大動脈解離の治療という観点からはできる限り上行〜弓 部全置換が望ましい247−249).また弓部の解離が複雑で,
弓部の修復が必要な場合,malperfusion で弓部分枝の血 流維持が困難な場合,また,弓部分枝自体に内膜亀裂が 存在する場合も弓部全置換の適応となる.マルファン症 候群に発生した A 型大動脈解離においては内膜亀裂が 上行大動脈に存在していても,hemiarch 置換を行った場 合,残存する弓部大動脈の拡大が認められることがある ため,弓部全置換を積極的に考慮する250).近年,内膜側 からの補強,吻合部のリーク予防,末梢解離腔の閉鎖目 的に下行大動脈の真腔へ径18〜22mm の人工血管を 5
〜10cm 内挿して吹き流し様にする elephant trunk 法245)
を併用することで良好な成績を得たとの報告がある.ま た,A 型大動脈解離の中には,内膜亀裂が下行大動脈に 存在する例251)もあり,それに対する術式は左開胸で内 膜亀裂を切除して遠位弓部,下行大動脈置換を行うより も,胸骨正中切開による弓部全置換+elephant trunk 法を 行うことで,末梢側偽腔の血栓閉鎖化が可能である252). 弓部全置換の手術手技は,最初に末梢側の残存解離腔を 閉鎖するよう断端形成を行い(大多数の症例はelephant
trunk 法でこれを達成する),4分枝付き人工血管を縫着
する.ついで,中枢側吻合を行って,弓部3分枝を順次 再建する.この際の補助手段として,最近では循環停止 法よりも選択的脳灌流法246,253)を用いる施設が多くなっ てきた.
④大動脈弁逆流への対処法 a.大動脈弁吊り上げ
解離の進展により,大動脈弁交連部が離開し,弁尖が 左室方向に下垂し,弁逆流が発生する.マルファン症候 群などに合併する大動脈弁輪拡張症や,器質的大動脈弁 病変を有する症例以外では,大動脈交連部を吊り上げ,
冠動脈遠位側で人工血管と吻合,近位側の遺残解離腔は 生体接着材料で閉鎖する術式が可能である254).最近 GRF glue のformalin 過剰使用による吻合部大動脈組織 の壊死に起因する仮性瘤の報告があり,適正な使用方法 が望まれる.諸家の報告でも大動脈弁吊り上げ術の遠隔
成績はBentall 手術と比較しても遜色なく,術後QOL を
鑑みると先ず試みられるべき術式かと考えられる255,256).
b.大動脈基部置換
内膜亀裂がValsalva 洞深く侵入している症例,既に大 動脈弁輪拡張(annulo-aortic ectasia: AAE)を伴っていた 症例などでは,従来から Bentall 手術が適応とされ,現 在も標準術式である255)が,最近は自己弁温存基部置換
術(remodeling: Yacoub257),reimplantation: David258))が試 みられる様になった.
⑤断端形成術
急性解離において人工血管との吻合部の剥離内膜,お よび外膜は極めて脆弱なため,外膜の破綻による出血,
剥離内膜の内膜亀裂による新たなエントリーの発生を予 防するため,周到な断端形成を行う必要がある.解離腔 に生体糊(GRF: Gelatine resorcine formalin,Bioglue:
albumin-glutaraldehyde)を注入し,剥離内膜,外膜を補 強する方法が一世を風靡した259)が,その組織毒性が原 因の仮性動脈瘤発生の報告が相次ぎ,その使用方法,適 応については反省期に入っている260).断端補強には通常 テフロンフェルトを外膜上,あるいは内膜,解離腔にも 置 く 方 法 , 大 動 脈 外 膜 を 断 端 で 折 り 返 す advential inversion 法等,種々の方法が報告されている.人工血管 との吻合に際しては,通常はポリプロピレン糸の連続縫 合で人工血管と吻合するが,結節マットレス縫合,連続 縫合に結節マットレス縫合を追加する方法なども報告さ れている.
⑥急性大動脈解離の分枝灌流異常
急性大動脈解離の病態を複雑化,重症化させている主 要原因であり,20〜40% の症例で,大動脈あるいは,
分枝の真腔が圧迫されたり,分枝口の閉塞などにより,
様々な症状で発現する47,261,262).これらのうち,冠動脈 異常は5〜10%,弓部分枝は30〜40%,腹部分枝は30
% 前後,下肢領域は30% を占めると報告されている.
治療の原則は大動脈解離が不安定な挙動を示せば,大 動脈修復が先決で,末梢血管病変への介入は2次的に行 う47).分枝灌流異常を合併した症例に対する大動脈解離 修復術の成績は不良で,早期死亡30〜50% と報告され ている.また,虚血に陥った主要分枝数が,早期及び遠 隔成績に悪影響を及ぼしたという報告が多い.
冠動脈血流異常は右冠動脈に多く発生するが,重症度 は勿論のこと左冠動脈で高い.
弓部分枝灌流異常は解離発症時のTIA, stroke で顕ら かとなるが,A 型急性解離の大部分は弓部分枝そのもの まで解離が及び,3分枝すべて解離無しという症例の方 が少ない.解離発症時に一時的に意識消失を伴うのが 40% 程度と言われるが,大部分の症例で弓部分枝末梢 にリエントリーが発生するために,永続する神経学的傷 害を残すことは20% に満たない.問題となるのは,意 識障害,片麻痺などの神経学的兆候が持続し,かつ,解 離そのものが非常に不安定な症例で,手術適応に悩むこ
とが多い.かかる症例の在院死亡率は 36.2%〜55.9% に達し263),特に頚動脈の血流消失は予後不良の徴候であ り,生存率は10% を越えない264).
