本章の概要
本章の目的は,特に銀行側の立場における土地担保融資制度の機能を考察することであ る.ここでは土地担保融資制度の『情報費用節減機能』に着目して分析を行う.土地の価 格が土地担保融資制度を通じて,銀行利潤に影響を及ぼしているかどうかを銀行の動学的 利潤最大化行動から導出されるオイラー方程式を,GMM(一般化積率法)を用いて実証的に明 らかにする.また,実証結果から得られたパラメータ値をもとに情報費用節減額の大きさ をシミュレーションすることによって,その影響の大きさを確認する.
その結果,バブル崩壊前後の期間中で一貫して,土地担保融資制度を通じて地価動向が 銀行利潤に大きな影響を与えていることが明らかなり,銀行の土地担保融資制度偏重の融 資姿勢は本質的に変化がないという結果が得られた.また,情報費用節減効果に関する金 額的規模をシミュレーションした結果,プラスの効果が最も大きい場合で 3000 億円程度,
マイナスの効果が最も大きい場合で,-2000 億円程度の情報費用節減額が求められた.これ は,バブル崩壊前の期間で銀行の税引き前当期純利益の約 10%を占めるという,大変重大 な意味を持つ規模であることが明らかになった.
以上の過程を通じて,銀行側の立場から『情報費用節減機能』という土地担保融資制度 の機能を分析し,地価によって銀行の融資行動が大きく規定されていることが示される.
1.はじめに
いわゆるバブル経済期といわれる時期における銀行の融資姿勢として,貸付先企業の保 有する土地資産額を目安にして,土地資産額の多い企業に対してはほぼ無審査で融資を行 うような怠慢な融資姿勢が指摘されていた.ここで重要な視点として注目できるのは,土 地を保有していることによってその企業に対する審査費用が軽減されるという『土地の情 報費用節減機能』である.地価が上昇し続けていたバブル経済期においては,その上昇を 予想しつつその上昇が大きいと予想されるほど審査費用を軽減しようという意図が貸し手 である銀行側に働くことになるであろう.また,バブル経済崩壊以降の時期に関しては,
下降する地価に対する予想を反映して,情報費用節減機能は低下し,むしろ土地を担保と して考え情報費用節減といった視点に銀行が捉われつづける限り,情報費用は軽減される どころか逆に通常の監査費用よりも費用が大きくなってしまい,それがもとで貸出に影響 を及ぼすことが考えられる.昨今の貸し渋りの問題に関しても,土地担保の情報費用節減 機能に捉われすぎていることによって,銀行の融資姿勢が地価下落を反映して弱気な融資 姿勢に転じているとされている.そういった意味では,右肩上がりの地価であるだとか最
も安全な資産としての土地といった一般的な『土地神話』という意味ではなく,融資の際 に土地以外に担保となる資産が考えられないといった,より深刻な意味での『土地神話』
はいまだ重要な論点であるということができるだろう.
このような問題意識のもと,本章では,銀行が企業に対して融資を行う際に土地担保が エージェンシー問題から生ずる情報費用を節減するという機能に注目して分析を進める.
また,シミュレーションを通じてこれを定量的に把握し,土地担保に依存した銀行の融資 姿勢がバブル崩壊前後で大きな変化が見られないことを実証することを目的としている.
本章の構成は以下の通りである.第 2 節では,土地の情報費用削減機能に関する動学モ デルを構築する.第 3 節では,推定に用いるためのデータについて説明する.第 4 節では,
GMM を用いて第 1 節で展開されたモデルのパラメータ推定を行う.第 5 節では推定結果をも とにシミュレーションを行い,土地の情報費用節減効果の大きさを推計する.最後に本章 のまとめを示す.
2.モデル
本節では,前述した議論をモデルとしてまとめる.まずモデルの基礎となるのは山崎・
竹田(1997)にならった銀行の利潤関数である.これを随(1995)を参考にして動学化モデル を構築する1.山崎・竹田論文は異時点間の動学的最適化モデルではなく,一方随論文は土 地担保融資制度を考慮していない.本論文はこれらの既存研究を踏まえて,土地担保融資 制度の影響を考慮した維持転換の動学的最適化モデルを用いて分析を行う点で,両論文の 方向性をさらに進めたものと位置づけられる.具体的に言えば,銀行の利潤関数の中に企 業への貸出に際してのモニタリング費用関数を含み,特に地価の変動予測によりその費用 が変化すると考える.動学方程式の枠組みでオイラー方程式を導出し,モニタリング費用 関数のパラメータを推定するための推定式を求めるという方法を採用する.
土地の情報費用節減機能について焦点を当てた考察は,バブル経済崩壊後の 1990 年代に 入り徐々に蓄積されてきた.たとえば,その先駆的な論文として,山崎・竹田(1997),小 川・北坂(1998),小川・北坂(2002)が挙げられる.これらの論文では,数値的にどの程度 土地が銀行の融資審査において情報費用を節減しているかといった視点はない.また,小 川・北坂(2002)の場合,モデルの中に変数として地価が入っておらず,推定式にのみ地 価の変化率が入っている.これに対して,本章ではモデル内にも明示的に地価を変数とし て組み込んでおり,その意味ではより推定式をより理解しやすくなっているのが特徴的で ある.
