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2 部 方法論

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5 章 類義表現の記述をめぐる議論

本章では、本研究の対象である類義表現に関して述べる。

まず、5.1節で、類義表現という用語の指し示す範囲について述べる。次に、5.2節で、

これまでの日本語教育における類義表現の記述の問題点を指摘する。5.3節では第 3章で 述べた日本語教育文法全体の問題点に関連づけて、本研究における記述の方針を説明する。

5.4 節では、本研究で扱う類義表現について具体的に述べ、その階層性が意味するところ について述べる。最後に5.5節で本章をまとめる。

5.1 類義表現の範囲

まず、本研究で用いる類義表現という用語について、それが指す範囲を明らかにしてお きたい。

類義表現とは、意味的または機能的に類似している言語形式のセットである。セットに 含まれる言語形式は2つ以上で、限界点は特に規定されない。

類義表現は、基本的には形態論的・統語論的に同じ働きをするもので、意味的・機能的 に類似している言語形式のセットを指すことが多い。たとえば、「らしい」と「ようだ」は ともに推量を表す類義表現であるが、どちらもモダリティ(または助動詞)として統語論 的には同じ役割を果たす。受身文の動作主マーカーである「に」「から」「によって」は、

どれも格助詞(相当語句)として統語論的に等しく、また、「受身の動作主マーカー」とし て文の中で果たす役割が等しい。

しかし、本研究では、「類義表現」という用語を、狭義のバリエーションから、統語的な 役割は異なるが意味的・機能的に類似しているものまでを含む総称として用いる。

狭義のバリエーション13とは、「指示的同一性(referential sameness)をもつ形式群、

すなわち意味的に同義である複数の形式のセット」(渋谷 2007:7)であり、日本語では可 能動詞の「着られる」と「着れる」などがそれにあたる。

統語的な役割は異なるが、意味的・機能的に類似しているセットには、「ね」「だろう」

「じゃないか」などがある。これらは、確認要求を行うという機能や、文末に現れるとい

13 広義では、「ある言語共同体の中に存在する、話し手や場面などに特徴的なことばの多 様性」(渋谷2007:7)と言われる。

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う点では等しいものの、「ね」は終助詞、「だろう」は助動詞、「じゃないか」は複数の形態 素の集合である。これらは、類義的な文法形式の使い分けについて幅広く記述した『日本 語類義表現の文法(上)』(1995)に取り上げられている項目である。そのため、類義表現 という語が、統語的には異なるが意味・機能的に等しいものを含むという点については、

従来から見られる傾向であるといえる。

このように、本研究では、「着られる」「着れる」のセットなどを指す「狭義のバリエー ション」と「ね」「だろう」「じゃないか」のセットなどを指す「類義表現」の総称として

「類義表現」という用語を用いる。しかし、個別の文法形式の対応について各論で述べる 場合には、「着られる」に対応する「着れる」については、バリエーションがあると表現し、

確認要求の「ね」に対応する「だろう」については、類義表現があると表現する。これは、

個別の研究対象について記述する各論においては、厳密な意味での「バリエーション」と いう語の定義に忠実であろうとする姿勢からである。

本研究が「狭義のバリエーション」と「類義表現」を総称して「類義表現」と呼び、そ れらを「バリエーション」と総称しない理由は、「バリエーション」という用語それ自体か ら容易に連想される研究対象や方法論を、本研究においては議論の対象にしないという姿 勢からである。「バリエーション」という用語は、これまで主に社会言語学の分野で積極的 に扱われてきた。そして、年齢、性別、社会階層、職業、地域差のような社会的要因が言 葉の使い方にどのような差を生じさせるかを明らかにするという視点で研究が行われてき た。また、方言、異相語に関する研究もバリエーション研究の大きな研究課題である(小 池(編)2003)。本研究は、それらと関連がないわけではないが、方法論や目的において 完全に一致するものでもない。そのため、研究手法や研究対象において一定の共通認識が できあがっている「バリエーション」という語をあえて選択せず、機能的に類似するとい う性格にだけ言及する「類義表現」という用語を総称として用いた。

5.2 類義表現の記述の問題点

本節では、本研究の研究対象である類義表現の記述、その中でも、初級の文法形式に関 する問題点を明らかにする。

これまでの日本語教育における文法的な類義表現の記述に関する問題点は、大きく分け て(1)に示す 3 点が挙げられる。a)は特に類義表現を持つ文法項目についての問題点、

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b)は特にバリエーションを持つ文法項目についての問題点である。c)は本研究の研究対 象すべてに関連する問題点である。

