第1節 はじめに
台湾の株式会社は,会社法第228条により財務諸表等を作成することが義務付けられて おり,商業会計法が企業会計を規定している。そのなかでも公開発行会社1(以下,公開企 業とする)は,法律としての商業会計法及び証券取引法,行政命令としての証券発行人財務 報告作成基準に従うことになる。さらに,証券発行人財務報告作成基準第3条において,当 該基準及び関連する法令において規定されていないものについては,一般公認会計原則に 従って処理しなければならないと規定されている。一般公認会計原則とは,後述する台湾の 会計基準設定主体が公表する会計基準を指している。
本章では,台湾の会計制度の基礎として,1984年に発足された会計基準設定主体の体制 及び制定された会計基準について取り上げる。具体的には,まず,第2節において,会計基 準設定主体設立の背景と組織構成,会計基準設定のアプローチについて明らかにする。つづ いて,第3節において, IFRSとのコンバージェンスが図られた時期,IFRSをアドプショ ンした時期に区分し,IFRS の導入と関連させながら,会計基準の変遷について整理する。
第2節 会計基準設定主体
1.会計基準設定主体設立の背景
台湾における会計基準設定主体は,1984年に財政部によって設立されたARDFである。
ARDF設立の目的は,台湾における会計の水準を引き上げ,会計,監査及び評価基準を持続 的に発展させることにより,健全な会計制度の構築を支援し,企業の会計担当者を養成する こととされている。このような目的を達成するための具体的な任務は,健全な会計制度の構 築,財務報告の適正な表示を支援すること,財務報告基準の発展,監査及び評価基準の制定 公布,それらの普及,財務情報の透明性と品質を全面的に高め,証券市場の長期的な基礎を 築くことである2。
ARDF設立の背景には,次のような1980年代の台湾の会計環境が関わっている3。
1 台湾の株式会社が,株式を発行し資本を調達する場合,公開発行か非公開発行かを選択 することができる。公開発行された株式であっても,取引所において登録・取引される ことを強制されない(黒田法律事務所「台湾におけるビジネスと法務に関する情報」
https://www.kuroda-law.gr.jp/ja/column/taiwan/taiwanlaw-info/taiwanlawinfo- 0910.html)。 し た が っ て , 公 開 発 行 会 社 で あ る が , 非 上 場 の 会 社 形 態 が あ る 。
2 ARDF のホームページ(http://www.ardf.org.tw/info_origin.html)「設立宗旨及本會縁 起」を引用したものである。
3 ARDF のホームページ(http://www.ardf.org.tw/info_origin.html)「設立宗旨及本會縁 起」を引用したものである。
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「1981年,米国チェース銀行等の多数の外国銀行の台湾支店から,不良債権が発生してい るにも関わらず,台湾の会計士は監査意見を保留することがないため,監査の品質が統一さ れていないと判断され,財政部に対しこの状況を迅速に改善するよう提案された。当時の財 政部長はこのことを重大事項と捉え,直ちに中華民国(台湾:筆者注)会計士協会連合会,
台湾省会計士協会,台北市会計士協会理事長を招集し検討を重ねた。その結果,公正で独立 した機関として,ARDFの設立を決定し,財務会計基準及び監査基準の制定,会計の教育訓 練の推進,会計及び監査の実務水準の引き上げが期待された。
1983年,財政部による『会計士制度改革会議』において,9名のワーキンググループメ ンバーが結成された。1984年2月,台湾省及び台北市会計士協会は会員総会を開催し,基 金を募った結果,商工団体や企業から賛助の支持を受けた。同年4月,ARDF設立大会が開 催され,6月に法人登記を経て正式に設立された。」
2.ARDFの組織構成
ARDFは現在,最高意思決定機関である理事会のもと,図表2-1に示す組織から構成さ れている。
図表2-1 ARDFの組織
