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外国人大学生を対象とする「キャリア日本語教育」

実践の意義は何か

本章では、RQ5「外国人大学生を対象とする「キャリア日本語教育」実践の意義は何か」

を探究すべく、「自己構成」と日本語の学びはどのように関連するかという観点から実践の 分析を行う。本章は全3節から成る。第1節では、サトミが就職活動における自身の日本 語の課題について語った事例を取り上げ、その課題を「自分なりの日本語」という概念によ って分析する。第2節では、サトミのキャリアと日本語をめぐる対話の事例を取り上げ、サ トミが「自分なりの日本語」を構成していくプロセスを分析する。第3節では、分析結果を ふまえ、「キャリア日本語教育」実践の意義を考察する。

第1節 「自分なりの日本語」とは何か

本節では、サトミが就職活動における自身の日本語の課題について語った事例を取り上 げ、その課題を「自分なりの日本語」という概念によって分析する。

事例⑥ 「自分なりの日本語」への気づき

ここで取り上げるのは、サトミが筆者との対話の中で就職面接での自身の受け答えをふ りかえり、自身の日本語の課題について語った事例である。

C社の面接試験において、面接官はサトミに「なぜ日本で働きたいのか」と尋ねた。サト ミは、韓国企業は採用の際に「ある基準を満たさないと入社できない」、すなわち個人がこ れまでの経験で得た成果を重視するのに対し、日本企業は「どんな経験をして何を得たのか という過程を重要視」すると述べ、「自分らしさを発揮しながら仕事が出来るところは日本 の企業だと思い、志望しました」と答えた(2015/10/04 面接ふりかえり記録①)。サトミ が企業側の人材育成体制という視点から就職の動機を語ったのには、次のような背景があ

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る。第5回インタビューで用いた「就職・就職活動に関するアンケート」における「日本で 就職を希望する理由は何ですか」という設問に対し、サトミが選んだ選択肢は「日本語を使 って仕事をしたいから」「将来日本企業の海外拠点で働きたいから」「日本企業の人材育成 は充実しているから」の三つであった。一つ目の「日本語を使って仕事をしたいから」は、

先述のとおり、サトミが初めから一貫して主張している日本企業への就職を望む動機であ る。二つ目の「将来日本企業の海外拠点で働きたいから」については、「(日本で)5 年、

6 年ぐらい働いたあとに将来出るとしたら(海外に)出ようかな、というまろやかな考え」

(第5回インタビュー、578)があると語った。そして、三つ目の「日本企業の人材育成は 充実しているから」を選んだ理由について、サトミは「日本の企業の説明会を聞いたら、こ れ(人材育成体制)を結構強調している」(第5回インタビュー、582)と語り、具体例と してC社を挙げている。このことから、サトミがC社の面接で日本での就職の動機を問わ れた際、「日本語を使って仕事をしたいから」や「将来日本企業の海外拠点で働きたいから」

といった自身の個人的な動機ではなく、日本企業の人材育成体制をふまえて「(日本企業は)

どんな経験をして何を得たのかという過程を重要視」するから、という回答をしたのは、こ うした企業側の意図を汲んだ一種の戦略だったと推察される。しかし、サトミの回答に対す る面接官の反応は芳しいものではなかった。サトミはこのときの経験をふりかえり、「なぜ 日本で働きたいのか」という質問の意図について次のように分析している。

◆2015/12/07 第4回インタビュー

320 サトミ 【C社】(の面接)は私一人でずっと話した気がします。面接官は、

「あーそう?へー、あーそうなんだ」みたいな感じで。

321 古賀 (面接ふりかえり記録①を見ながら)そうだね、話の中からずっと聞い ていってる感じ?自己紹介で【留学先の大学】に行きましたって言ったから、【留学先の 大学】の生活を聞かれたってことか。で、なんで日本で働きたいか。

322 サトミ で、そういう答えをしたら、みんな結構言うねって。

323 古賀 これか。日本は、あ、韓国は。

324 サトミ 普通の答えなんですよ。で、それ言ったら、みんな言うねって。

◆2015/10/04 面接ふりかえり記録①

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日本で働きたい理由がみんな言えそうな答えなので、もっとインパクトあるように私は どうしても働きたい理由を探すのが最も大事。

