本章の概要
これまでの章で,土地担保融資制度が地価とマクロ経済を結ぶ媒介としてマイナスに機 能する場合,その貸出債権が非常にリスクの高い資産となることが明らかとなった.本章 では,このリスクが銀行に滞留しやすくなる結果,金融不安・金融崩壊を招きやすくなる といった過去の経験を踏まえて,これまでの間接金融から市場型間接金融への移行,地価 とマクロ経済の媒介関係を切り離す技術に関する考察を行い,今後の銀行融資,土地担保 融資制度のあり方について概論する.
1.はじめに〜これまでの分析から得られる政策的インプリケーション
本章では,これまでの理論・実証的な分析とは異なり,今後の金融制度についてこれま での分析を踏まえ議論することを目的としたい.本論文では,戦後一貫して上昇をし続け た地価を基礎とした土地担保融資制度の本質と経済的機能を分析してきた.そこで明らか となったことは,土地担保融資の本質は擬似エクイティ性を持った銀行貸出であり,地価 上昇時においてはリスクがほとんど存在せずモニタリングコスト節減効果など銀行利潤に 資するものであるが,地価下落時においては担保価値の低下により貸倒れリスクが増大し,
本来のリコースローンという性質を失いノンリコースローン化することで企業に倒産オプ ションを発生させるものであるということである.したがって,土地担保融資は,貸出残 高の価値と発生した倒産オプションの価値を合成した,いわば転換社債のような性質を持 ち,弁済について劣後部分を持つ債券と考えられるものであるといえる.
この劣後部分にかかるリスクが,従来の間接金融制度を前提とした銀行を中心とする金 融仲介機関に集中したことが,1990年代以降現在にかけての不況をもたらした要因とも考 えられる.このような,貸出債権のリスクが銀行に滞留しやすい制度的欠陥を回避するた めには,何らかの補完的制度が必要となると考えられる.
このような問題意識を受けて,本論文の分析から得られる政策的インプリケーションは,
以下のように列挙することができる.
(1)1990 年代初頭のバブル崩壊から現在にかけて,地価下落に伴う担保資産の価値下落 によって,それまでのリコースローンとしての土地担保融資制度がノンリコースローンに 変化するといった状況が現実化した.第 1章および第2章で考察したように,土地担保融 資が擬似エクイティ性を持った銀行貸出であるという認識に立てば,担保資産の価値の動 向によっては,リコースローンとノンリコースローンとの間には大きな差が見られない場 合があるということが確認された.したがって,リコースローンであってもノンリコース ローン同様,担保資産の価値変動に応じた厳密なリスクの測定が不可避であるという認識
が必要である.
(2)資金の借り手と貸し手の間の情報の非対称性を前提として,貸倒れを未然に防止する ために土地担保融資制度が借入制約として機能していたことは,本論文第 3 章および第 5 章において分析がなされた.このように担保資産の価格動向が企業投資およびマクロ経済 変動にハードリンクしているのであれば,資産価格下落時における経済全体への影響は 1990年代初頭のバブル経済崩壊以降の経済状況を見ても明らかなように,非常に深刻なも のとなる.担保となる資産の価格変動とのリンクを状況に応じて機動的に緩和する,ある いは切り離せる何らかの金融制度が必要とされる.
(3)土地担保融資制度を前提とした場合,情報費用という観点から地価水準が銀行利潤に 与える影響は,地価上昇時には大きな貢献があるものの,地価下落時には銀行利潤を圧迫 するものであることが,本論文第 4 章において分析された.その分析を通じて銀行による モニタリングにかかる費用が非常に大きいものであり,地価上昇時にはこれを大きく軽減 する機能があることが数量的に確認された.したがって,地価上昇時には銀行が企業に対 して継続的なモニタリングを行うインセンティブが働かない可能性が高い.バブル崩壊以 降,このような融資姿勢を見直し,継続的なモニタリングの必要性が主張されている.し かし,もし不良化する可能性のある債権を銀行資産から切り離して市場で売買する場合,
モニタリングした企業情報を銀行内部で差し止めている限り,金融市場参加者の共有情報 とならず,適正な債権取引市場が形成されないであろう.今後銀行は,企業情報を独占す ることから得られる利益から,企業情報を積極的に生産してゆくことから生じる利益の獲 得という視点を強化すべきであると考える.
