楊 世 英
2. 市場調整機能の不完全さ
さらに,このような分断した労働力市場は労働者の職業選択にも影響している。労働力市 場には流動性が低く移動コストが高いから,就業は地元傾向となっている。就業選択範囲が 限定されている。地域間における労働力の流動性が非常に低いため,大卒者の初回就業行動 にも反映されている。彼らは常に沿海地域の大都市・中都市などを選ぶ。つまり仕事より労 働場所を優先に選択する動きがあった。生産要素である労働力の配置は合理的でなく,過剰 と不足が同時に存在する状況が現れた。いわゆる労働力過剰と人材不足のジレンマ(ディレ
ンマdilemma)問題が見られ,過剰から不足への転換点(いわゆるルイス転換点)に迎いつ
つある状態として考えればよい。
今後は,都市と農村の協調の取れた発展のための制度的障害除去にポイントを置き,労働 力,資源などの合理的な移動と最適化を図るべきである。都市と農村の統一的労働力市場・
公平な就業制度を設けるために,戸籍管理制度の改革により都市・農村の統一的戸籍登録管 理制度を構築,農村から都市への移動制限の緩和,社会保障の農村全域への拡大が必要であ るとしている。
の労働者)の事情を基準に作ったものである。私営企業に従事する非正規労働者,出稼ぎ農 民および農民が制度上排除されている。また,労働力市場に関わる立法が遅れている。労働 政策に関する基本法である「労働法」にも条文が曖昧で法律対象も不明確な部分もあって履 行しにくい。
労働力市場への監察システムは不健全である。公平なおかつ競争的な労働力市場が成立 する前提条件である市場情報伝達が機能不全である。需要側(企業側)に有利であるため,
情報は単一方向に流れている。求職者には不利な立場に置かれている。就職に関する情報収 集・公布に留まって雇用動向や雇用情勢の分析など中立性ある情報提供は行われていない。
また失業率に関する科学的な予測や計算にも問題がある。国民経済のマクロ情勢を正確に把 握せず,その原因は情報の非確実性および非対称性にあると考えられる。
労働力市場に関する法整備が遅れている。1994年公布した「労働法」は関する基本方針・
原則などは市場の経済化の変化に答えられない部分がかなりあった。改正した労働法は 2008年1月1日から実施され,その主要な内容は急速に増えた労働契約のトラブルを対処 するために法的根拠を提示することである。短期雇用から長期雇用へと転換を図って雇用市 場の安定化が狙いである。しかし労働法は社会保障や雇用促進・企業賃金調整などについて はマクロ的で労働関係の規定範囲は比較的単一である。法律責任に関しては曖昧で「労働法」
とセットにする立法活動がかなり遅れている。たとえば,「労働契約法」「社会保険法」「集 団契約法」などはなかなか立法過程にすら入れなかった。また,労働法の適用範囲は依然狭 く多くの労働者が対象外となっている。「労働法」によれば企業との労働関係が成立した場 合だけ,労働法を適用する対象となっている。国家機関や事業単位と社会団体に勤めた労働 者(労働契約を結んだ場合に限り)が対象となっているが,労働契約を結んでいない場合,
たとえば,出稼ぎ農民(農民工),非正規労働者,労務派遣工などは労働法から排除されて いる。なお,経済のグローバル化が進み,労務輸出は頻繁に行っている。対外労働関係やト ラブルの解決のため,対外的関連する労働法規の整備が必要となってくる。労働関係ははっ きりとしない。労働紛争(争議)を処理するための根拠となる法的根拠が明確でないのは現 状である。
就業上には差別問題がある。「労働法」の第十二条,第十三条では民族・人種・性別・宗 教という理由で就業上では差別してはいけないという条文がある。しかし,規定の適用範囲 や判断基準は曖昧で実際には大量の差別問題が存在している。これらの問題を対処するため,
明確な法的根拠がないから,労働法の履行はできない状態である。また,就業差別された労 働者に相応する救済措置を講じていない。例外ケースへの対応は検討されていない。なお,
労働争議の処理手順が複雑で時間は長すぎている。原因は法律・行政法規・司法解釈によっ
て労働者の救済措置として調停・仲裁・訴訟など三段階をわけている。まずは調停,そして 仲裁・訴訟という順で行われる。労働者の権益保護は即効性が求めるのに,それが出るまで 時間がかかりすぎて労働者の権益保護への提供という観点からすれば,司法上では有効な救 済措置とは言い難い。
