第5章第5節第2項で説明したとおり、6種類の情報全てにおいてパラメータの推定値 が1%水準で有意であった属性と水準は、「実被害」の全ての水準と「精神被害」の「重 大な心労」であった。「精神被害」のその他の水準と企業対応については、情報の種別に より様々であった。符号条件をみると、「精神被害」と「実被害」の係数の符号がマイナ ス、「企業対応」の符号がプラスであった。「精神被害」と「実被害」がマイナスであっ たのは、被害が大きくなるほど回答者は「少ない」を選ぶことを意味している。一方で、
「企業対応」の符号がプラスであったのは、その対応によって効用が高まることを示す。
すなわち、企業が何らかの形で謝罪することで、評価が上がることが明らかになった。
計測されたWTAから推測すると、予想どおり、ネットワーク利用者が想定する被害額は、
現状で評価されている慰謝料の金額よりはるかに大きかった。表8-1に示すWTAと第一 次調査におけるWTA平均額との比較において、「基本情報」、「メールアドレス」、「家族 情報」、および「身体情報」は近い数字であった。しかし、「医療情報」と「金融情報」は、
突出した金額が推定されたことに対して注意を要する。調査の際、「実被害」については 実際の被害額が補償された上での慰謝料を評価するよう注意書きを添えていたにもかか わらずこの数値が算出されたことは、それだけ「医療情報」と「金融情報」については重 大な情報とみられることが示唆される。しかし、注意書きが十分理解されずに被害の損害 も含んで考えた可能性、または仮想バイアスの可能性も否めない。
また、「基本情報」、「身体情報」、および「医療情報」は、第7章におけるCVMによ る分析から推定された平均値にも近い数字であった。このことから、コンジョイント分析 による推定の有効性が確認されたといえるだろう。
なお、企業対応は、属性別の分析により性別・年代などの影響も得られたが、提示した 水準が定性的であったことにより、水準の段階が曖昧になった可能性が大きい。
第5章第6節で説明したとおり、性別・年代別セグメントによる属性別の分析から、年 代や性別によっても評価や選好に特徴があることが明らかになった。年代の相違が明らか になった情報種別について、「メールアドレス」が40代以下、「医療情報」が40代以降に有 意であった。また、男女の相違があったのは、「身体的特徴」が主に女性に、「金融情報」
は男性のみが有意となった。企業対応については、「ホームページ」が幅広い年代に効用 があったのに加え、男性は「詫び状」、女性は「金券」の効用の傾向があった。
8.2 支払意思額による評価のまとめと考察
第6章においては、個人情報を含む情報セキュリティに対するネットワーク利用者の価 値の計測を目的として、CVMによる調査および分析を行い、「基本情報」、「身体情報」、
「医療情報」、「金融情報」の4種類の個人情報、「コンピュータウイルス」、「スパム」、
「ワンクリック詐欺」、「不正アクセス」、「誹謗中傷」の5種類の情報セキュリティ被 害、および「情報セキュリティ全般」の計10種類のシナリオについてWTPを推定した。
その結果、表8-2の中央値と平均値が算出された。
表8-2 支払意思額のまとめ
(円)
種別 中央値 平均値
セキュリティ全般 4,935 23,523
基本情報 5,047 39,936
医療情報 5,247 69,647
個人情報漏洩
金融情報 6,126 65,111
身体情報 9,434 32,039
コンピュータウイルス 13,022 24,422
スパム 4,711 14,056
ワンクリック詐欺 7,279 21,022 不正アクセス 10,639 35,426 情報セキュリテ
ィ被害
誹謗中傷 7,442 33,242
第6章第5節で説明したとおり、CVMによる分析より得られたWTP推定値は、情報セ キュリティ確保のためのネットワーク利用者の支払意思額である。WTPの中央値と平均 値のどちらを用いるべきかについては様々意見が分かれている。中央値は回答者の半数が 受諾した金額であり、推定された中央値は4,711円から13,022円と市販されているセキュ リティソフトの金額にほぼ相当するものであった。第6章における調査でも、セキュリテ ィソフトなどの購入は0円から6万円まで、セキュリティサービスの加入は0円から1万 円までという回答であり、セキュリティソフトなどの購入の平均額は4,000円であった。
以上より、中央値を評価額として採用するに妥当な数値であると考える。
しかし、推定された平均値は、一般的に言われているよりも中央値との差が大きく、個 人情報漏洩では3.4~13.3倍、情報セキュリティ被害では1.9~4.5倍であった。特に、「医 療情報」については13.3倍、「金融情報」は10.6倍となったが、コンジョイント分析に よる受入補償額評価においても、これら2つの情報の評価はきわめて高かった。YESと回 答した半数の中に、これらの個人情報を守ることが特に重要であると評価した人がいると いうことから、平均値は個人の主観的な評価に近い数値とみることもできるだろう。つま り、平均値を相対的にみることによって、情報の価値の違いを比較することができると言 える。
平均値は評価が過大になることから慎重に取り扱う必要があるが、中央値と平均値の差 があまりないものについては、中央値を下限、平均値を上限とみることができると考える。
セキュリティ全般については、「すべてのセキュリティ被害から守られるサービス」に対 して1回支払う金額の評価であることから、4,935円~23,523円が情報セキュリティ対策 に対する支払意思額と解釈してよいだろう。また、差が最も少なかった「コンピュータウ イルス」について、13,022円~24,422円がコンピュータウイルス被害を回避するための支 払意思額であるとみることもできるだろう。