出所:ARDFのホームページ(http://www.ardf.org.tw/info_organization.html:2016年8月11日現 在)にもとづき作成したものである。
2016年現在,ARDFのもとには,学識経験者,会計プロフェッション,政府機関代表者,
産業界代表者から構成される6つの委員会,すなわち,財務報告基準委員会,会計問題検討 タスクフォース,監査基準委員会,評価基準委員会,企業会計基準委員会,XBRL委員会が
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3.会計基準設定のアプローチ
ARDFにおいてアドプション以前に会計基準設定を担っていたFASCによるSFAS設定 のアプローチは,次のようなデュー・プロセスを採用していた(Chang, H. Y.[1992],p.64)。
①問題を識別する。
②公開草案を作成する。
③利害関係者の意見を収集し,必要に応じて公聴会を開催する。
④公開草案を改訂する。
⑤会計基準を公表する。
このようなプロセスは,具体的には,次のようにも説明されている(林慶雲[2006],25 頁)。
「基本的に,FASCの委員長と専門家チームの責任者が,新たな会計基準を設定する必要 があると決定した後,まず,専門家チームが米国の財務会計基準委員会(FASB)や IFRS 委員会(IASB)に同様な基準があるかどうかを調査し,同様な基準があった場合には,そ れをモデルとして草案を作成する。そして作成できた草案をFASC に提出し,FASC にて 検証を行う。その後,FASCの名義で公開草案として公認会計士協会の会員に公開して,コ メントをもとめる。さらには,公聴会を開き.聴取したコメントや公聴会で得られた意見を もとに,草案修正を行い,その後正式な基準として公表する。」
IFRS をアドプションした現在,ARDF は公開企業向けの会計基準は設定していないが,
第12章において取り上げる非公開会社向けの企業会計基準設定プロセスから,会計基準設 定において透明性の高いデュー・プロセスを採用していることが伺える。
第3節 会計基準の変遷とIFRSの導入
1.IFRSとのコンバージェンス
台湾においては,1980年以前は包括的なGAAPはなく,会計実務は中国や日本から多大 な影響を受けてきた(Nakaoji and Tsay[2014], p.149 )。ARDFによる会計基準設定の アプローチは,委員会のメンバーの大多数が米国で会計教育の薫陶を受けたことも影響し,
初期においては,主に米国の会計基準,すなわち USGAAP が参考にされた(杜[2006], 104頁)。
1990年代後半には, IOSCOによるIFRSの承認やIFRSに対するEUや米国の対応を 鑑み,FASCはIFRSを重視するようになった。1996年にはIFRSとの調和化促進を表明 し,未制定の会計基準についてはIFRSに準拠し,すでに制定された会計基準のうちIFRS との乖離が大きいものについては,会計事務所や実務界の要請があれば,当該乖離の調整に ついて検討するとしている(飯沼[1996],45頁)。
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さらに,1999年,ARDFはIFRSとのコンバージェンスに邁進することを決定し,FASC
は,IFRSとTGAAPとの相違をレビューし比較する3年間にわたる比較プロジェクトを開
始した。いくつかのスタディグループが組織され,公開ヒアリングが開催された。比較プロ ジェクト及び公開ヒアリングの結果は既存の会計基準の改定,IFRSに合致する新たな会計 基準を公表する際の基礎となった。このような FASC のコンバージェンスに向けたアプロ ーチの下,表2-2に示すように,2009年4月までに41のSFASが公表されている。
図表2-2 SFAS一覧
号数 名称 最終改正年月
1 財務会計概念フレームワーク及び財務諸表の作成
(財務會計觀念架構及財務報表之編製) 2006年7月 2 リース会計処理基準(租賃會計處理準則) 2000年11月 3 借入費用の会計処理基準(利息資本化會計處理準則) 2001年1月 5 持分法による長期投資の会計処理基準
(採權益法之長期股權投資會計處理準則) 2005年12月 6 関連当事者間取引の開示(関係人交易之掲露) 1985年6月 7 連結財務諸表(合併財務諸表) 2006年11月 8 会計方針及び見積りの変更及び過年度損益修正の処理基準
