第 3 章 Phenakistoscope Player の開発 25
3.5 実施例と考察
3.5 実施例と考察
この節では,P.S.Playerのために筆者が制作したコンサートで上演するための作品SightSound -Phenakistoscope-のコンセプト,円盤と音のデザイン,そして演奏方法について述べる.また,作 品に対する観客の感想と評価について述べる.次に,P.S.Playerを用いたワークショップにおける ユーザ体験について述べる.コンサート,ワークショップでの実施例を踏まえて,実世界指向イン タフェースの視点からP.S.playerのインタフェースについて考察し,最後にP.S.Playerの今後の デザインの方向性について述べる.
3.5.1 作品 SightSound -Phenakistoscope- の概要
SightSound -Phenakistoscope-[30]は,筆者が2000年から制作を進めてきた,音から映像を,ま た映像から音を生成する作品群SightSoundのひとつである.SightSound とは,初見で歌唱する という意味を持つsight singをもとにした筆者による造語であり,Sight:光景とSound:音という意 味とともに視覚表現である楽譜がすぐさま音になるという意味が込められている.
本作品では,DJパフォーマンスにおいてレコード盤を次々に交換していくのと同様に円盤状の 図形楽譜を次々に交換,あるいは重ねていくことで演奏を実施する.演出上の観点から,図形楽譜 として厚紙と透明なOHP(Over Head Projector)シートの2種類のものを用意した.OHPシート を用いることで図形楽譜のさまざまな重ね合わせが可能になり,その行為自体を演出上の表現とし てみせることができる.図形楽譜を重ね合わせていくことから,それぞれの楽譜に描く図形はでき るだけシンプルなものとした.シンプルな図形に対応して,使用する音素材もシンプルで無機的な 電子音を中心に構成した.この作品に使用した2枚のOHPシートの円盤を重ねた例を図3.6に示 す.作品は3つのセクションから構成される.それぞれのセクションの冒頭部で白紙の円盤を使 用し,その上に透明なOHPシートの円盤を重ねて行くことで複雑な図柄が現れるとともに演奏さ れる楽器音も増えていく.
本作品では,音の厚みや拡がりを持たせるために,P.S.playerの演奏をしながらいくつかのシン セサイザ音をMIDIキーボードで演奏した.打楽器音を発音するP.S.playerがメインの楽器として 浮かび上がるように,MIDIキーボード演奏音に持続音を選択して楽曲を構成した.さらに,CDX がDJ用のCDプレーヤであることを活用し,あらかじめCDに楽曲の一部を録音して使用した.
ターンテーブルの回転速度を操作することによってCD音のピッチが変化するので,ターンテーブ ルの操作を視覚と音の変化の両方で表現できるからである.
図3.6で示したように,本作品の円盤には,幾何学的な図形が使用されているので,発音すると きのflashアニメーションも幾何学的な図形を使用している.図形は円形のものと長方形のものに 大別され,円形の図形はバスドラムなどの低音の打楽器音に,長方形の図形はシンバルやハイハッ トなどの高音域の打楽器音に割り当てた.また,演奏される音のほとんどが持続時間の短い打楽器 音なので,flashアニメーションの持続時間も0.2秒程度と短くした.図3.7に,5コマのアニメー ションを横並びにしたflashアニメーションの例を示す.
演奏行為であるターンテーブルの操作を客席からも見やすくすること,また通常のカメラで撮影 した回転する円盤とP.S.playerで映像処理を施したアニメーション映像との違いを伝えることを 目的として,操作(演奏)の様子を別のカメラで撮影してP.S.playerの映像とは別のスクリーンで
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図3.6: SightSound -Phenakistoscope-の円盤の例
図3.7: flashアニメーションの例
観客に提示した.作品 SightSound-Phenekistoscope- の演奏の様子を(図3.8)に示す.図3.8
の中央にP.S.Playerから出力された映像が表示されていて,左端にあるスクリーンに演奏の様子
を別のカメラで撮影した映像が表示されている.
3.5.2 コンサートとしての実施例
現在まで,作品SightSound -Phenekistoscope-のパフォーマンスが3回実施された.その実施状 況について紹介する.
(1) 2005年12月インターカレッジコンサート2005 -師匠の背中-(2) 2006年6月NIME06のパフォーマンス部門入選[26].