それでは理論モデルを構築してゆく.まず,銀行の利潤関数が次式のように定式化され るものと仮定する.
1 随(1995)では,銀行の利潤関数のなかに貸出増加量に依存する調整費用関数が含まれてい るが,土地担保を考慮したモデルではない.
(1)
( ) ( ) ( ) (
t t t)
e t t t t d t t
c t t
l t
t = 1+r L − 1+r C − 1+r D −
φ
L −L−1,P+1Z −PZπ
ここで各記号の意味として,
π
tは銀行利潤, は貸出金利水準, は貸出残高, はコールレート, はコール市場の資金需要, は預金金利水準, は預金残高, は地価 水準を表しているとする.また右辺第 4 項はモニタリング費用関数である.下付の
t
は,t
期 の値であることを示している.また は,l
rt
L
t rtcC
t rtdD
tP
te
Pt+1
t + 1
期の予想地価である.銀行の得る収益は,企業への貸付から得る貸出利息のみと仮定する.また銀行の支払う 費用はコール市場からの借入に対する金利支払いおよび預金金利の支払いが主たるものと 仮定する.これに加えて,
φ ( •, • )
は銀行のモニタリング費用関数であり,貸出増加量に依存 するとともに,企業の保有する土地価額の増加量にも依存している.貸出量の増加はエー ジェンシーコストを増加させる一方,土地価額の増加はエージェンシーコストを減少させ,銀行の費用を節減する効果を持っていると仮定している.したがって
φ
L> 0
,φ
PZ< 0
である.
ここで,このモニタリング費用関数を推定のために特定化する.費用関数を構成する要 素として次の二つを仮定する.第一に,貸出量の増加が急激になればなるほど貸付にかか る監査費用が逓増するといった仮定に基づいた情報生産調整関数である.第二に,前期か ら今期の土地資産額の上昇が大きいほど貸付にかかる監査費用が減少するといった仮定に 基づいた費用関数である.これらを前述の山崎・竹田および随にならって次のように特定 化する.
(2)
( ) ( ) ( ) ( )
tt t e t t
t t
d t t
c t t
l t
t L
P P b P
L a L
D r C
r L
r ⎥⎥
⎦
⎤
⎢⎢
⎣
⎡ ⎟⎟
⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
⎛ −
−
−
−
− +
− +
− +
= −1 2 exp +1
1 2 1
π
1
右辺第 4 項は,先に述べた情報生産調整関数を表すものである.ここで
a
は定数と仮定す る2.また,右辺第 5 項は,同様に先に述べた土地担保によって情報費用が軽減された効果 を表す関数である.ここでb
はパラメータである.右辺第 5 項の関数形について,詳しく解説する.
2 本論文で推計を行ったところ,情報生産調整関数については金額的に大きなものではなか った.随(1995)についてもほぼ同様の定式化を行っているが,パラメータの推定値を比較す ると,本論文同様さほど大きな金額にはならないと考えられる.また,2乗になっているこ とから,貸出が増加した場合と減少した場合で対称的な性質を持つことになる.この点に 関してはこの種のモデルの限界であり,検討の余地があると感じる.
第 1 に,
t
期からt + 1
期にかけて融資先の企業の土地資産額が上昇すると予想される場合 には,土地は担保として信頼性が高いと考えられる.土地担保の信頼度が上昇するならば,情報費用軽減効果が高まると考えられる.1980 年代後半において土地価格の急騰が生じた ことにより,銀行による土地担保金融が特に中小企業など情報の非対称性の存在する貸出 先を中心に拡大した.この時期においては,土地担保に関して情報費用節減効果があった と考えられる.つまり担保資産の額が高ければほとんど審査費用がかからないということ である.
第 2 に,バブル崩壊後から現在にかけては,急激な土地価格の下落によって土地担保に 関する情報費用節減機能がほとんど効果を持たず,審査費用が非常に多額になっていると 考えられる.銀行が土地担保に拘泥し旧態依然とした融資姿勢を持ち続けていると仮定す るならば,企業の保有する土地資産額の急激な下落によって情報費用節減機能が働かず,
銀行利益に対して大きな負担となっており,それが原因で銀行の貸出行動に影響を与えて 融資姿勢を消極的なものにしていると考えられるからである.
これらプラスとマイナスの両方の効果を考慮すると,(2)式第 5 項の関数は図 4-1 のよう な形状を持つものと考えられえる.
図 4-1 モニタリング費用関数((2)式第 5 項)の形状のイメージ図
図 4-1 のような形状を持つと仮定した場合,指数関数で近似できる可能性がある.そこ で基本的な形状については