• 検索結果がありません。

第2章では,経済学知識が日中両国の大学生の市場経済観に最も大きな影響を及ぼして いることを明らかにした。学校における経済教育は経済学知識を獲得する重要なルートで

あると考えられる。従って、両国における大学生の経済的価値観の違いを明らかにするに は,両国で経済教育がどのように実施されているかを考察することが必要であろう。

本章では、両国の大学生を対象とした「経済学理解力テスト」の結果を分析した上で、

学校教育における経済教育の実施概況を考察する。そして,それらに基づいて中国の経済 教育‑の示唆を得たい。

第1節 大学生に対する「経済学理解力テスト」の結果

日本の経済学教育学会「経済教育に関する教材研究部会」は,大学生の経済学に関する 理解力を調査するために, 30設問から構成された「経済学理解力テスト」の問題集を用い て, 1992年と1994年に2回のテストを全国的な規模で実施した。平均正答率は,第1回 が37.7%,第2回が33.7%であった(山岡,1993a, 1993b),その部会の有力メンバーであ る山岡は,中国で日本と同じ問題集を用いて1993年と1995年に2回の「経済学理解力テ スト」を行った。平均正答率は、第1回が39.3%,第2回が37.8%であった(山岡,1995),

山岡(1995)は, 「経済学理解力テスト」の結果を日中比較して,次のように指摘してい る。平均正答率は日中両国の間に大きな差がなかったが,財政政策や金融政策といった経 済政策に関して,中国の大学生はまだ理解が低い傾向にあった。しかし、中国での2回の テストは,重点大学における経済学部の新入生のみを対象としていた。

本研究では,経済学部だけでなく、様々な学部および各学年を含んでいる日本と中国の 大学生を対象とし、 「経済学理解力テスト」を実施した。なお,調査の方法と内容について は、序章第4節に述べているので,ここでは詳細な説明は省略する。

本節では、両国のテスト結果を2つの側面から比較する。すなわち、一つは全体の正答 率,いまひとつは学生の属性別比較である。

1.正答率の日中比較

表5‑1は中国と日本での設問別の正答率を示している。それによれば、日中大学生の全 体の「経済学理解力テスト」の平均正答率は、中国が36.5%,日本が35.9%であった。両 国とも,平均正答率は低かった。また両国の間には, 0.6ポイントというわずかな差しか なかった。各設問の正答率をみると,両国の正答率の差は10ポイント以内にほとんどが収 まっていた。 10ポイント以上の差のあった設問は、設問19番の金融政策に関する問題と 設問22番のインフレに関する問題の2問だけであった。日中両国の大学生の「経済学理解 力テスト」の結果は,かなりの類似性がみられたといえる。

表5‑1設問別の中国と日本の正答率く単位%)

設 問 番 号 中 国 日 本 ( 中 空 日 ) 蔓 設 問 番 号 中 国 日 本 (中 ≡ 日 )

5 2 . 1 4 7 . 6 4 . 5 …

I

1 6 3 8 ▼ 3 1 . 5 7 . 4

6 2 . 4 5 4 . 7 7 . 7 i 1 7 2 9 . 0 3 0 . 4 ー0 ●4

i 3 9 . 7 3 9 . 5 0 . 2

1 8 6 1 . 4 5 8 . 6 2 0. o

5 3 . 1 4 8 二 4 . 6 …

!

5 7 . 2 5 2 . 4 ◆8 2 0 2 1 . 0 2 2 . 3 ‑ 1 . 3

5 1 . 5 4 8 . 6 2 . 9 2 1 2 2 . 6 1 8 . 4 4 . 2

3 7 . 9 3 1 . 9 6 . 0 〒 2 2 4 8 . 7 3 8 . ‑! ∴±巾

、 3 2 . 8 3 3 . 2 ー0 ●4 盲 2 3 1 1 . 3 1 8 . 6 ‑ 7 . 3

2 7 . 1 3 9 . 2 ー2 ●1 2 4 3 1 . 2 2 6 . 0 5 . 2

1 0 5 4 . 3 4 6 ー 7 . 6 2 5 3 2 . 5 3 8 . 6 ‑ 6 ー1

1 1 ノ4 3 . 7 4 8 . 3 ‑ 4 . 6 … 2 6 2 9 . 1 3 1 . 5 ‑ 2 . 4

I

1 2 2 6 . 2 2 4 . 5 1 . 7 i

圭 2 7 4 8 . 6 3 9 . 8

1 3 1 2 . 4 1 7 . 4 ‑ 5 . 0 ≡… 2 8 4 0 . 6 4 3 . 4 ‑ 2 . 8

1 4 1 0 . 3 1 8 . 6 ‑ 8 . 3 !I 2 9 3 5 . 4 3 8 . 9 ‑ 3 . 5

1 5 2 8 . 3 2 3 . 7 4 . 6 i!

