フィルタ
6.1 周波数特性の表現法と解釈
フィルタについて学ぶ前に,基本的なシステムの周波数特性H(ω),とくにシステムの極 や零点と周波数特性の関係について理解しておく必要がある.周波数特性は,周波数を変数 とし,複素数をとる関数である.複素数は実部と虚部,あるいは絶対値と偏角の二つの量で 表現されるため,その可視化にはやや工夫が必要である.システムの周波数特性の代表的な 可視化法を説明する.
ボード線図とナイキスト線図 伝達関数H(s)が実係数をもつ有理多項式で表現できるものと する.このとき,H(s) =H∗(s∗)なる関係がある.周波数特性H(ω)は,伝達関数H(s)に s=iωを代入したものなので,H(ω) =H∗(−ω)となり,振幅特性|H(ω)|は周波数ωにつ いて偶関数,位相特性argH(ω)は奇関数になる.したがって,周波数特性を表現する際に は,ω≥0についてのみ示せば十分である.
周波数特性を可視化するためには,振幅特性|H(ω)|と位相特性argH(ω)を別々にプロッ トするボード線図と,角周波数ωを0から∞まで変化させたときの周波数特性H(ω)の複 素平面上の軌跡を描いたナイキスト線図がよく用いられる.ボード線図において,角周波数 ωの関数として振幅特性|H(ω)|,位相特性argH(ω)を描いたものをそれぞれゲイン線図,
位相線図という.一般的に,ゲイン線図と位相線図では横軸(周波数軸)を対数軸にとり,ゲ イン線図では縦軸を利得(ゲイン:gain)といい,デシベル[dB]で表す.
基本的なシステムの一つである積分要素H(s) = 1/sのボード線図,ナイキスト線図をそ れぞれ図6.1に示す.積分要素の周波数特性はH(ω) = 1/(iω) =−i/ω であるから,ω→0
図6.1 積分要素H(s) = 1/sのボード線図(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
での利得が無限大で,ω → ∞での利得が0となる.位相は,すべての周波数で複素平面に おける負の虚軸上にあり90 [deg]遅れる.これらのことは,ナイキスト線図を描けば一目瞭 然である.ナイキスト線図では読み取れず,ゲイン線図でしかわからないこととして,積分 要素ではゲイン線図の傾きが−20 [dB/dec]である,つまり周波数が10倍高くなると利得は
−20 [dB]になる(振幅が1/10倍になる)ことが挙げられる.別のシステムの一例として,微
分要素H(s) =sのボード線図,ナイキスト線図を図6.2に示す.
システムの特性H(s)は,それが有理多項式で表現されている場合,分子多項式,分母多 項式をそれぞれ因数分解して,
図6.2 微分要素H(s) =sのボード線図(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
6.1 周波数特性の表現法と解釈 79
H(s) =P
M*
k=1
(s−βk)
*N k=1
(s−αk)
(6.1)
と表現できる.ここで,Hαk(s) = 1/(s−αk)やHβk(s) = (s−βk)を極αk,零点βkに対 応する伝達関数ということにする.これらを用いると,式(6.1)は,
H(s) =P
#M ,
k=1
Hβk(s) - # N
,
k=1
Hαk(s)
-(6.2) と表される.伝達関数H(s)にs=iωを代入すれば周波数特性H(ω)になるからゲイン線図 や位相線図は,それぞれ
20 log10|H(ω)|= 20 log10P+ M k=1
20 log10|Hβk(ω)|+ N k=1
20 log10|Hαk(ω)|
(6.3)
argH(ω) = M k=1
argHβk(ω) + N k=1
argHαk(ω) (6.4)
となる.つまり,それぞれの極αkや零点βkに対する周波数特性がわかれば,それらを総和 することによりシステム全体の周波数特性を直感的に理解することができる.また,ある極 αと同じ位置にある零点βに対する周波数特性は,ゲイン線図,位相線図では,極αに対す る周波数特性の−1倍,つまり上下反転になる.つまり,周波数特性を理解するための鍵は,
さまざまな位置にある極に対する周波数特性を理解することといえる.そこで,次に,極の 複素平面上での位置と周波数特性の関係を説明する.
