本章の概要
本章では,土地担保融資制度が地価にフィードバックして与える影響に関して分析を行 うことを目的としている.将来の地価を予想する場合,過去の地価の推移のほかにファン ダメンタルな要因の変化による影響が考えられる.これに加えて,土地の担保としての信 頼性が影響を与えるか,もし与えるならばその大きさはどの程度なのかを実証的に分析す る.その推定を行うためにVARモデルを用いた.その結果,Granger因果性検定では,土 地の担保としての信頼性を示す指標としての土地担保融資の価値が地価水準と有意に
Granger の意味での因果性をもち,相互のフィードバック関係が確認された.また,イン
パルス反応関数による分析では,土地担保の信頼性の上昇と地価水準の上昇がともに持続 的な正の関係を持つことで,自己実現的な地価形成の可能性が示唆された.さらに予測誤 差の分散分解による分析では,地価水準の自身の過去の動向を除くと,土地担保の信頼性 による地価への影響は約 20%であり,地価形成に対するファンダメンタルな要因と比較し ても大きい割合で将来地価の形成に影響を与えていることがわかった.
1.はじめに
これまでの章で,地価の上昇あるいは下落といった価格変動が,土地担保融資制度を通 じて企業の投資行動や銀行の融資行動を規定していることを明らかにした.そのメカニズ ムは,企業のもつ担保資産の価値変動が銀行借入に伴うエージェンシーコストを増減させ ることにより,銀行信用などの金融的要因が景気変動を増幅させるというものである.こ のような働きを持つ制度は,Bernanke, Gertler and Gilchrist(1996)に従い,一般に financial accelerator(金融加速子)といわれている.これらの議論において,土地担保融資 制度は地価の変動をマクロ経済に伝播させる媒介として位置づけられている.
一方,土地担保融資制度は日本の金融市場において融資慣行として定着してきたことか ら,単なる媒介としての役割を持つだけでなく,地価に対して何らかの影響を与える可能 性を指摘できる.企業が銀行から融資を受ける場合に主に土地を担保として提供しなけれ ばならないとするならば,土地は単に生産要素としての役割だけでなく銀行借入を行うた めに必要な要素という役割も持つことになる.したがって銀行が土地担保融資制度を前提 として貸出を行う限り,土地には収益性に基づくファンダメンタル価値以外の価値が付加 されるものと思われる.そしてその価値は,銀行が土地に対して認める担保としての信頼 性の程度によって変化すると考えられる.
そこで本章では,これまでの章とは逆の方向性として,土地担保融資制度による地価へ
のフィードバック効果を分析する.つまり,土地担保融資制度が存在することで,地価に ファンダメンタル価値以上の価値を発生させ,地価の変化を増幅させる効果を実証的に明 らかにする.
分析に際して,銀行が土地に対して認める担保としての信頼性を示す指標が必要となる.
この指標として,本論文第 2 章でシミュレーションされた土地担保融資の価値を用いる.
第 2 章の考察によれば,倒産オプション価値を考慮した銀行の対企業貸出残高の価値は転 換社債の価値とのアナロジーで捉えられるというものであった.土地担保融資は原則リコ ースローンであるにもかかわらず,地価下落によって企業の清算価値が債務額を下回る場 合には最終的にノンリコースローン化し,企業に倒産オプションを発生させる.したがっ て,倒産オプション価値を考慮した土地担保融資の価値は,地価上昇時には倒産オプショ ン価値がほとんどないのでほぼ貸出残高と同値であるが,地価下落時には発生する倒産オ プション価値だけその価値は減少する.これらの推移は,銀行が土地に対して認める担保 としての信頼性と同様の推移をもつと思われる.したがって,「土地の担保としての信頼性」
という数値化しにくい要素の代理変数として,第 2 章で求められた土地担保融資の価値を 用いることで,実証分析のデータを得ることとしたい.
分析目的が地価と土地の担保としての信頼性の相互関係の有無を確認し影響の大きさを 数値的に明らかにするということにあるので,分析手法として,Granger 因果性検定およ び予測誤差の分散分解などの分析が可能なVAR(Vector AutoRegression)モデルを採用する ことにする.分析に用いられるデータは,ファンダメンタルな要因を示すものとして,土 地収益の代理変数として名目GDP,収益率として比較的長期的なデータの取れる約定平均 貸出金利を含んで推定を行うこととする.
