• 検索結果がありません。

症  例

Ⅴ. 考   察

Rosai-Dorfman disease は,原因不明の非腫瘍性組 織球増殖性疾患である.1969年, sinus histiocytosis  with massive lymphadenopathy  と し てRosai  と  Dorfman により報告された本疾患は,約 80% の症例 が頚部リンパ節に発生し,20 代までの若年男性に多 いとされている1, 2).また,節外発生は全体の 43% で,

瞼,鼻腔,副鼻腔,眼窩など頭頚部に多く,皮膚,軟 部組織,骨,中枢神経,腎,甲状腺,肝,下気道,乳 房,睾丸などの部位での発生の報告もある4).中枢神 経系での発生は5% 以下であり,中年男性に多いと いわれている2, 4). 

Rosai-Dorfman disease では,リンパ節以外にも骨 などに組織球の堆積をみることがあるため全身検索を 行う必要がある.中枢神経系に起こる場合には, 硬 膜に単発または多発する腫瘤を形成し,脳実質を圧迫 する. 圧迫する部位により,頭痛,てんかん発作,麻 痺や痺れ,昏蒙などの様々な症状がみられる.自験例 Photo.1;MRI T1 強調画像

Dural tail sign  が認められる.

腫瘤内部が均一に造影されている.

Photo.2;細胞像 a;圧挫 H.E. 染色 × 20

リンパ球を背景に細胞変性物などを細胞質に入れた巨大な組織球である.

b;圧挫 Pap. 染色 × 100

組織球の細胞質に emperipolesis になったリンパ球を明瞭に確認できる.リンパ球の周囲には白く明庭になっている.また,組 織球に貪食された細胞崩壊物も同時に確認できる.

では,右蝶形骨縁の硬膜内脳実質外に 3.7 × 2.7 cm  の腫瘤が脳実質を圧排していたため,白質に浮腫を起 し, 軽 度 の 右 眼 眼 振, 視 力 低 下 を 認 め た. ま た,

Rosai-Dorfman disease では,一般的に発熱,軽度の 貧血,血沈亢進,高γグロブリン血症などの炎症症状 を起こすこともある4).治療法として,病変部の切除 をはじめ,ガンマナイフ治療やステロイド投与などが あるが,自然消退する例も少なからずある.自験例で は,硬膜に付着して脳実質を圧排していたため,開頭 手術となった.現在,頭蓋内に残存する腫瘤には変化 なく,縮小,拡大傾向とも認められない.

一般的に,リンパ節を主病巣とする Rosai-Dorfman  disease では,病変リンパ洞内において組織球が高度 に増殖,堆積し,組織球の細胞質内には,本疾患に特 徴的な emperipolesis が観察される3).Emperipolesis  とは,組織球の細胞膜陥没によって,一見,リンパ球 が組織球の細胞質内に入り込んだかのようにみえる現

Photo.4;組織像と免疫染色所見

a;H.E. 染色(ホルマリン固定標本 ×40)胞体の広い組織球系細胞を主体とする病変で,特徴的な emperipolesis を認める.

b;S-100 蛋白 陽性.

c;CD68 陽性.

d;CD1a 陰性.

Photo.3;迅速組織標本 H.E. 染色 × 40

血管やリンパ球があり,N/C の低い,大小が目立たない円形 核の細胞が均一に分布しており,細胞境界が不明瞭である.石 灰化物質を一カ所認める.