1次系,2次系の周波数伝達関数 極は,分母多項式の根が実根の場合と複素共役根の場合が ある.極が実根の場合,1次遅れ系H(s) =|α|/(s−α)となる.分子の|α|はなくてもよ いが,後々の説明を容易にするために付けておく.1次遅れ系H(s) =|α|/(s−α)のボー ド線図,ナイキスト線図を図6.3に示す.ただし,α= −10とした.同様に,2次遅れ系 H(s) =|α|2/(s−α)2,α=−10のボード線図とナイキスト線図を図6.4に示す.さらに,2 次振動系H(s) =|α|2/((s−α)(s−α∗))において,α= 10ei5π/6とα= 10ei5π/9の場合の ボード線図とナイキスト線図を図6.5,6.6に示す.図6.3〜6.6に示したシステムの極の位置 を図6.7(a)〜(d)にまとめた.これらは,いずれも半径10の円周上に極をもつ.図(a)の 1次遅れ系の場合,負の実軸に1位の極があり,図(b)の2次遅れ系の場合,負の実軸に2位 の極がある.2次振動系では,図(c)より図(d)のほうがより虚軸に近いところに極がある.
図6.3〜6.6より,これらのシステムでは,ω <10ではおおよそ|H(ω)|= 1となっている
ことから,入力された信号の10 [rad/s]以下の周波数成分は,振幅を変化させずに出力され ることがわかる.一方,入力された信号の10 [rad/s]以上の周波数成分は,周波数が高いほ ど振幅が抑えられて出力される.つまり,このシステムは,入力された信号のある一定周波 数以下の周波数成分はよく通すが,それ以上の周波数成分は通しにくくする作用をもつこと がわかる.この閾値にあたる周波数を遮断周波数,もしくはカットオフ周波数という.
図6.3 1次遅れ系H(s) =|α|/(s−α),α=−10のボード線図
(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
図6.4 2次遅れ系H(s) =|α|2/(s−α)2,α=−10のボード線図
(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
図6.3〜6.6をもっと詳細にみていこう.まず,ゲイン線図より,1次遅れ系では,遮断周 波数以上での角周波数ωに対する利得の傾きは−20 [dB/dec]となる.一方,2次(遅れ・振 動)系では,−40 [dB/dec]となる.このことは,1次系より2次系のほうがより急峻に遮断 することを意味する.一般的に,極一つあたり−20 [dB]の減衰特性が得られる.また,2次 系では,極が実軸に近づくと遮断周波数付近で正の利得をもつ,いいかえると,入力を増幅 するはたらきをもつようになる.実軸に近い極は,遮断周波数付近で正の利得をもつように なり,実軸に近づくにつれて発振気味になる.
次に,位相線図より,1次遅れ系ではω= 0では位相は0 [deg]であるが,ω→ ∞で最大
6.1 周波数特性の表現法と解釈 81
図6.5 2次振動系H(s) =|α|2/((s−α)(s−α∗)),α= 10ei5π/6 のボード線図(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
図6.6 2次振動系H(s) =|α|2/((s−α)(s−α∗)),α= 10ei5π/9 のボード線図(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
図6.7 図6.3〜6.6に示したシステムのs平面上の極の配置
90 [deg]まで位相が遅れる.一方,2次(遅れ・振動)系では最大180 [deg]まで位相が遅れ る.このことは,ナイキスト線図では,1次遅れ系ではω→ ∞の極限で負の虚軸,つまり
−iπ/2から0に接近し,2次(遅れ・振動)系では負の実軸,つまり−πから0に接近するこ とを意味する.一般的に,N個の極があると,位相は最大でN π/2 [rad]だけ遅れる.
零点β=−10に対するH(s) = (s−β)/|β|のボード線図とナイキスト線図を図6.8に,零 点β= 10ei5π/9に対するH(s) = ((s−β)(s−β∗))/|β|2のボード線図とナイキスト線図を 図6.9に示す.零点のゲイン線図,位相線図は同じ位置にある極に対するそれぞれの上下反 転となるので,図6.8,6.9に示したゲイン線図,位相線図は,図6.3,6.6に示したもののそ
図6.8 零点β=−10に対するH(s) = (s−β)/|β|のボード線図
(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
図6.9 零点β= 10ei5π/9に対するH(s) = ((s−β)(s−β∗))/|β|2の ボード線図(ゲイン線図,位相線図)とナイキスト線図
6.1 周波数特性の表現法と解釈 83
れぞれの上下反転になっている.一般に,N個の零点があると,位相は最大でN π/2 [rad]
だけ進むことになる.
一般的なシステムの周波数特性 式(6.3),(6.4)に示したように,システムの伝達関数が複数 の極,零点をもつ場合,個々の極,零点に対するゲイン線図,位相線図の和として,システ ム全体のゲイン線図,あるいは位相線図が求められる.次の例題を通して,一般的なシステ ムのボート線図の描き方を学ぼう.
例題6.1
伝達関数H(s)が次式で示される二つのシステムのボード線図の概形を描け.
H(s) = |α1||α2|2
(s−α1)(s−α2)(s−α∗2) (a) ただし,α1=−1, α2= 100ei5π/6
H(s) = |α1|2|α2|(s−β1)
|β1|(s−α1)(s−α∗1)(s−α2) (b) ただし,α1= ei3π/4, α2=−100, β1=−10
これら二つのシステムの極と零点の配置をそれぞれ図6.10(a),(b)に示す.ただし,図中,×,
◦は,それぞれ極,零点を表す.