3 0 3 1 . 2 2 8 . 7 2 . 5

3 0 設 問 の 平 均 正 答 率 ‥ 中 国 ‥3 6 . 5 、 日 本 ‥3 5 . 9 人 数 : 中 国 ‥N = 7 2 5 、 日 本 ‥N = 3 2 8

次に、表5‑2は中国と日本での経済学的項目分類別の正答率を示している。日本と中国 のテスト結果を比較すると,両国とも、全体の平均正答率(中国:36.5%,日本 35.9%)

を上回っていた項目は,項目Aの「基礎的経済問題」 、項目Dの「市場の失敗,外部性, 政府の介入と規制」 ,項目Fの「マクロ経済の測定」 、項目Gの「総供給,生産能力,経 済成長」であった。両国とも正答率が最も低い項目は、項目Jの「金融・財政政策と経済 安定化政策の諸問題」であった。

また,ミクロ経済学に関する項目については, 5つの項目の得点差は, 5ポイントを越

えておらず,両国の平均正答率ほぼ同程度であった。しかし、マクロ経済学に関する項目 については、両国の平均正答率は少し異なっている。日本は中国よりも、項目Hの「総需 要に対する所得・支出アプローチと財政政策」と項目Jの「金融・財政政策と経済安定化 政策の諸問題」で得点は高かった。それに対して,中国は日本よりも,項目Fの「マクロ 経済の測定」と項目Gの「総供給、生産能力、経済成長」で得点が高かった。このことか

ら,中国の場合では、金融・財政政策といった経済政策の問題に弱いことがわかる。もっ とも,マクロ経済問題における5つに分類された経済学的項目の平均正答率を全体的にみ ると,両国の正答率の差は10ポイント以内に収まっており、その差は大きな差ではない。

表5‑2 経済学的項目分類別の中国と日本の正答率(単位%)

2.属性別の正答率の日中比較

ここでは,「経済学理解力テスト」の正答率を,大学生の所属する学部の違い(経済学部 とその他の学部)と、1年から4年までの学年による違いを検討する。

表5‑3は,学部別・学年別の正答率を示している。まず,学部別の正答率をみると, 中国の場合,経済学部の正答率が43.,その他の学部の正答率が29.であった。経済学 部の正答率は他の学部より約13ポイントも上回った。これに対して,日本人大学生の正答 率は,経済学部が41.,その他の学部がQfilQ」

。u.1/oであり,両者の差は約11ポイントであっ

た。中国も日本も,経済学部に所属する大学生は正答率が高く,経済学の学習の成果がこ

こに現われている。しかし、中国では日本と比べ,経済学部と他の学部の間には、正答率 の差が大きい傾向にあった。

各学年の正答率をみると,中国では, 2年生(38.5%), 3年生(37.3%), 4年生(39.7%) の間には,正答率の差があまりないのに対して、 1年生の正答率は30.5%と、上級学年と 比べて約8ポイントも低かった。一方,日本では、 1年生から4年生までの間で,正答率

は中国のような大きな差がみられなかった。,

表 5 ‑ 3 日 中 全 体 ■学 部 別 ■学 年 別 の 正 答 率 (単 位 % )

国別 全 廃 学部 別 学 年

経 済 学部 他 の学 部 1 年 生 2 年 生 3 年 生 4 年 生 中国 36 .5 43 .4 2 9. 6 30 .5 38 .5 37 .3 39 . 7

7 25) (2 42 (4 83 ) (192 (164 ) 1 21 (248 ) 日本 35 .9 4 1. 7 3 0 .1 3 4. 2 3 6.9 35 . 1 3 7. 4

(3 28 ) (100 ) (22 8) (93 86 ) 8 9 (59 ) 注: ()の中の数字は人数である。

さて,中国の1年生はどのような経済学の問題を苦手としているのだろうか。以下では,

「経済学理解力テスト」の問題集の経済学的項目分類に基づいて,日本の1年生と比較し ながらそれを検討する。

表5‑4は,経済学的項目分類に関する日中大学生の1年生の正答率を示している0

経済学的項目分類に関する日中大学生の1年生の正答率(単位%)

