ゾラが、1887年の第15巻『大地』でジャン・マ ッカールを主人公に農村社会を描き、1892 年の第19巻『 壊滅』で再びジャンを中心人物 として登場 させていることは第6章ですでに 述べた。同一の主人公が登場するとはいえ、農民小説 と戦争小説 とい うそれぞれ独立 した 作品として我々はもちろん読むことが可能である。 しか しなが ら、ゾラの戦争に対する姿 勢や、彼が叢書をもつて第二帝政社会をいかに表わしたかを深 く理解するためには、この 二作品の関連性に注 目して読むことが重要に思われる。そこで本章では、『大地』 との関 連性に注 目して『壊滅』を考察 してみることにする。1〉
ゾラは、ジャンが主人公にしては、少 し控えめな存在であるのはなぜかとい う『 大地』
の読者か らの問いに対 して、1887年12月 3日 付けの手紙で次のように答 えている。 「ジャ ンは少 し目立たない役割を演 じている。彼は行動せず、忍従する。そしてそれは私の叢書 全体の計画における重要な帰結のためである。 とい うのは、私はジャンを私の戦争小説の ために控えておかなければならなかった。叢書全体はそれが完成 したときにしか判断 され ることはないだろう。」
2)こ
の言葉は、ゾラがすでに『壊滅』を意識 しつつ『大地』を 書き、両作品のいずれにおいても主人公ジャンに重要な役割をもたせ ようと意図 していた ことを示 している。そこで本章では、ゾラがジャンを『 大地』と『壊滅』の中心人物に設 定 した必然性の考察を軸にして、第6章で触れてきた『 大地』の中に暗示的に示 されてい る、自然 と人間、土地をめぐる争い、農民の大地への執着や情熱 といつた主題、および『大 地』における主人公ジャンの視線の特徴や作品に存在す る火のイマージュに再び注 目し、それ らとの関連を中心に『 壊滅』を考察 してみたい。
1.両
作 品 にお けるジャンの視線 の特徴我々はゾラの小説に接す ると、作中人物の視線や 日そのものに関す る描写が多いことに 気づ く。例 えば、人、事物、風景に注がれ る作中人物たちの視線による描写、また彼 らの それぞれにある種の役割 を担わせ るための視線や視点、 さらに色彩や形状などで表わ され た彼 らの 目そのものの描写な どである。特に『 大地』には作中人物たちの描写に、ゾラの
意図的な 目の使用が感 じられ ることは既に指摘 した。『 大地』が『 壊滅』を意識 して書か れた小説であるな らば、『 大地』で表わされているこの視覚的描写が『 壊滅』においても 重要な要素 を秘めているのではないだろ うか。そこでまず、『 大地』の内容についての概 要 と作品中でゾラがジャンに意識的に与えていると思われ る視線の特徴について振 り返つ ておきたい。
作品『 大地』は周知のよ うにボース平野 を舞台に農村社会の実態を悲劇的に描いた小説 である。主人公 ジャンは、イタ リア戦役 (1859)に 従軍 し、ソル フェ リー ノの激戦 を経て、
軍隊生活に嫌気が差 し、軍を除隊後、農民 として生きることを望んでボースの地にや つて 来 る。ジャンの他に『 大地』における重要な中心人物 として ビュ トーの存在があげ られ る。
ゾラは ビュ トーに情念的衝動に支配 され る性格 を与え、極 めて 自己中心的な視線 をもたせ ている。つま り、 ビュ トーで土地に根 ざした農民の典型 を表わ し、主人公 ジャンよりもビ ュ トーの思考や行動 に物語展開の主導的な役割 を与えている。 これに対 して、都会か ら田 園生活 を求めてやって来たジャンには、第二者的・傍観者的な視線 を与え、農民 とは異な る「他所者」ёtrangerと しての立場 を際立たせている。つま り、ジャンの視線は『 大地』に おいて農民 と農村社会 を客観的に見つめるもの となつているのである。次の引用は、巻末 に近い部分で、 自分の妻 も殺 され るとい う悲劇的体験 を したジャンの心中の思いを自由間 接話法で示 したものであるが、ここに農民にな りきれない彼の「他所者」としての位置づけ
を読み取 ることができる。
[… ]Jalnais il ne devait deventt lln vrai paysan.II n'ё talt pas nё dans ce sol,1l re■a■1'ancien ouvrier des villes,le troupier qul avait fait la c,mpagne d'Italie;et ce que les paysans ne voient pas,ne sentent pas,lui le voyalt,le sentait,la grande paix triste de la plalne,le souffle puissant de la terre,solls le soleil et solls la pluic.[… .]Si la terre ttltt calme,boIIne a celx qui l'ailnent,lcs villages collё s sllr ellc collllme des nids de vel.lline,les insectes humahs vivant de sa chair,surlsaient a la dёshonorer ct a cn empoisollncr l'approche 3)
