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炭素濃度分布と組織

第 4 章 ステンレス鋼の真空浸炭に関する研究

4.3.1 炭素濃度分布と組織

真空浸炭処理を施した試験片の炭素濃度と表面からの距離との関係を図4.1 に示す。い ずれの鋼種とも表面近傍の炭素濃度はきわめて高く、本研究の真空浸炭処理においてもそ れぞれ高炭素濃度域にまで浸炭できることが確認された。炭素濃度は表層から内部に向け て低下するが、その傾向は処理温度や鋼種により変化する。処理温度の影響についてはオ ーステナイト系のSUS304鋼とフェライト系のSUS444鋼は1173Kから1323Kの温度範 囲、二相系のSUS329J3L鋼は1173Kと1323Kの結果を示した。温度の上昇と共に表層 部の炭素濃度が高くなり浸炭深さが増加する。温度上昇に伴なう炭素濃度の増加傾向は表 面 か ら の 距 離 の 増 加 に 伴 な い 大 き く な る 。 温 度 上 昇 に 伴 な う 浸 炭 深 さ の 増 加 傾 向 は SUS304 鋼よりも SUS444 鋼の方が大きく、SUS329J3L 鋼は最も小さい。SUS329J3L は表層部の炭素濃度は最も高いが、表面からの距離の増加に伴なう濃度低下傾向が大きい ため浸炭深さは最小となる。フェライト系のSUS444鋼は表層部の炭素濃度はやや低いが、

内部に向けての濃度低下傾向が小さいため浸炭深さは最も大きくなる。

図 4.1 浸炭処理材の炭素濃度分布

光学顕微鏡により断面組織を観察し、図 4.1に示した浸炭域に対応する析出を伴なう組 織変化領域を確認した。一例としてSUS304鋼を1323Kで4h浸炭処理した組織を図4.2 に示す。これら析出物を SEM により表面から内部に向けて観察した。浸炭部はいずれの 鋼種とも析出物が多量に析出した組織であり、低温側の1173Kでは結晶粒界に沿った析出 物が観察されるが、温度の上昇と共に著しく凝集・粗大化する。最も温度の高い 1323K処 理材について表面および断面の組織観察結果を図 4.3 に示す。各鋼種とも表面は凝集・粗 大化した大量の析出物で覆われており、その傾向は SUS329J3Lで最も顕著であり、次い でSUS304鋼となり、SUS444鋼の析出物はやや微細である。 断面組織は、表面から 80,

200, 300µm の各位置について示すように、いずれの鋼種においても析出物量は表面から

の距離の増加に伴ない減少し、析出形態は連続型から分離型に変化する。SUS444鋼の結 晶粒内にはラメラー状の析出物が観察される。

図 4.2 浸炭処理した SUS304 鋼の光学顕微鏡組織(1323K-4h)

(腐食液:王水)

析出物同定のため X 線回折を行った。図 4.4 は回折図形の一例として SUS304鋼につ いて示したもので、Cr7C3と同定できる。その他の鋼種についても Cr7C3と同定され、浸 炭処理により導入された炭素は Cr7C3型炭化物として析出する。これらステンレス鋼に析 出する炭化物は Cr23C6型 7)とされているが、炭素量の増加により Cr7C3型炭化物の析出に 変化したことがFe-C -Cr系等温図 6)から推定される。一方、SUS444鋼のNbはNb系の 析出物として存在するとされているが8)、量的にわずかであるためX線回折では検出でき なかったものと考えられる。

図 4.3 浸炭材の走査型電子顕微鏡組織

(腐食液:王水)

析出した炭化物の量的変化を評価するため画像解析により炭化物面積率を求めた結果 を図 4.5に示す。いずれの鋼種とも、炭化物面積率は表面部から内部に向けてほぼ一様に 減少する。SUS329J3L鋼は表面部で約90%の最高値を示すが、内部に向けての減少率が 最も大きいため、300µm の位置では最小となる。表面部の炭化物面積率が最低となる

SUS444鋼は表面からの距離の増加に伴なう低下傾向が最も小さいため、300µmの位置で

はSUS304鋼と同程度となる。

炭化物面積率と炭素濃度との関係を図 4.6に示す。各鋼種のデータは鋼種によらず同一 傾向にあり、炭素濃度の上昇と共にほぼ線形に炭化物面積率が増加する。浸炭処理後の炭 素は Cr炭化物としての析出および

γ

相やフェライト相へ固溶する。炭素の溶解度は

γ

相 とフェライト相で異なるにもかかわらず、各鋼種のデータは同一傾向にある。これは浸炭 処理後の冷却速度が遅いため冷却中に炭素の析出が進行することにより固溶炭素が減少し たためと考えられる。この図における炭素濃度と炭化物析出量との関係からも、炭素の大 半はCr7C3型炭化物として析出するものと判断できる。

表面近傍の炭素濃 度は図 4.1 に示し たよう に、SUS329J3L 鋼 が最も高く、 ついで

SUS304鋼であり、SUS444鋼が最も低い。炭素の内部への浸入深さは逆の傾向となり、

フェライト系が最も深くなる。これら3鋼種の浸炭挙動の相違はそれぞれの化学組成や組 織 と 次 の よ う に 関 係 す る も の と 考 え ら え る 。 表 面 近 傍 で 最 も 高 い 炭 素 濃 度 を 示 し た

SUS329J3L鋼はCr含有量が高いため、形成されるCr炭化物量が多いことから表面近傍

の炭素濃度が高くなるものと考えられる。炭素濃度がCr量に依存することは 12%Cr鋼の 炭素濃度 8)がSUS304鋼やSUS444鋼よりも低いことからも裏付けられる。SUS329J3L 鋼では表面近傍に高密度に析出した炭化物が炭素の内部への拡散を抑制するため浸炭深さ が浅くなるものと考えられる。フェライト系のSUS444鋼は拡散が速いため浸炭深さが大 きくなると考えられる。

浸炭は、固溶C量の増加とCr炭化物の析出に伴なう固溶Cr量の減少により、マトリ ックス相に影響を与えることが考えられる。浸炭処理材のX線回折においては、それぞれ の鋼種で新たなマトリックス相は検出されなかった。すなわち、SUS304鋼の

γ

相は安定 であり、組織変化は炭化物析出のみである。SUS444鋼では

γ

R相は検出されなかったが、

浸炭処理中に

γ

相が生成し、冷却中にマルテンサイト変態が生じた可能性が残る。

図 4.4 浸炭処理したSUS304鋼のX線回折図(1323K-4h)

図 4.6 炭化物面積率と炭素濃度との関係 図 4.5 炭化物面積率と表面からの距離の関係