経 済 学 的 項 目分 類 中 国 ■ 日本 得 点 差

ミ 毒A ● 革礎 的経 済 問題 45 .4 43 .2 2 .2

ク 蔓…B ■ 市 場 と価 格 機 構 3 1.6 30 .3 1.3

ロ …C ● 費 用 、 収 入 、 利 潤 極 大 化 、 市 場 構 造 26 .2 27 . 1 ー0 ●9 !! D ● 市 場 の失 敗 、 外 部 性 、 政 府 め 介 入 と規制 36 .9 40 . 1 ‑ 3. 2 )I! E ● 所 得 分 配■と政 府 に よ る所 得 再 分 配 3 3.5 28 .2 5. 3

言 † F ● マ ク ロ経 済 の測 定 4 1.8 4 3.6 ‑ 1.

ク I…G ●総 供 給 、 生 産能 力 、 経 済成 長 3 7. 2 34 .5 2. 7

i妻H ●総 需 要 に対 す る所得 ●支 出 アブ ロ▲ー チ と財 政政 策 書Ⅰ● 総 需 要 に対 す るマ ネ タ リー ●ア プ ロー チ と金融 政 策 ヾく

…J ● 金 融 ●財 喫 政 策 と経 済 安 定 化 政 策 の諸 問 題 I::▼=L:I

平 均 iE 答 率 30 .5 34 .2 ‑3 .7

表5‑4

表5‑4によれば,中国の1年生は、項目Hの「総需要に対する所得・支出アプローチ

と財政政策」 、項目Ⅰの「総需要に対するマネタリー・アプローチと金融政策」,項目J の「金融・財政政策と経済安定化政策の諸問題」の正答率は良くなかった。しかも、この 3つの項目を日本の1年生と比べると、中国の1年生の正答率は大きく下回っていた。つ まり,中国の1年生は,近代経済学における財政政策や金融政策といった経済政策(項目 Hと項目J)に弱く,応用的な経済問題(項目Ⅰ)を苦手にしていた。

以上, 「経済学理解力テスト」の正答率の日中比較の結果は、次のようにまとめられる。

第1に,両国の大学生全体の正答率は、ほぼ同一であった。この傾向は,山岡(1995) の調査の結果と一致している。

ところで,この「経済学理解力テスト」の30設問の内容は,中国では「西方経済学」

と名付けられている近代経済学に関するものである。中国では、これまで,資本主義経済 体制と西方経済学を批判しながら形成されてきたマルクス経済学がまだ主流である伊秀 艶, 2001),このような状況の中で,山岡は,中国人大学生の近代経済学に対する理解力 が自本と同じ傾向にあったことに対して,次のように解釈している。 「中国は,生産手段の 公有制を堅持しつつ,市場経済を導入する新しいタイプの経済体制である社会主義市場経 済を採用しているが,市場化の進展に伴い,市場経済を前提とする近代蜂済学の内容は, 学習しなくても,体験的に理解できる部分も出てきている」 (山岡, 1995, 109頁)。また,

「大学での西方経済学の学習の比重が増加しつつあり、また他方では,現実の経済が市場 経済化されていく中で、中国の学生は,近代経済学を理解しやすい状況になってきている」

(山岡, 1995, 109‑110貢)0

第2に,日本と比べ,中国では,学部間および学年間で正答率の差が大きく、非経済学 部の学生は経済学部の学生よりも, 1年生は上級生よりも,それぞれ正答率が低かった。

また,経済学の内容領域別には,財政政策や金融政策とい⊥,た経済政策に関して、中国の 1年生は日本よりも正答率がかなり低かった。

これらの結果を考え合わせると,大学入学段階での経済学に関する理解度において,両 国に実質的な差異があると思われる。つまり,日本の大学生は,高校卒業段階でかなりの レベルの近代経済学に関する知識を獲得していると思われるのに対して、中国の大学生は, 高校卒業までは近代経済学の知識が欠如し、応用的な経済問題が苦手であると言えよう。

このような差異が生まれる背景を考察するためには,大学入学以前の両国の学校教育に おける経済教育の実施状況を検討する必要がある。