以上本論文から得られる政策的インプリケーションには,大きな二つの発想の転換が含 まれていると考えられる.ひとつは,従来の企業単位でのリコースローンから事業単位で のノンリコースローンへの転換である.もうひとつは,企業情報を銀行内部に留保するの ではなく,市場に対して積極的に情報提供することでfeeの獲得を行うという,情報生産者 としての銀行という発想の転換である.
リコースローンからノンリコースローンへの移行という点との関連では,企業単位での モニタリングは技術的に複雑かつ高コストとなることが予想されるが,事業単位であれば モニタリングは比較的技術的にも容易であり低コストであると思われる.また,ノンリコ ースローンの場合,事業を行おうとする企業が子会社を設立し,その事業を単独で行わせ ることによって,リコースの限界を子会社の事業価値あるいは清算価値に限定することが できる.これにより,親会社の資産との混合が発生せず,事業自体の収益性やリスクの測 定などがしやすくなる.
さらに,ローンがリコースからノンリコースへ移行することにより,これらを基礎とし た証券化商品などが流通する金融市場の活性化が期待される.ただし,その金融市場が効 率的であるためには,企業情報の共有が市場参加者になされていなければならない.その
点について,今後必要な情報提供をするのがこれまでの企業融資のノウハウを活用するこ とのできる銀行であろう.そこで,市場への情報提供が高コストなモニタリング費用以上 の収益を生むのであれば,これを積極的に行うことは直接的に銀行利益に貢献するであろ うし,自ら保有する貸出債権やその証券化商品を売買する市場を発展させるといった間接 的な効果も期待できる.
以上の考察により,従来の間接金融制度とは異なる新たな金融制度が必要とされるであ ろう.以降では,今後の金融制度のあり方についてのガイドラインを概説してゆく1.第 2 節では,市場型間接金融制度およびその必要性について述べる.第 3 節では,特に注目さ れるべき融資形態としてシンジケートローン,および貸出債権をもとに組成された証券と してCMBS(Commercial Mortgage Backed Securities:商業用不動産抵当証券)を取り上 げて,その有用性を考察する.第4節では本章のまとめを行う.
2.市場型間接金融制度
現在のわが国の金融市場において,証券化をはじめとした市場型間接金融と呼ばれる新 たな経路が発展しつつある.これまでのところ,市場型間接金融に対して明確な定義がな されているわけではないが,その必要性を主張する文献によれば,おおよそ以下のような 共通の認識があると思われる.
(1)多数の取引主体によって価格形成がなされる市場が中心的な役割を果たすべき場とし て存在する.
(2)市場と最終的な資金供給者または最終的な資金需要者との間に金融機関が存在する点 で,直接金融とは異なった形態である.
(3)資金需要者のリスクが幅広い資金供給者によって分散,負担される.
したがって以上の共通認識から,市場型間接金融とは,①資金供給者と市場,②資金需 要者と市場,以上 2 つの関係を結びつける働きをするような金融仲介活動と定義される.
このとき,①の活動の典型例は投資信託等であり,投資信託会社等が資金供給者と市場と を結びつけるものである.一方②の活動の典型例は証券化等であり,銀行等が市場でロー ン債権を売却し資金の需要者と市場とを結びつけるものである.これらをまとめて,従来 の間接金融制度と市場型間接金融制度の比較を行ったのが図7-1である.
1 本論文では,今後の金融制度のあり方についての概論を示すのみでとどめる.貸出債権の 取引市場や不動産証券化の詳細な制度設計や商品設計に関する議論は,例えば,三國(1997),
岡内(2000),白石(2000)などを参照のこと.