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図3.8: SightSound-Phenekistoscope-の演奏の様子
(3) 2006年8月アップルストアー心斎橋にてレクチャーコンサート
(1)のインターカレッジコンサート2005は,情報処理学会音楽情報科学研究会と共催のコンサー トで,参加者は音楽情報科学に関心をもつ学生および研究者またはコンピュータ音楽の演奏家,作 曲家であった.SightSound -Phenekistoscope-の初演ということから演奏にぎこちなさはあったも のの,観客に関心をもたれ演奏後に複数の観客から作品に関する質問を受けた.(2)のNIME06に おいてSightSound -Phenekistoscope-は,複数のプロの音楽家による審査を経て採択され上演され た.NIME07のデモセッション(次節にて詳述)でP.S.playerの発表を行った際の質疑で,複数の 研究者が前年のNIME06でのコンサート(2)のパフォーマンスを覚えていて,作品に好印象を持っ ていた.本作品は,芸術的観点から,また関連分野の参加者から評価を得ていると言える.(3)の レクチャーコンサートは,(1)と(2)が専門家や研究者を中心とした観客であったのに対して,出 入り自由の商業空間における一般の観客が対象であった.そのため,コンサート前のレクチャーを 聞いてない通りすがりの観客の何人かは,演奏途中に退席していた.
以下,(2)のNIME06コンサートにおいて観客の反応が大きかった部分を中心に3つのセクショ
ンからなる作品構成にそって,特徴を述べる.
第1セクションは,緑色の円形の図形音符が円型に配置されている単純なデザインの円盤が静止 した状態から始まる.円盤の回転速度を,図形音符がアニメーションとして認識される速度になる まで次第に増加させる.回転速度が増加していき円形の図形音符が静止して見えるようになったと きに,観客席の気配が一変した.このことは,ライブパフォーマンスにおける視覚上の演出が理解 された瞬間であったと推測される.
36 第3章 Phenakistoscope Playerの開発 回転速度が増加する過程では,ある色検出領域の位置にその領域の検出色の円形が来たときだけ 発音するので,発音の時間間隔は一定ではない.しかし,回転速度を調節することにより検出色の 図形音符が一定の速度で回転していくアニメーション効果が生まれ,その図形音符が一定の間隔で 発音しリズムを刻むようになった.この場面でも観客の反応の変化が感じとれた.
第2セクションにおいては,OHPシートを用いた驚き盤の重ね合わせの技法によって様々な表 現を試みた.ひとつは,色の混合による発音である.図3.6にあるようにOHPシートの異なる色 を混合することにより,新しい色を作り出すことができる.この新しい色に反応する音を用意して おけば,OHPシートの重なり具合を変化させることで新しい音色を発音させることができる.色 が重なった時の音色に,色が混合していることから連想してギターの音色に近い和音を使用した.
このセクションではスクラッチのようなDJの演奏技法とともに,P.S.player独自の奏法を活用し たパフォーマンスを行った.一例をあげれば,重なったOHPシートの最上面のOHPシートだけ を軽くつまんで静止させた.こうすることにより,アニメーションしている円盤の図柄の中で,つ まんで静止させた円盤の図柄だけが止まって見えるような効果を演出した.
最後の第3セクションは,本パフォーマンスのクライマックスを演出した.使用した図形楽譜 は,図形音符の数が100個以上あり,10色以上の色を使用した.演奏会終了後,観客から目眩がし そうだったという感想があったが,これは筆者が意図したものであった.音源には,ホワイトノイ ズにバンドパスフィルタを適用したものと人工的な電子ドラムの音を使用した.多くの色と図形音 符が同時に出現するため,どの色にどの音が対応しているかを判別することはできないが,作品の クライマックスを演出するために図形音符のグラフィックデザインを優先した.また,膚の色に反 応する検出領域を設定し意図的にその領域に手をかざし発音させることで,ライブで作品が進行し ていることを観客に想起させた.そして,作品の最後は手でカメラを覆い暗転にして終了した.暗 転した中で,観客は曲の終了に気づくまでにやや時間がかかったが,拍手が起こる結果となった.
3.5.3 ワークショップ等での実施例
筆者は,P.S.playerをパフォーマンス作品のシステムとして使用するだけなく,デモ発表,ワー クショップを通してP.S.player そのもののアウトリーチ活動を実施してきた.以下にその実施例 を紹介する.
