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大規模水田作経営における非熟練者の能力養成と情報 マネジメント−水稲の育苗作業を対象にした事例分析−

ドキュメント内 藤井吉隆 (ページ 71-89)

第1節 はじめに

第4章第6節で指摘したとおり,大規模水田作経営において非熟練者の能力養成を図る 上では,①熟練者の頭の中にある多種・多様な技能を形式知化して非熟練者にわかりやす く提示すること,②作業判断や作業実施の背景にある環境(気象条件,圃場条件)や生育 の状況に対する理解を促進するための取り組みが重要と考えられる.しかし,これまでの 農業生産現場では,知識・技能は,熟練者の頭の中にあり形式知化されていないもの(准 暗黙知)1)が多く,また,圃場条件や気象条件,生育状況に応じた判断は,農業者が毎年 の栽培経験を積み重ねることにより習熟が図られてきた.

そこで,本章では,大規模水田作経営における非熟練者の能力養成の具体的な実施方策 について情報マネジメント2)の観点から明らかにすることを目的とする.具体的には,滋 賀県内の雇用型法人経営を対象に,古くから「苗半作」といわれ水稲栽培に大きな影響を 及ぼす育苗作業に焦点をあて,情報のマネジメントに取り組む上で重要と考えられる以下 の点を明らかにする.第1に,緻密で周到な栽培管理を行う上で必要となる多種多様な知 識・技能の伝達・継承を促進するために,熟練者の考え方や着眼点および知識・技能の形 式知化手法を構築し,その有用性について検討する.第2に,作業判断や作業実施の背景 にある多様な状況を正確に理解するため,情報通信技術(以下、ICT という)を活用した 農作業情報,生育情報,環境情報の取得と活用の具体的な実施方策を明らかにするととも にその有用性について検討する.

育苗作業を分析対象とした理由は以下のとおりである.育苗作業は,現代の機械化移植 体系において,本田移植後の活着など水稲の初期生育に重要な影響を与える作業であり,

育苗作業の成否が,本田での初期生育に与える影響が大きく,その影響は,生育期間全体 をとおした生育や作業の実施に波及する.また,育苗作業は,塩水選などの種籾準備から 灌水や温度管理などの育苗ハウス管理まで多くの作業工程で構成されることから,非熟練 者の能力養成を図る上では,育苗作業工程全体を総合的に管理できる能力を養成すること が求められる.このため,育苗作業は大規模水田作経営の中でも重要度・難易度が高い作 業の一つであり,非熟練者の能力養成方策を検討する上でも,重要度が高い作業の一つと 位置づけられる.

第2節 非熟練者の能力養成と情報マネジメントのアプローチ

農業における暗黙知を形式知化して共有や移転を行う際には,知識の背景にあったコン テクストを可能な限り発掘し,知識とコンテクストをセットにして補完しようとする配慮

や工夫が他産業以上に必要となる3)(たとえば、末永(2009),佛田・遠藤(2011)).本研究の 目的である大規模水田作経営における非熟練者の能力養成に関わる情報マネジメントの具 体的な実施方策を検討する上では,まず第1に農作業に関わる意思決定とその背景にある コンテクストの関連性を整理する必要がある.

図5−1に水稲の栽培管理に影響を与える要因と相互の関連性について示す.水稲の生 育は,気象条件(気温,降雨,日照,風速,風向き等),圃場条件(土質,水持ち,高低差,

地力,水利条件等)との密接な関わりの中で進展していく(影響I,Ⅱ,Ⅲ).そして農業 者は,農作業の実施に際して気象条件や圃場条件,生育状況を考慮して作業時期や作業方 法などの判断を行い農作業を実施する(考慮I,Ⅱ,Ⅲ).農作業の結果は,水稲の生育に 直接的に影響を与えるとともに,圃場条件を介して間接的に影響を与える場合もある(影 響Ⅳ,Ⅴ).さらに,農作業の実施に伴う水稲の生育,圃場条件の変化は,その後の農作業 の実施に影響を与えることもある(影響Ⅳ,Ⅴ).

これらの状況を水稲の水管理(登熟期),代かきを例にあげて表5−1 に示す.このよう に農作業は,環境(気象,圃場),生育等絶えず変化する多様な状況下で実施されることか ら,安定した収量・品質を確保する上では,これらの状況に応じた適切な判断と的確な作 業の実施が要求される.このため,非熟練者の能力養成に際しては,作業判断や作業実施 の背景にあるコンテクストを正確に理解できる環境を整備することが不可欠である.その ためには,情報マネジメントの観点からは環境情報(気象,圃場),生育情報,農作業情報 を可能な限りに取得・統合・可視化して,作業判断や計画策定の支援に活用することが重 要となる.

