第 3 章 単軸伸展内皮細胞の断面像撮影と細胞 核のひずみ計測
3.4 考 察
Fig. 3.7 単軸伸展負荷による細胞核のひずみ (A:水平方向ひずみ, B:垂直方向ひ ずみ)
分な変形は抑えられた。以上のように、本実験系は細胞伸展時の断面像撮影における 過去の問題点を克服しており、改善した撮影手法を実現できたといえる。
本実験系は撮影時間の短縮に加え、細胞の断面像から細胞核の垂直方向のひずみを 計測することも目指した。実際に得られた垂直方向のひずみは平均値が負 (圧縮ひず み) となる傾向があったが、ばらつきが大きく条件間で変化は比較できなかった (Fig.
3.7 B)。この原因として共焦点顕微鏡の原理的な問題が上げられる。一般に共焦点顕 微鏡は光軸と垂直 (xy) 方向の分解能は蛍光顕微鏡よりも小さく、明瞭な断面像を取 得することができる。一方、光軸 (z) 方向の分解能はxy 方向の分解能よりも大きく なることが知られている。顕微鏡の分解能はレーリー限界と呼ばれる近似式で表すこ とができるが、共焦点顕微鏡の場合はレーリー限界と異なる近似式で分解能を表せる ことが報告されている (Webb, 1996)。共焦点顕微鏡のxy方向の分解能とz方向の分 解能の近似式を式4.1、式4.2にそれぞれ示す。
(式4.1)
(式4.2)
上式で!は分解能、"は励起波長、nは観察対象周りの媒質の屈折率、NAは対物レン ズの開口数を表す。媒質の屈折率nを水 (20℃) の屈折率である1.33とし、細胞核断 面像の撮影に使用した励起波長 458 (nm) および対物レンズの開口数 1.42 と合わせ て式4.1と式4.2に代入すると!xy ≒ 142 (nm)、!z ≒ 453 (nm) となり、z方向の分 解能の方が大きいことが分かる。また、式4.1と式4.2の辺々の比をとると
(式 4.3)
式4.3に屈折率と開口数の数値を代入すると!z/!xy ≒ 3.2となる。従って、本実験系 での光軸方向の分解能はそれと垂直な方向の分解能よりも約3.2倍大きく、高開口数 対物レンズ (NA > 1.40) を使用してもこの問題は解決できなかったことが分かる。こ のようにz方向の分解能が大きくなるのはレンズの球面収差によるものであり、断面 の点像分布関数 (PSF) は z 方向に伸びて輝度が中心から緩やかに減少する。その結 果細胞核の上下では輪郭が不明確となり (Fig. 3.8) 、二値化閾値で適切な形状変化が 解析できなかったと考えられる。
以下では結果から変化の比較できる細胞核の水平方向ひずみ (Fig. 3.7 A) をもと に、細胞核の変形について考察する。Nesprin-1の発現を抑制した細胞では水平方向 のひずみが増加した。本研究を行うにあたりNesprin-1の発現を抑制すると細胞核と 細胞骨格との結合が弱まると考え、細胞伸展時の細胞核の水平方向ひずみは減少する と予想したが、得られた結果はこの予想と逆であった。一方、Cytochalasin D 処理 によりアクチン細胞骨格の構造を破壊した細胞では、野生型と比較して細胞核のひず みは減少した。これらの結果から、細胞伸展時の細胞核の変形は細胞核とアクチンフ ィラメントの結合だけからは説明できないと考えられる。そこでこの結果を説明する ために、アクチンフィラメント構造から細胞核に作用する力と細胞核の変形を Fig.
