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外国人大学生を対象とする「キャリア日本語教育」

実践とはどのようなものか

本章では、RQ4「外国人大学生を対象とする「キャリア日本語教育」実践とはどのような ものか」を探究すべく、「自己構成」に他者はどのように関与するかという観点から実践の 分析を行う。本章は全3節から成る。第1節では、サトミと筆者との対話の事例を取り上 げ、ストーリーの構成における対話の意義を分析する。第2節では、スタディーグループに おけるメンバー同士の対話の事例を取り上げ、ストーリーの構成における他者の役割を分 析する。第 3 節では分析結果をふまえ、「キャリア日本語教育」の実践のあり方を考察す る。

第1節 サトミと筆者の対話にみる「自己構成」の協働性

本節では、本実践におけるサトミと筆者との対話の事例を取り上げ、ストーリーの構成に おける対話の意義を分析する。

事例① 対話を通じた「自己」のストーリー構成

ここでは、他者と対話することを通じて、「自己」のストーリーが構成されていくことを 示唆する事例を取り上げる。サトミは、本実践における第 2 回インタビューの終盤および 第 5 回インタビューの中で、筆者をはじめとする他者との対話の意義について次のように 語っている。

◆2015/08/20 第2回インタビュー

1448 サトミ これ(自分史年表)、小学生から大学生まで、こうやってポスト貼りなが

らするのが本当に初めてだったんで、久しぶりにこれ(生活記録簿)なんて言いますか。

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1449 古賀 あぁ、記録簿、なんて言うかな、成績表、通信簿?

1450 サトミ 成績表?を久しぶりに見て、あ、私本当に、昔はこんな子だったんだーと

か、1年生はなにが好きで、なにがあって、おぼえたら(思い出したら)、あんなエピソー ドがあったんだ、みたいな。本当にじっくりふりかえってみる機会になって。一人だけじゃ なくて、相手、先生がいらっしゃって話し合うから、そのエピソードにとまずに(留まらず に)、なんでそう思って、これからどういくのかを、はっきりは考えなくても、考え方の道 を探したっていうか。本当に、就活じゃなくて、色んな意味で本当に役に立ちました。私っ ていうことに、どんな人なんだろうってことが、ずーっと分かってて。あんまりないんです ね、こうやってエピソードを。こうやって。まとめることもあんまりないので。

1451 古賀 そうだね。なかなかきっかけがないと確かに、私も確かに、小学生の時こ

れがあってこれがあってっていうのは、やる機会がない。

1452 サトミ たとえば1年生の、あの同級生が、1年生の私がお金を探してくれたって

いう(笑)。そういう本当に自分が分からないようなエピソードも他の人が覚えてくれたり。

1453 古賀 そうだね。その子にとってはサトミさんは本当に優しくて、他の人の問題

にも取り組んでくれる、助けてくれる、そういう人だったんだろうね。

1454 サトミ 自分も知らない自分を、他の人が探してくれたり。

1455 古賀 でもそういうことはあると思う。

1456 サトミ 他己分析とか。みんな適当に言うんですけど(笑)私どんな人?って言っ

たら、うーんどんな人かなみたいな。適当な反応ですけど、それも、適当だけど、一言で自 分、私のことを言う、イメージ?とかも知られて良かったです。今おぼえたら(思い出した ら)本当にちっちゃなエピソードなんですけど、重ねてみたら、こんなにいきなりエピソー ドでもないんだ、みたいな。私のそういう性格だから、そういう性格だからこそできるエピ ソードみたいな。

(中略)

1480 サトミ これ(自分史年表)見ると、ふーん、私こうだった

1481 古賀 これ(自分史年表)もそうそう。あ、良くなったんだなって思うこともあ

ると思う。あるある、きっと。私もこれをやりながら考えたもん。サトミさんの(語り)を 聞きながら。あぁ、なるほどなって。

1482 サトミ 本当に先生私のこと全部、もうわかって

1483 古賀 もうサトミマスターかもしれない私。

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1484 サトミ マスター、マスター。

◆2016/05/28 第5回インタビュー

380 サトミ (就職活動を始めた当初は)現実は厳しいのもあり、私自身が私をあんま り知らなかったということで、自分の性格は何だと思いますかっていうことをぎゅっと言 われて、自分は答えないという状況になってからは、私自身をあんまり知らなかったのかな と。で、先生とも去年自己分析をして話しているうちに、あ、結構私、こんな人だったのか なという、そのとき結構実感しましたので、就職活動しているうちに自分のことを知るよう になったのかな。……