(1) 2007年6月 NIME07(New Instrument for Musical Expression)のデモセッションで発表 [27].
(2) 2007年8月 京都精華大学オープンキャンパスにおけるワークショップ.
(3) 2007年9月 上海 日中韓メディアアート・エキシビション 新視覚 でのワークショップ
(4) 2007-2012年 京都精華大学芸術学部映像コース1年生の実習授業グラフィックデザイン1
での驚き盤ワークショップ
(1)の新楽器についての国際会議NIME07におけるデモセッションでは,参加者のほとんどが研究 者でありシステムの技術的質問が中心であった.その中でも,驚き盤自体への興味関心と映像に 対するサウンドのマッピングに関する質問が多かった.(2)の京都精華大学オープンキャンパスの
3.5. 実施例と考察 37 ワークショップでは,美術に関心のある高校生が参加し,およそ30分でカラーマーカ,色鉛筆,
シールなどを用いて円盤に描画し,P.S.playerを用いてプロジェクタで投影した映像を鑑賞した.
参加者のほとんどが美術系志望の学生であったためか,時間の多くは円盤の描画に費やされてソフ トウエアの操作に及ぶ者はほとんどいなかった.(3)のワークショップは, 新視覚 の一環とし て上海大学デジタルアート学部にて行われた.ワークショップは,短い講義も含めて全体で2時 間であった.参加者は,事前に各自のアイデアで驚き盤を描いた上でワークショップに参加した.
P.S.playerを用いてプロジェクタで各自の描いてきた作品を投影した後,それぞれの作品にサウン
ドを割当てて演奏を試みた.(4)の驚き盤ワークショップでは,グラフィックデザインの授業の課 題として学生各自が描画した驚き盤をP.S.Playerを用いてプロジェクタで投影し,全員で作品を 鑑賞するという形式で,2007年から2012年まで毎年実施してきた.
上記(2),(3) のワークショップでは,参加者自身で制作した驚き盤がプロジェクタで拡大投影 されるとともに回転をはじめ,そして回転が速くなるに従ってアニメーションに見えてくることに 対して参加者の多くが強い関心を持っていた.さらに,円盤の操作によって音が出ることについて が強い興味を示していた.
(4)のワークショップでは,各自の制作した驚き盤を鑑賞した後で自由にP.S.Playerを使用する 時間を設定した.その時に以下のような2つの興味深い工夫が自発的に行われていた.ひとつは,
驚き盤全体が投影されるようにカメラの設定を行っていたのに対して,驚き盤上の特定の図形音符 のみをクローズアップ撮影して演奏するに至った.もうひとつは,驚き盤に図形音符を描くのでは なく,ターンテーブル上に消しゴムやクリップなどの立体物を配置することで立体アニメーション を実現していた.
3.5.4 実世界指向インタフェースとしての P.S.player
多くのラップトップミュージックやVJパフォーマンスで見られる,コンピュータや機器を操作 しているだけで演奏がわかりにくいという問題を解決するため,P.S.playerの演奏・操作用インタ フェースとしてターンテーブルと図形音符の描かれた円盤を採用した.DJパフォーマンスの普及 によりターンテーブルがサウンド制御用のインタフェース(楽器)として認知されてきたことも あって,観客の大半はP.S.playerの操作(演奏)と音楽映像表現の関係性を作品の導入部分におい て理解したようであった.また,ワークショップにおいて,参加者がP.S.playerを使用できるよう になるまで10分もかからなかった.
インタラクティブアートや観客参加型のインスタレーション作品では,「起こっていること」の理 解が鑑賞の起点となる.つまり,「操作」と「生じた効果」の関係に気付くことが重要である[43].
マウスやキーボードなどの計算機用のインタフェースを用いた場合,操作している本人であればそ の関係性が理解できるが,周囲で見ている者には何が起こっているか理解しがたい.そのため,メ ディアアートのコントローラには,マウスやキーボードではなく自身の体験が投影でき関係を想像 させる実世界指向インタフェースを用いることが望ましい.このことは,2章で挙げたCookのコ ンピュータミュージックコントローラの基本原理[15]も満たしていると考えられる.同様の設計思 想を持った代表的な取り組みとしてBerryらのThe Music Table[10]やJord´aらのScoreTable[39]
とreacTable*[40]があげられる.