3.9のようにモデル化して考察する。
まず静置培養下の細胞内のアクチンフィラメントの構造には、細胞底面のアクチン ストレスファイバー、細胞核に結合するアクチンフィラメント、そして細胞膜の裏打 ち構造となるアクチン皮層が存在すると考えられる。ここで細胞核に結合するアクチ ンフィラメントに関しては、本研究で着目したNesprin-1に結合するもののみを考え る。野生型とコントロールの細胞ではこれらのアクチンフィラメント構造が全て存在 しており、Nesprin-1の発現を抑制した細胞ではNesprin-1を介したアクチンフィラ メントと細胞核の結合が消失すると考えられる。また、Cytochalasin D で処理した 細胞では全てのアクチンフィラメント構造が破壊されると考えられる。次にアクチン フィラメントから細胞核に作用する力について考える。細胞核に変形を生じうるアク チンフィラメントの構造は Nesprin-1 に結合するアクチンフィラメントとアクチン 皮層であり、底面のストレスファイバーは細胞核の変形に対して影響しないと考えら れる。静置培養下の野生型とコントロールの細胞では、これら2つのアクチンフィラ メント構造により細胞核が水平方向に引張られるとともに底面に押し付けられて圧 縮した状態であると考えられる。一方 Nesprin-1 の発現を抑制した細胞では、
Nesprin-1に結合するアクチンフィラメントを介して細胞核に作用する張力が減少す
ると考えられる。細胞核形状の計測結果において細胞核が水平方向に収縮したのは (Fig. 3.6 A)、この張力が減少したためであると考えられる。Cytochalasin D で処理 した細胞では、モデルに示したアクチンフィラメントおよびアクチン皮層の構造が全 て破壊されたと考えられる。そのため、細胞核形状の計測結果において細胞核が水平 方向に収縮するとともに垂直方向に膨張し (Fig. 3.6 C)、高さと水平方向長さの比が 増加したと考えられる。さらに野生型とコントロールの細胞の細胞核は、Nesprin-1 に結合するアクチンフィラメントからの張力とアクチン皮層からの圧縮力を受けて 初期状態でも変形していると考えられる。一方、Nesprin-1の発現を抑制した細胞と
Cytochalasin D で処理した細胞では初期状態における細胞核の変形が小さく、水平
方向の変形量に対する余裕が増加すると考えられる。従って、Nesprin-1の発現を抑
制した細胞では細胞核の変形余裕が増加し、細胞伸展時にアクチン皮層からの圧縮力 が作用したことにより野生型に比べ細胞核の水平方向ひずみが増加したと考えられ
る。またCytochalasin D で処理した細胞において、細胞核の変形余裕が増加するに
も関わらず水平方向のひずみが減少したのは、全てのアクチンフィラメント構造が破 壊されて細胞核に作用する水平方向の張力と垂直方向の圧縮力が大きく減少したた めであると考えられる。以上の考察から、Nesprin-1に結合するアクチンフィラメン トにより細胞核に恒常的な力学伝達が生じることが示唆された。
1.4.4に述べた細胞核への力学伝達仮説 (Wang et al., 2009) では、細胞に外力が負 荷された場合の細胞核への力学伝達について論じている。一方本研究では、細胞に外 力が負荷されない場合でも LINC 複合体を介してアクチンフィラメントの張力が細 胞核へ常に作用していると考える。このような細胞核への恒常的な力学伝達により、
細胞は常に遺伝子や転写因子を制御し機能発現を調節しているのではないかと考え られる。
本研究の他にも、LINC 複合体を介した細胞核への力学伝達を調べた研究として Lombaldiらの研究がある (Lombaldi et al., 2011)。同報ではNesprinのKASHドメ インのドミナントネガティブ変異体 (DN KASH) を発現させるプラスミドを用いて 線維芽細胞のSUNとNesprinの結合を阻害し、細胞内に挿入したマイクロニードル で細胞核近傍を引張るという実験を行っている。その結果、SUNとNesprinの結合 を阻害した細胞では引張り方向の細胞核のひずみが減少したと報告している。この結
果は Nesprin-1 の発現を抑制した細胞では伸展時の水平方向のひずみが増加したと
いう本研究の結果と矛盾するように見える。しかし、実験方法と細胞内の力学的な状 態の違いから両結果が矛盾しないことを説明できる (Fig. 3.10)。Lombaldiらの実験 ではマイクロニードルを水平方向に引張っており、細胞核に対して垂直方向の圧縮力 は作用しないと考えられる。そのため、細胞核−細胞骨格結合を阻害した細胞 (DN
KASH) では細胞核表面に作用する張力が減少し、引張り方向のひずみが減少したと
考えられる。一方本研究で行った実験のように細胞の接着した基質を伸展した場合、
細胞核−細胞骨格結合を阻害した細胞 (siNes1) の細胞核にはアクチン皮層による垂 直方向の圧縮力が作用し、細胞核に変形余裕が増加したことで水平方向のひずみが増 加したと考えられる。この考察から、本研究の結果および提案した細胞核の変形モデ ルは過去の報告とも整合性を有すると考えられる。
Fig. 3.8 疑似カラーで表示した細胞核の断面像の輝度分布 (Bar = 5 #m)
Fig. 3.9 アクチンフィラメント構造から細胞核に作用する力と細胞核の変形モデル
Fig. 3.10 基質伸展とマイクロニードル法における細胞核に作用する力の違い
(mCherry : Lombaldiらの研究におけるコントロール)