• 検索結果がありません。

本章では,日中両国の大学生の金銭観にどのような要因が影響を及ぼしているかを平均 値の差の検定で検討したあと,重回帰分析によりそれらの独立した影響力を分析し,さら

に両国における金銭観の規定要因の共通点と相違点を考察する。

第1節 金銭観に影響を与える諸要因

欧米における先行研究では,金銭観に影響を及ぼす要因として、主にジェンダー,年齢, 学歴、職業、収入などが指摘されている。つまり,女性よりも男性のほうが金銭に執着し, 金銭的な成功を高く評価しているが,保守的な金銭意識があまりない。若者は金銭の社会 的パワーを強く認めているが、金銭を慎重に使うべきという意識が欠けている。低学歴と 低収入の人は,金銭に執着し、金銭の社会的パワーを強く認めている。高い社会経済的地 位がある職業に従事する人々は,金銭に肯定的な意識を持つ一方,金銭は社会的容認を得 る必要な条件であることをあまり認めないのである(Wernimont&Fitzpatrick, 1972、

Furnham, 1984, Tang, 1995),

日本における先行研究では、学歴と性が儒教的金銭倫理に対する意識と関連があると指 摘されている。すなわち、女性よりも男性のほうが,また学歴が高いほど,金銭に対する こだわり,アンビバレントな態度がある(山札1974),また,男性のほうが拝金主義的 傾向にある(千石, 1996),

しかし,以上の先行研究に指摘された諸要因は、社会人としての人々の金銭観に影響を 与える要因である。大学生の金銭観の影響要因を検討する際には、大学生自身の特徴を考 慮しなければならない。大学生はまだ在学者であり、親に経済的に依存している。つまり、

金銭観の影響要因としての本人の学歴や職業や収入という要因は,大学生に当てはまらな いと考えられる。だが,親に経済的に依存している大学生にたいしては,親の学歴や親の 職業や家庭の経済的状況といった家庭背景の要因は,金銭観に何らかの関連をしていると 考えられる。

ここでは、第3章における金銭観に対する因子分析で得られた「成功」 「邪悪」 「慎重・

計画」 「副次的」 「両義的」の5つの因子得点と,本人の性、親の学歴,親の職業,家庭の 暮らし向きという要因がどのように関連しているのかを分析、検討する。

1.性別と金銭観

表4‑1は、日中ごとに金銭観の「成功」 「邪悪」 「慎重・計画」 「副次的」 「両義的」と いう5つの因子得点に基づいて,男女間の平均値検定を行った結果を示している。

中国の場合, 「成功」の側面についてのみ,男女間の差は、 0・1パーセント水準で有意に なっている。女子大学生よりも男子大学生のほうが,金銭的な成功を高く評価している。

この結果は先行研究の知見(Tang, 1995、千石, 1996)と一致しているoしかし, 「邪悪」

「慎重・計画」 「副次的」 「両義的」の4つの側面については,男女の間で有意な差がみら れない。

日本の場合,金銭観における「成功」 「邪悪」 「慎重・計画」 「副次的」 「両義的」の5つ の側面すべてについて,男女の間に有意な差がみられない。

表4‑1男女別の金銭観比較

邪悪  慎重・計画 副次的   両義的 中国

男(N=385) 女(N=336) F値

0. 209

‑0. 203 8.585 ***

0. 09    ‑0. 031

‑o. 085     0. 029 2. 478     . 525

・L IP

脚■●…    こ∴ ‑‑‑‑‑‑  …‑‑◆  ‑‑‑ : :て= Tt一‑日‑‑‑‑  ‑二二二= = " =丁‑‑  一肌‑…‑

日本

男 00=10        0.002 女(N=148)      ‑0.003 F値       0. 002

o. o42    0. 002

‑o. o4    ‑0. 002 o. 967     0. 002

o. o46   ‑0. 055   ‑0. 028    0. 031

‑o. o55    0. 065   0. 034   ‑0. 036 o. 962    1. 362    0. 369 0. 423

注: ***p<o.ooi

2.親の職業.学歴と金銭観

大学生の金銭観は,親の職業,学歴とどのような関連があるのだろうか。表4‑2と表 4‑3は,それぞれ中国と日本の分析結果を示している。

中国の場合(表4‑2)、親の職業を管理・専門職とその他の職業(一般従業員、農林漁 莱,サービス職など)の2つに分類すれば、職業的地位が高い管理・専門職に従事してい る親をもつ大学生のほうが,金銭的な「成功」を高く評価しているoしかし、 「邪悪」 「慎 重・計画」 「副次的」 「両義的」の4つの側面については,親の職業による有意な差がみら れない。