(會計變動及前期損益調整之處理準則) 2006年7月 9 偶発事象及び後発事象の処理基準
(或有事項及期後事項之處理準則) 1986年9月 10 棚卸資産の会計処理基準(存貨之會計處理準則) 2007年11月 11 長期請負工事契約の会計処理基準(長期工程合約之會計處理準則) 1987年7月 12 所得税控除の会計処理基準(所得税抵減之會計處理準則) 2001年11月 14 外貨換算の会計処理基準(外幣換算之會計處理準則) 2005年9月 15 会計方針の開示(會計政策掲露) 2005年9月 16 財務予測作成の要点(財務預測編製要點) 1989年12月 17 キャッシュ・フロー計算書(現金流量表) 2005年9月 18 退職金の会計処理基準(退休金會計處理準則) 2005年9月 19 創業期間の会計処理基準(創業期間會計處理準則) 2002年3月 22 法人所得税の会計処理基準(所得税之會計處理準則) 2005年9月 23 中間財務諸表の表示及び開示(期中財務報表之表達及掲露) 1999年7月 24 1株当たりの利益(毎股盈餘) 2001年11月 25 企業合併―パーチェス法の会計処理
(企業合併―購買法之會計處理) 2006年11月
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28 銀行財務諸表の開示(銀行財務報表之掲露) 2005年9月 29 政府補助の会計処理基準(政府輔助之會計處理準則) 1999年6月 30 自己株式の会計処理基準(庫蔵股票會計處理準則) 2006年6月 31 ジョイントベンチャーの会計処理基準(合資投資之會計處理準則) 2005年9月 32 収益計上の会計処理基準(収入認列會計處理準則) 2005年9月 33 金融資産の移転及び負債消滅の会計処理
(金融資産之移轉及負債消滅之會計處理準則) 2003年5月 34 金融商品の会計処理基準(金融商品之會計處理準則) 2008年12月 35 資産減損の会計処理基準(資産減損之會計處理準則) 2006年11月 36 金融商品の表示及び開示(金商品之表達及掲露) 2005年6月 37 無形資産の会計処理基準(無形資産之會計處理準則) 2006年7月 38 売却可能非流動資産及び営業停止事業の会計処理基準
(待出售非流動資産及停業單位之會計處理準則) 2006年11月 39 株式に基づく報酬の会計処理基準(股份基礎給付之會計處理準則) 2007年8月 40 保険契約の会計処理基準(保險合約之會計處理準則) 2008年12月 41 セグメント情報の開示(營運部門資訊之掲露) 2009年4月 出所:ARDF「財務會計準則公報系列」(http://www.ardf.org.tw/center2.html:2016年7月27日現在)
にもとづき作成したものである。
2.IFRSのアドプション
2008年10月28日, FSCは,台湾におけるIFRSのアドプションを検討するタスクフ ォースを立ち上げた。FSC はアドプションの目的として,世界各国で IFRSのアドプショ ンが推し進められている現状,国内企業と国際企業の財務報告の比較可能性を強化する必 要性,台湾資本市場の国際競争力の向上及び外国資本の投資を促進するため4,を挙げてい る。また,TSEは,国内財務報告書とIFRSとの統合を推進することにより, 台湾を「ハイ テク及びイノベーション産業の資金調達プラットフォーム」にするという方針を掲げてい る(台湾証券取引所[2012])。TSEがこのような方針を掲げた背景には,1980年代のハイ テク産業の育成,1990年代以降のハイテク産業の発展を果たした台湾の産業政策が関わっ ている。産業政策を推進する上でのインフラ整備の一貫として,優遇税制,サイエンスパー クの整備,技術開発支援等とともに,会計制度の整備が図られたといえる5。
当該タスクフォースは,TSE,GTSM,ARDF,各商工団体,公認会計士協会及び政府機 関の代表者から構成される。このタスクフォースによって,アドプションに向けたロードマ
4 この点については,金融監督管理委員會[2009]を参照されたい。
5 台湾の経済発展については,朝元照雄[2011]を参照されたい。