次の定理におけるr= 1の場合が命題11.1.1に相当する. 定理 12.5.1. Aをr次正方行列,Xをs次正方行列とすれば,
A
∗
Os,r X
=|A| · |X|=
A Or,s
∗
X.
Proof. 一方の等式を示せば, それを転置することで他方の等式も得られる. ここでは右側の等式を示そ
う. 始めに,Xが単位行列Esの場合について考える. そこで,Y = [
A Or,s
∗
Es]
= [aij]と置こう. Y は n=r+s次正方行列である. 行列式の定義によれば
|Y|= ∑
σ∈Sn
sgn(σ)a1σ(1)a2σ(2)· · ·arσ(r)ar+1σ(r+1)· · ·anσ(n) (12.5.1) である. ここで,総和に現れる各項
sgn(σ)a1σ(1)a2σ(2)· · ·arσ(r)ar+1σ(r+1)· · ·anσ(n) (12.5.2) について,この値が0でないための必要条件を検討しよう. まず,Or,s成分に着目すると, 1≤i≤rかつ r+ 1≤j≤nならばaij = 0である. よって{σ(1),· · · , σ(r)}の中にrより大きな数σ(i)が一つでもあ れば,aiσ(i)= 0ゆえこの置換σに関する式(12.5.2)の値は0である. したがって,式(12.5.1)の総和にお けるσ∈Snの動く範囲は,
{σ(1),· · ·, σ(r)}={1,· · · , r} を満たす部分のみを考えればよい. また,上の条件を満たすσにおいては
{σ(r+ 1),· · ·, σ(n)}={r+ 1,· · ·, n}
となっている. ここでY のEs成分に着目すると, もしσ(i) ̸= iなるi = r + 1,· · · , nがあればY の (i, σ(i))-成分はEsにおいて対角成分ではないからaiσ(i)= 0である. つまり式(12.5.2)の値が0とならな いためには,各i=r+ 1,· · ·, nについてσ(i) =iとなる必要があり,したがってσは次の形に限られる:
σ= (
1 · · · r r+ 1 · · · n k1 · · · kr r+ 1 · · · n
)
, ただしk1,· · ·, krはr以下の数による順列.
これはσがSrの元とみなせることに他ならない. 以上より,式(12.5.1)の総和におけるσが動く範囲は Sr上のみを考えればよいことから,
A Or,s
∗
E
=|Y|= ∑
σ∈Sr
sgn(σ)a1σ(1)a2σ(2)· · ·arσ(r)ar+1,r+1· · ·an,n
= ∑
σ∈Sr
sgn(σ)a1σ(1)a2σ(2)· · ·arσ(r)·1· · ·1 =|A|.
さて, 今度はX が一般のs次正方行列の場合について考えよう. s個のs次列ベクトルの組X = [x1,· · ·xs]たち全体を定義域とする関数F :Ms(R)→Rを
F(x1,· · ·xs) :=
A Or,s
∗
X
と定めよう. すると,行列式の多重線形性と歪対称性から,Fの多重線形性と歪対称性を導くことができる. また,これまでの議論よりF(E) =|Y|=|A|である. したがって定理12.4.1よりF(X) =|X| ·F(E) =
|X| · |A|. 以上により求める等式が示された.
例 12.5.2. A1,· · · , Anを正方行列とすると(各々のサイズは異なっていても構わない),
A1
A2
∗
O
. .. An=|A1| ·
A2
A3
∗
O
. .. An=· · ·=|A1| · |A2| · · · |An|.
12.6 |AB|=|A| · |B|の証明
一般に, (m, n)-行列Aおよび(n, ℓ)-行列B = [b1,· · · ,bℓ]に対して,AB = [Ab1,· · · , Abℓ]である(例
3.5.1). この事実に注意しながら次の定理を示そう.
定理12.6.1. 積の行列式は行列式の積に等しい. すなわち,n次正方行列A,Xについて|AX|=|A|·|X|. Proof. n次正方行列X= [x1,· · · ,xn]たち全体を定義域とする写像F :Mn(R)→RをF(x1,· · ·xn) :=
|AX|と定める. このとき,
F(x1,· · ·xn) =|A[x1,· · ·xn]|=|Ax1,· · · , Axn|
であるから,Fは多重線形性と歪対称性を満たす. 実際, 歪対称性は明らかであり,多重線形性も次のよ うに確認できる:
F(x1,· · ·,bi+ci,· · · ,xn) =|Ax1,· · · , A(bi+ci),· · · , Axn|=|Ax1,· · · , Abi+Aci,· · ·, Axn|
=|Ax1,· · · , Abi,· · · , Axn|+|Ax1,· · · , Aci,· · ·, Axn|
=F(x1,· · ·,bi,· · · ,xn) +F(a1,· · ·,ci,· · · ,xn).
F(x1,· · ·, rxi,· · ·,xn) =|Ax1,· · ·, A(rxi),· · ·, Axn|=|Ax1,· · · , r(Axi),· · · , Axn|
=r|Ax1,· · ·, Axi,· · ·, Axn|=rF(x1,· · ·,xi,· · ·,xn).