また,親の学歴と金銭観の関連をみると,大学卒の父母を持つ大学生の方が、金銭的な

成功よりも倫理・政治・社会的領域の成功の方を大切するという「副次的」な意識が強い。

しかし、 「成功」 「邪悪」 「慎重・計画」 「両義的」の側面については学歴による有意な差が みられない。

日本の場合(表4‑ 3)、大学生の金銭観は、父母の職業による有意な差がみられない。

しかし、魔の学歴による有意な差が、 「成功」と「副次的」の2側面についてみられる。す なわち、大学卒の母を持つ大学生は金銭的な「成功」を高く評価し,大学卒の父を持つ大 学生は「副次的」な意識が強い。

象4‑2 中国における親の職業,学歴と金銭観      一 成功    邪悪 慎重・計画  副次的   両義的 親の職業

管理・専門職(N=253)   0. 093    0. 041  ‑0. 046  ‑0. 002   ‑0. 012 その他職(N‑466)    ‑0. 112   ‑0. 022   0. 044  0. 033   0. 027 F値      3.992 *  0.552   1.16  0.167   0.219

管理・専門職(N=185)   0. 111   0. 005   ‑0. 072   0. 081 その他職(N=524)

F値 親の学歴

大学卒(N=157) 高校卒(N=279)

中学校卒00=182) 無学・小学校卒(N=96) F値

大学卒(N=122) 高校卒(N=247) 中学校卒(N=214)

‑o. o66     0. 013    0. 042   0. 057 3.247 *   0.008   1.756   2.593

二二二      ■■■■…●◆…  ∴ ●▲●‑ ▼‑‑■‑二=二= =‑‑●◆仙川‑‑●‑ ‑= = = ‑:二二   二二二二 ■■◆●●‑●●◆●●◆‑   こ二ニ    ー  ‑‑●‑●●●◆■…   ◆

‑o. o55     ‑0. 085

‑o. o71     0. 145

‑0. 001     0. 014 0. 325     ‑0. 041 2. 903     1. 594

‑o. 048     ‑0. 071 0. 094     ‑0. 079

‑0. 060      0. 110

無学・小学校卒(N=120)   0. 033     0. 140 F値      0. 789     2. 350

0. 058    0. 136 0. 010   ‑0. 042

‑0. 088   ‑0. 133

‑0. 032   ‑0. 175 0.629    3.688 *

‑0. 023    0. 175

‑0. 006   ‑0. 058 0. 037   ‑0. 126

‑0. 023   ‑0. 197

0. 002

‑0. 012 0. 026

‑0. 048 0. 021

‑0. 003 0. 089 0. 355

‑0. 025 0. 037

‑0. 131 0. 116 o.123    4.472 **  1.557

注:大学卒は短大と大学院も含む,高校卒は専門学校も含む(表4‑3同様)。 *P<0.05 **P<0.01

表4‑3 日本における親の職業,学歴と金銭観

成功     邪悪 慎重・計画 副次的    両義的 親の職業

管理・専門職(N‑126)  0. 055    ‑0. 027   0. 005  ‑0. 016    0. 039 その他職(N‑205)   ‑0. 045    0. 033  ‑0. 030  0. 001   0. 025 F値         0. 898    0. 309   0. 106  0. 025    0. 347

