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 岡山県臨床細胞学会

Ⅰ.は じ め に

近年の分子遺伝学,分子生物学の飛躍的発展は,癌 研究への応用に伴い「ゲノム(遺伝子)の病気として の癌の概念」を確立し,分子標的抗体薬剤等の新規が ん治療法として結実するに至った.病理診断学におい ても,このような方法論に基づいた新規診断技術の導 入が進みつつある.

分子遺伝学的,分子生物学的診断技術は,単に診断 法としての意義のみならず,ときに疾患概念や名称の 改変を促す場合もある.女性生殖器腫瘍は種類が多岐 にわたり,すべてにおいて十分な分子遺伝学的,分子 生物学的検討が行われている訳ではない.しかし,少 なくともいくつかのものについては,将来的にこのよ うな検討に基づいて,疾患概念や診断名の改変を余儀 なくされるものと考えられる.しかし,そのような場 合にも,診断の基本がホルマリン固定包埋組織切片に よるヘマトキシリン・エオジン染色標本であることは いうまでもない.

今回の講演では,われわれの教室で頻用する分子遺 伝学的解析法の病理診断への適用と意義について,女 性生殖器腫瘍を中心に解説した.

Ⅱ.RT-PCR法による卵巣末梢性未   分化神経外胚葉性腫瘍の診断

骨・軟部腫瘍には腫瘍特異的な染色体,遺伝子の変 異を持つものも多く,この変異をマーカーとして用い る分子遺伝学的診断が可能である.

末 梢 性 未 分 化 神 経 外 胚 葉 性 腫 瘍(peripheral  primitive neuroectodermal tumor, pPNET)は,小児,

若年者に発生する予後不良な軟部肉腫として知られて いる.組織学的には,小円形細胞腫瘍small round-blue cell tumor に分類され,横紋筋肉腫,悪性リン パ腫,低分化型滑膜肉腫等との鑑別が問題となる診断

困難な腫瘍とされていた1).pPNET は,小児の骨に 生じるEwing 肉腫とともに,95%以上の頻度で染色 体相互転座 t(11;22)(q12;q24)を持つことが知られ ていたが,この転座により新たに形成されるキメラ遺 伝子chimeric fusion gene であるEWS-FLI は,腫瘍 の形成に重要な役割を果たすことが示された.現在こ れらの肉腫は,若年者の胸壁に発生するアスキン腫瘍 Askin’s tumor とともに,ひとつの腫瘍範疇(pPNET/

Ewing sarcoma family) で 論 じ ら れ,reverse-transcription polymerase chain reaction (RT-PCR)

法 を 用 い た キ メ ラ 遺 伝 子 メ ッ セ ン ジ ャ ー RNA 

(mRNA)の検出により診断が確定される.

われわれはHE 標本による光顕観察,ならびに特殊 染色や免疫組織化学染色では診断が困難であった卵巣 小円形細胞腫瘍(図1)において,RT-PCR 法により pPNETに特異的なキメラ遺伝子EWS-FLI1 のmRNA  を検出し,診断を下した症例を報告した2)(図2).卵 巣原発のpPNET に関しては,われわれの報告以前に は診断根拠の明白な症例の記載はなく,その報告論文 は,WHO 女性生殖器腫瘍分類Tumors of the Breast  and Female Genital Organs3)に引用された.このよ

婦人科腫瘍と分子遺伝学:診断的アプローチを中心に

河内 茂人

山口大学大学院医学系研究科分子病理学(二病理)

 Key words:女性生殖器腫瘍,分子遺伝学的診断,RT-PCR 法,FISH 法,CGH 法

図1.卵巣末梢性未分化神経外胚葉性腫瘍.

小円形細胞のびまん性増殖があり,一部に不明瞭な神経ロゼッ トをみる.

うに,通常の診断法に加え分子遺伝学的手法を併用す ることにより,病理組織診断の精度向上に資するのみ ならず,ときに新しい腫瘍分類への関与も期待できる.

