から離れない位置に リストバンドで固定する.そして,図2-8のプローブ,手首,指先が水平になった状態 である0°,図3-5の手首を縦方向に‐30°,+30°傾けた状態におけるVSWRをそれぞれ 計測する.
図 3-5 縦方向における手首の動き識別
3-2-3 手首の動き識別方式シミュレーション及び実験結果
図3-6にVSWRのシミュレーション及び実験結果,図3-7にそれぞれの‐30°と+30°
の差を示す.本結果から,シミュレーション結果は900 MHzまで,実験結果は800 MHz まで+30°のVSWRが‐30°を上回っているが,シミュレーション結果は1.0 GHz以上,
実験結果は900 MHz以上においては-30°のVSWRが0°,+30°を上回る事を明らかにし た.また,シミュレーション結果と実験結果との完全一致はしていないが,この原因と して,シミュレーションにおいては実験環境の再現不足,実験においてはプローブの装 着箇所のズレやノイズ等が考えられる.しかし,図 3-7 に示すように‐30°と+30°の VSWR差は類似傾向にあり,両結果共に+30°と‐30°のVSWRが異なる事から手首の動 き識別が実現可能であると言える.
図 3-6 人体手部におけるVSWR シミュレーション及び実験結果
3-3 手首の動き識別方式の評価モデル
本節では,前節で評価を行った手首上面以外の下面,左右両側面にプローブを装着し,
実験を行って,最適な装着箇所を評価する.本研究における最適な装着箇所は最も低い VSWRを得た装着箇所ではなく,手首を動かすことで最も変動するVSWRを得る装着 箇所である.対象とする手首の動きとして,手首を上下に縦方向,左右に横方向動かし,
それぞれの動きにおいて最適な装着箇所を求める.縦方向の動きは前節の通り手首を‐
30°,0°,+30°傾けた状態でのVSWRを計測し,‐30°と+30°との差を求める.横方向の 動きもプローブの中心を基準に手首を‐30°,0°,+30°傾けた状態でのVSWRを計測し,
‐30°と+30°との差を求める.
3-3-1 最適な装着箇所の評価結果
図 3-7 人体手部におけるシミュレーション及び実験結果のVSWR 差
まで+30°の VSWR が‐30°の VSWR より上回るが,それ以上の周波数では,‐30°の VSWRが+30°のVSWRに比べ上回る事を示している.
従って,VSWR差が0に近い値となる周波数以外において,手首上面及び下面に装着 したVSWR差は手首両側面に装着箇所したVSWR差より,差が大きく,縦方向の識別 に効果的である事を明らかにした.
同様に図3-9は試行回数50回における各装着箇所の横方向に‐30°と+30°傾けた状態 におけるVSWR差の平均値を示している.ここで,手首両側面における周波数1.0 GHz から1.2 GHzにおいて,‐30°及び+30°のVSWR差が0に近づく事が分かる.従って,
VSWR差が0に近い値となる周波数以外において,手首両側面に装着したVSWR差は 手首上面及び下面に装着箇所したVSWR 差より,差が大きく,横方向の識別に効果的 である事を明らかにした.
図 3-8 手首縦方向の実験結果
3-4 マハラノビスの距離を用いた評価概要
本節では前節で行った実験に対し,数値的評価を行うためにマハラノビスの距離を用 いた判別分析[21] で識別率を求め,各モデルを評価する.マハラノビスの距離を D と し,グループの平均をα,グループの標準偏差をβとすると変数xにおけるDは
・・・(3.5)
で表される.同様に,各グループとの確率的な距離を求め,最も距離が短いグループに 変数 X は判別される.そして,全ての変数に対して判別分析を行い,正しく判別され た割合を識別率とし,評価を行う.
図 3-9 手首横方向の実験結果
3-5 手首の動き識別方式の識別結果
本論文では,最初に識別に妥当なサンプル数を評価するため,手首上面にプローブを 装着した状態で,縦方向の動きである手首を縦方向に+30°,0°,‐30° 傾けた状態にお けるVSWRを125 回計測し,サンプル数と識別率の関係性を求める.評価方法として,
サンプル数を 5 つ追加する毎に識別率を求め,識別率の推移から評価を行う.図 3-10 は周波数500 MHz,1.0 GHz,1.5 GHz,2.0 GHzにおけるサンプル数と識別率の関係を 示している.本結果から,125 個のサンプル数において80 %を超える識別率に関して は50 個のサンプル数における識別率と比べ増減が5 %以内である事が分かった.従っ て,50 個のサンプル数において,識別率が80% 以上を得た周波数に関しては,安定性 があり,識別に効果的であると言える.
図 3-10 参照サンプル数と識別率の推移
図3-11 は実験回数 50 回における各装着箇所の縦方向の識別率を示しており,図 3-12 は横方向の識別率を示している.本結果から,前節で VSWR の差が大きかった縦方向 では上下面にプローブを装着した場合,横方向では手首両側面にプローブを装着した場 合の識別率が高くなることを明らかにした.また,縦方向及び横方向共に周波数1.0 GHz
~1.2 GHz においては手首上下共に識別率が著しく低下した.これは,図 3-8,図 3-9 から縦方向及び横方向の+30°と‐30°のVSWR差が周波数1.0 GHz~1.2 GHz周辺で0に 近く,+30°と‐30°の識別が困難であった事が原因として考えられる.しかし,その他 の周波数では,80%を超える周波数も複数存在する事から,特定の周波数を用いる事で 手首の動きを識別する事は可能である.
図 3-11 手首縦方向の動き識別結果