前章の考察の結果,我々の体系において,好況局面の特徴である需要超 過過程は次のように説明できる。なんらかの理由で利潤率が上昇した結果,
あるいは上昇を見込んで前期実績以上の成長率で投資が実行される結果,
需要が供給を超え,物価が上昇する。 物価上昇率が支払われた貨幣賃金の 上昇率以上になれば,実質賃金率(又は労働分配率)は低下し,そして生産 性上昇(さらには稼働率上昇)如何では,実質賃金率の上昇をも伴いつつ実 現利潤率が上昇する。 この結果,予測利潤率も上昇し,次の計画蓄積率は また前期実績を超え,需要超過,物価上昇,貨幣賃金率上昇,利潤率上昇 が続く。
技術一定のモデルにおいては拡大(成長)過程では実質賃金率は低下する にもかかわらず,むしろそれ故に利潤率は増大し,雇用が増加し,個々の 労働者についても,労働者全体についても収入と支出は増大する。 労働時 間の延長,被雇用労働者数の増大によって,実質賃金率の低下の意味(搾取 率の増加,労働分配率の低下)は隠される。企業家にとっても労働者にとっ ても楽しい局面である。 現実具体の好況局面では一般的な技術進歩,生産 性上昇があれば,利潤率の低下を招かずに実質賃金率も上昇しうる。 楽天 的な気分が社会に広がる。 こうした連続的需要超過が実現する必要条件は 何か。
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1節 体系における需要超過連続の条件
拭 需給一致条件(モデル1)
本節では,体系内における好況局面と基本的特徴である需要超過発生の 必要条件を検討する。この必要条件がない場合は需要超過自体が発生せず,
したがって価格上昇もないことになる。 論理的には,好況を特徴づけるこ の需要超過の必要条件がなくなれば,経済は需要過少,供給過剰に転換す ることが容易に推測できる。 もちろん,需給関係が一致に収斂する論理的 可能性も検討されなければならない。 社会的な需要超過,価格上昇の必要 条件の検討なしで,需要超過を無前提に想定することは市場経済の下での 蓄積メカニズムの分析の放棄を意味する。
我々は,モデル上では需要超過局面,即ち景気回復と好況局面を 需要増 加率が供給増加率を上まわる需給関係 として捉える。このことにより,以 下に展開するように,需給関係の規定関係が理解しやすくなる。 市場に現 れた需給は需要超過時には価格上昇の結果,事後的には一致する。 ここで は受注残は度外視する。 受注残とは需要超過の結果,物価が上昇しても期 間内に需要が収縮せず,支払い能力ある需要が市場から消えず,他方市場 には商品がない状態である。「受注残」と我々が規定するのは前払いされた
「予約」という形で需要が次期に持ち越されるが,価格は前期価格という事 態である。
議論の出発点。 ここでは既に好況が始まっていること,前期の事前的需 給関係では需要が超過,事後的には需給一致が成立していることを前提す る(事前的需要超過の発生過程は景気回復を扱う6章で論じる)。
モデル内で,事前的に需給が一致する必要条件について,以下検討する。
そのために,最初に,需給それぞれの増加率を確認する。 今期の供給増加 率は稼働率一定とすれば,次のようになる。
−140−
()
当期の需要の増加率は次のように示される。
()
当期の素材的次元の事前的需要の内容は,
()
()
前期の実現需要は,
()
再度断っておけば,は当期労働者が期待した生活手段購入量即ち期待 実質賃金率で,それは実体的には具体的な数値としては成立しないが,労 働者が契約で示された賃金で購入できると考えた財の量である。 別の言い 方をすれば,客観的には,既知である前期物価を基準とした,つまり物価 が一定の下での購入可能生活手段量である。実際には,物価が上昇すれば,
この期待は外れ,期待以下の実質賃金率が実現する。但し,は空想では ない。 これは契約した賃金とその時点で判明している物価から予想された
−141− *は実現資本蓄積率を示す
実質賃金量であり,労働者にとっては極めて自然な概念である。
,をで除し,これを()に代入し,当期の需要増加率を求める。
()
今,単純化のためにと仮定する。これは労働者が,当期の物価水 準が変化することは予想せず,受け取った名目賃金から期待する期待実 質賃金率(期待生活水準)が前期並みという想定である。この仮定の下では,
()
需要と供給の大小関係を知るためにはそれぞれの増加率の差を見れば良い。
()
事前的需給一致の条件は()式の分子がゼロとなることである(分母 は正)。そこで,
()
即ち本モデルにおいて与えられた条件の下・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
では,
, ならば需要増加率・供給増加率・
となる。という条件は好況状態では形式上の可能性にすぎず,経済