Ⅲ.FISH 法による外陰滑膜肉腫     (synovial sarcoma)の診断

pPNET と同様,滑膜肉腫にも95%以上の頻度で腫 瘍特異的な染色体相互転座 t(X;18)(p11.2;q11.2)が みられる4).現在,この相互転座由来のキメラ遺伝子 SYT-SSXのmRNA をRT-PCR 法で確認することによ り,滑膜肉腫の断診が下される.

一般に,RNA は自然界に広く分布するRNase によ る障害を受けやすい.RNase は,オートクレイブや 乾熱滅菌等の通常の滅菌方法では不活性化は困難であ る.したがって,外科手術材料を用いたRT-PCR 法の

施行にあったっては,RNA の保存を考慮した検体処 理や,迅速凍結組織材料が必須である.病理組織診断 を目的に作成されるホルマリン固定パラフィン包埋組 織ブロックでは,RNA の保存の点で不良である場合 が多い.したがって,これを用いたRT-PCR 法では,

RNA 抽出法やPCR の工夫を行なっても良好な結果の 得られないことがある.

最近,滑膜肉腫に特徴的な染色体相互転座の証明に SYT break apart rearrangement fluorescence in situ  hybridization (FISH) 法が利用されるようになった5). 滑膜肉種細胞では,18番染色体長腕q11.2 領域のSYT  遺伝子上に染色体相互転座の切断点が存在するので, 

SYT 遺伝子の3’−側(セントロメア側)ならびに5’

−側 (テロメア側)を標的とする2色FISH を行ない,

この2色のシグナルが解離することで相互転座を証明 するものである(図3).RNA よりも化学的に安定 図2.卵巣末梢性未分化神経外胚葉性腫瘍の細胞遺伝学的解析.

(左)短期細胞培養による染色体分析で,染色体相互転座 t(11;22)をみる.

(右)RT-PCR法により,末梢性未分化神経外胚葉性腫瘍に特徴的なキメラ遺伝子EWS-FLI1の mRNA発現をみる.(RT-PCR;

reverse transcription polymerase chain reaction)

図3. SYT break apart rearrangement FISH法の説明図.

(FISH;fluorescence in situ hybridization)

49 VOL. 33 2014

な腫瘍ゲノムDNAが標的であり,診断用に作成され たホルマリン固定パラフィン包埋組織ブロックの組織 切片も利用可能である.

われわれは20代女性の右外陰部に生じた滑膜肉腫の 診 断 に 際 し, こ のSYT break apart-rearrangement  FISH 法を用いた.光顕的には腫瘍は低分化領域を有 する単相線維型滑膜肉腫(図4)であり,確定診断が 困難なものであった.また,ホルマリン固定パラフィ ン包埋組織からのRT−PCR 法では,キメラ遺伝子 mRNA  の 検 出 は 不 可 能 で あ っ た.break apart  rearrangement FISH 法は,手技的にもRT−PCR 法 に比して施行が容易であり,腫瘍診断法として普及し て行くものと考える.

Ⅳ.子宮体部血管筋脂肪腫とCGH 法

血 管 周 囲 性 類 上 皮 細 胞 性 腫 瘍(perivascular  epithelioid cell tumor, PEComa)は,悪性黒色腫マー カーであるHMB45 抗体(抗原はgp100)と筋原性マー カーであるアクチン,デスミン等に,免疫組織化学的 に共に陽性を示す血管周囲性類上皮細胞(perivascular  epithelioid cell, PEC)の存在を特徴とする間葉系腫瘍 群の総称である.腎,肝に好発する血管筋脂肪腫 angiomyolipoma を代表とするが,血管筋脂肪腫の診 断に際し,HMB45 抗体陽性は必須条件ではないとす る意見もある6,7)

PEComa に含まれる腫瘍としては,肺に好発する リンパ管筋腫症,明細胞性“sugar”腫瘍,明細胞性 筋黒色腫細胞性腫瘍等が挙げられるが,その他にもさ まざまな組織像を呈するものがある7).PEComa には,

しばしば大脳の結節性硬化症の合併があり,結節性硬 化症関連遺伝子TSC-2の局在する染色体16p13 領域の

異常(LOHなど)も高頻度にみられる7) .また,TSC-2 蛋白の関わるmTOR シグナル伝達経路の異常が,

PEComa の発生に関与するとの報告もある.