管理・専門職(N‑63)  0. 064    0. 096   0. 039  ‑0. 015   ‑0. 026 その他職(N‑252)   ‑0. 003    ‑0. 009  ‑0. 010  ‑0. 002    0. 006

o. 664    0. 143   0. 010     0. 060

◆…■‑   …●●◆…‑   ◆◆●‑  ‑〜‑‑I‑‑一◆●‑■●仙    川   一山●●→一 日   ‑‑ ‑  仙川    】●…‑■◆◆……

‑o. o60    0. 081  0. 254     0. 038 o. o42   ‑0. 040  ‑0. 010    ‑0. 046

‑o. 137   ‑0. 225  ‑0. 103     0. 036 o.615    2.267   4.844 **  1.066

o. o29    0. 102  ‑0. 060     0. 029

‑o. o27   ‑0. 043   0. 005    ‑0. 009 o. 429   ‑0. 084   0. 169    ‑0. 215

F値       0. 282 親の学歴

大学卒(N=139)      0. 059

^^z^ (N=152)  . ‑0. 042 中学校卒(N=32)     ‑0. 123 F値       0.857

大学卒(N=96)       0. 172 高校卒(N=203)     ‑0. 101 中学校卒(N=28)     ‑0. 353

5.635 **   1.227 o. 966   0. 385     0. 337

注‥調査対象としての大学生の親には,無学・小学校卒の者はいない。 **P<0.01

3.家庭の暮らし向きと金銭観

日中両国の大学生の金銭観は,家庭の経済的状況とどのように関連しているのか。これ を明らかにするために,ここでは,大学生の自己評価から得られた家庭の暮らし向きとい う指標を用いた。具体的には,回答者に対し家庭の暮らし向きについて「とても豊かな方」

「やや豊かな方」 「普通」 「やや貧しい方」 「とても貧しい方」の5段階評価をしてもらった が,これを「豊かな方」 (とても豊かな方,やや豊かな方), 「普通」, 「貧しい方」 (やや貧

しい方,とても貧しい方)の3つに再カテゴリー化し,金銭観との関連を分析した。その 結果は、表4‑4に示している。

中国では、大学生の金銭観における「成功」 「慎重・計画」 「副次的」の3つの側面にお いて、家庭の暮らし向きの違いにより有意な差がみられる。すなわち,家庭の暮らし向き

が「豊かな方」と自己評価する大学生は、金銭的な「成功」を高く評価し, 「普通」と「貧 しい方」と答えた大学生は,お金の「慎重・計画」的な使い方に賛同し、お金を「副次的」

にとらえている。

一方,日本の場合,家庭の暮らし向きの違いによる金銭観の有意な差はみられない。

表4‑4 家庭の暮らし向きと金銭観

邪悪  慎重・計画 副次的    両義的 中国

豊かな方(N‑126)  0. 586    ‑0. 251  ‑0. 479    ‑0. 255   ‑0. 322 普通(N‑395)   ‑0. 020    ‑0. 020   0. 036    0. 061  ‑0. 043 貧しい方(N‑197) ‑0. 104    0. 020   0. 151   0. 130    0. 085 F値      7.818 ***  0.983   4.671 **  3.019 **  2.522

…  叫   ‑●‑‑‑‑‑●■‑ 一 ‑‑‑‑     ‑●‑‑‑‑■山  川‑‑…小一‑..‑  ‑■‑  ‑I‑‑‑‑‑.I一    ◆●N仙  川     ‑‑‑‑‑●‑.‑◆  =‑ …■■

日本

豊かな方(N‑86)   0. 088     0. 098   ‑0. 087 普通(N=194)   ‑0. 052     0. 025   0. 001 貧しい方(N‑47)   0. 073     ‑0。 156   0. 068

1. 433     0. 487

o. o30      ‑0. 035 o. o23      0. 058

‑o. 116      ‑0. 127 0. 631     。 069

F値      0.826 注: **P<0.01 ***p<0.001

第2節 金銭観の規定要因に関する重回帰分析

第1節では,大学生の金銭観と,性別,親の職業,親の学歴,家庭の暮らし向きとの関 連を分析した。本節では,以上の要因の他に,回答者の所属学部,学年,経済的経験,居

住地域,一人っ子という要因を加え,金銭観に対する影響要因に関する重回帰分析を行う。

重回帰分析を行うことによって,ある要因が,それ以外の変数の影響力を統制した上で, 大学生の金銭観に対して独自に影響を与えているかを明確にすることができる。

従属変数は,金銭観を構成する「成功」 「邪悪」 「慎重・計画」 「副次的」 「両義的」の5 っの因子得点である。独立変数は,個人属性,経済的経験、居住地域,家庭背景である。

