前章で、詩的想像力を駆使 した象徴的手法がゾラ特有の描写の特徴 として顕在化 した過 程について一考察 を行 つた。
ところで、ゾラの表現における象徴性の確立が最 も顕著にみ とめ られのは第14巻『 制作』
であると思われ る。本章では、まず前章に引き続き『 制作』1)と『 悪の華』力 の比較 を行 い、ボー ドレールが提示 した 「生か ら死」の世界観 を介 しなが ら、ゾラが『 制作』におい て主題 とす る19世 紀後半の芸術界 と芸術家の苦悩 をいかに作品世界において創造 したか を分析 してみたい。
また、『 制作』の構造の中に人間の理想 と現実が相克す る闘争のテーマを具体的に検証 し、あわせて『 制作』 と他の作品 との関連性について考察を行いたい。
ここでいま一度、ゾラの経歴 についてふ り返つてお くことにす る。
1862年の22歳 か ら4年 間のアシェッ ト書店勤務時代、彼 は作家に限 らず批評家、新聞・
雑誌の編集者、画家、彫刻家、写真家、詩人な どと幅広い交友関係 をもつていた。彼 らと の交流の中でゾラは しだいにその才能を認 め られ、ジャーナ リス トとして、 とりわけ美術 批評家 として活動す るよ うになる。 ゾラが美術批評家 としてデ ビュー した1863年 は非常に 意味深い年で、マネの『 草上の昼食』が発表 され美術界に波紋が広がった年であつた。ゾ ラはこの絵 を見て強烈な印象を受 け、美術界における新時代の幕開けを感 じ取 り、マネ こ そ新 しい個性 をもつた芸術家の登場であると誰 よ りも早 くそのことを見抜 き認 めていたの だつた。ゾラの芸術観、特に絵画に対す る考えが養われた背景 としてポール・セザ ンヌPaul
Cとallne(1839‐1900の存在 を無視す ることはできない。周知のよ うにブラとセザンヌはエ
クス時代か らの親友であ り、ゾラはセザ ンヌを通 して絵 に対す る知識 を深 め、デ ッサ ンや 絵の理論に興味を持 ち、独 自の絵画観 を養 っていつた。 ゾラはセザ ンヌを介 して ピサ ロ、
ドガ、モネ、ル ノワール、ファンタン 0ラ ・ トウール、バ ジーユ、シス レー、 コンスタン タン・ギースな ど、多 くの若い画家達 と交流 を持つ よ うにな り、画家達のたま り場のカフ ェ 。グルボ ワや画家 のア トリエを訪れては彼 らの会話や議論を傾聴 した。 こうして美術に 関す る知識 を吸収 し『 草上の昼食』の発表か ら3年 後の1866年 にマネ擁護の 「サ ロン評」
を書き、マネグループの擁護 を大々的に開始 したのだった。
叢書作品は、普遍的な 「愛」や 「生 と死」のテーマを中心に描かれたいわば哲学的作品 と、社会史及び風俗史 としての記録的側面 を中心主題 として描いた作品群に大 きく分 けら れ ることは先に述べた。ではこの『 制作』は どうであろ うか。『 制作』には、19世紀後半 の芸術界を描 くとい う社会風俗史的なテーマ と芸術家の創造の苦悩 をテーマに主人公 の心 情を分析 し示そ うとす る二つのテーマが存在 している。要す るに、叢書を大別できる二つ の要素 を備 えもつ作品であ り、両者 を叢書内で関連づけ結びつ ける役割 も与え られている ように思われる。 ゾラは、友人知 己の様々な芸術家の世界 を『 制作』の中に示 しなが ら、
さらに作家ゾラが、小説家 として苦悩す る自己と自己の周辺を観察す ることによつて この 作品を創作 した といえる。 自己を含めての芸術家が主人公 とい うことか ら、芸術闘争 の主 題 にお ける心情告 自小説 としての性格が強 く、ひいては生の闘争のテーマを作品世界に強
く示す もの となつているといえる。
それでは、以下で当『制作』をボードレールの『悪の華』との比較で考察してみたい。
1.『
悪 の華』 の 「芸術家 の死」 と『 制作』 の照応「憂鬱 と理想」でボー ドレールは自らの魂の葛藤 を表 した。つま り、到達不可能な崇高 なる理想 に憧れる魂が、現実において深い憂鬱に捉 えられ るのは当然であ り、ボー ドレー ルはこの二つの組み合わせ によって内面の葛藤 を表現 した といえる。そ して、このよ うな ボー ドレールの内面か ら生みだ され る魂の葛藤は、ゾラにも多大な影響 を与え、医学や生 理学に立脚 した 自然主義を提唱す る立場か らは少 し手法の異なる世界へ彼 を近づ けること になつたのではないだろ うか。 このことはゾラの晩年の作品『 制作』に如実に読み とるこ とができる。『 悪の華』では理想 に逆 らう現実の次元 として虚無、倦怠、苦悩、時間を主 要なテーマ としている。 ゾラの『 制作』は、まさしくボー ドレール的観念のゾラ的表現 と もい うべきこれ らの主題 を軸に作品世界が構築 されているといえるだろ う。また『 制作』
では自然主義文学特有の客観的小説 とい う立場 よ りも、先述のよ うに主人公の内面世界を 重要視 した主観的小説の域に大 きく足を踏み入れている。 この点もゾラとボー ドレール と の関連 を考えるうえで注 目すべき要素であろ う。
さて、ボー ドレールは1859年 のサ ロン評 で、画家 ドラクロフについて次のよ うに記 して いる。
