これまで初期フォイエルバッハの思弁的立場がヘーゲルのそれとどのように異なってい るかを確認するために、第1章で『理性論――一にして、普遍、無限なる理性についてDe ratione, una, universali, infinita, 1828』(以下、『理性論』と略)を、第2章で『死と不死に関 する思想Gedanken über Tod und Unsterblichkeit, 1830』(以下、『死と不死』と略)を中心に、
両著作の異同を明らかにしてきた。論点を整理するために、これらの 2 著作の特徴を筆者 なりに整理してみると以下のようにまとめられる。
『理性論』(1828) 『死と不死』(1830)
0構成 Ⅰ純粋思惟 mera cogitatio、Ⅱ意識 conscientia(己れ自身を思惟する思 惟cogitatio, quae se ipsam cogitat)と
認識 cognitio、Ⅲ思惟と認識との一
性cogitationis et cognitionis unitas、Ⅳ 無限者の認識、理性の唯一性・普遍 性・無限性
Ⅰ神Gott、Ⅱ 時間Zeit・空間Raum・
生 命 Leben、 Ⅲ 精 神 Geist・ 意 識 Bewustsein、 Ⅳ 死 へ の 脚 韻 詩 Reimverse auf den Tod、Ⅴ 結論、Ⅵ 付録‐風刺詩Xenien
1実体 理 性 ratio, 客 観 的 思 惟 cogitatio objectiva(III §14)
神=愛(Gott ist Liebe.)または理性 Vernunft・精神
2特性 思 惟 cogitatio, 思 惟 す る も の τό cogitare, 活動=現実actus
普遍的感覚allgemeine Empfindungま たは思惟Denken
3媒体 〈広い意味での意識〉※ 魂Seele 4 無限者のし
るし(内在)
何かあるものaliquid(IV §19)、或る モノres(III §13 , Anm.44)
何かあるものIchts (etwas)(S.230, I)、
或るものEtwas(S.297, II)
5 個と普遍の 関係
「 思 惟 者 と し て の 私 = 人 間 的 類 genus humanum(I §6)、思惟=人間 たちの絶対的一性hominum absoluta unitas(III §14)」を定式(原則)と する無限者の認識および人倫的実 践
制約者 Bedingtes における無制約者
Unbedingtesの把捉(S.225, I)、人格 神なき自己の死(自己放棄・自己犠 牲)=徳・愛・思惟=和解(S.340f., III)
6批判対象 主観性の哲学:ヴァイラー、ノヴァ ーリス、ヤコービ(II §10, Anm. 35)、
カ ン ト と そ の 足 跡 を 追 っ た 他 の 人々(III §13)、フィヒテ、個体の不 死 に 関 す る 最 近 の 神 学 者 た ち recentiori Theologi(II §10, Anm. 33)
近代(現代)の不死信仰、キリスト 教の合理主義 Rationalismus・敬虔主 義 Pietismus・神秘主義 Mystizismus
(Ⅵ)、特に「われわれの〔時代の〕
敬 虔 主 義 者 た ち unsre Pietisten」
(S.200, I)
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※『理性論』において媒体をなすと考えられる 3.の〈広い意味での意識〉は本論文の 第1章第3節で論及したものだが、〈 〉をつけたのは筆者のネーミングであるととも に、『理性論』でこの〈広い意味での意識〉について主題的に論じている箇所がないか らである。ハール宛の添え状で「個体は意識をもっている.....
のではなく、意識のなかに...
在る..
