5-1. 実験系の概要
逆伝搬像再生法の実験系の概略と写真をそれぞれFig.5-1とFig.5-2に示す。
まず、模擬生体ファントムである寒天に金属棒を用いて、2mm×5mmの導入孔を作製 する。導入孔に対して外部から強力超音波を照射するために使用するトランスデューサ
(中心周波数:2.5MHz)を導入孔から40mm(超音波の収束点)離れた位置に置き、そ のビームの軸が導入孔の中心軸と直交するように設置した。次に気泡から放射された二次 的な超音波信号を受信するために使用するリニアプローブ(中心周波数:7.5MHz)を気 泡導入孔から20mm離れた位置に配置し、リニアプローブのプローブ面の法線方向とトラ ンスデューサのビーム軸が直角に交わるように調整した。
本実験における超音波照射の概要はFig.5-1に示すように行われる。①微小気泡と生体 細胞、細胞染色液を懸濁した溶液を導入孔に入れる。この気泡を信号源として②超音波を 照射する。超音波照射によって③気泡から二次超音波が発生し、それを④リニアプローブ によって受信する。
逆伝搬像再生は以下の通りである。
<逆伝搬像再生の流れ>
1. リニアプローブからは周期的に映像超音波が照射される
2. 映像超音波の照射タイミングに合わせて研究用超音波測定装置から同期トリガが出力 されるので、これを発振器のトリガ入力に入れる。
3. 寒天上の導入孔に懸濁液を導入する
4. 同期トリガに遅延をかけた上で発振器出力を ON 状態にして強力超音波を照射する 5. 気泡から放射された二次超音波をリニアプローブで受信する
6. リニアプローブの各素子の AD 変換器出力を PC 上で取得 7. 取得 RF データを用いてプログラム上で逆伝搬像再生を行う
本実験系は再現性を高めた構成になっているが、導入孔の大きさや長さは実験ごとに多 少の誤差が伴う。また、導入孔からの各プローブ位置や角度に関しては、実験日ごとに若 干異なるので、実験結果にバラつきが生じる。
Fig.5-1実験系の概略
Fig.5-2実験系の写真
5-2. 研究用超音波測定装置
気泡からの放射超音波の取得にはマイクロソニック株式会社のRSYS0003STAを使用した (Fig.5-3 )。
Fig.5-3 RSYS0003STA
この装置ではリニアプローブの各素子で受信した超音波のAD変換器出力をバイナリデ ータとして取得することが可能となっていると同時に、同期用トリガを外部に出力するこ とが可能となっている。表5-1にこの装置の諸元(今回の実験系における設定値)につい て示す。
表5-1RSYS0003の諸元
プローブ中心周波数 7.5MHz 映像超音波の音圧 0.1 MPa 素子ピッチ 0.6mm チャネル数 16ch
PRT 80μsec
5-3. 強力超音波照射用の超音波振動子
実験に用いた球面超音波振動子のパラメータを以下に示す。富士セラミック社製凹面型 超音波振動子で設計上の直径、曲率半径及び共振周波数はそれぞれ22mm、42mm、2.5MHz
である。この凹面型超音波振動子の背面にアクリル製の振動子ホルダを取り付けて、このホ ルダをもって保持している(Fig.5-4)。
Fig.5-4 凹面超音波振動子と振動子ホルダ
この振動子の入力インピーダンスの周波数特性をFig.5-5に示す。
Fig.5-5 2.5MHz振動子のインピーダンス特性
この振動子の電圧-音圧特性をFig.5-6にそれぞれ示す。
Fig.5-6 電圧-音圧特性
Fig.4-6の電圧-音圧特性の測定においてはハイドロフォンプローブHNR1000(イーステ
ック株式会社)を使用して、凹面超音波振動子からのビーム軸上の40mm先にハイドロフ ォンプローブを対向させる形で配置して行った。ここで、この凹面振動子のビーム軸方向 の出力音圧分布をシミュレーションした結果をFig.5-7に示す。このグラフの青線が凹面 超音波振動子の音圧分布であり、このグラフが示すように振動子から40mmの位置におい て出力音圧が最も強くなることを考慮し、振動子から40mmの位置での出力超音波を使用 している。
Fig.5-7 振動子のビーム軸方向の音圧分布
前述の円形凹面振動子の音圧分布のシミュレーションは式(5.1)により行った。この式は円
形凹面振動子のビーム軸(
𝑥
軸)方向の音圧分布を与える。ここで「正規化」とは、ρ、c及び Vmをそれぞれ媒質の密度、音速及び振動子面上の体積速度の最大値とするとき、それらの 積 𝜌𝑐|𝑉𝑚| で音圧pの絶対値 |𝑝| を割ることをいう。正規化音圧
|𝑃
𝐼(𝑥)| =
|𝑝|𝜌𝑐|𝑉𝑚|
= |
2𝐴𝐴−𝑥