腹部分枝も4本とも正常という症例の方が珍しく,何 らかの灌流異常は常に発生している.小腸,大腸は腹腔 動脈,上腸間膜動脈の二重支配を受け,かつ豊富な側副 血行路を有することから,腸管壊死を来すことは比較的 稀であるが,重篤なmalperfusion が5% 前後に発生し,
壊死腸管の切除が必要となる.しかし,その治療成績は きわめて不良で死亡率は60% 以上である.腸管虚血が 体外循環によって増悪するため,かかる症例においては 例外的に壊死した腸管に対する処置を優先すべきで,冠 動脈虚血,心タンポナーデ,破裂など,近位側大動脈解 離の挙動が不安定な場合にのみ,近位側の大動脈直達手 術を先行するべきであるという見解261)もある.また,
左右腎動脈も片側が閉塞することは稀ではないが,腎機 能不全を来すことは多くない.
患者の高齢化に伴い,不十分な側副血行や,腎機能不 全を合併する症例などが増加するに従い,血管造影によ る早期診断の重要性は増してきた.治療にあたり,従来 までは腹部大動脈瘤開窓術,あるいは腹部分枝へのバイ パス術が行われてきたが,昨今,この領域における interventional radiology の進歩は瞠目すべきもので,バル ーンカテーテル開窓術,stenting などの成績は日進月歩 で,IVR の成功率90% 以上,早期死亡率30% 以下と
の報告265,266)もある.
下肢灌流異常についても,catheter intervention による 開窓術が主流となりつつあるが,外科的にfenestration を作成したり,大腿−大腿動脈,腋窩−大腿動脈バイパ ス術などの非解剖学的バイパスを作成する方法も行われ ている.
2
)慢性大動脈解離慢性解離例に対する手術手技は原則的に急性解離例に 対するのと同一である.しかしながら,大部分の症例が 待期的手術を施行されることに加えて,急性例に比較し て大動脈壁がより強固で大動脈吻合がより容易であり,
かつ広範囲に偽腔が拡大瘤化しているため,大動脈の置 換範囲を拡大する拡大再建術,すなわち上行,弓部大動 脈置換術あるいは,胸部大動脈置換術を施行する傾向に ある.以下,病型に応じた手術手技について述べる.
①A 型解離
遮断鉗子による脆弱な大動脈壁の損傷の予防,より病的 大動脈壁の切除のため,循環停止下に,末梢側吻合を行
う open distal anastomosis が一般的に用いられる.
a.大動脈逆流の修復
¡)大動脈弁置換術
急性解離では約80% の症例に大動脈弁尖吊り上げ術
によりAR が修復されるが慢性例で弁輪拡大を呈してい
る症例には通常の大動脈弁置換術が必要である.
™)弁付き人工血管による大動脈基部置換術
バルサルバ洞が拡大した annuloaortic ectasia(AAE)
に解離が合併した症例では,冠動脈の再建を伴う弁付き 人工血管による大動脈基部置換術を行う必要がある.こ の際,button technique が一般的に用いられている.
£)自 己 大 動 脈 弁 温 存 術 式 (aortic valve sparing operation)
バルサルバ洞が拡大しているか,解離が大動脈基部に 進展し,大動脈基部置換を必要とする症例のうち,大動 脈弁尖が正常な症例では,最近,自己大動脈弁の温存術 も行われている.
b.人工血管による大動脈再建
大動脈病変の置換範囲により以下の大動脈再建の術式 が選択される.
¡)上行大動脈置換術
内膜亀裂が大動脈弁直上の上行大動脈に存在する症例 が適応となる.テフロンフェルト補強による中枢側偽腔 の閉鎖後,超低体温下循環停止法(deep hypothermic circulatory arrest: DHCA)±逆行性脳灌流法(retrograde cerebral perfusion: RCP)下に循環停止とし,open distal
anastomosis を行う.グラフト側枝より順行性送血,加
温を行いつつ,中枢側吻合を行い,上行大動脈を置換する.
™)上行・部分弓部置換術(hemiarch replacement)
内膜亀裂が腕頭動脈(IA)付近の弓部大動脈の小弯 側に存在する症例が適応となる.前述の如く open distal
anastomosis を行うが,内膜亀裂を含む弓部大動脈を斜
めに切除し,偽腔を閉鎖し,弓部大動脈の小弯側を部分 的に置換する.
£)上行・弓部大動脈置換術(total arch replacement)
内膜亀裂が弓部大動脈に存在する弓部大動脈解離例,
弓部大動脈の破裂あるいは巨大な偽腔例,弓分枝動脈の 閉塞例,内膜亀裂が下行大動脈中枢側にあるⅢ型逆行解 離例,重篤な合併症を有しない若年者のマルファン症候 群が適応となる.一般的に60分以上の脳保護を必要と する弓部大動脈全置換術の症例には選択的脳灌流法
(selective cerebral perfusion: SCP)を用いるのが安全であ る.直腸温22℃前後で体循環を停止した後,IA および