サトミは就職活動を始めたころは「私自身が私をあんまり知らなかった」が、「就職活動 しているうちに自分のことを知るようになった」と語った。本実践において、筆者とともに 自身の経験を語り、自分史年表を作成するという活動は、これまでの人生を「本当にじっく りふりかえってみる機会になった」という。そして、その意義について、「一人だけじゃな くて、相手、先生がいらっしゃって話し合うから、そのエピソードにとまずに(留まらずに)、

なんでそう思って、これからどういくのかを、はっきりは考えなくても、考え方の道を探し た」と語っている。つまり、サトミが一人で過去の経験を回顧したり、一方的に語ったりす るのではなく、その経験について「相手」と「話し合う」ことで、「なんでそう思って、こ れからどういくのか」、つまり、これまでの自分はなぜそのような行動や思考をしたのか、

それはこれからの自分の人生にどのようにつながっていくのか、といった意味づけが促さ れたということである。「考え方の道を探した」という語りからは、サトミが対話を通じて 自己のストーリーが構成されていくことを体験し、それに手応えを感じていることがうか がえる。

そして、自分の過去の経験を語ることは、自分はどのような人間かというアイデンティテ ィの構成にもつながっている。サトミは経験を語ることについて、「今おぼえたら(思い出 したら)本当にちっちゃなエピソードなんですけど、重ねてみたら」「私のそういう性格だ から、そういう性格だからこそできるエピソード」だと語っている。それによって、「私っ ていうことに、どんな人なんだろうってことが、ずーっと分かって」「就活じゃなくて、色 んな意味で本当に役に立ちました」と、満足げな様子であった。つまり、過去の「エピソー ド」を意味づけながら「重ねて」みることで、自己の「性格」、「私って……どんな人なん

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だろうってこと」が見いだされていった。そして、サトミは本実践の意義について「先生と も去年自己分析をして話しているうちに、あ、結構私、こんな人だったのかなという、その とき結構実感しました」と語っている。「話しているうちに」「私、こんな人だった」と「実 感した」という語りから、自己のキャリアやアイデンティティについて考えることと日本語 で語ることとが連動していることが示唆される。こうした語りは、「自分らしい生き方」と いうキャリアや「自分らしさ」というアイデンティティは、それ自体が確固たるものとして 個人の中に存在するのではなく、過去の経験を語りによって意味づけることで構成されて いく「ストーリー」であることを示唆している。

そして、こうした語りからもう一点示唆されるのは、対話を通じて経験を意味づけ、「自 己」のストーリーを構成していく主体は、サトミのみに限らないということである。「相手、

先生がいらっしゃって話し合うから」「先生とも去年自己分析をして話しているうちに」と サトミが語っているように、本実践においては筆者もサトミのストーリー構成に参与して いた。「本当に先生私のこと全部、もうわかって」という語りからは、サトミが自己のスト ーリーを協働で構成する相手として筆者を認めていることがうかがえる。そして、「本当に 自分が分からないようなエピソードも他の人が覚えてくれた」、「(私はどんな人?と他者 に聞くことで)自分、私のことを言う、イメージ?とかも知られて良かった」、「自分も知 らない自分を、他の人が探してくれた」という語りからは、筆者だけでなく、サトミの語り に登場する他者、つまり、さまざまな場でサトミとの対話に参与する他者もまた、サトミの 過去の経験を語り意味づける主体であることが示唆される。

事例② 自己PR文推敲にみる対話の意義

ここでは、サトミが工藤先生(仮名)および筆者という二人の日本語教師とそれぞれ自己 PR文の推敲を行った事例を取り上げ、両者の違いから対話の意義を分析する。

サトミは筆者との第2回インタビューの終了直後、某日本企業(A社)に提出するエント リーシートを書いた。エントリーシートにおける「学生時代に頑張ったこと/チャレンジし たことを、具体的なエピソードを交えて説明してください。(200文字以内)」という質問 に対する答えとして書かれた文章を、自己PR文と呼ぶ。当時、筆者が海外出張中であった ため、サトミはまず、自身が在籍する大学の専任日本語教師である工藤先生(仮名)に自己 PR文の推敲を依頼した。後日行われたインタビューの中で、サトミは工藤先生とのやりと りを次のように語っている。

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