第 10 章 義務の表現[なければならない]についての研究
第 11 章 [のではないか]についての研究
第 12 章 伝聞機能を持つ表現についての研究
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第 9 章 原因・理由表現「から」 「ので」についての研究
本章では「原因・理由」を表す「から」「ので」を取り上げ、特に「使用環境」の言語外 的要素、言語内的要素の傾向を把握することにより、両者の差異を記述する。
まず9.1節で「から」「ので」の記述をめぐる問題点を指摘し、9.2節で、調査の方法と データ概要について述べる。9.3節では、「使用環境」の言語外的要素に関する記述として、
「から」「ので」とジャンルとの関係について調査・分析する。次に、9.4 節では、「使用 環境」の言語内的要素に関する記述として、言語的パターン、および、従属節末と文末の 文体に関するパターンについて、調査・分析する。9.5 節では、定量的調査の結果に対し て、さらに定性的調査を行い、機能的な解釈の呈示を行う。9.6 章で本章の結論を述べ、
最後に9.7節で本章をまとめる。
9.1 現状の問題
9.1.1 問題提起
本章では、第5章5.2節で述べた類義表現の記述の問題点a)の具体的事例として、原 因・理由表現の「から」「ので」を取り上げる。問題点a)を再掲する。
a) 母語話者の内省を用いた主観的な意味記述が多かったこと
原因・理由を表す言語形式は多様なものがあるが、本章では、その中で「から」「ので」
を取り上げる。この2形式を選ぶ理由は、「から」「ので」が原因・理由表現の代表的な言 語形式であり、多くの学習者が日本語学習の初期の段階でその差異を把握することを求め られるためである。
現行の日本語教育においては、両者の差異は抽象的な意味記述によって行われているこ とが多い。これは、日本語学における「から」「ので」の差異の記述が、主に意味の記述に よって行われてきたことと無縁ではない。
日本の大学および大学院で学ぶ日本語学習者 11 名に対して、「から」「ので」の運用と 意識の差を調査した小西(2010a)では、11名のうち9名が、「から」「ので」の使い分け
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を意識すると述べている。また、それらの学習者は「から」の特徴を「主観的」、「ので」
の特徴を「客観的」と述べることが多いと報告されているが、これは、現行の多くの日本 語教科書における「から」「ので」の文法説明と等しい。しかし、学習者は、そのように両 者の特徴を述べながらも、「使い分けはむずかしい、あいまいだと感じている」(小西 2010:6)と指摘されている。
小西(2010a)の調査は、11名の学習者を対象にした小規模なものであるが、「から」「の で」に対する学習者の意識を垣間見ることができる。つまり、「から」「ので」の差異を教 科書通りに記憶し、両者を使い分けなければならないと思いながらも、抽象的な意味記述 の内実を十分に把握できないまま、「使い分けが難しい」と感じている、という現状がある と予測できる。
一方で、「から」「ので」には形態論的な異なりも存在する。「から」は、名詞とナ形容詞 が前接する場合に「名詞/ナ形容詞+だ/です+から」となるのに対し、「ので」は「名詞
/ナ形容詞+な/です+ので」となる。この差は、日本語学において、前者は「断定+か ら」、後者は「断定/連体+ので」と説明される。しかし、日本語教育の文法記述を見ると、
これらの差は、不思議なことに、「丁寧体+から」「普通体+ので」という、文体の差とし て帰結している。「丁寧体」は「だ」を含まず、「普通体」は「です」を含まないため、こ のルールは形態論上の「から」「ので」の差異を十分に反映しているとはいえない。
形態論的な制約であった「だ/です+から」と「な/です+ので」という差異を、文体 にすり替えたことにより、「から」「ので」は、「丁寧体+から」「普通体+ので」という文 型を与えられたことになる。しかし、実際には、「から」と「ので」は丁寧体・普通体のど ちらにも付きうる。そのため、「丁寧体+から」「普通体+ので」という文型は、実際に起 こりうる文体と「から」「ので」の接続パターンの中から、二つを取り出したにすぎない。
多くのパターンの中から特定のパターンを選び出すためには、本研究でいうところの選 好傾向の記述が重要になる。しかし、現行の日本語教育の文法記述は、実態調査に基づい た傾向の把握や、各パターンの「使用環境」の記述を行っているわけではない。
本章では、これらの問題点を指摘し、「から」「ので」と文体との関係を定量的調査、お よび定性的調査によって把握する。さらに、両者の差異の記述を、抽象的な意味によらず、
可視化された言語情報によって記述する。「形」「意味」「使用環境」による記述のうち、本 章のテーマは、特に「使用環境」の記述に重点が置かれることになる。