8.3 個人情報に対する分析結果の考察
本節においては、各章で得られたアウトプットから、個人情報のそれぞれについて考察 を行う。
コンジョイント分析から推定された「精神被害」の「重大な心労」と「実被害」の「重 大な被害」うち10%有意水準以上であった属性のWTA推定額、CVMによるWTAとWTPの 推定額について、それぞれの情報ごとにまとめ、表8-3~表8-7に示す。
(1) 基本情報
表8-3に示すWTA推定額を検討すると、CVMによる検証の結果、WTA平均値はコン ジョイント分析から推定された「精神被害」の推定額に近く、60%タイル値が「実被害」
の推定額に近いことが分かる。
表8-3 基本情報に関する評価額
(円)
分析 属性 水準 推定額
精神被害 重大な心労 194,416 コンジョイ
ント分析 実被害 重大な被害 278,818
WTA平均値 147,022
WTA中央値 63,552
CVM
60%タイル 269,511
WTP平均値 39,936
CVM WTP中央値 5,047
(2)身体情報
同様に、表8-4を検討すると、CVMによるWTA平均値、中央値共にコンジョイント 分析から推定された「精神被害」推定額に近く、60%タイル値はかなり高い金額となった。
「精神被害」推定額、およびCVM平均値、中央値が身体情報の漏洩に対する受容可能な評 価額に相当すると考えてよいだろう。
表8-4 身体情報に関する評価額
(円)
分析 属性 水準 推定額
精神被害 重大な心労 223,415 コンジョイ
ント分析 実被害 重大な被害 326,720
WTA平均値 219,646
WTA中央値 235,408
CVM 60%タイル 537,768
WTP平均値 32,039
CVM WTP中央値 9,434
(3)医療
同様に、表8-5より、CVMによるWTA平均値はコンジョイント分析から推定された
「精神被害」推定額に近く、60%タイル値が「実被害」推定額に多少近い。
表8-5 医療情報に関する評価額
(円)
分析 属性 水準 推定額
精神被害 重大な心労 729,977 コンジョイ
ント分析 実被害 重大な被害 1,228,363
WTA平均値 742,653
WTA中央値 329,122
CVM 60%タイル 1,029,424
WTP平均値 69,647
CVM WTP中央値 5,247
(4)金融情報
表8-6より、CVMによるWTA平均値はコンジョイント分析から推定された精神被害 推定額と実被害の中間の金額となった。WTA平均値は中央値の10倍程度の差があり、同様 にWTPの差も大きく算出された。60%タイル値でも261,855円と低く、実被害と同程度の金 額は、77%タイルで1,493,069円となった。
表8-6 金融情報に関する評価額
(円) 分析 属性 水準 推定額
精神被害 重大な心労 768,565 コンジョイ
ント分析 実被害 重大な被害 1,430,916 WTA平均値 1,040,650
WTA中央値 108,704
CVM
60%タイル 261,855
WTP平均値 65,111
CVM WTP中央値 6,126
以上より、図8-1にもみられるように、CVMによる平均値が「基本情報」、「身体 情報」、および「医療情報」において、コンジョイント分析から推定された「精神被害」
に近い数字となった。もともと、慰謝料は精神的な損害に対して支払われるものであるこ とからも、本論文における受容可能な受入補償額として、コンジョイント分析より導出さ れた精神被害のWTA、またはCVMの平均値を採用することができると考える。しかし、
「金融情報」については、明らかな検証結果が得られず、WTA平均値と中央値の差も大 きいことから、さらに検証を加える必要がある。
0 200,000 400,000 600,000 800,000 1,000,000 1,200,000 1,400,000 1,600,000
基 本 情 報
医 療 情 報
金 融 情 報
身 体 情 報
(円)
精神被害 実被害 CVM平均値 CVM中央値
図8-1 個人情報に対する受入補償額
8.4 情報セキュリティに対する分析結果の考察
図8-2に情報セキュリティに関する WTPを示す。中央値において 1 万円以上と高 く算定されたのは、「コンピュータウイルス」と「不正アクセス」である。これらは、
「完成間近のレポートが消えた」、「不正アクセスの犯人に間違われた」といった直接 被害がみえるシナリオであったことから、高く評価された可能性も考えられる。逆に、
被害が大きくみえない「スパム」は、中央値、平均値共に最も低い評価となった。また、
平均値が3万円以上だったのは、「不正アクセス」と「誹謗中傷」であった。これらは、
人格やプライバシーの侵害に当たるようなシナリオであったことが影響していると考え ることもできるだろう。
金額の設定が同じであっても、シナリオにより算出されたWTPが異なることは、各情 報セキュリティ被害の評価の違いを明らかにしているといえる。例えば、2,000円から
56,000円までの提示額であるシナリオについて、「セキュリティ全般」と「誹謗中傷」は
13,022
4,711 7,279
10,639
7,442
4,935 24,422
14,056
21,022
35,426
33,242
23,523
0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000 40,000
コン ピュ
ータウイルス
スパ ム
ワンク リッ
ク詐欺 不正アク
セス
誹謗中傷 セキュ
リテ ィ全般
(円)
中央値 平均値
図8-2 情報セキュリティ被害に対する支払意思額