図6.10
解答 まず,式(a)で示される伝達関数H(s)をもつシステムにおいて,s=−1にある極による ボード線図を図6.11の上段に示す.遮断周波数は1 [rad/s]であり,−20 [dB/dec]で減衰し,位 相は最大90 [deg]まで遅れる.同様に,s= 100e±i5π/6にある複素共役極によるボード線図を図 の中段に示す.遮断周波数は102[rad/s]であり,−40 [dB/dec]で減衰し,位相は最大180 [deg]
まで遅れる.システム全体のボード線図は,それぞれの極のボード線図の和をとったものとなる.
システム全体のボード線図を図の下段に示す.
次に,式(b)で示される伝達関数H(s)をもつシステムにおいて,s= e±i3π/4にある複素共役 極によるボード線図を図6.12の上段に示す.遮断周波数は1 [rad/s]であり,−40 [dB/dec]で減 衰し,位相は最大180 [deg]まで遅れる.同様に,s=−10にある零点によるボード線図を図の 2段目に示す.遮断周波数は10 [rad/s]であり,20 [dB/dec]で増幅し,位相は最大90 [deg]ま で進む.さらに,s=−100にある極によるボード線図を図の3段目に示す.遮断周波数は100 [rad/s]であり,−20 [dB/dec]で減衰し,位相は最大90 [deg]まで遅れる.システム全体のボー ド線図は,それぞれの極と零点のボード線図の和をとったものとなる.システム全体のボード線 図を図の最下段に示す.
図6.11 例題6.1中の式(a)のボード線図の概形
図6.12 例題6.1中の式(b)のボード線図の概形
さて,これらのシステムの実際のボード線図を図6.13に示す.算出されたボード線図の概形を 滑らかにしたもの(図6.11の3段目と図6.13(a),図6.12の3段目と図6.13(b)がそれぞれ対 応)になっていることがわかるだろう.
6.2 フィルタ 85
図6.13 例題6.1で示されるシステムの実際のボード線図
6.2 フィルタ
前節で学んだように,システムは,周波数により,その成分の通しやすさが異なる.その ため,特定の周波数のみを通す,あるいは遮断するようにシステムを設計することもできる.
このようなシステムをフィルタという.フィルタについて考えてみよう.
図6.14に示すように,通過させる周波数帯域を通過域,遮断する周波数帯域を遮断域,そ れらの境界の周波数を遮断周波数(あるいはカットオフ周波数)という.低い周波数成分のみ を通すフィルタを低域通過フィルタ(LPF),高い周波数成分のみを通すフィルタを高域通過 フィルタ(HPF),特定の周波数帯域の成分のみを通すフィルタを帯域通過フィルタ(BPF),
特定の周波数帯域の成分のみを遮断するフィルタを帯域除去フィルタ(BEF)という.また,
特殊なフィルタとして全帯域を通すが位相を変化させる全域通過フィルタ(APF)がある.
位相特性について理解を深めるために,先に全域通過フィルタを説明する.インパルス応 答が
h(t) =δ(t−τ)
となるフィルタの周波数特性は,デルタ関数δ(t)のフーリエ変換が1であること,τだけ時 間軸推移させた信号のフーリエ変換はeiτωが乗じられることから,
H(ω) = eiτω
となる.振幅特性,位相特性は,それぞれ
図6.14 フィルタのタイプ
|H(ω)|= 1, argH(ω) =τ ω
となる.振幅特性がすべてのωで一定値なのでこのフィルタは全域通過フィルタの一つであ る.位相特性は,argH(ω) =τ ωなので周波数ωに比例している.位相特性が周波数に比例 する性質を線形位相性,あるいは直線位相性という.全域通過フィルタであっても線形位相 性をもたない場合の一例を示す.
図6.15(a)に示す信号を線形位相性をもつ全域通過フィルタ(argH(ω) =−0.1ω)に作用 させたときの結果を図(b)に示す.波形が変化せず,0.1 [s]だけ遅れていることがわかる.
同様に,位相が周波数の平方根に比例する全域通過フィルタ(argH(ω) =−0.1√
ω)に作用さ せたときの結果を図(c)に示す.この場合,波形に変化を与え歪んでいることがわかる.位 相特性argH(ω)を周波数ωで除したものを群遅延d(ω) = argH(ω)/ω[s]という.これは,
周波数ωでの時間軸シフト量を表す.線形位相性をもつフィルタでは,群遅延は周波数によ らず一定値となる.
図6.15 線形位相性の説明図