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9.1.2 日本語学における「から」「ので」
本節では、日本語学における「から」「ので」の扱いについて概観する。
「から」「ので」に関する研究は、数ある文法項目の中でも蓄積が多い。代表的なものに、
両者の意味的な違いに注目した永野(1952)、国広(1992)、文構造のレベルにおける違い を指摘した三上(1953)、南(1974)、田窪(1987)、文を超えた談話レベルにおける焦点 に注目した花井(1990)、今尾(1991)などがある。その結実したものとして、前田(2009)
が挙げられる。
前田(2009:128-129)は、多くの原因・理由表現と比較して、「から」「ので」の2形式 の用法の近さが際立っていると述べた上で、両者の相違点を(ア)形態論的な違い、(イ)
後節に現れる文のタイプ(モダリティ形式)の違い、(ウ)意味的な違い、(エ)文のレベ ルにおける違い、(オ)文体的な違い、(カ)慣用的な違い、の6点から、先行研究をまと めている。
前田(2009)は、(イ)に関して、「「ので」は事態系の用法が中心であるが、しかし、
判断系の用法はないわけではない。従来指摘されているように、丁寧な表現の場合が多い が、必ずしもそうでない場合も可能である。」(p.131)と述べている。
(イ)や(ウ)を追究した研究は多い。しかし、研究者個人の恣意的な判断を排除する ことのできない意味的な記述は、意見の一致をみないこともままある。例を挙げると、永 野(1952)は、「から」を主観的、「ので」を客観的としたが、それに対して、「ので」に 客観用法以外もあるとした趙(1988)、「から」は主観・客観からは中立的とした今尾(1991)、
「ので」を主観的とした国広(1992)など、多くの再検討がなされている。しかし、一致 した見解は見られていない。その結果、「から」「ので」に関する研究は、1990年代をピー クに、2000年代に入るとほぼその姿を消している44。
前田(2009:135)は、(ウ)に関して、「このような使い分けには多くの指摘があるが、
一方で、文法的な制約はない環境であるために、必ず「から」(あるいは「ので」)しか使 われない、というものではなく、許容には地域差、個人差も大きい。」と述べている。この 指摘からもわかるように、「から」「ので」は、意味論的な段階において、両者のコアとな る意味に違いは認められるものの、実際の運用の段階では、両者の差異は段階的で、明確
44 刊行されて間のない前田(2009)も、1997年に提出された同氏の博士論文に加筆修正 を加えたものである。
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な線引きができないことを意味している。つまり、新たな方法論を模索しなければならな い段階にあるといえる。
日本語学における、「から」「ので」と文体の差異に関する研究は、古く、三尾(1942/1995)
において注目すべき研究が行われている。三尾(1942/1995)は「文の内部における丁寧 さの表現」という論考において、小学国語読本第1巻から10巻までと、戯曲13編を基に、
接続助詞ごとに従属節の文体を調査している。そこで取り扱われている接続助詞のうち、
「から」「ので」だけを抜き出すと、表1のようになる。「丁寧体率」とは、文末が丁寧体 の場合に従属節の文末が丁寧体になる率を指す。
表 1 丁寧体率(三尾(1942/1955:279-281)を基に作成)
媒体 ジャンル から ので
文字 小学国語読本 80% 22%
音声 戯曲 73% 28%
三尾(1942/1995:279)が述べているように、戯曲のことばが直ちに音声言語の特徴を 映し出すわけではないが、録音機のない1940 年代において、この資料は十分に価値のあ るものである。近年の同様な調査としては、金澤(2008)があり、三尾の戯曲における調 査との比較を目的に、明治中期・昭和中期・昭和後期の資料を加えて「から」「ので」の丁 寧体率を調査している。その結果、通時的に「から」の丁寧体率が60-70%台、「ので」の 丁寧体率が0-20%台という結果を得ている。
この種の調査は、もっと大規模に、そして言語外的要素を含めた形で行われるべきであ るが、管見の限り、ほとんど行われていない。見解が一致に向かうというよりは拡散して いる感のある意味の記述は、恣意的な解釈も少なくない。そのような記述は、日本語学習 者にとって、可視化された言語情報とはなりにくい。文体と「から」「ので」という言語内 的要素を軸に、その言語外的環境を具体的に記述することこそ、「形」、「意味」、「使用環境」
の連動と言え、可視化された言語情報といえるだろう。文体との関連は、現行の日本語教 育においても重要な位置を占めている。その点は、次節において詳述する。