子宮はPEComa の好発する臓器とされるが,子宮 の原発腫瘍として報告されてきたPEComa には,過 去に類上皮型平滑筋腫や類上皮型平滑筋肉腫として診 断されてきた腫瘍の,かなりの部分が含まれるようで ある.しかし,PEComa の原型ともいうべき血管筋 脂肪腫については,現在でも子宮の原発性腫瘍として は認識されていない.この理由として,子宮には脂肪 平滑筋腫(lipoleiomyoma)と呼ばれる平滑筋腫瘍が あり,血管に富んだ脂肪平滑筋腫と血管筋脂肪腫の鑑 別について,十分に検討されてこなかった可能性があ る8).これに加えて,これまでに血管筋脂肪腫が疑わ れた子宮腫瘍の多くで,HMB45 抗体による免疫組織 化学染色は陰性であった9)

さて,われわれは,20代女性の子宮体部腫瘍で血管 筋脂肪腫が疑われた症例を経験した(図5).この腫 瘍はHMB45 抗体による免疫組織化学染色は陰性で あったが,ホルマリン固定パラフィン包埋組織材料を 用いたcomparative genomic hybridization(CGH)法

(図6)により,PEComa に特徴的とされる染色体 DNA コピー数異常10)に極めて整合性の高い結果を得 た(図7).結節性硬化症の関連遺伝子TSC-2 の局在 する16p13 領域にもDNA コピー数の減少があり,

LOH と同様の意義を持つと考えられた.以上の結果 をふまえ,最終的に本症例を子宮体部原発の血管筋脂 肪腫(広義のPEComa)と診断した8)

本症例ではCGH 法が診断の確定に有用であった.

一般に免疫組織化学染色はさまざまの原因により偽陽 性や偽陰性を呈する場合があり,その判定はときに慎 重な対応を要する.本症例のように分子遺伝学的解析 図4.外陰滑膜肉腫.

主に紡錘形細胞からなる腫瘍であるが,一部に境界明瞭な血管 周皮腫様の領域を伴う.低分化領域を伴う単相線維型滑膜肉腫 である.

図5.子宮血管筋脂肪腫.

平滑筋様紡錘形細胞,脂肪細胞,比較的壁の厚い血管からなる 腫瘍をみる.

が診断の確定に有用な場合もある.

Ⅴ.子宮頸部神経内分泌腫瘍とCGH 法

現行の子宮頸癌取扱い規約では11),子宮頸部神経内 分泌腫瘍はカルチノイドcarcinoid,非定型的カルチノ イドatypical carcinoid,小細胞癌small cell carcinoma  な ら び に 大 細 胞 神 経 内 分 泌 癌large cell  neuroendocrine carcinoma の4群に大別される.こ れは,2002 年発刊のWHO 分類に準じたもので12),原

則的には肺の神経内分泌腫瘍分類を子宮頸部に適用し たものと考えてよい.組織学的な診断基準も,肺にお けるそれに準じて規定されている.

しかし,肺の場合と異なり,子宮頸部では神経内分 泌腫瘍はかなり稀で,世界的にみても十分な症例数の 蓄積や検討がされてきているとは言い難い.臨床的に も,肺は子宮頸部に比して,血管やリンパ管の豊富な 臓器であるにもかかわらず,肺のカルチノイドは比較 的予後良好な低悪性度腫瘍でもある.一方で,子宮頸 部カルチノイドについては高悪性度腫瘍であるとする 図6.CGH法の説明図.

腫瘍ゲノムDNAを緑色蛍光色素で標識,コントロール正常ヒトリンパ球DNAを赤色蛍光色素で標識する.これらを同量混合し,分 裂期中期正常ヒトリンパ球染色体上に同時にハイブリダイゼーションすることにより,一度の検査で腫瘍ゲノムDNAの増減を網羅的 に検索できる.

図7.CGH法で検出された染色体DNAコピー数異常に関する子宮血管筋脂肪腫とPEComa報告例の比較.

(1)は本症例,(3)はPEComa報告例,(2)は他の子宮血管筋脂肪腫の例である.これらの染色体異常には高い整合性を認める.

(CGH;comparative genomic hybridization)

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