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*。は素材的な労働・資本比率(あるいは生産資本の技術的構成)。が一定の 場合は生産性不変を意味する。
学的には意味がない条件と考えると,決定的な条件は,()式第2項の(
−)がゼロとなることである。 すなわち,以上の条件の下での需給一致 条件は,
()
つまり, 当期の計画蓄積率が前期実績値と同値 であることが当期の事前 的需給一致の必要条件である。
当期の供給増加は前期蓄積によって増加した生産手段の稼動,追加労働 者の労働によってもたらされる。 他方,当期の需要増加は,当期の計画蓄 積需要と前期蓄積の結果当期に追加雇用された労働者の消費需要からなる。
この式は当期に供給増加率に一致する前期実現蓄積率が当期の事前的需要 増加率に一致すると,需給が一致することを示す。
この条件が現実に成立することは,もちろん,偶然でしかない。 言うま でもなく,この条件は,設定されたモデル,一定の要素で構成された,抽 象化された資本主義の内部における需給一致条件であり,現実の資本主義に おける必要条件ではない。以上から次の【命題】を引き出すことが出来る。
【命題iii-1】
前期に実現した蓄積によって増加した当期の供給量が当期の計画投資需 要と消費需要の増加分の合計と一致すれば,当期の需給は事前的に一致す る
植 需要超過条件
()式がもっとも単純な形式の資本主義モデル(基準モデル1)におい て示される事前的需給一致条件であるとすれば,事前的な需要超過の条件 は,当然,
−143−
()
である。逆は逆。一般的には,
()
()式から,次の【命題】が導かれる。
【命題iii-2】
当期の計画蓄積率が前期実績をこえれば,当期の需給関係は需要超過にな る。逆は逆 。
この命題の意味は重要である。 後述のように,たとえその計画蓄積率と 蓄積額が絶対的には高い水準であっても,つまり経済が好況あるいは繁栄 局面であっても,もしそれが前期の実現蓄積率を下回れば,需給関係は逆 転することを意味するからである。 さきに,()〜()式で当期計画 蓄積率は以下のように定義された。
()
()
この定義より,右辺第2項の括弧の中が正,つまり当期利潤率が前期実績 より大きくなると予想された場合,あるいは前期実現利潤率が前々期実現 利潤率より大きい場合,当期計画蓄積率も前期実績を越えることにな る。その結果,()式の成立により,当期の経済状況は需要超過となる。
逆に,当期利潤率が前期実績より低くなると予想されれば,計画蓄積率は
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*但し,β3は実現利潤率の変化に対応する投資反応係数。β2>0
*但し,β2は前期実現利潤率と比較された予測利潤率に対応する投資反応係数。β2>0
前期実績を下回り,需要上昇率は供給上昇率を下回り,供給超過経済が出 現する。 ひとたび需要超過が発生すると,予測利潤率が上昇し,計画蓄積 率が前期実績を越え,再び需要超過経済が出現する。 我々の設定したモデ ルと条件において,好況という需要超過経済の連続のためには当期計画蓄 積率が前期実績を越えるという条件が必要であると言える。
現実には輸出や財政支出を含む需要の増大があり,それが予測利潤率を 引き上げ,当期計画蓄積率の引き上げももたらしうる。 我々のモデルは,
極めて抽象的な資本主義モデル,即ち新規の需要増加要因として資本蓄積 しか設定しない条件の下での資本主義であり,それ故にモデルの内部で需 要超過経済が発生する条件が端的に示されている。 もちろん当期計画蓄積 率が前期実績を常に越える条件は内在しない。()式で示される関係は 好況の必要条件であるが,それは逆の関係に転換しうる。何らかの理由で,
個々の企業総体が計画蓄積率を前期実績以下にすれば,()式で示され た好況経済は消失し,逆の供給過剰経済が出現する。
殖 蓄積額・量で示される当期の事前的需給関係
我々の提示した命題に対し, 企業は蓄積率ではなく,蓄積量,蓄積額を 考慮して投資計画を建てる という反論があり得るが[二神,1999]20),それ は反論になり得ない。 当期の事前的需給関係は前期末の事後的一致を出発 点とする。 前期の事後的需給一致を出発点とする計画蓄積率と前期実現蓄 積率の相違は,当期計画蓄積量・額と前期実現蓄積量・額の相違としても
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20)二神の批判は直接にはハロッドの「ナイフのエッジ」論に向けられている。二神は,蓄 積率の均衡からの乖離に比べ,蓄積量の均衡量からの乖離なら均衡乖離の程度が極端に 示されない,つまりハロッドの主張は極端に過ぎ,資本主義はより安定的に推移する,
と主張する。しかし,本文で示すように,この批判は資本主義的蓄積の不安定性を否定 できる本質的な問題提起ではない。これについては12章で取り上げた。