神立変数の設定について簡単な説明をしておこう。

(1)個人属性については.、性別,所属学部(経済学部ダミー),学年を設定する。

(2)経済的経験は,アルバイト経験の有無に関するダミー変数である。

(3)大学生の居住地域は,都市/農村のダミーの変数である。

(4)家庭背景について臥一人っ子、暮らし向き,親の職業、親の学歴の4つについ てのダミー変数である。 ・

従属変数と独立変数及びその数量化の手続きについては、表4 ‑ 5に示している。

表4‑5 金銭観の規定要因に関する重回帰分析に用いる変数一覧 従属変数  成功、邪悪、慎重・計画,副次的、 両義的の5因子の因子得点

独立変数

‑    …       ‑‑‑‑仙 川川棚仙     川‑     ‑‑●‑‑..◆   ‑‑   ‑IM   ▼■仙 川   ‑●‑ ‑■.◆ ‑‑ ‑  ‑‑‑.‑●‑‑‑和一●‑仙川…‑‑‑一山◆     ……‑ ‑………

個人属性 性:男子(ダミー)     男‑1    女‑0 所属学部:経済学部(ダミー) 経済学部‑ 1  その他‑0

学年       4年生‑4 3年生‑3 2年生‑2 1年生‑1

‑‑●● …●l‑……N‑… ……一‑    ‑‑‑P●■‑●‑‑■‑‑●■川棚●‑   ‑〜‑‑      ‑ ‑      ◆■■‑‑  仙   川 ‑   ‑  川   棚  ‑   …    …M.叫

経済的経験 アルバイト経験(ダミー)   アルバイトをした・している‑1 全くしていない‑0

…  ‑̲◆M.……■,‑●‑〜‑‑●‑■●‑ ‑→ ‑仰   山‑〜‑一   山‑●‑‑仙   川    ‑一仙 川■‑I‑‑‑‑‑‑‑‑lNM‑‑柳  川     仙川  仙川   ‑‑‑

居住地域 都市(ダミー)       都市‑1  農村‑0

̲……  仰.州◆    ‑●‑山‑.‑小一 ‑●‑●‑"‑川棚‑      仲    川‑  州   側‑‑"仰       山‑●‑ ‑ 仙川●‑‑‑.‑ 仙川  ‑‑■‑      …〜

家庭背景 一人っ子(ダミー)     一人っ子‑1 その他‑0 暮らし向きの豊かさ(ダミー) とても豊かな方・やや豊かな方‑1

普通・やや貧しい方・とても貧しい方‑0 親の職業:管理・専門職ダミー 管理・専門職‑1 その他職‑0 親の学歴         短大以上‑16 高校・専門学校‑12

中学校‑9   小学校・無学‑6

中国と日本ごとに行った重回帰分析の結果は,表4‑6に示している。大学生の金銭観 における「成功」 「邪悪」 「慎重・計画」 「副次的」 「両義的」の5つの側面について左から 順に規定する要因を見ていこう。

まず第1に, 「成功」の側面についてである。日中両国ともに, 「経済学部ダミー」は有 意な正の影響を与えている。また両国とも, 「経済学部」の大学生は他の学部の大学生より も金銭的な「成功」を高く評価している。

両国の違いもある。中国では, 「男子」、ト人っ子」, 「都市」、家庭の「暮らし向きの豊 かさ」の4つ変数が有意な正の影響を与えている。すなわち,女子よりも男子大学生のほ

うが金銭的な「成功」を高く評価し,また、都市、一人っ子の家庭、豊かな方の家庭で育 った大学生も同様に金銭的な「成功」を高く評価している。しかし,日本では,その4つ の変数は「成功」に影響を与えていない。だが、母の学歴は有意な正の影響を与えており、

大学生は、母の学歴が高ければ高いほど,金銭的な「成功」を高く評価している。

ところで,第1節における1次元配置分散分析の結果によると、中国では,職業的地位 が高い管理・専門職に従事している親をもつ大学生のほうが,金銭的な「成功」を高く評 価していた。しかし,ここでの重回帰分析の結果をみると、親の職業は金銭観の「成功」

に直接的な効果を持っていない。

第2に、 「邪悪」の側面に対しては,両国とも,ここで挙げられた諸変数は統計的に有意 な影響を与えていない。

第3に, 「慎重・計画」の側面については、中国の場合,ト人っ子」、家庭の「暮らし