(1)エドワード王の聖性
マルカムとマクダフのやりとりを,材源のホリンシェッドからほぼ忠実に 舞台化したように見せながら,巧みにリアルポリティクスの世界を描いた シェイクスピアであるが,その直後に,今度は王の聖性を強調する場面が挿 入されて観客は驚かされる。マルコムとマクダフのもとに,突然,医者が現 れ,王の到来を告げる。
Malcolm Well, more anon.–– Comes the king forth, I pray you?
Doctor Ay, sir; there are a crew of wretched souls That stay his cure; Their malady convinces
The great assay of art; but at his touch, Such sanctity hath heaven given his hand, They presently amend. (4.3. 140-145)
この場における唐突なまでの医者の登場は,材源のホリンシェッドのスコッ トランド史には記載されておらず,シェイクスピアの全くの創作である。医 者はイングランド王エドワードの秘蹟を報告するためだけにこの場に現れて おり,この場面は劇の流れを中断させ,作劇上から考えても不自然との印象 を免れえない。医者によれば,医術では治療不可能な病人たちを,エドワー ド王は神から授かった霊力で治癒するという。医師の科白を受けてマルカム も自ら目にしたイングランド王の聖性について語り始める。
. . . and ‘tis spoken, To the succeeding royalty he leaves
The healing benediction. With this strange virtue, He hath a heavenly gift of prophecy,
And sundry blessings hang about his throne, That speak him full of grace. (4.3.154-159)
シェイクスピアは,ここにわざわざエドワードの秘蹟を称える場を挿入する ことで,神に選ばれし者としてのイングランド王の聖性を強調し,イングラ ンドそのものを神聖視する効果をねらっている。エドワード王をとおしてス コットランドの苦難を癒すイングランドの聖なる役割が強調されるからである。
ホリンシェッドの年代記のなかのスコットランド史には記されていないエ ドワード王の登場であるが,イングランド史の部分には王の統治した時代が 詳細に記されている。そこに描かれているエドワード王は,その聖性が特に 強調されているわけではなく,エドワード王の秘蹟については,次のように
簡潔に記されているに過ぎない。
As hath béen thought he was inspired with the gift of prophesie, and also to haue had the gift of healing infirmities and diseases. He vsed to helpe those that were vexed with the disease, commonlie called the kings euill, and left that virtue as it were a portion of inheritance vnto his successors the kings of this realme.
(1:754)
ホリンシェッドのエドワード王は,その在位中,善政を行ったとされるが,
彼がゴドウィン卿の政治的影響を逃れるため,ゴドウィンの娘である妻との 間に子供をもうけることをせず,そのため彼の死後,ノルマン王ウィリアム とゴドウィンの息子ハロルドの間で後継者をめぐる争いが勃発したことが年 代記の記述の中心となっている(Hadfield 234-235)。したがって材源と比較 すると,シェイクスピアがわざわざこの箇所にイングランド王エドワードの 秘蹟に言及する場面を挿入し,意図的に王の聖性を前面に押し出す演出をし ていることが確認できるのである。マルコムとマクダフの会話をとおして,
暴君の廃位をめぐる,あまりにも生々しいやりとりがなされたので,そこで 展開された反体制言説を浄化し,王権神授を称える必要性をシェイクスピア が感じていたとも考えられる。しかし二つの政治思想の衝突は,この場面に かえって不自然なまでの違和感を生み出してしまうことは否定できないので ある。
(2)秘蹟の脱神話化
シェイクスピアのこの場の導入の仕方があまりにも唐突であるため,また 極端に王の聖性を強調して描いているため,直前の場面のマルコムとマクダ フのリアルポリテックスを意識したやりとりとはかけ離れた印象を観客に与
えてしまうことを見過ごしてはならない。暴君に対する抵抗を当然の権利と する反体制思想が展開された直後に,神に選ばれし者としての王の聖性が語 られる場をもうけることは,一方でジェイムズの主張する王権神授説を裏づ けるように見えながら,結果的には王の聖性を脱神話化してしまう危険性を も内包することになるであろう。体制側の主張をただただ無批判に繰り返す ばかりの場面の挿入が,かえって観客の心に異化作用を引き起こし,謀反を 正当化する理性的判断を呼び覚ますことになるからである。
確かに,医者にみはなされた病人たちを,王が神から授かった霊力でもっ て治癒するという迷信はエドワード王に端を発し,当時の民衆の間でも広く 信じられていた。君主の神聖さを証明するこうした儀式的治療は体制側に利 用され,メアリ・テューダーは自ら跪いて患者の足を洗うという儀式を行っ たといわれ,またプロテスタントでありながらエリザベス女王も数多の秘蹟 を行ったという記録が残されている。こうした秘蹟を女王が執り行うことは 王の神聖さを強調すると同時に,巷で行われる民間療法の儀式を取り締まる ことにも繋がった。秘蹟もまた体制側の中央集権支配の進められるなかで,
王の手に集中し独占されたのである(Thomas 197-211)。
しかしジェイムズはこうしたカトリシズム的秘蹟に懐疑的でその実効性を 疑り,自らこれを施すことには否定的であったという。ローマ法王への報告 書のなかに,「仮に奇跡がおこらなかったとした場合,病人がどれほど回復し たかを知るすべがない。奇跡は終わったのだ。もはや起こることはないのだ」
とジェイムズが述べたという記録が記されている(Bloch 188)。ジェイムズ は王家の伝統を廃止すべきかどうか悩んだ挙句,最後には秘蹟の儀式を執り 行うことに同意し,その証として患者の首に金のメダルをかけたとされる。
メダルは,ジェイムズ自身がデザインを改め,そこからはもと刻印されてい た十字架と“mirabile”のことばが消されていた(Kinney 98)。ジェイムズの 心のなかには,儀式を行うことにより王の聖性を民衆の間に広め,彼らの心 に刻み付けることができるとの巧みな政治的計算が働いたのかもしれない。
ジェイムズ自身が否定的であった秘蹟の描き方が,ここではあまりにも神聖 化されて描かれるために,観客たちもその実効性を懐疑的に受けとめていた ことが充分考えられる。王権に対する抵抗の正当性をめぐって議論を交わし た知識階級の観客たちにとっては,この場はあまりにも神聖化された権力の 安易な導入の場に他ならなかったはずである。ジェイムズがその著書の中で 繰り返し述べた王権神授説によって,スコットランドからやってきたこの新 王が,自らの聖性を盾にやがて暴君となるのではないかという不信感と不安 感をイングランドの観客に与えた可能性は拭いきれないのである。王権神授 説と暴君は,まさに表裏一体のものであった。