労働力市場政策では整合性が欠けている。一般的いえば,就業保護(労働保護)が低い ほど,労働力市場は柔軟性がある。そして,労働力を有効的に配置することができると考え られる。しかし過度保護や過度な柔軟性が労働力市場に機能不全をもたらす恐れがある。そ こで,中国の労働力市場の改革は必ずしも労働者の保護を完全に撤廃するのではなく,労働 力市場の柔軟性と硬直性を両方に配慮すべきである。現在中国では積極的雇用政策を柱とし た労働力市場政策がすでに初歩的に形成されている。労働力市場において保護政策の重点は すでに就業保護から失業保護へと転換した。このような政策転換は市場経済化の方向と一致 している。しかし,市場転換過程において経済の市場化に伴い,労働力市場政策がすべて市 場構成員に対して配慮できなくなり,労働者の保護面において不平等現象が起こりうる。労 働者の身分はある程度で保護を受ける基準となっている。労働力市場においてこのような政 策上の問題を原因により差別現象が拡大している。現在,中国の労働力市場保護政策の対象 は主に国有企業のリストラ者である。非国有企業のリストラ者は対象外となっている。さら に出稼ぎ農民(農民工)は政策上から排除されている。こうした政策が中国は計画経済から 市場経済へと移行段階にあることと密接な関係がある。経済体制の変革や構造調整などによ り国有企業に最も影響しているからである。このような労働力市場の保護政策の偏りはむし ろ国有企業のリストラ者に一種の補償として理解できる。長期から見れば,このような偏り は国有企業の改革につれて次第になくなるはずである。なぜならば,この偏りは実は労働力 市場において不平等を起こす原因であるからである。
3. ALMPs(Active Labor Market Policies)とは
ALMPsとは,消極的労働市場政策(negative or passive labor marked policies)と対照して 積極的労働市場政策の略語である。ここでいう「積極的」ということは良い労働環境を恵ま れない労働者(しかも労働意欲ある労働者)に労働機会を提供することや,労働環境を改善 することにより労働者の就業を促進することである。つまり政府の政策介入による雇用環境 づくりということである。ここでは労働者が労働市場への参入をしやすくするために,政府 介入の重点を労働力市場の制度整備におくことである。
これに対して消極的労働市場政策では政府は景気変動による失業状況への影響を判断し
て政策介入を行うのではなく,完全に労働市場の調整機能に依存する。要するに,経済成長 過程において好景気である場合,失業率を下げ,逆に景気不況が発生した際に,失業率が上 がる。こうした景気循環プロセスによる発生した失業者を救済するという目的である。給付 金などの生活支援により失業者がいかに迅速なおかつ安全に労働市場から退場することがで きることが狙いである。
外延からみると,ALMPsとは政府は失業者を新たに労働力市場に参入できるように積極 的に支援を行うことである。在職者も含めて職業訓練を通じて労働技能の向上や,新しい仕 事に適応する能力を高める政策措置といえる。その主要内容は次のとおりである。① 無料 で失業者に就業サービスを提供,② 無料で職業訓練を行う(訓練期間では特別給付金を支 給し生活を支援する場合もある),③ 現行の失業保険制度を見直す。従来の失業保険では基 本的に失業者の基本生活を維持することが目的である。一時的救済という意味合いは非常に 強い。そしてALMPsの政策理念として失業保険は失業者の基本生活水準を一時的に維持す ることではなく,失業者がいかに速やかに労働市場に再参入できるように支援することに重 きをおくということである。失業者の就業を支援する社会行動(企業行動・個人行動など)
に奨励するとともに,それに関連する活動をサポートする。④ 企業側に雇用助成金を支給 する。企業が失業者を雇用する際,雇用した人数によって助成金を支給する。また,企業が 失業者の職業訓練を通じて雇用した場合をも助成金対象となる。⑤ 創業環境整備,たとえ ば創業プロジェクト・中長期雇用計画などを経済成長戦略に取り入れることにより雇用増加 をはかる。⑥ 再就業を目的とした一時的雇用計画(たとえば,ワーキングプア)の実施な どがあげられる。
以上述べたALMPs政策の主要内容は,これまでの工業化市場経済国が実施した消極的労 働力市場政策と違っている。いままでの政策では失業者を優遇する給付金を支払い,つまり 失業者に福利厚生を提供することによって失業者の労働力市場への復帰を目的とした。要す るに失業者の福利厚生水準を維持することにより失業者の労働力市場への復帰を促す。失業 者が失業期間において基本生活水準を維持するという。失業期間において失業者の基本生活 水準を保障するということで失業者の労働意欲を維持するのが目的である。
このような政策転換は市場メカニズムを労働力市場に導入することによって就業サービ ス体系の充実をはかる。従来では個人意識による失業者の再就業行動を考えると,個人の行 動範囲や社会的活動能力に依存する。こうした個人的再就業行動は政府のマクロ政策の内容 とリンクしてその発想自体には意義が大きい。ALMPs政策の目的は職業訓練などの就業支 援活動を通じて失業者を労働力市場に復帰できるように支援する。そして政策ビジョンとし ては社会全体の就業規模を拡大し,雇用情勢を改善して最終的に労働者の完全就業を目指す。