にすぎません」(FGW17, S.111, an J. P. Harl, Anfang Dez. 1828,『F全集』①98頁、
半田訳 353 頁)と述べられていた遍在的な「意識」をさすが、この〈広い意味での意 識〉が目に見えないエーテルのような媒質239として遍在していないと『理性論』の立 論ができないと解釈しこのように表記した。
『理性論』と『死と不死』はかなり性格を異にする著作であるとも言われるが、しかし、
こうして特徴を併記してみると、この 2 著作には相補性があると見てよいと思う。理性に 重きを置くか、愛に重きを置くかの相違はあるにせよ、汎神論的な遍在性は共通している。
誤解されやすいのが後者の「感覚Empfindung」だが、前章第3節で論じたように、個別的 な感覚――われわれは〈外的感覚〉と呼んだ――と、この感覚によって誘発される「普遍 的感覚」――われわれは〈内的感覚〉と呼んだ――との相違を踏まえると、「共感」によっ て促進される思惟の無限者への高揚は、後者の普遍的感覚(=内的感覚)のほうにあり、
これが『死と不死』では「愛」と呼ばれていたのだった。表現の仕方は異なるが「何かあ
るもの」(項目4)に無限者が隠れた仕方で内在していると読み、「死」とともに神秘性が現
れるところなどは両著作に共通する典型的な特徴である。もっとも、この「何かあるもの」
という概念――『理性論』では、“aliquid” または “res”、『死と不死』では „Ichts“ または
„Etwas“――は、思弁的な関心のもとで述べられるものにすぎず、どちらの著作でもさほど 大きくとりあげられないために、これまであまり注目されてこなかった。しかし、筆者の 解釈では、この概念はフォイエルバッハの思想的転回を見る上でのひとつのメルクマール となる。このような目立たないものに潜む意味――これは無限者ないし精神の意味から、
自然それ自身の独立した意味へと転換することになるのだが――を読み取ろうとする繊細 な人間学的観察へと転換する。しかも、単に古い思弁を捨てて、新しい人間学の土壌へ降 り立つといったアスケリ的「決裂」によるのではなく、無限者の思弁的思惟の観点と交差 しながら、その繊細な観察眼が磨き上げられるという具合に、フォイエルバッハの思想は 生成する。39年なのか、42年なのか、といった「断絶」ばかりに目を奪われた読み方では、
およそたどり着かないであろう優れた人間学的観察眼は、やはりヘーゲルの弟子として師 の精神を実現しようとしたフォイエルバッハでなければ、達成できなかった哲学的な洞察 なのである。
239 「エーテルÄther」の遍在性については、ヘーゲルの場合だと、1803/04年の「精神哲学
草稿I」で述べられている(Vgl. HGW6, SS.266-268, 加藤尚武監訳『イェーナ体系構想』法
政大学出版局、1999年、3~5頁参照)。フォイエルバッハのテキストでは、35年の「バッハ マン批判」で「思惟のエーテル」(FGW8, S.101,『F全集』④75頁)という表記があり、ヘ ーゲル同様の思弁的意味で使われている。
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この推移をわかりやすくするために、若干異なる手法を用いたい。これまでの論述では、
1章に1著作を据えてさまざまな角度からじっくり検討する方法を取ってきたが、フォイエ ルバッハの思想的転回を見やすくするために、この章では30年代の哲学史的著作をとりあ げ、特に、ベーメとライプニッツに焦点を合わせて論じることにする。筆者の理解では、
35年くらいまではヘーゲルに依拠した思弁的な観点からの考察が主軸を成しており、37年 の『近世哲学史――ライプニッツの哲学の叙述・発展・批判――Geschichte der neuern Philosophie – Darstellung, Entwicklung und Kritik der Leibnizschen Philosophie, 1837』(以下、『ラ イプニッツ論』と略)で、以前の自分の見方を揺るがすような因子(「質料Materie」の意味)
を認め、恩師ヘーゲルとの相違も自覚するようになる。序論の第 1 節で予告した〈理性か ら独立した自然の根源的意味の再評価〉が37年から始まり、39年の「ヘーゲル哲学の批判 のために」につながるわけである。
ベーメは30年の『死と不死』の執筆したフォイエルバッハに大きな影響を与えた思想家 であったが、33 年の『近世哲学史――ウェルラムのベーコンからベネディクト・スピノザ までGeschichte der neuern Philosophie von Bacon von Verulam bis Benedikt Spinoza, 1833』(以下、
『近世哲学史』と略)でとりあげられるのみならず、すでに指摘したように、敬虔派の神 学者ハルレスとの論争で物議をかもし出した「ヤーコプ・ベーメによる悪の起源 Der Ursprung des Bösen nach Jakob Böhme, 1832」(FGW1, S.517ff.)という論考を含むものとして も重要である。また、そうした神学上の論争とは別に、フォイエルバッハの自然観の推移 を見る上で、特に重要なのが「無 Nichts」の理解の仕方である。39 年以降のフォイエルバ ッハの論しか知らない読者は、「無は全く思惟されえない」、「無の思惟は、己れ自身を反駁 する思惟である」などの規定に目を奪われ、ベーメ、ヘーゲルと「無」の理解を初期のフ ォイエルバッハが共有していた事実を黙殺する。