この よ うな、農村社会 での過酷 な悲劇 的体験が、ジャンを農民 として生 きることに絶望 さ せ 、軍隊 に復帰す ることを決意 させ るに至 る。
以上が『 壊滅』へ と続 く『 大地』の結末である。 ここで注 目すべきことは、『 大地』に おけるジャンの第二者的・傍観者的な視線が『 壊滅』において も引き継がれているとい う
ことである。 この点に留意 しつつ『 壊滅』について検討 してみよう。
『 壊滅』は、1870年 の普仏戦争、第二帝政の崩壊、プ ロシア軍のパ リ攻囲、つづ くパ リ・
コミューヌの成立、コミューヌ側 とヴェルサイユ政府軍 との内戦 とい う歴史的大事件 を描 いた戦争小説 である。物語は、ジャン 0マ ッカール とモー リス・ ル ヴァスール
Ma面
ceLevasseurと い う二人の兵士の友情 を中心に進展 してい く。モー リスは、ジャンの分隊に配
属 された、都会育ちの若い神経質なイ ンテ リ兵で、学のない農民出のジャンとは対照的な 人物 として描かれている。 ゾラの作品準備 ノー トによると、ジャンは 「大地に愛着 を抱い た、精神の健全な実直なフランスの魂その もの」 《1'he meIIle de la■ ance,ё quillbr et brave,bien qu'attactte au sol》 いわば 「フランスの伝統的理性」 《la宙cille raison ian9aise》
といつた人物 と定義 されている。一方、モー リスは、祖父譲 りの 「ナポ レオンヘの愛着」
《des attaches napo16olliclllnes》 をもち、「軽薄で見栄つ張 りなエ ゴイスムの持ち主」 《latete
cll l'air,1'6golsme vamtellx》 、いわば 「フランスの悪 しき部分」 《la mauvalse partle de la
France》 、 「頭でつかちの共和主義者」《
Rф
ttliCandetete》 として性格づけられている。4)『大地』における ビュ トーのよ うに、モー リスの感情、行動 も、物語の筋に強い作用を 及ぼす。それに対 してジャンの視線の特徴は、 このモー リスを常に脇か ら観察 してい る視 線なのである。
[̲̲]la sOumrance dc Maurice,surtOut,1'[=Jean]attendrissatt 11[=Jean]le sentait s'affablir, 11 le regardatt d'Ш ∝」hquict,[… ̲]5)
Jcan le[=Maurice]regardait,6tolm6 de cet orgucil saignant,mquiet de surprendre de nouveau dans ses yellx cet ёgarelnent de folie qu'正 avalt reFlllarquё daa 6)
Pcndantlajollmё e,Jean n'avalt eu que la prё occupation de sllrveiller NIlallrlcc,qu'1l senta辻 capable de toutes ies extravagances.7)
このよ うにジャンは常にモー リスの傍 らで、彼 を見守 り続 ける。
以上のことからジャンの視線の特徴が『 大地』と『壊滅』において、それぞれの世界を 客観的に観察する立場を担わせ るものとなつていることが理解できる。
2.ジ
ャ ン とモ ー リス の 関係 と両者 の意 識 の変化先 ほ ど触れ た ジャン とモー リスの対照的 な位置づ けか らも理解 できるよ うに、彼 らは最 初相容れ ぬ関係 にあ った。 しか し、戦渦 の 中を共 に生 き抜 く うちに、心が堅 く結 ばれ 、作 品中、徐 々に二人が完全 な一つ の存在 であ るかの よ うに描 かれ てい く。例 えば次 の引用 は、
二人 に強い親密感 が生 まれ激 しく抱擁す る場 面の ものであ る。
[¨.]Et ils se serralent d'wle ёtremte фerduc,dans ia■a働面t6de tout ce qu'ils venJent de souf■ ir ensemble l etle baiser qu'1ls 6changёrent alors lellr pamt le plus doux et le plus folt de lellr vie,lln baiser tel qu'ils n'en recevraient jЯmais d'Шle femme,1'immOrtelle nm五ёフ
