本県においては、明治 9 年の朝暘学校、明治 22 年の山形市中部尋常小学校には、いずれも理 科実験室は設置されていない。
では、師範学校や旧制中学校の場合はどうか。
山形県師範学校の場合は、明治 34 年の増改築 に係る平面図に理科棟の記載があり、実験室の 存在が確認できる。
図 6:山形県師範学校平面図の写(明治 34)
平面図はないが、明治 26 年に改築された旧制 山形中学校新校舎について、『明治期中学教育 史 山形中学校を中心に』に当時の生徒の文章 が載り、「理学博物ノ機器標本、各別ニ室ヲ設ケ テ之ヲ蔵ス」との記述があることから、尋常中学校 設備規則に基づき、特別教室として博物教室と理 化教室があり、それとは別に理化機器室・標本室 があったと考えられ、これが本県の理科特別教室 の嚆矢であろう。
この校舎は火災で消失するが、明治 32 年に再
- 39 - 建されており、明治 41 年 9 月の皇太子(後の大 正天皇)行啓に際し、敷地建物全図が記録されて いる。ここでは、博物教室と理化教室及び物理化 学器械室が明記されているが、理化の特別教室 が生徒実験室としての機能を持っていたのかは 確認できず、興味深いところである。
図 7:旧制山形中学校平面図(明治 41,大正元)
旧制山形中学校は、大正元年に再び改築され、
昭和期には新制高等学校校舎として使用された。
この校舎にも、講堂に至る途中に特別教室の記 載がある。これらの内訳は、博物教室・同準備室、
物理階段教室、化学実験室と物理化学の準備室 であり、生徒実験室の存在が確認できる。
さらに、明治 43 年には米沢工業高等専門学校 の設置も、本県の高等教育として重要なエポック であり、また大正 13 年の旧制山形高等学校の平 面図には理科棟が明記されていることも注目され る。校種と時代からみて、学生実験室が含まれる
ものと推測できる。
図 8:旧制山形高等学校平面図(大正 13)
これらのことから、明治中期から後期にかけて、
高等教育においては学生実験室の意義が認めら れ、かなりの程度まで普及したものと考えられる。
また、歴史の古い旧制中学校等においても、尋常 中学校設備規則などに基づき、整備が行われた のであろう。
小学校においては、明治 22 年の山形一小の前 身である山形市中部高等尋常小学校の校舎平面 図にも、明治 33 年に落成した山形市立第三小学 校の平面図にも、理科実験室の記載は見られな い。山形県師範学校の附属小学校の場合は、大 正 8 年の写真帳の中に理科実験の様子を撮影し たものがあるが、生徒用の実験室があったかどう かは不明で、師範学校の学生用の実験室を借り て使っているものと考えたい。天童市の旧東村山 郡役所資料館には、明治大正期の国定教科書等 が保存されているが、この中に、大正 10 年頃と思 われる、当時の授業の様子を示す書き込みが残 っており、その写しが昭和 61 年度の山形県高等 学校教育研究会理科部会の研究誌の表紙を飾 った。
この年に、教科書の持ち主の一人、佐藤ふみさ ん(当時 78 歳 1908-89)に筆者が直接インタビュ ーしたときには、授業で実験をした記憶はないと のことであり、教師の説明と暗記が中心であったも
- 40 - のと思われる。
時代は下って、昭和2年に改築された山形市立 第一小学校のコンクリート校舎には、理科室の記 載があり、同年の附属小学校六日町校舎の平面 図中にも、理科室の記載が見える。また、昭和 14 年に新校舎が完成した山形第三小学校において も、平面図中には理科室が記載されている。さら に、山形市立第三小学校の百周年記念誌によれ ば、昭和 14 年に完成した勤労青年向けの夜学 である私立山形市工業青年学校の平面図にも理 科室の記載が見られるように、この時期には都市 部で実験室の整備が見られ、その裾野を広げて いることが確認できる。
いっぽうで、現在は山形市立となっている明治 小学校の場合、大正2年の平面図にも、大正 13 年の増築された平面図、昭和 5 年の改築された ものと思われる平面図でも理科室の記載はない。
しかし、戦後の昭和 25 年には、新制中学校と共 用となっているためか、理科室と準備室の記載が ある。このあたりは、理科教育振興法の制定等に 見られる、戦後の政策の影響が指摘できる。
9 まとめ
以上、日本及び山形県における理科実験室、
化学実験室の普及の流れを概観した。まとめれば、
明治維新期は、世界の科学教育研究シ ステムの面でも革命的な時期であり、リ ービッヒ流の実験室教育と研究システム を、同時代に直接に導入したことが後の 発展の礎となった。
導入の時期はいくつかの段階があり、お よその目安として、明治中期から大正期 に高等教育から中等教育まで広がり、昭 和前期に財政力のある市町の小学校に も普及したが、周辺部の小学校にまで普 及したのが戦後の理科教育振興法の成 立の時期である、と区分できるであろう。
などが指摘でき、山形県における理科実験室の
歴史の中に、日本と世界の歴史の流れが貫かれ ていることがわかる。
謝辞
長年のテーマであった本稿をまとめるにあたり、
