本章では、「特色専攻」に選定された、優れた小学校教育を行っていると評価された 16 大学すべてを対象に、小学校教員養成カリキュラム全体の構造を分析し、統計学の手 法を用いて 16 大学のカリキュラムを類型化する。本研究は、従来の研究に比較して研究 対象の大学の数が多く、中国を代表する主要な小学校教員養成大学を分析の対象とする 点、さらに教員養成カリキュラムを厳密な統計的手法で分析する点に特徴がある。
本章ではさらに、16 大学の教員養成カリキュラムが「標準」で提案された教育内容と どの程度一致あるいは相違しているかを分析し、その社会的背景を考察する。「教師教育 課程標準(試行)」は、「試行」という2文字から明らかなように、国が各大学に強制する ものではなく、教員養成カリキュラムの編成にあたり各大学に参考にしてもらうという 一種の国の提案である。したがって、それをどの程度受け入れるかは大学によって異な ってくる。「大学自治・自主弁学」の理念が強い大学では「標準」の影響は少なく、逆に 国の政策に追随する大学もあるかもしれない。本研究のいま一つの特徴は、国が設定し た「標準」に対する各大学の対応の違いの社会的な背景を考察する点にある。
小学校教育専攻のカリキュラムに関する資料(原語:人材培養方案又は課程計画。以 後、日本語で「教育課程表」とも略記する)を寄贈してくれた、16 大学・学院のカリキ ュラムを分析する。教育課程表には、当該専攻の教育の目的と目標に続いて、学生が卒 業までに履修する必修あるいは選択履修する授業科目の名称と開設学期等が記載されて いる。
但し、各大学はカリキュラムを独自に編成しており、授業科目区分も異なっているの で、そのままでは比較不可能である。そこで、カリキ ュラムの分析に際しては、「標準」
が提案している学習領域に従って各大学の授業科目を分類し、この共通の枠組みの中で 各大学の必修科目の単位数を算出し、それを分析することでカリキュラムの構造の特性 を明らかにしようとした。
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第1節 「標準」による教職科目の分類
「標準」の詳しい内容は第 1 章に述べたので、ここでは省略する。各大学の教員養成 カリキュラムの科目区分や構造は異なり、各授業科目も多種多様である。16 大学のカリ キュラムを比較分析するには、共通の枠組みが必要である。そこで、各大学の授業科目 を「標準」で提起されている「学習領域」と「提案項目」に従って分類することにした。
表 5-1 は、「標準」の5つの学習領域と提案項目の内容に照らして、16 大学の教育課程 表に記載されている教職専門科目を筆者が分類したものである。
表 5-1 「標準」の学習領域と提案項目による教職科 目の分類
学 習 領域 提 案 項目 提 案 項目 に対 応す る1 6大 学の授 業 科目 子 ど もの 発
達 と 学習
子どもの発達 児童発達心理学,児童発達,発達心理学,小学生心理発達,児童発達と教育心理学 小学生認知と学習 小学生の認知と学習,教育心理学(児童認知と学習を含む)
その他 心理学基礎,一般心理学,心理学原理,社会心理学,児童学,児童栄養と健康,児童教育概論 小 学 校教 育
の 基 礎
教育哲学 教育哲学,中外教育史,教育概論(原理),中外教育思潮,中外教育名著選読,教育社会学 効果ある教授法 教学論,課程と教学論,課堂教学実践,課堂教学技能
学級管理 小学校学級管理,課堂管理芸術,小学校課堂管理,学級管理と少先隊活動組織,学級及び団 体活動実務,学級担任と家庭教育指導
課程設計と評価 課程設計と評価,課程論,小学校課程資源開発と利用 学校教育の発展 初等教育発展,小学校教育改革,基礎教育課程改革専題 学校組織と管理 学校組織と管理,初等教育管理
教育政策法規 教育政策と法規
その他 小学校美育学,学校衛生学,専業導論
小 学 校教 科 教 育 と活 動 の 指 導
学校指導要領と教材研究 国語・数学・英語・品徳・科学・体育・音楽など各教科の教育課程,教材論,教材研究等 小学校教科教育の設計 国語・数学・英語・品徳・科学・体育・音楽など各教科の教学設計,指導論等
教科を超える小学校教育 該当なし
総合的な学習の時間 小学校総合的な学習の時間の設計と指導 心 理 健康 と
道 徳 教育
小学生のカウンセリング 小学生心理健康教育,学校団体心理指導,小学生心理補導,児童生理と衛生学基礎,生理衛 生と児童保健,学校心理健康教育
小学生の人格の発達と道 徳教育
徳育原理,小学校徳育実践,德育と小学校学級管理,小学生品德発達と道德教育,小学校德 育専題
職 業 道徳 と 専 門 的発 展
教育研究方法 教育科学研究方法,教育統計学と SPSS,小学校教育統計と測定
現代教育技術の応用 現代教育技術,コースウェア設計と制作,小学校教師技能実訓(教育技術)
教師の言葉遣い 教師口語,教師言語技能,標準語訓練
書写技能 鋼筆字書写,チョーク書写,教師書写芸術(書道基礎,簡筆画訓練を含む)
教師の職業道徳 教師倫理学,教師基本行為規範,教師入職指南,教師職業道徳と行為規範 教師の専門性の向上 教師礼儀,小学校教師専門的発展
その他 教科専門技能訓練,マイクロティーチング(国語・数学・作文・学級管理・美術・音楽・
児童劇演技・手工・体つくり)
注:「学 校指 導要 領と 教材 研究」及 び「 小学 校教 科教 育の 設計」と い う提 案項 目は ,中 国で は小 学校 教 員養 成モ デル の多 様 化 (全 教科 教員 養成 ,単科 教員養 成 ,多 教科 教員 養成 の併 存 )によ っ て ,各大 学が 開設 して いる 教科 の 指導 要領 や教 材研 究 及 び小 学校 教科 教育 の設 計の教 科 の数 は大 きく 異な って いる。
