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定命への信仰

ドキュメント内 رسالة الإسلام (ページ 113-200)

ムスリムは、アッラーが全ての物事が存在する以前からそれら を知っており、かつそれらが存在した後のことも全て知っている ということを信じます。ゆえにかれはその知識とご意志において、

全ての存在を存在せしめたのです。至高のアッラーはこう仰いま した:

実にわれら(アッラーのこと)は、定命をもって全ての ものを創った。(クルアーン54:49)

過去や現在、未来に関わりなく、発生する全ての事象はアッラ ーの知識のもとにもたらされます。全てはかれのご意志と裁定に 沿っているのです。預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福 と平安あれ)はこう言いました:

「しもべは良いことであれ悪いことであれ定命を信じ、また 既に起こったことが起こるべくして起こり、起こらなかった ことがそもそも起こることにはなっていなかったということ

者は永久に渇きを覚えることがないと言われます。

を知るまで、信仰したことにはならない。」(アッ=ティル ミズィーの伝承)

しかしこの信仰が、人は努力しなければ物事を達成しないとい う事実と矛盾することはありません。例えば子供が欲しいのであ れば、結婚するなどのある種の物事を行わなければ、その目的を 達成出来ません。そして彼がその能力において可能な全てのこと を行ったとしても、彼はその目的を叶えることが出来るかもしれ ませんし 、あるいは出来ないかもしれません。これは人が何らか の目標を達成するために行うことのみが、それが実現するための 真の理由ではないことを知るためなのです。真の理由とはアッラ ーのご意志以外の何でもなく、それら目的達成の手段もまたアッ ラーからの神的裁定によるものなのです。ある時アッラーの使徒

(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、ある者にこう訊ねら れました:

「私たちは薬をもって治療し、クルアーンでもって魔除けを 行いますが、果たしてこれらはアッラーの定命を覆すのでし ょうか?」彼は忚えました:「それら自体がアッラーの定命 の内なのである。」(アル=ハーキムの伝承)

飢えや渇き、寒さなどもまた定命によるものです。そして人は 食物の摂取によって飢えを、飲料の摂取によって渇きを、暖を取 ることで寒さを凌ぐことが出来ます。人は飲食や暖を取ることな ど、既に定められている物事によって飢えや渇き、寒さなどから 身を防ぐことが出来るのです。つまりある種の定命でもって、別 の定命を防ぐのです。

定命への信仰がもたらす諸利益

定命への信仰により、以下のような諸利益がもたらされます:

[1]定命への信仰は、良心と心の安らぎをもたらします。というの もこの信仰によって、何らかの結果や起こりもしなかったことゆ えに悲しむことが尐なくなるからです。心の不安や心配は欝やス トレスなど、身体に好ましくない影響を及ぼす様々な精神的障害

の原因となります。そして定命への信仰こそは、このような病に 治療法と予防法を提供しているのです。至高のアッラーはこう仰 いました:

地上で、そしてあなた方の内に起こるいかなる災難も、

それが創造される前にアッ=ラウフ・アル=マフフーズ

(護られた碑版)の中に定められていないことはないので ある。実にそのようなことはアッラーにとって容易いこと なのだ。それはあなた方が過ぎ去ったことに後悔せず、

(アッラーが)あなた方に与えられたものにおいて悦に入 らないようにするためである。アッラーは全ての自惚れ屋 と高慢な者を愛でられない。(クルアーン57:22-23)

[2] 定命への信仰は、アッラーがこの宇宙に創造したものの探索や 研究へと促します。例えば病気は人にその治療法を模索させます し、そしてそれは至高のアッラーがこの宇宙に創造した医療の源 泉を探索することによって得られるのです。

[3]この信仰により、災難の苦しみや後悔の念を抑えることが出来 ます。財産を失うことは一つの苦難ですが、人がそれによって悲 しめば二つの苦難‐つまり災厄による苦難と、悲痛による苦難‐

を蒙ったことになります。しかし定命を信じる者は、どのような 結果になろうともそれを喜んで受け入れるものなのです。アッラ ーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:

「アッラーは脆弱な信仰者よりも、強い信仰者を愛でられる。

そしてそのいずれも善いのである。あなたを益する行為に熱 心であり、かつアッラーのご援助を乞うのだ。そしてそこに おいて怠慢であってはならない。そしていかなる災厄があな たを襲っても、“ああ、もしあのようにしていたらなあ”な どとは言わず、“これはアッラーからの定命。かれはお望み のことをなされる”と言うのだ。というのも“もし”は、悪 魔の行いに通じる扉であるからである。」(ムスリムの伝 承)

[4]定命への信仰はアッラーへの依存心を高め、被造物に対する恐 怖感を取り除きます。教友イブン・アッバース(彼らにアッラー のご満悦あれ)はこう言いました:

「ある日私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝 福あれ)の後ろにいました。彼は私にこう言いました:“尐 年よ。お前にある言葉を教えてやろう。それを心に書き留め て堅守するのだ。そうすればアッラーがお前を護って下さる だろう。アッラー(があなたに命じ禁じられること)を守る のだ。そうすればかれを眼前に見出すであろう。何かを乞う ときはアッラーに乞うのだ。そして援助を求める時はアッラ ーに援助を求めるのだ。そして知るのだ。全ての者があなた を益しようと一丸になっても、アッラーがあなたに対して既 にお定めになられたこと以外は何一つあなたを益することが ない。また全ての者があなたを害しようと一丸になっても、

アッラーがあなたに対して既にお定めになられたこと以外は 何一つあなたを害することがない。(定命の)筆は既に置か れ、(それが書き留められる)ページ(のインク)はもう乾 いてしまったのである。”」(アフマドとアッ=ティルミズ ィーの伝承)

定命への信仰とはある種の人たちが考えるように、努力やその ために必要なこともせずに、ただアッラーに頼り切ることではあ りません。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あ れ)はある時、このように尋ねられました:

「私はラクダをつないでアッラーに全てを委ねるべきですか、

それともそれを放してアッラーに全てを委ねるべきです か?」彼は言いました:「それをつないでアッラーに全てを 委ねよ。」(アッ=ティルミズィーの伝承)

イスラームの基幹

身体と言葉をもって行われる種類の崇拝行為を、イスラームの 基幹と呼びます。それはイスラームという宗教がそれを基礎にし て成立し、かつその実践をもって人がムスリムかどうかを判断さ れる基準となるものです。その基幹とは以下のようなものです:

二つの信仰証言(シャハーダ):イスラームにおける言葉に 関連した基幹です。

礼拝(サラー)と斎戒(サウム):イスラームにおける二番 目と四番目の基幹であり、いずれも身体に関連した崇拝行為 です。

義務の浄財(ザカー):三番目の基幹で、義務の喜捨をする という身体に関連した崇拝行為です。

ハッジ(マッカ巡礼):身体と言葉いずれにも深く関連した、

五番目の基幹です。また財産の出費も伴います。

イスラームはムスリムに対し、ただ理由もなくこのような崇拝 行為の実践を課したわけではありません。これらの行為によって、

彼らの魂が浄化されるためなのです。礼拝(サラー)について、

至高のアッラーはこう仰いました:

実にサラー(礼拝)は醜行と悪事を妨げる。(クルアー2945

また義務の浄財(ザカー)について、至高のアッラーはこう仰 っています:

彼らの財産から施しのためのものを取り、それでもって彼 らを(罪から)清め、浄化してやるのだ。(クルアーン 9:103)

また斎戒(サウム)に関しては、至高のアッラーはこう仰いま す:

信仰する者たちよ、あなた方以前の者たちにも定められた ように、あなた方にも斎戒(サウム)が課せられた。(それ

によって)あなた方は敬神の念を獲得するであろう。(ク

ルアーン2:183)

斎戒(サウム)は自制心や自己規律の精神を教えると共に、人 が欲望の中に溺れてしまわないように訓練する効果があります。

預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう 言っています:

「アッラーは、下卑た言葉や行いを慎まない者がその飲食を 放棄することをお受け入れにはならない。」(アル=ブハー リーの伝承)

またハッジ(巡礼)について、至高のアッラーはこう仰ってい ます:

ハッジ(の季節)は周知の数ヶ月33である。それでその間 にハッジをしようとする者は、淫らな言動や罪深い行いや言 い争いをしてはならない。(クルアーン2197

イスラームにおいて崇拝行為はムスリムの統一を維持すると共 に、優れた作法の改善においても大きな役割を果たしています。

以下にイスラームの基幹をご説明しましょう:

第一番目の基幹:二つの信仰証言(シャハーダ)

これは「アシュハドゥ・アッラー・イラーハ・イッラッラー、

ワ・アシュハドゥ・アンナ・ムハンマダン・アブドゥフ・ワ・ラ スールフ(私はアッラーの他に真に崇拝すべきものはなく、ムハ ンマドはそのしもべであり使徒であることを証言する)」という 証言のことです。これはイスラームにおける言葉に関連した基幹 ですが、この証言にはそれに則った信仰と行為も要求されます。

またこの証言こそが、イスラーム改宗の鍵となります。

33「数ヶ月」とは一般に、イスラーム暦の10月、11月、そして12月の最初 10日間の計2ヶ月10日間のことです。

ドキュメント内 رسالة الإسلام (ページ 113-200)

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