(1) 初級の文法的な類義表現の記述に関する問題点

a) 母語話者の内省を用いた主観的な意味記述が多かったこと

b) バリエーションの存在を認めながらも、レンマに集約した意味記述を行ない、

その結果、バリエーションごとの使用に関する記述が行われてこなかったこ と

c) バリエーションや類義表現の選択と「使用環境」との関連の記述に積極的に 取り組んでこなかったこと

これらの問題点は、本来、具体的な事例の分析の結果明らかになることである。本研究 においても、各論において各研究対象項目の現状を分析する過程で、これらの問題点が明 らかになった。そのため、時間的経過に従って記述するとすれば、各論の分析の中で言及 することであるが、議論を進めやすくするために、まず、ここで日本語教育の類義表現の 記述における問題点を確認することとした。

以下で、各問題点と、その例を簡単に説明し、その上で個別の研究対象を扱う各論に入 りたいと思う。一部重複することになるが、ここにあげた問題点の具体例については「第 3部各論」の各章において再度言及したい。

a)の例として、原因・理由を表す「から」と「ので」がある。「から」「ので」は、そ の使い分けに関して膨大な研究蓄積があるが、それらは母語話者の内省に基づいた、他者 による追試が実行できない記述であることが多い。つまり、「汎言語的な意味」の記述を超 えて、「個別言語的な意味」の記述が、「使用環境」を取り除いた形で行われており、抽象 度があがっている。それらは、「から」や「ので」の意味のコアをつかむという点では有意 味であると考えられるが、第2章2.2.3節でも述べたように、日本語の内省のない学習者 が、抽象的な意味記述を十全に把握できるのかという点で疑いも残る。可視化された言語 情報が必要だと思われる言語形式のセットである。

このような問題点は、特に「使用環境」の記述によって克服されると考える。内省に基 づいた抽象的な「意味」を超えるためには、具体的で、可視化された言語情報による差異 の記述を行う必要がある。本研究は、特に、前接する文体、および文末の文体という言語

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内的要素に着目し、言語外的要素と連動させて、「から」「ので」の差異を記述したい。

次に、b)について説明する。b)の例として義務の表現の[なければならない]がある。

義務の表現には、「なくちゃいけない」「ないとだめだ」などの多様なバリエーションが存 在する。しかし、現行の日本語教育では、レンマとしての[なければならない]に他のバ リエーションを集約しており、各バリエーションの使い分け、つまり、差異を積極的に記 述していない。そのため、「なければならない」や「なければなりません」を通例用いない と思われる場面において、学習者が「なければなりません」を用いてしまうという報告も ある(遠藤2010)。

このような問題点を克服するためには、「形」「意味」「使用環境」の記述のうち、特に、

「形」と「使用環境」の観点が重要になる。多様な形式上のバリエーションが、それぞれ、

どのような「使用環境」の特徴を有するのかを記述することにより、それらの差異が明ら かになる。また、バリエーションの異なりが「意味」の異なりを生むとすれば、それも同 様に、「使用環境」の異なりから記述できると思われる。

また、b)の例として、[のではないか]も挙げられる。[のではないか]は、「のでは」

が「んじゃ」になるという音韻変化にとどまらず、実際には「んじゃないかな」「のではな いかと思う」など、末尾に様々な形式を伴って用いられる。日本語学的な分析では、「ので はないか」をレンマとして、そこに他の出現形を集約させることが多い。その点から、各 出現形を類義表現と捉えることができる。しかし、多様な各出現形は、それぞれに「使用 環境」が異なっており、機能も異なると考えられるが、現行では、各出現形の機能や「使 用環境」の異なりに無頓着であり、差異の記述が十分に行われているとは言えない。

これも[なければならない]の場合と同様に、「形」「意味」「使用環境」の記述のうち、

特に、「形」と「使用環境」の観点が重要になる。

問題点のc)は、a)やb)にも関わる問題であり、問題を抱える類義表現の記述全般に

当てはまることだと考えられる。a)b)に特化されない広範囲な問題を含んだもの、つま

りc)に当たるものとして、伝聞機能を持つ表現がある。

伝聞表現と言えば、初級で導入される「そうです」がその代表格であろうが、「そうです」

の「使用環境」について、これまで明確に述べたものはほとんどない。また、「そうです」

と類似した「と言っていました」などとの比較は十分に行われていない。そのため、それ ぞれの「形」と「使用環境」について記述する必要がある。また、「そうです」が用いられ にくい環境があるとすれば、どのような言語形式が「そうです」の代替表現として伝聞と

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