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命題 1 に関するディスカッション

ドキュメント内 中小企業の医工連携に関する研究 (ページ 90-94)

6. ディスカッション

6.1. 命題 1 に関するディスカッション

命題1は「中小企業と医療専門家との間に認知上のギャップがある。」であった。その 命題1の具体的検証内容を「中小企業が異分野から医療機器に新規参入し医工連携の枠組 みで研究開発を進める際,医療専門家との間で生じる認知上のギャップは何か。」とした。

なお,命題1の検証は厳密な「検証」を行うことよりは命題1の検証を通して本研究の立 ち位置の確立や研究の方向性の明確化を行うことを目的とした。

定性的アプローチ,すなわちインタビュー調査の結果では,製品開発する際に外部から 不足する能力を外部から取り込む姿勢,及び医療専門家の知識情報を顕在化しようとする 姿勢が窺える。その一方で,定量的アプローチ,すなわちアンケート調査の結果では,「研 究開発において重視する項目」,及び「研究開発における医工連携の課題」について中小 企業と医療専門家との間に認知上のギャップは抽出されない結果であった。

図 9 医工連携における知識転換モデル

ここで,「研究開発における医工連携での課題」に関するアンケート調査の結果,及び インタビュー調査の結果を改めて見ると,いずれも「中小企業の能力が不十分である」こ とが強く示唆されている。この点に注目して医工連携を再考する。

再考にあたっては「知識通訳」の概念を用いて検討してみる(末永,2006)。末永(2006) はこの概念を用いて,地域水産政策を事例にして,知識体系が互いに異なる組織間におい て知識通訳が行われることにより,その組織間での知識転換が円滑化に行われるモデルに ついて説明している。そして,末永(2006)は,「知識通訳」を行う者について「知識通 訳者には、複数の利害関係者が属する知識体系やその背景にあるコンテキストを理解して いることが求められる」(p.76)と言及して翻訳(translation)の概念と区別する。この「知 識通訳」の概念に拠れば,医工連携は図 9に示すモデルが想定される。

このモデルが示すように,医療専門家により医療現場のニーズ(医療ニーズ)がメーカ に提示され,そしてこの医療ニーズを,背景にあるコンテキストを含め,メーカが丁寧に 紡ぎ工学的に知識通訳する。そして,メーカは,この知識通訳を通じて知識転換を図るこ とにより,自己のシーズを用いて設計活動を進める。また,仕様の確認という流れではメ ーカにて試作機が製作され,医療専門家によりこの試作機が医療評価されて,機能確認が 行われる。この結果をメーカが再度設計に反映し最適化を図る。このような一連のループ が幾度も行われることによりヘルスケア製品の研究開発が行われる。このとき,メーカに は,ものづくりのための技術開発能力のみならず医療専門家の医療ニーズを的確に把握す るための知識通訳能力の両方が必要となってくるものと考えられる。このため,新規参入 するメーカにとってこの知識通訳能力を新たに獲得する必要があるとすれば,その知識体 系の違いからそのコストは少なくないと推測される。医工連携では知識通訳能力の獲得を いかに効率良く行うかが重要であると考えられる。

また,インタビュー調査では,医療に関わる知識は実に専門技術的であり,医療機器が 使用される医療現場には技術者にはわからない事柄が多く,医療ニーズを的確に把握する のは難しいことが指摘されていた。具体的には,医療機器に対する清潔管理,安全に関す る考え方,医療機器を用いた治療方法(術式)など,医療行為は実に職人的であり,メー カ側(エンジニア側)の考えが及ばないことが多いことなどが例に挙げられていた。

その一方で,医療専門家は医療ニーズの提供者のみならずユーザという側面を持ち,医 療専門家ということも相俟って,必ずしも医療機器の研究開発のための工学的な知識を持 ち合わせているとは限らない。このため,メーカが基本的には独力で医療専門家のニーズ

を丁寧に紡ぎながら知識転換を図り,そのニーズに対して自己のシーズを適切に結合させ ていくことが求められる。

ここまで述べてきたように,医工連携の問題は,医療専門家と中小企業との間の認知上 のギャップの問題というよりも,中小企業を含むメーカが医療専門家から提示される医療 ニーズを自己が利用可能な形に知識通訳するところにその問題の本質があると示唆され る。そして,この示唆は,「研究開発において重視する項目」のアンケートの回答で,中 小企業が「ニーズ対応」を重視する一方,医療専門家が「研究開発スピード」を重視して いる結果,そして「研究開発における医工連携の課題」のアンケートの回答で互いに「中 小企業の能力が不十分である」と指摘している結果と整合的である。また,このことはイ ンタビュー調査の中で中小企業Aの社長A1及び技術者A2の両者が試作機の製作を重要 視していること,コーディネータA3 が共通プラットフォームの構築を図ることからも同 様に読み取れる。なお,「研究開発資金の不足」は医工連携の問題に限らず中小企業が研 究開発をする上で直面する恒常的な問題であり,医工連携特有の問題ではないとして本研 究では取り扱っていない。