◆2016/05/28 第5回インタビュー

537 古賀 今のところ振り返りを聞いてると、絶対聞かれるのは志望動機と自己PR はそうだけど、何で日本で働きたいの?っていうのも。

538 サトミ 結構聞かれます。

(中略)

542 サトミ ……異なる環境で働くのだから、とりあえず。食べ物とか恋人がいると かとはちょっと関係なくって、本当の自分の考え、自分が働きたいっていう考えが知りた いのではないかなと。……

日本企業と韓国企業の人材育成体制の違いを日本企業への就職の動機として答えたサト ミに対し、面接官は「みんな(同じことを)言うね」と冷めた反応だった。サトミも自身の 回答を「普通の答え」「みんな言えそうな答え」だとふりかえっている。こうした経験を経 て、サトミは、「なぜ日本で働きたいか」という企業側の質問には、母国とは「異なる環境 で働く」ことになる外国人大学生から「本当の自分の考え、自分が働きたいっていう考え」

を聞き出す意図があるのではないか、と語っている。つまり、面接官が聞きたかったのは、

日本企業と韓国企業の人材育成の違いのような一般論や、企業の意図を汲んだ模範回答で はなく、サトミ自身の「どうしても(日本で)働きたい理由」という「本当の自分の考え」、

つまり日本就職に対するサトミ自身の個人的で切実な動機を語ることだったのではないか、

と気づいた。こうした経験からサトミは、「どうしても(日本で)働きたい理由を探す」こ と、すなわち「なぜ日本で働きたいのか」という問いに対する自分のストーリーを自分のこ とばで語ることを自身の課題として捉えている。

また、ある日本企業の就職面接でサトミが「マーケティングの仕事を希望している」と話 したところ、面接官から「子どもにマーケティングを説明するとしたらどのように説明する か」という質問を受けた。この質問に対し、サトミは「自分が伝えたいことをうまく……こ ういう人たちが共感するように伝えること」ができなかった(第5回インタビュー、382)。

そして、この経験を通じて、サトミは「私が志望する仕事にもあんまり分析しなかった」、

「自分がやりたい仕事なのに、面接官とかほかの人にちゃんと説明しない(できない)」こ

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とを「反省」したと語った(第5回インタビュー、384)。さらに、後日のインタビュー中、

筆者がこの時のサトミの語りを持ち出すと、サトミは次のように語っている。

◆2017/4/30 第8回インタビュー

461 古賀 (第5回インタビューのデータを見ながら)これ反省点だね。現実は厳 しい。私自身が私、あんまり知らなかった。自分が志望する仕事もあんまり分析しなかっ たから、自分がやりたい仕事なのに、ほかの人にちゃんと説明できないって言っている、

反省。

462 サトミ はい。これって、伝達力が足りなかったということですよね。頭にはぐ るぐるしてるけど、これが表現として、ことばとしては、ちゃんとかたちにならない。今 でも、そう思ってます。

463 古賀 今の課題?これが。

464 サトミ 課題。難しいですね。だんだん時間がたつと、この人をどうやって説得 させるというかを、ずっと考えてます。

465 古賀 面接官とかってこと?

466 サトミ 面接官とか。前でも緊張を抜いてバーッと話したら、失敗したという経 験がありますから、緊張を持って自分が伝えたいことばをちゃんと伝えようと心がける と、これは結構きついことだなと思います。

(中略)

484 サトミ そして、韓国(語)でも難しい質問を日本語でも言われると、それも表 現するのも難しいです。一つ例として、どこだったっけ。【某製品】を作る会社に志望し たことがあったんですけれども。

485 古賀 何か言ってた気がする。

486 サトミ そのときに私もマーケティングやりたいですって話したら、マーケティ ングを小さな子どもにどう説明しますか。

487 古賀 それだよね、子どもに説明するとしたらどう説明すると。

488 サトミ それ韓国語でも言われると、へ?と思うほどの難しい質問なんだと思う んですけれども、それを日本語で言われると日本語で答えなければならないから、エーッ として慌てた経験があるから、それがちょっとトラウマっぽくなって、これを乗り切れる のが大事だと思うんですけど、その乗り越えるのが大変です。自分なりに、だから自分な

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