45 VOL. 33 2014

象である.すなわち,組織球による phagocytosis(食 作用)とは区別される現象であり,組織所見としては 組織球の細胞質に重なって観察されるリンパ球周囲に 明庭が認められ,パパニコロウ染色標本でも同様にリ ンパ球周囲が白く抜けてみえる.このリンパ球は組織 球に消化されることなく,自由に組織球から抜け出す ことができる2)

Rosai-Dorfman disease との鑑別を要する頭蓋内脳 実質外腫瘍として,髄膜腫,ランゲルハンス組織球症,

Hodgkinリンパ腫などがあげられる.自験例では,術 前の臨床診断として髄膜腫が疑われていたことから, 

lymphoplasmacyte-rich meningioma との鑑別を第一 に考慮しなければならなかった. この病変は,高度の 形質細胞やリンパ球浸潤を伴って線維増生をみる髄膜 腫であり,組織球の増生やリンパ濾胞形成を伴うが,

emperipolesis  は 認 め ら れ な い こ と か ら,Rosai-Dorfman disease との鑑別が可能である.ランゲルハン ス組織球症は,背景に好酸球を伴い,核にくびれや核 溝といった特徴的な核所見が観察される組織球の出現 をみる疾患であり,これらはRosai-Dorfman disease  で は 認 め ら れ な い.  ま た,CD1a  が 陽 性 で あ る. 

Hodgkinリ ン パ 腫 で は,Hodgkin  細 胞,Reed-Sternberg 巨細胞が特徴とされるが,本症例には認め られなかった.

近年,脳腫瘍に対する画像診断の精度はきわめて高 く,術前診断と最終診断の隔たりは少なくなっている.

とはいえ,最終診断を担う病理組織学的な形態診断は,

必ずしも画像診断と一致するわけではない.脳腫瘍は 頭蓋骨に囲まれて存在することから,術前の病理学的 検索は一般に困難である.すなわち,脳腫瘍手術にお いては,術中迅速組織診断に対して質的診断を期待さ れることが多く,その責務は重い.一方で,術中迅速 検査に供される検査材料は,脳機能障害を必要最小限 にするために,しばしば微小片にとどまって,検索材 料としては十分と言えないことがある. また,凍結に よるアーチファクトが加わることも,診断に際してし ばしば病理サイドを悩ませる原因となる.そこで診断 精度の向上を目的として,凍結組織標本と並行しなが

ら圧挫細胞診標本を作製することが有効といわれてい る.

圧挫標本は,凍結のアーチファクトにさらされるこ となく,細胞形態を保持できるため,個々の細胞の形 態,腫瘍と血管との関係,血管の形状,核クロマチン の状態などを良く観察でき,迅速組織標本と圧挫標本 を併用することで術中迅速診断の精度は確実に向上す るものと考えられる.脳腫瘍の迅速診断における精度 向上のため,圧挫標本の作製技術とその読み方に十分 習熟しておく必要がある.自験例での迅速検査におい て提出された検体は,問題なく迅速組織標本と圧挫標 本を作製できる検体量であったが,ときに検体量が限 られ,常に圧挫標本が作製できるとは限らない.

臨床側の採取技術は日々進歩しており,画像診断技 術の進歩とも相まって,迅速診断に供される検索組織 は小片化の傾向が進むであろう.

Ⅵ. ま と め

術前に髄膜腫を疑われた Rosai-Dorfman disease の 1例を報告した.自験例では,圧挫細胞診標本で,本 疾患に特徴的とされるリンパ球の emperipolesis が観 察された.脳腫瘍の迅速診断においては,圧挫細胞診 の併用が診断精度の向上に寄与するものと思われた.

文   献

1) Rosai J, Dorfman RF. Sinus histiocytosis with massive  lymphadenopathy. A newly recognized benign  clinicopathological entity. Arch Pathol 1969;87:63-70.

2) Andriko JAW, Morrison A, Colegial CH, Davis BJ, Jones  RV.Rosai-Dorfman disease isolated to the central nervous  system. A report of 11gases. Mod Pathol 2001;14:172-178

3) Rosai J, Dorfman RF. Sinus histiocytosis with massive  lymphadenopathy. A pseudolymphomatous benign  disorder. Analysis of 34 cases. Cancer 1972;30:1174-1188.

4) 木下 良正,安河内 秀興,津留 英智,山口 倫.肥厚 性硬膜炎に類似した Rosai-Dorfman disease の一例.No  Shinkei Geka 2004;32(10):1051-1056

関連したドキュメント