本章の構成を述べる.第 2 節では,データの説明として,ファンダメンタルな要因を示 す指標のうち名目GDPと地価の時系列的な関係とその特徴を分析する.第 3節ではVAR モデルによる推定を行い,その結果に基づきGranger因果性検定,インパルス反応関数に よる分析および予測誤差の分散分解による分析を行い,実勢地価と各ファンダメンタル指 標,および土地担保の信頼性を示す指標との関係について実証分析を行う.第 4 節では本 章のまとめを示す.
2.地価と名目 GDP との関係
地価の長期的変動
はじめに,わが国の地価の長期的動向を見てみよう.全体的な傾向を把握するために,
日本不動産研究所の『市街地価格指数』のうち全用途平均の地価指数を用いて,1955 年(昭 和 30 年)3 月期から 2004 年(平成 16 年)9 月期に至るまでの 50 年間の動向を,図 6−1 に示した.
図 6−1 を見て明らかなように,1955 年以降 1990 年代初頭にかけてまでの期間,地価は ほぼ一貫して右肩上がりで上昇をし続け,1955 年時から比較すると約 80 倍にもなったこと
がわかる.しかし 1990 年代初頭以降 2004 年 9 月期現在にかけては,地価下落に歯止めが かかる様子が見られない.地価指数のピークである平成 3 年 9 月期を 100 とすると,平成 16 年度 9 月期は約 48.2%と,実に価格が半分以下に減少してしまったことになる.
次に,同じデータを用いて,対前年度比の地価変動率に関する長期的推移を見てみよう.
その結果を図 6−2 に示した.
図 6−2 を見ると,大きく 5 つの期間に分かれると考えられる.第 1 の期間は 1956 年か ら 1967 年を谷とする地価変動率の山である.第 2 の期間は 1967 年から 1976 年を谷とする 地価変動率の山である.第 3 の期間は 1976 年から 1985 年を谷とする地価変動率の山であ る.第 4 の期間は 1985 年から地価変動率がマイナスに転じる直前の 1992 年までの地価変 動率の山である.最後に,地価変動率がマイナスとなり地価が下落し続けている 1992 年以 降から現在までの期間である.
図 6-1 地価の長期的動向(全用途平均)
地価の長期的動向(全用途平均)
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000
1955年3月 1957年3月 1959年3月 1961年3月 1963年3月 1965年3月 1967年3月 1969年3月 1971年3月 1973年3月 1975年3月 1977年3月 1979年3月 1981年3月 1983年3月 1985年3月 1987年3月 1989年3月 1991年3月 1993年3月 1995年3月 1997年3月 1999年3月 2001年3月 2003年3月
指数(1955年3月=
100)
出所:日本不動産研究所『市街地価格指数』より作成
図 6-2 地価変動率(対前年度比)の長期的推移(全用途平均)
地価変動率(対前年度比)の長期的推移(全用途平均)
-20.0 -10.0 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0
1956年3月 1958年3月 1960年3月 1962年3月 1964年3月 1966年3月 1968年3月 1970年3月 1972年3月 1974年3月 1976年3月 1978年3月 1980年3月 1982年3月 1984年3月 1986年3月 1988年3月 1990年3月 1992年3月 1994年3月 1996年3月 1998年3月 2000年3月 2002年3月 2004年3月
単位:%
出所:日本不動産研究所『市街地価格指数』より作成
それぞれの期間についてさらに考察を行うために,商業地,住宅地および工業地に関す る用途別の地価および地価変動率を見てみよう.それぞれの時系列的な推移を,図 6-3 お よび図 6-4 に示した.
図 6-3 を見ると,全体的には同様の傾向が見られる中,特に住宅地の価格の上昇が大き いことが特徴として挙げられる.また,バブル経済期から現在までの期間において商業地 の価格の上昇および下落の様子が,他の用途地域に比べ比較的激しいことがわかる.
さらに図 6-4 を見ると,先に分類した 5 つの期間において,各用途地域の特徴がはっき りとわかる.まず第 1 の期間においては,工業地の地価変動率が他の地域と比較して大き く推移している.第 2 の期間においては,住宅地の地価変動率が大きく推移している.第 3 の期間においても住宅地の地価変動率が大きく推移しているが,第 2 期と比較すると住宅 地が他の用途地域と比べて突出して地価上昇率が高いことが観察できる.第 4 期に関して はこれまでと大きく異なり,商業地を中心とした地価変動が生じていることがわかる.さ らに第 5 期については,第 4 期の影響を受けてか,商業地の地価変動率が激しく,特に下 落傾向に拍車をかけていることが読み取れる.
それでは,この議論をさらに進めるために,各期の特徴を考察したい.