ヘルスケア製品の開発,特に医工連携の枠組みでの製品開発のあり方は,開発プロセス のシーズ(技術)とニーズ(医療ニーズ)の統合・結合に焦点が当てられる。このコンテ キストで医工連携での製品開発はニーズ・プルのアプローチでの開発であると言える。こ のため,この種の製品開発ではニーズと技術との結合はもとより,その結合の前段階でニ ーズの不確実性を低減するように事前にマネジメントすることが求められる。すなわち,

製品開発プロセスの上流に位置する製品コンセプトの策定のプロセスが非常に重要にな ってくるのであろう。このことは,アンケート調査結果での「中小企業の能力が不十分で ある」ことや,インタビュー調査でA社が医療ニーズを顕在化するため試作機を重要視し ていることからも理解できよう。

また,前述したように医療ニーズの不確実性を解消するため,中小企業は知識通訳の能 力を有する必要性を説明したが,では,その医療ニーズの不確実性(把握困難性)につい てどのような枠組み,概念で捉えれば良いだろうか。

医工連携でのヘルスケア製品開発は,ユーザ開発関与型の製品開発と捉えることができ る(大沼,2010)。ユーザ開発関与型の製品に焦点を当てユーザがイノベーションに主体 的な役割を果たすことを強調する概念としてユーザ・イノベーションが代表的なものとし て良く知られる。

ユーザ・イノベーションの概念はvon Hippel(1976)により提唱され,ユーザ・イノベ ーションの研究では製品のイノベーションをその使い手であるユーザが主体的に行う事 例があることを明らかにし,ユーザのニーズ情報と企業のシーズ情報の結合によりイノベ ーションが発生すると説明している。企業は,ユーザによってもたらされる新製品のアイ ディアやコンセプトなどを製品開発に取り込み,他社に先んじて市場にあったイノベーシ ョンを実現できるとされている(von Hippel, 2005)。

von Hippel(1994)はさらにその研究を深化させ「情報の粘着性」を提示した。「情報の

粘着性」はユーザ・イノベーションの中核的概念として用いられる。この「情報の粘着性」

という概念は,情報の探索者が,その情報を利用可能な形で特定の場所へと移転するのに 必要な費用(コスト)のことであり,その費用が高い場合は情報の粘着性が高いとされ,

費用が低い場合には情報の粘着性は低いとされる。そこでは,情報の送り手と受け手との 関係に注目することが重要であり,さらに送り手の情報内容が受け手に理解可能かどうか が問題とされる。前述したようにヘルスケア製品の研究開発では自社技術を医療ニーズに 適合させていくという,最適化のプロセスにより行われることが多い。そのため,その医 療専門家との連携,すなわち医工連携が当然に注目されるのである。

しかしながら,医療専門家がそのイノベーションの源泉であるとしても,そのイノベー ションに必要な知識情報(特に医療ニーズ)は専ら医療専門家に属し,また暗黙知にして 且つ情報量が多い状態で存在している。日本では欧米と異なり医療専門家が自ら主体的に 医療ニーズを開示することは少ないと言われ,また,医療ニーズが開示されたとしても定 性的で情緒的であり的確に表現されていることは希であると良く聞かれる。さらにそれに 加え,医療知識は,受け手側である企業側には普段の「ものづくり」とは全く異なった知 識体系であるため,医療ニーズに関する知識情報の移転には多くの困難が伴うのだろう。

すなわち,医療ニーズに関する情報が医療専門家に粘着性の高い状態で集中しており25, 中小企業がそれを自組織内に利用可能な形で移転するにはそれ相当の能力を有すること が必要であるということであろう。

さらに,von Hippel(1994)は情報の粘着性を用いてイノベーションを主導する行為主体

についても論じている。粘着性が高い情報が1箇所に集中しており,その情報がイノベー ションに関連する問題解決に必要とされる場合には,イノベーションの発生はその場所で 起きるという。例えば,ニーズ情報の粘着性が高く,技術情報の粘着性が低い場合には,

25 ここで「粘着性が高い状態」と表現しているが,主観的な判断によるものであり,今後客観的な計測が必要である。

ドキュメント内 中小企業の医工連携に関する研究 (ページ 90-94)