sin
𝑘2
(√𝑎
2+ (𝑥 − 𝐴 + √𝐴
2− 𝑎
2)
2− 𝑥)|
ただし焦点(
𝑥
= A )において、|𝑃
𝐼(𝐴)| = 𝑘ℎ
…(5.1)
(5.1)式のp、ρ、c及びVmはそれぞれ音圧、媒質の密度、音速および振動子面上の体積速
度の最大値である。式(5.1)における各パラメ-タの詳細は表5-2の通り。
表5-2 式(5.1)のパラメ-タ
曲率半径
𝐴[m]
0.042半径
𝑎[m]
0.011位相定数
𝑘[𝑟𝑎𝑑/𝑚]
10471.976 振動子の深さℎ[m]
0.001466出力する超音波の音圧や周波数、位相等の制御は、振動子に接続した発振器によって行な う。発振器には株式会社NF回路設計ブロック社製のWF1968を使用した。この発振器の 出力をパワーアンプ(株式会社NF回路設計ブロック社製HSA4101)に接続して、その出 力を超音波振動子の端子間に印加することで強力超音波を出力している。
5-4. 模擬生体ファントム(寒天ファントム)
生体模擬ファントムとして、寒天ファントムを使用している。寒天ファントムは作成が容易 でありながら、弾性特性が生体に近く、超音波の伝搬速度が水中での伝搬速度とほぼ等しい という特徴がある。今回実験に使用したファントムはグラファイト濃度、寒天濃度ともに 1.50%とした。
寒天ファントムの作成方法を以下に示す。
<寒天ファントムの作成手順>
1. 水に所定の量の寒天粉末(和光純薬工業株式会社)を加えて沸騰するまで加熱する。
2. 沸騰したら、かき混ぜながら、約40℃になるまでゆっくり冷却する。
3. 約40℃になったら、型に入れて、冷蔵庫で完全に固まるまで冷却する。
4. 寒天が完全に固まったことを確認した後、型を引き抜く。
Fig.5-8 に導入孔の形状を示す。
Fig.5-8 導入孔の形状
5-5. 超音波造影剤
超音波造影剤に利用される微小気泡をFig.4-3に示す。実験には肝臓などの超音波造影剤に 利用されているソナゾイドを使用した。ソナゾイドは気泡径が3μmであり、ホスファチジ ルセリンナトリウムを材質とするシェルによってペルフルブタンガスを内包する微小気泡 である。
Fig.5-9 超音波造影剤に利用される微小気泡
5-6. 浮遊細胞(HL-60)
浮遊細胞としてほ乳類白血球由来のHL-60を用いた。この細胞はほ乳類白血球由来であ り、細胞の管理等の容易さを考慮して選択した。HL-60の直径は約10 µmである。HL-60 溶液の作成方法を以下に示す。
<HL-60 溶液の作成手順>
1. HL-60を培養後、 5.0 × 105 個/ml になるようにHL-60溶液を調製した。
2. 1で調製した溶液に対して、100倍に希釈したソナゾイドを混ぜ、HL-60溶液を作成 した。
上記で作成したHL-60溶液に染色液を入れ超音波を照射した。照射した後、HL-60懸濁 液は注射器を用いて回収し、導入した蛍光物質に応じて以下に示す方法によって観察を行 った。
5-7. 細胞染色液の導入
顕微鏡での観察ではThermoFisherScientific社のinvitrogen NucBlue Fixed Cell Stain
ReadyProbes reagentを用いた。この染色液は正常な細胞膜を透過せず、細胞膜が壊れて
DNAに結合すると、青色の蛍光を発する特徴を持つ。そのため、通常は死細胞を染色す る目的で使用される。本実験においては、音響穿孔による試薬の膜透過が起ると考えられ るため、本試薬を選定した。蛍光顕微鏡では、青・シアンフィルタを通して観察すること ができる。DNA結合時360 nmの紫外線で励起したときの、最大発光波長は460nm であ る。
5-8. 細胞の観察方法 5-8-1. 蛍光顕微鏡
蛍光顕微鏡はKEYENCE社製のHSオールインワン蛍光顕微鏡BZ-9000を使用した
( Fig.5-11)。このとき、前述した染色液の特徴より、蛍光顕微鏡の蛍光フィルタは
DAPI-B( 励起波長 : 360/40, 吸収波長 : 460/50, ダイクロイックミラー波長 : 400 [nm] )を選択 した。
5-8-2. フローサイトメトリー
[9]フローサイトメトリーはThermo Fisherの Attune NxT Acoustic Focusing Cytometerを 使用した。細胞を懸濁した溶液を微細な管に通し、その間にレーザー光を照射することで 細胞の検出、散乱光による細胞の状態の評価、レーザー光による励起発光の検出などを行 うことができる。今回の研究では細胞の変形や大きさの違いによる分布を評価する。