1'absolue certitude que lellrs deux cα ttrS n'Cn faisaient plus qu'tln,pOllr touJOllrs )
しか し、 二人 に与 え られ た性 質 の違 い は、 ス ダ ンにお け る敗北 、皇帝 の失脚 、パ リ攻 囲 と、事 態 の急激 な変 化 と進展 につ れ 、モ ー リスは コ ミュー ヌ の兵 士 と して、 ジ ャ ンは正規 の軍隊の兵士 として二人を分かつ ことになる。次の引用か らもジャンとモー リスの戦争に 対す る意識 の違いを読み取 ることができる。
《[…]MOi[=Jean],la politique,la Rф ublique Ou l'Empre,je m'en suis tottollrs flchu l et, auJourd'hui comme autrefois,lorsquc je cult市als mon champ,je n'al jamals sitt qu'une chose,c'cst le bOnhellr de tous,le bon ordre,les borlnes arares¨ [¨]》 9)
ジャンのこのような言葉は、国の政治体制がいかなるものであろ うと、ひたす ら平和で穏 やかな生活 を望む民衆のそれを代弁 し、一般的な反戦論者 としての彼 の立場 を表明 してい る。 これに反 してモー リスは、 自然界において闘争が繰 り返 され、強い ものが生き残 り、
進化 を遂げてきたの と同 じよ うに、国家においても存続 してい くためには戦争は必然のも のであるとい う考えをもつている。例 えば次のようにゾラはモー リスを描いている。
[…
.]Ma面
ce songeatt a la guerre ǹcessah,la guerre qul est la宙 e meme,la loi du monde N'es●ce pasl'homme pitoyable qui a ntrodultl'i edejllstice ddcpa軋 lorsquc l'Inpassble namen'est qu'lln continuel champ de inassacre?10)この よ うに表 わ され る二 人 の対極 的 関係 は 、内乱 にお け る二つ の フラ ンス を具象 化す る も のと理解できる。11)
ところで、ジャンは物語の結末で、政府側 とコミューヌ側のパ リでの戦い、歴史的にも 有名な 「血の一週間」の混乱の中、モー リス とは気づかずに彼 を銃倹1で突 き刺 し、致命的 な傷を負わせて しま う。モー リスは死の間際、朦朧 とした意識の中で、ジャンヘ次のよう に語 る。
《Mon vleux Jean,tu es le simple ct le solide.… Va,va!prends la pioche,prends la truelle!
etretollme le champ,et reb s la malsOn!̲Moi,tu as bien falt de m'abate,puisquejつ て価s l'l」cむe col16 a tes os i》
Ⅱ dёlra cncore,ll voulut se lever,s'accouder a la fenetre
《Pans mle,rlen ne restera̲¨ Ah!cette flalnIIle qui emporte tout qui騨 缶■tout,je l'al vouluc,oui!elle fait la bOlrlne beso8■le… [¨
]》
12)モー リスは、パ リの街 を燃や し尽 くす炎 を見つめなが ら、この火 を浄罪の炎、そ して浄化 の炎 と捉 える。炎によつてすべての腐敗 を焼 き清めた後、そ こか ら新 しく再生す るために は、戦争を必然のもの と考えていた 自分のよ うな人間ではなく、畑 を耕 し、大地を心か ら 愛す る、土地に根 ざ した人間が不可欠なのだとい う思いを抱 くに至るのである。 このモー リスの意識 の最終的な変化は、戦場で農民の姿をたびたび捉 える彼の視覚に深い関連性が 示 されているよ うに思われ る。『 壊滅』の中では、激 しい戦場における農民についての描 写が、頻繁に挿入 されている。そ して、その農民の描写がジャンではなくモー リスの視点 か ら繰 り返 しなされていることに留意すべ きだろ う。次の引用は、激戦の合間にモー リス の 目が捉 える農民の姿である。