ゆえに定理12.4.1よりF(X) = |X| ·F(E) = |X| · |AE| = |X| · |A| = |A| · |X|である. 以上により
|AX|=|A| · |X|が示された.
次は7.1項で既に述べたことであるが念のためもう一度記しておこう. 命題 12.6.2. Aが可逆行列ならば|A| ̸= 0であり,とくに|A−1|=|A|−1.
Proof. 1 = |E| = |AA−1| = |A| · |A−1|から|A| ̸= 0を得る. また, この両辺を|A|で割ることで
|A−1|=|A|−1を得る.
上の命題の逆「|A| ̸= 0ならばAは可逆である」もまた正しい. その証明は次節で与えよう(定理 13.2.3).
13 余因子展開とクラメルの公式
11節における行列式の値の計算においては,サイズが一回り小さい行列式の計算に帰着させる手法を 繰り返し用いたのであった. この手法を理論的な立場から述べたものが余因子展開である. 本節では,余 因子展開を通して, 2次正方行列の逆行列の公式:
A= [
a b c d ]
について, A−1= 1 ad−bc
[
d −b
−c a
]
の一般化を与える. そして,この逆行列の表示から,これまで証明を避けてきた定理5.3.3が導かれる.
13.1 余因子展開
定義 13.1.1. n次正方行列A= [aij]の第i行と第j列を取り除いた残りの成分からなるn−1次正方行 列をAij とかく. すなわち,
A=
a1j
A
...B
ai1 · · · aij · · · ain ...
C
aljD
のとき Aij =
A B C D
.
例 13.1.2. A=
1 2 3 4 5 6 7 8 9
とすれば,A12= (
4 6 7 9
)
,A22= (
1 3 7 9
)
である.
列ベクトルによる成分表示をA= [a1,· · · ,an]とすれば,式12.4.1と同様にして,各ajは次のように 書ける:
aj =
a1j a2j ... anj
=a1je1+a2je2+· · ·+anjen.
したがって,補題12.3.1で示した行列式の多重線形性(2)により,|A|は次の和に分解できる:
|A|=|a1,· · · ,aj−1, a1je1+a2je2+· · ·+anjen,aj+1,· · · ,an|
=a1j|a1,· · ·,e1,· · ·,an|+a2j|a1,· · ·,e2,· · ·,an|+· · ·+anj|a1,· · · ,en,· · ·,an|. (13.1.1)
更に,式13.1.1に現れるi番目の項を計算すると
aij
a11 · · · 0 · · · a1n
... ... ... ... ... ai1 · · · 1 · · · ain
... ... ... ... ... an1 · · · 0 · · · ann
=aij(−1)i−1
ai1 · · · 1 · · · ain
a11 · · · 0 · · · a1n ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... an1 · · · 0 · · · ann
(i行を1行へ移動させた)
=aij(−1)i−1(−1)j−1
1 ai1 · · · · ain
0 a11 · · · · a1n
... ... ... ... ... ... ... ... ... ... 0 an1 · · · · ann
(j列を1列へ移動させた)
=aij(−1)i+j−2
1 ai1 · · · ain 0
...
A ij
0
=aij(−1)i+j|Aij|.
以上より,式13.1.1は次のように書き下される:
|A|=a1j(−1)1+j|A1j|+a2j(−1)2+j|A2j|+· · ·+anj(−1)n+j|Anj|=
∑n i=1
aij(−1)i+j|Aij|. 上の各項に現れる(−1)i+j|Aij|をAの(i, j)-余因子(cofactor)と呼び,この展開式のことをj列に関す る余因子展開(cofactor expansion)という.
練習 13.1.3. j列の代わりにi行に関して同様の展開を行い,次の等式を示せ.
|A|=ai1(−1)i+1|Ai1|+ai2(−1)i+2|Ai2|+· · ·+ain(−1)i+n|Ain|=
∑n j=1
aij(−1)i+j|Aij|. 上式をi行に関する余因子展開という.
成分に0が多く現れる行列式の値を求める際に余因子展開は有効である. 例えば命題11.1.1おける左 の等号は1列目に関する余因子展開を,右の等号は1行目に関する余因子展開を意味する.
例 13.1.4. 次のk次正方行列について,
t −1
t −1
O
. .. . ..
O
t −1 a0 a1 · · · ak−2 t+ak−1
=tk+ak−1tk−1+· · ·+a1t+a0.
Proof. kに関する帰納法によって証明する. k= 2の場合は次の計算で確かめられる:
t −1 a0 t+a1
=t(t+a1)−a0·(−1) =t2+a1t+a0.
サイズがk−1のときに等式が成立すると仮定して,サイズがkの場合の等式を示そう. 1列目に関して 左辺を余因子展開すると,第1項目に帰納法の仮定が適用できる:
(左辺) =t
t −1 . .. . ..
t −1
a1 · · · ak−2 t+ak−1
+ (−1)k+1a0
−1 t −1
. .. ...
t −1
=t(tk−1+ak−1tk−2+· · ·+a2t+a1) + (−1)k+1a0·(−1)k−1= (右辺).
なお,第2項目の行列式の値は,転置して例11.1.2 を適用することで分かる.