第5章 教員の講義改善活動を支援するシステム
5.3 実験
5.3.3 学習者と教員の発話の差異
次に学生がつまずいたポイントと教員の推測する理由の比較を行っていく.教員は,
学生が何に困っているかを知ることが求められる.本システムにより,どれくらいの一 致が見られるかを検証していく.
●主観的難易度について
まず STEP1において,教員は7番目のスライドを説明している箇所を,最も困難な 箇所として挙げた.それに対し,学生の平均値では9番目のスライドを最も困難なシー ンとして挙げている.表 5.1 にもあるように,本講義は同様の操作を3回繰り返してい く.教員はその最初の説明が難しいと想定しているが,学生は2回目の説明を困難に感 じている.すべての STEP が終了した後に,教員はこの理由について以下のように述べ ている.
教員:「これ,同じ操作を三回繰り返すんだけど,で,どんどん説明が簡略化されるん だけど,僕は一番最初に説明をするときが難しいかなと思ったんだけど,学生は『自分 でやってみてください』って手放しにして,いざ自分で解かなくちゃってなったら解け なくて難しいことがここでわかったんだろうね.」
この発話と,講義の内容と照らし合わると,講義の中で 1 回目の操作(計算)は教員 が細かく説明して,計算式をすべて教員側で解いている.2 回目は,ポイントとなる箇 所を除いて計算の途中を省略していて,3 回目は最初の式と最後の答えを呈示する程度 となっている.
すべての学習者が難易度5を付けていたシーンについて,学習者 A は次のように述べ
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ている.
学習者 A:「前のスライドでは先生が全部解いてくれて,ふんふんって聞きながらわか ってるつもりだったんですけど,ここで自分で解いてくださいって言われて,やってみ たら意外と解けなくて,(後略)」
他の学習者についても同様のことを述べており,「自分で解いてみて難しさがわかっ たこと」,「途中の計算式が急に大きく省略されたこと」を困難に感じた理由として挙げ ている.このあたりは教員が本システム利用後の改善点として挙げた,「式の展開をも っと細かくする」といった内容と合致する.また一時停止についても,その間に何をし ていたか,どの式を解いていたのか,といった内容について大半は一致した.
●再生回数について
再生回数が上がったポイントについて,教員は「理解できるまで何度か見たのだろう」
と推測をしていた.広い意味で捉えれば一致するのかもしれないが,学生があるシーン を複数回再生する理由の中には,「自分で解いてみて解けなかったから,当該の箇所を もう一度視聴した」といった回答が複数あった.それに対し教員からは,別のシーンと 結びつけるような発話は得られなかった.このあたりはシステムのインターフェースと して,再生回数については単純な累計としてしか表示されず,どのタイムラインから移 動してきたかという情報がフィードバックされないためと考えられる.
本システムにおいては教員の振り返りのコストをある程度考慮し,主に量的なデータ,
特に累計量を中心としたデータのフィードバックを利用した.「どの学習者がどこを見 ているときにどこに戻って,その後またどこへ移動したのか」といったビデオ視聴中の 軌跡を教員が追っていく作業は非常に大きなコストだと考えられるし,情報が多すぎて 手を付けられなくなってしまう恐れがある.また本論文では「一時停止した」「巻き戻 し/早送りした」という表面的な行動のみを取得して利用したが,そのとき学習者はど のようなことを考えていたのか,あるいは一時停止した結果理解出来たのか出来なかっ たのかといったように,もう一歩踏み込んだデータを取得し,それをハイライトして教 員に呈示するような仕組みを実装することが出来たら,本実験で起こったような教員と 学生の認識の差異は小さくなっていたと考えられる.こちらに関しては今後の課題と言 える.
●検索ワードについて
検索ワードについては学生のそのときの状況が伝わっている様子が伺えた.「スラッ ク変数とは」「ゼロ変数とは」のキーワードを検索した学生については,「確認程度にち ょっと調べただけだろう」という教員の発話は,実際に検索を行った学生の発話と一致
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した.すなわち,困っているというよりは確認であり,特に困難を感じていないという ことである.それに対し,「最適プロダクトミックス,解き方,例題」を検索した学生 については,
学習者 B:「最初の方はわかってたんですけど,段々わからなくなってきて,一度別の 説明や問題が無いかなと思って検索しました.」
実験者:「それは同じような,どこかの大学の講義ビデオとかを見ようとしたのですか?
それともテキストや図の情報ですか?」
学習者 B:「ビデオがあれば良かったですけど,何でも良かったので,別の説明や問題 が見たいなって思ったんです.何か少しでもほかのが見られればヒントになると思っ て」
実験者:「それで,何か見つかりましたか?」
学習者 B:「一つだけ(PDF を)見たんですけど,何かもっと設定が複雑で変数も多くて 難しくて,やっぱり(本実験の講義ビデオに)戻った方がいいなと思って戻りました」
これは教員の推測した「かなり困っている」「自身の講義だけでは解決できないとい う心境だった」という発話は学生の状況と一致している.同学習者について教員は,「焦 らずにゆっくりやれば十分に理解できるのではないだろうか」と推測していた.また,
問題に取り組むステップをより簡単に,より丁寧に行うことにより,同じ講義時間に収 めることはできないだろうが,時間さえ掛ければ十分に対応できるのではないかという 意見が得られた.
本実験においては,教員と学生で,述べていることや認識が全く異なるという点は見 られなかった.ただし,教員のみが述べた点と,学生のみが述べた点が見られた.教員 は,講義資料の不備を,学生がつまずく原因になっているだろうと推測していた.しか し実際には,気付いているのか気付いていないのかまでは確認を行っていないが,講義 資料の不備を明示的に指摘した学生はいなかった.