まず、「子供の発達と学習」領域は、主として発達心理学と、児童や小学生の認知と学 習に関する教育心理学から構成されるが、近年「標準」が提唱している児童観の重視に
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対応して児童学に関する授業科目も開設されている。
第二に、「小学校教育の基礎」には、教育哲学、効果ある教授法、学級管理、課程設計 と評価、学校教育の発展、学校組織と管理、教育政策法規など学校教育に関する教育学 の授業科目が開設されている。
第三に、「小学校教科教育と活動の指導」には、学校指導要領と教材研究、小学校教科 教育の設計、教科を超える小学校教育、総合的な学習など教科指導に関わる科目が多い。
第四に、「心理健康と道徳教育」には、小学生のカウンセリングや小学生の人格の発達 と道徳教育という二つ提案項目の中で、小学生の心理健康と道徳教育に関する科目が多 い。
第五に、「職業道徳と専門的発展」には、教育研究方法、教育技術の活用、教師の言葉 遣い、書写技能、職業道徳、専門性の向上に関わる専門職向上に必要な技能科目が多い。
本 研 究 で は 、 各 大 学 の 教 育 課 程 表 に 記 載 さ れ て い る 授 業 科 目 の 名 称 を 手 が か り に 表 5-1 の分類により、各大学の「標準」の学習領域ごとの必修単位数(表 5-2)を算出した。
中国の大学ではシラバスが作成されていないため、授業科目名で判断した。各大学の授 業科目名は多様であるが、その内容については、インターネット検索により授業科目名 に相当する著書、論文、資料を入手し、授業科目の内容の正確な把握に努めた。
1 学習領域1~5の分析
表 5-2 は、表 5-1 の分類基準を用いて 16 大学の必修授業科目を5つの学習領域別に分 類し、卒業に必要な総単位数と教職専門科目の必修単位数とその割合(%)を算出した ものである。
まず、最も教職専門の必修単位数が多いのは淮南師範学院で 61 単位である。教養科目 を含めた総単位数 186.5 単位の 32.7%を占めている。大連大学は教職科目の必修単位数 に占める割合が最も多く、35.1%に達する。教職必修単位数とその割合が最も低いのは上 海師範大学の 23 単位、13.8%であり、16 大学の中で唯一「標準」に規定された 24 単位 に達していない。
84 表 5-2 16 大学の「標準」5領域の必修単位数
大 学 名
教 職 必 修 単 位 数
総 単 位 数
教 職 必 修 単 位%
学 習 領 域 1 子供の発
達と学習
2 小学校教 育の基礎
3 小学校教科教 育と活動の指導
4 心理健康 と道徳教育
5 職業道徳 と専門的発展
南 京 暁庄 学院 44 170 25.9 9 6 8 2 19
杭 州 師範 大学 41 168 24.4 8 4 8 2 19
天 津 師範 大学 28.5 142 20.1 6 6 6 1.5 9
上 海 師範 大学 23 167 13.8 5 4 3 0 11
吉 林 師範 大学 36 155 23.2 6 11 7 0 12
海 南 師範 大学 32 160 20.7 6 10 4 0 12
ハ ル ビン 学院 42.5 184 23.1 10 12.5 6 0.5 12.5
首 都 師範 大学 44 196 22.5 4 10 10 6 14
湖南第一師範学院 39 184 21.2 4 8 8 4 15
湖 州 師範 学院 41 168 24.4 3 10 10 2 16
包 頭 師範 学院 32 155 20.0 4 7 11 2 8
大 連 大学 59 168 35.1 8 20 12 5 14
天 水 師範 学院 55 168 32.7 9 21 14 2 9
東 北 師範 大学 48 150 32.0 7 21 8 2 10
淮 南 師範 学院 61 186.5 32.7 9.5 15.5 16 4 16
南 京 師範 大学 55 158 34.8 9 27 0 3 13
「標準」では選択科目を含む教職専門科目の最低必要単位数総計は、四年制大学の場 合 32 単位で、これに 18 週の教育実践が必要である。教職必修単位数を見てみると、次 のような分布になる。すなわち、20 単位以上 30 単位未満が2大学、30 単位以上 40 単位 未満が4大学、40 単位以上 50 単位未満が6大学、50 単位以上 60 位未満が3大学、60 単位以上が1大学である。40 単位以上 50 単位未満を中心として、正規分布的に分布し ている。また、14 大学が既に 32 単位を超えている。
このように、教員養成に関する授業科目の必修単位数はほとんどの大学が「標準」を 上回っている。
次に、5つの学習領域別に考察する。「子供の発達と学習」と「心理健康と道徳教育」
領域では、どの大学でも一定の授業科目が開設されており、大学間の格差は小さい。
「子どもの発達と学習」領域は、「標準」後に各大学が重視するようになった。近年、
小学校教員養成の大学化により、授業内容は研究性や理論性が高度化し、子ども世界へ の関心から乖離するという問題が生じている。小学校現場では児童の問題や教員による 児童権利の侵害が発生している。小学校教員養成課程の学生に正しい子供観を育成する ことが必要であり、教職科目の中に子ども学を中心とする各領域学問の統合が提唱され た。上海師範大学の小学校教育専攻の関係者は児童学に関する授業科目を増設すること