あるいは、知っていたとしても、ほとん ど思弁的時期の制約としてしか見ない。たしかに、思弁的な時期の見方は後年、フォイエ ルバッハ自身が自己批判的に回想するところがあるのだが、しかし、筆者が主張したいの は「理解のない批判は無意味である」ということである。ベーメの神秘思想にしても、ヘ ーゲルの思弁哲学にしても、その深いレベルでの理解・共有なくして批判はできない。も し仮に、フォイエルバッハが浅薄な理解で反旗を翻しただけの思想家にすぎないなら、お そらくその哲学は読むに値しない。33 年のベーメ論が重要なのは、フォイエルバッハがお そらくはヘーゲル以上の資料にあたり、その難解な思索についていこうと格闘し、解読の 限界に達したところで、おそらく転回が生じたであろうということ、そのアプローチがそ の後のフォイエルバッハにも持続しているということ、があるからである。
この章では、まず、問題のベーメ論を、次にこれと関連するライプニッツ論をとりあげ、
唯物論的・人間学的転回の動機および起点を確認した上で、最後に、30 年代の思弁的考察 が、彼の後期思想にどのような影響を及ぼしているかをまとめ、フォイエルバッハ思想の 転回と彼の思想のもつ今日的意義について考察してみたい。
134 第1節 ベーメ・モメント
フォイエルバッハがベーメについて論及し始めるのは、30年の『死と不死』以降である。
しかし、この書に先立つ 28 年の『理性論』と無関係にベーメ論を展開したわけではなく、
むしろベーメ受容の素地は『理性論』にもあったと思われる。それは、すでに指摘した執 筆順序の逆転の可能性だけでなく、これら 2 著作が相補的関係にある汎神論的著作である という点からも言える。『理性論』については、①単なる認識論の書ではなく行為の哲学の 書でもあったこと(IV §17)、②理性に限界を設ける近代の「主観性の哲学」への批判が同 時に同時代神学への批判でもあったこと、そしてこの神学批判が、③汎理性主義として『死 と不死』の神秘的汎神論240と相補的に連動しており、現世的な「死」を思弁的にとらえる 人間観と他者愛のパトスにつらぬかれていること、などの特徴があげられよう。
ベーメ論にまつわるフォイエルバッハの思想形成を見る上で重要なエピソードとしては、
「フォイエルバッハ‐ハルレス論争」(FGW1, S.LXV)があげられる。ハルレスはフォイエ ルバッハより2歳年下の敬虔主義的プロテスタント神学者で、29年にエアランゲン大学神 学部に教授資格取得論文『悪とその起源についてDe malo eiusque origine, 1829』を提出した 人物だが、同大学の私講師だったフォイエルバッハはこのハルレス論文を審査するための 公開弁護における反問者となった。当時のエアランゲン大学は、「敬虔主義のサークルに特 に支持された宗派的プロテスタンティズム」(FGW1, S.LXIV)が支配的であり、ティースや アスケリによると、フォイエルバッハはこの地ではめずらしい「思弁的観念論の擁護者」
であったために大学で孤立したばかりか、「教授陣と敵対」(Vgl. FV, S.XXXII)するように さえなっていた。そのため、この時のハルレスに対するフォイエルバッハの反対答弁は、
240 フォイエルバッハは『死と不死』付録の「風刺詩」でキリスト教が引き裂いた精神と自 然をふたたび和解させることが近代の課題であり、これを準備した人物として「ブルーノ、
ベーメ、スピノザ」をあげている(Vgl. FGW1-463,§VI [195], 47年改版では削除)。フォイ エルバッハが「汎神論」を肯定的に述べるとき、少なくとも彼らが念頭にあると思われる。
たとえば、アスケリは、フォイエルバッハが「スピノザとベーメに著しく感化されたヘー ゲル主義的汎神論から出発する」と述べている(Vgl. C. Ascheri, Feuerbachs Bruch mit der Spekulation, Frankfurt a. M. 1969, S.26)。また、本論文の序論第2節Bで指摘したが、初期の フォイエルバッハには、「神秘説Mystik」と「神秘主義Mystizismus」とを区別し、汎神論の視 点から前者を擁護、後者を批判する傾向がある。トマソーニはこの区別を意識して、次のように 述べている。「『死と不死』においてすでに、神秘説Mystikに対する彼のスタンスは興味深いもの である。一面で、彼は、民族を眠りにつかせる彼の時代の神秘主義Mystizismusを拒絶し、他方で 仰々しい言葉で古い根源的な神秘主義――『固有の精神から、深みから言葉を生み出す』
(FGW1, S.478)それ――を称賛する。彼はこの書ですでに、神の遍在の確信(FGW1, S.214, S.449)、すべてを燃え上がらせる愛の火としての神の視(FGW 1, S.206)、神と自然との緊密な結 合(FGW1, S.210, S.471)、神自身の中に現前するものとしての無の承認(FGW 1, SS.229-236)とい った神秘説の重要な思想を共有している。その際彼は以前から注意を向けていたヤーコプ・ベーメ を熱心に引用している(FGW 1, S.229)」(F. Tomasoni, Materialismus und Mystizismus, Feuerbachs Studium der Kabbala, in: Sinnlichkeit und Rationalität, Der Umbruch in der Philosophie des 19.
Jahrhunderts: Ludwig Feuerbach, hrsg. v. W. Jaeschke, Berlin 1992, S.58)と。