「彼の創造力が燃 える礼拝堂のように激 しく、熱烈で、あらゆる多彩な炎の色、多彩な 緋色に輝 く。情念の中に潜むあ らゆる苦悩が彼 の心を熱狂 させ る。カ トリック教会の中に 見 られ るあ らゆる輝 きが彼 を照 らし出す:彼 は霊感に導かれてキャンヴァスの上に、血 と、
光 と、闇 とを次々に注ぎかける」3)
つま り、ボー ドレールは、 ドラクロフの中に天国 と地獄、善 と悪、霊 と肉の二元的な深 淵 を見いだ し、この深淵が人間存在の中に生み出す苦悩に注 目したのである。そ してこの 苦悩を具体的に 「女」 とい うもので表現 した といえる。
さて、ゾラの『 制作』に戻ると、生命のみなぎる作品創造に苦闘す る主人公の画家クロ ー ド Claude Lantierは 、パ リの象徴 ともいえる神秘的な裸婦の絵を自死に至るまで描き続 けた。そ してその裸婦 と自己の芸術の完成 を目指 して苦闘 し続 ける。 ゾラはクロー ドの絵 にパ リを含 めた象徴的意味合いを含有 させ 、その絵を完成 させ よ うと苦闘す る主人公に、
自分 自身の内面の苦悩をも投影 したのではないだろ うか。考 えてみれば、『 悪の華』の一 巻 自体が永遠に繰 り返す芸術家の報われ ざる一生の描写である。『 制作』 とボー ドレール の『 悪の華』中の 「芸術家の死」を比較すれば、主題の構成において非常に類似 している と指摘できる。 ゾラは『 制作』の結末で、最終的に絵を完成できず芸術闘争に敗れて 自死 に至る主人公の姿に、何 もか もが無になつて しま う死の現実性 を示 していると考えられ る。
これについて、詩句 をた どりなが ら検証 してみよ う。 (※「芸術家の死」の引用文に関しては、
原文と共に邦訳を示す。)
La MoFt deS Artistes 4)
Combien faut‐I de fois secouer rles grelots
Et balscr tOn■ont bas,mome caricame?
Pour piqucr dans lc but,de mystique nature,
Combi鳴 O mon carquds,perdre ,dots?
「芸術家の死」'
何 べ ん、お れ は鈴 を振 り鳴 らせ ば済 む の だ ろ う、
そ して冴えないカ リカチ ュール よ、下品なそのおでこに、
何べん接吻 した ら済むのや ら。
神秘な謎の標的に、当た り、 と行 くまでに、
おお、おれ の籠 よ、投げ槍 を何本 、むだにす ることか。
(第1連)
クロー ドは何度 も何度 も繰 り返 し絵の中の女 を描 き、 自らの芸術の全てを絵 の女 に結集 す るこ とを試 み る。 しか しその度 に挫 折 を繰 り返 し続 ける。描いて も描 いて も画家 の 日に
はその絵はただの さえない作品に しか映 らず、愛情 も魂 も作品に注 ぎ込みなが らクロー ド は絵の女の完成に挑み続 ける。 しか し、完成が近づ くとまたも愚作に しか感 じられず、自
らキャンヴァスを塗 りつぶ して しま うのである。
で満た してい るのに。 (第2連)
「芸術家の死」の芸術家は画家ではなく彫刻家であるため、第2連 では彫刻家に関す る専 門用語が用い られている。『 制作』の主人公 も同 じ苦悩 をもつ芸術家 として描写 されてお り、クロー ドはあ くまで も「正銘 の作品」
=絵
の中の女 (理想)を
求め続 け、激 しい欲望 をかき立て られ る。そ して苦悶 し続 ける。Nous uscrons notre anc cll de subtils complots,
Et nous molirons malate lotrde ama餞 , Avant de contempler la grande C
ane
DontilinfmJ sl nous rmput de sang10ts!
n en est qulJanlals rmt connu leur ldole,
Etces sculptcn dmmSs a marques dullagbnt い VOnt SC martclant la pd饉 ∝Ie tont
俺たちは、あれ これ芸のこまかい策 を練っている うちに、
精魂尽きて しま うだろ う。
そ して、ず しん と重い台組 を幾つば らす ことだろ う。
大いなる「正銘の作品Jにこがれ る地獄の欲望が、
お 目当て と見参 も叶わぬ うちに、おれ たちをすす り泣 き
ついに 「偶像」 と懇 ろに寝ず じまいにおわる連中もいる。
そ して絶望 のあま り、胸 とお でこをみずか ら槌 でな ぐり になぐる
呪われた、烙印をひたいに押 された彫刻家たちには、
(第3連)
ボー ドレールの語彙において偶像 Idoleは 、『 現代生活の画家』中の 「女」で述べ られ ているよ うに、官能的な女 との性的関係 を暗示す るものであ り、特に芸術家にとつては一 つの神聖 さを所有す るものとして捉 えられてい る。
この者のために、この者 によつて、栄達は成 し遂げ られ、また崩れ去 る。 この者の ために、いや、わけてもこの者 によつて、芸術家や詩人は彼 らの最 も精妙な宝石 を作 り上げる。精力 を消耗 させ ること最 も甚だ しい快楽 と、この うえもなく産みの力 を増 す苦痛 との、出て くる源、一言でいえば女は、一般 の芸術家に とつて、特に