一方,農作業の実施段階では,第4章第 6 節で指摘したとおり,農作業における知識・

技能の特徴として,①知識・技能は多種多様な内容で構成されており,一つの作業を取り 上げてもその数はかなり多いこと,②知識・技能の種類別には,作業の性質に応じた特徴 が見られるが経営条件や経営者の考え方に応じて蓄積された経営固有知識がかなり多いこ と,③これらの知識・技能は,圃場条件や気象条件,生育状況などに応じて多くのバリエーシ ョンを有することが明らかとなった.これらの特性を踏まえると,大規模水田作経営にお いて非熟練者の能力養成を進める上では,農作業を的確に実施する上で必要となる知識・

技能の形式知化を図り,これらの習得を支援することが不可欠である.そして,そのため には,情報マネジメントの観点からは,多種多様な知識・技能を体系的に整理して,これ らの理解を支援するためのり組みが重要となる.

以上のとおり,大規模水田作経営における非熟練者の能力養成を図る上では,①環境情 報(気象,圃場),生育情報,農作業情報を取得・統合化・可視化して作業判断の背景にあ るコンテクストを正確に理解できる環境を整備すること,②多種多様な知識・技能を形式 知化して知識・技能に対する理解を支援する取り組みが重要と考えられる.以下では,こ のような考え方に基づき,大規模水田作経営における情報マネジメントの具体的な実施方

作業判断:作業時期,作業方法,

資材投入量等

生育

:生育ステージ,草丈,

茎数,葉色等

圃場

:土質,水もち,乾湿,高低 差,耕盤深,地力,水利等

影響:Ⅰ 影響:Ⅱ

影響:Ⅲ 考慮:Ⅱ

作業実績:月日,作業者,作業方 法,作業能率,作業精度,資材投 入量,使用機械等

農作業

作業実施

気象

:気温,降雨,日照,風速・風向き等

影響:Ⅳ 考慮:Ⅰ 考慮:Ⅲ 影響:Ⅴ

策を検討する.

図5−1 水稲の栽培管理に影響を与える要因の関連性

注:図中の白抜き文字は,情報マネジメントに際してのアプローチ方法を示す.具体的内容は,表5-1に示す.

登熟期の水管理 代かき

気象→生育 気温,日照時間が水稲の登熟に影響を与える

環境→圃場 降雨が圃場の水分状態に影響を与える 降雨が代かき作業時の水位に影響する

圃場→生育 圃場の乾湿が水稲の登熟に影響を与える 圃場の高低差が移植後の苗の活着に影響を与える 農作業→生育 水管理の実施状況(タイミング,頻度)が水稲の登熟に影

響を与える

生育→農作業 水稲の倒伏が収穫作業の効率・精度に影響を与える

農作業→圃場 中干し時の干し加減が圃場の乾湿に影響を与える(→圃 場の乾湿が水稲の登熟に影響を与える)

代かき作業の精度が圃場の高低差に影響を与える(→圃 場の高低差は,移植後の苗の活着に影響を与える)

圃場→農作業 田面の固さが収穫作業の効率や精度に影響を与える 圃場の土質が作業方法(作業速度,作業機回転数,周回 数,水加減)に影響を与える

生育→農作業 籾の黄化率,下葉の枯れ上がりの状態を考慮して,入水

や落水のタイミングを判断する

気象→農作業 気象の経過や天気予報を勘案して,入水や落水のタイミ ングを判断する

強風時に作業する場合,水の動きを手掛かりにして圃場 の高低差を把握する

圃場→農作業 圃場の乾きやすさや水利等を考慮して、入水や落水のタ イミングを判断する

圃場の土質や前作などを考慮して作業時の水加減を調 整する

具体例

区分

表5−1 水稲の栽培管理に影響を与える要因の関連性

第3節 方法 1 調査対象の概要

調査対象は,第3章,第4章で調査対象としたA法人である.A法人は滋賀

県の湖東地域で水稲・麦・大豆作を基幹とする雇用型の法人経営であり,大規模な経営面 積にもかかわらず安定した収量・品質を確保するなど経営者が高い技術力を有する経営で ある4)

A法人における育苗作業は,①種籾準備(塩水選〜催芽),②播種(播種〜出芽),③育 苗管理(苗出,緑化,サイド開閉,潅水)の3工程,11種類の作業により構成される.ま た,育苗期間は3月下旬〜6月中旬の約75日間におよび,育苗期間中の気象や生育状況に 応じきめ細やかな対応を行っている.

育苗作業に際しては,経営者が田植計画及び育苗日数,育苗ハウスの稼働な

どを考慮して播種計画を策定する.そして,作業は作業工程毎に配置された作業責任者を 中心に実施されるが,気象条件や生育状況に応じて経営者がきめ細やかな指示を出しなが ら作業を実施する.なお,作業は従業員の技量や経験に応じて割り当てられた担当者を中 心に分業体制により実施するため,育苗作業に従事する時間が少ない従業員もいる.

A法人における育苗作業に関わる教育指導については,熟練者がミーティングやOJT等 により作業のポイントや注意点を口頭で説明するなどの対応が行われてきた5)

ドキュメント内 藤井吉隆 (ページ 71-89)