山形県生涯学習財団理事長・日野顕正、山形市 立第一小学校長・白鳥樹一郎、山形市立総合学 習センター副所長・澁谷和久、山形市郷土館・旧 済生館、山形県立博物館および分館教育資料館 の学芸員各氏のご教示と協力をいただいた。記し て感謝を申し上げる次第である。
参考文献
1. 井本稔著・日本化学会編『日本の化学 100 年のあゆみ』,化学同人,1978 2. 小形利吉『山形県理科教育史』上(明治・
大正編),山形県理科研究同好会, 1978 3. 長岡安太郎『明治期中学教育史 山形
中学校を中心に』, 大明堂,1991 4. 島尾永康「リービッヒの薬学・化学教室」,
『和光純薬時報』 Vol.66, No.4,1998 5. 道家達将「日本の化学者の伝統」,『化学
のすすめ(第 2 版)』,筑摩書房,1980 6. 北康利『蘭学者 川本幸民』,PHP 研究
所,2009
7. 福沢諭吉『福翁自伝』,岩波文庫 8. 『化学者リービッヒ』,岩波新書
9. ロスコウ『小学化学書』(上・中),文部省,明 治 7 年
10. 『化学実験書』東京高等師範学校,明治 32,千葉県立多古高等学校図書館 11. 『理科教育研究誌』第 22 号,山形県高等
学校教育研究会理科部会,昭和 61 年度
※なお、各校の周年記念誌等については、紙幅 の都合で割愛した。
- 41 - 山形県立博物館研究報告, 29:41-46, February 4, 2011
「地域資源のデジタル化推進事業」の取組み
菅野 史郎*
Shirou Sugano
はじめに
山形県立博物館は、山形県の明治百年事業の一 環として建設され、昭和46(1971)年4月 に開館した総合博物館である。現在、本館のほか、
分館(教育資料館)、附属自然学習園(琵琶沼)を 併設し、地学・植物・動物・考古・歴史・民俗・
教育の7部門を擁している。山形県を中心に自 然・人文に関する「もの系」資料を広く収集・保 管し、その調査研究をすすめ、それらを展示して、
これまで多くの県民の学習に寄与してきた。
近年、都道府県立博物館の多くは情報インフラ の整備が進み、収蔵資料管理、図書管理、催事予 約管理、インターネット管理など、多岐にわたる 情報管理システムが導入されているようである。
Web上で各館の情報を見る限り、公共施設とし ての博物館に対する情報開示や情報提供の要求の 高まりに対応している。一方、山形県立博物館で は、これまで情報に対する投資がなされていなか ったため、デジタル情報の管理が統一されず、「情 報系」資料の整備が進んでいなかった。情報機能 の不備は、博物館の利便性への不満や利用者数の 減少に繋がる一因ともなっていた。
そうした中、平成21年3月に山形県雇用対策 本部から国の「ふるさと雇用再生特別基金事業」
(設置期間:平成23年度末まで)による「山形 県公募型雇用創出事業」が募集され、株式会社ア ーキネット(代表取締役:伊勢 博)から『地域 資源のデジタル化及びその教材化、専門家の育成』
が事業提案された。本館にとっては時宜にかなう ものであり、本部での採択を受け昨年8月に事業 に着手した。
本稿では、限られた事業予算の中で「情報系」
資料をどのように整備し、博物館運営の改善につ なげようとしているのかについて、現状を報告す るとともに、課題を明らかにすることを目的とし たい。
1 「地域資源のデジタル化」推進事業の 概要と進捗状況
株式会社アーキネットから事業提案された『地 域資源のデジタル化及びその教材化、専門家の育 成』の主要なテーマは、デジタルアーカイブを活 用した地域教材開発及び専門科の育成であり、主 な事業内容は以下の3点である。
① デジタルコンテンツの構築と提供
② 最上川に関わる資料のデジタル化・Webサ イトの構築
③ デジタル化に向けた専門家の育成
公募型事業は3箇年計画ではあるものの単年度 契約であることから、提案された事業内容を尊重 しながらも、本館の抱える情報化の課題解決に確 実に結びつくよう、初年度の事業内容を検討し補 整した。以下は事業名を「地域資源のデジタル化」
推進事業と改称した主な業務委託の内容である。
① 博物館アーカイブス及び、収蔵資料データベ ースの構築
② 公式Webサイトの構築
③ デジタルアーカイブ・コーディネータの養成 平成21年8月に契約が成立し事業がスタート したが、着手以前に、本事業の完了を見据えて解 決しておくべき点がいくつもあった。
第一に、情報担当の専門職員が不在である本館 にとって、安全性が確保された上で、構築した各々 のシステムを職員自が運用できる技術水準である こと。
第二に、3箇年の事業終了後のシステムの保 守・管理費用がきわめて安価であること。
第三に、担当部門の情報更新など、日常の運用 業務については、全職員が行えるようスキルアッ プを図ること。
そのほか、膨大な資料の整理とデータの入力人 員を確保すること、基本コンセプトの作成や多種 多様なコンテンツの作成を短期間で作成すること への職員の理解と協力を得ることなど、課題が山 積していた。
*山形県立博物館副館長