震災以前の南相馬市小高区の人口は、平成 23 年2月末 現在で 12,834 人、世帯数は 3,771 世帯であった。地震・
津波による家屋への被災状況は、全壊から一部損壊まで を含めると 1,256 世帯におよぶ。加えて東京電力福島第 一原子力発電所の事故により、地区住民は小高区内に居 住することができないため、市内外の応急仮設住宅や民 間借上げ住宅などで生活している。市内への避難者のお よそ6割が鹿島区や原町区の仮設住宅へ居住しているが、
地区住民の約半数は市外で避難生活を送っている。とく に、若者の市外への流出は激しい。避難先での就職や生 活が落ち着きつつあり、小高区はもとより南相馬市内へ 戻るという選択が難しい状況にあるのではないだろうか。
小高区の海岸部の集落には、特色のある芸能が多く伝 承されていたが、津波によりたくさんの保存会員、団員 が犠牲になった。また多くの用具が流失し、再興するに も厳しい状況となった。なかでも、田植踊や神楽が継承
されていた村上地区では、地区のほとんどが津波被害に 図 東日本大震災による農業関連被害状況『東日本大震災南相馬市災害記 録誌』(南相馬市復興企画部編、南相馬市企画部発行 平成 25 年)
市町村別の概要 南相馬市(072125)
南相馬市小高区、原町区、鹿島区の概要
泉田和香子+松本美和子IZUMITA Wakako+MATSUMOTO Miwako
あった。田植踊り保存会長、副会長を含め 12 名の会員が犠牲に なり、神楽保存会でも会長含む2名の会員が津波の犠牲になった。
今回の津波で昔から保存会を守ってきた高齢の方がたくさん犠牲 になり、衣装や道具などもすべて流失してしまった。貴布根神社 に奉納していたが、神社は地震で拝殿が倒壊し、本殿だけが残る。
塚原地区では、神楽の道具が流失した。頭は見つかったが塗り直 しが必要な状態だった。太鼓や笛、幕なども、かろうじて見つか ったがいずれも海水に浸かっていた。
津波被害がなかった町場、山手では地震による被害が大きかっ た。神社の鳥居が倒壊したところもあった。道具などへの被害は 少なかったものの、原発事故による避難指示により立入が制限さ れたため持ち出すことができず、保管状態が悪化した。仮設住宅 や民間借上げ住宅での保管は不可能なことから、今後、道具の保 管場所の確保などを考えなければならない。保存会の方たちも市 内外への避難者が多く、避難先での就職などから、戻ってくる人 がほとんどいないという。聞き取り調査においては、避難による 後継者不足が芸能復活の妨げになる要因であるように感じられ た。
聞き取り調査を開始した平成 24 年1月。震災から1年しか経過しておらず、区長はじめ保存会長、会 員の多くは、まだ芸能の再興など考えることさえできないでいた。自分たちのこれからの生活も不安でい っぱいだったろうに、聞き取り調査に協力いただいたことを心から感謝したい。聞き取りをしていくうちに、
神楽や田植踊への思い、今すぐには無理でも、2年後、5年後、再興して継続していきたいという強い思 いを聞くことができ、涙がでるほど嬉しかったのを覚えている。
子どもたちに受け継いでいきたい、復活させて、少しでもみんなが元気になってくれれば。と、話して いた南小高神楽保存会の会長。市内外に避難されていても、遠方から神楽舞に駆けつける神楽に対する思 いと、地域愛、仲間、そこからいろんなことを学んだような気がした。
南相馬市原町区の概要
南相馬市原町区の人口は、平成 23 年2月末現在で 47,050 人、世帯数は 16,667 世帯であった。地震・
津波による家屋への被災状況は、全壊から一部損壊までを含めると 1,911 世帯におよぶ。加えて原発事故 により、地区住民は県内外の各地へ避難している。現在も原町区の一部が避難指示解除準備区域となって いる。原町区内には平成 23 年9月から応急仮設住宅の建設が始まり、同年 11 月から入居が開始された。
市内の応急仮設住宅や民間借上げ住宅では津波被災者や避難区域からの避難者を受け入れているが、原町 区の住民も約2割は市外へ避難している状況である。
萱浜地区では、毎年綿津見神社の例大祭で浜下りを行なっていた。神楽は 10 年ほど前から中断している。
萱浜地区は原町区の海岸部にあり、津波による被害は甚大であった。神輿や用具類が流失し、綿津見神社 も倒壊した。その後、神社は、神社庁により仮設の社殿が建設され、神楽の頭は会津大学短期大学の部の 御神楽修復プログラムにより塗り直しが行われている。行政区としては、今後、流失した神社社殿の再建や、
神輿や五色旗などの新調を希望している。
北萱浜地区では、神楽と天狗舞が伝承されている。津波によって、公会堂とともに保管していた用具類 が流失し、稲荷神社も地震で鳥居が倒壊するなど被害を受けている。北萱浜神楽愛好会では、コミュニテ ィを維持するためにも芸能を継続したいと用具や衣装の新調を希望。地区の稲荷神社の修復も行なわれ、
平成 26 年3月には神社の修復落成式とともに北萱浜の神楽と天狗舞が奉納された。
写真 1 津波が押し寄せた、津波直後の田んぼ(小高区岡田)。
後ろの山は村上
写真 2 石段の上の石鳥居が倒壊し、石段の手すりをなぎ倒し た。 小高区蛯沢稲荷神社 110927
泉地区では、泉の神楽が伝承されている。震災では、神楽の用具類は無事だったものの、地区の津波被 害は甚大であった。また、神楽を奉納する出羽神社、大神宮も、鳥居やお宮が倒壊するなどの被害を受け ている。泉行政区、泉神楽保存会では、震災後も毎年地区住民が集まり神楽を続けているが、今後は倒壊 した鳥居やお宮などの修復を希望している。
小沢地区では、小沢神楽保存会が神楽を伝承しているが、行政区内 48 戸のうち、そのほとんどが津波 で流失してしまうという甚大な被害にあった。さらに、災害危険区域に設定され、集団移転せざるを得な い状況にありコミュニティをどう維持するかが今後大きな課題となっている。神楽保存会としては、会員 は全国各地へ避難しており、今後継続できるかどうか話し合いが必要な状況となっている。しかし、小沢 集落センターとともに流失してしまった神楽の用具一式は揃えた
いと考えている。
海岸部の津波被害は大きく、神輿や神楽の道具などの流失や損 傷のほか、神社の倒壊が目立った。聞き取り調査においても、芸 能の道具の修復のほか、神社の再建について相談が多かった。
南相馬市鹿島区
南相馬市鹿島区の人口は、震災前の平成 23 年2月末現在で 11,610 人、世帯数は 3,460 世帯であった。地震・津波による家 屋への被災状況は、全壊から一部損壊までを含めると 1,048 世 帯におよぶ。海岸部の烏崎地区は、津波でほとんどが壊滅した。
真野漁港から国道6号まで船が流されてきていた。烏崎から南 右田、南海老の各集落の津波被害もきわめて甚大であった。海 岸に近い真野小学校も津波により被災し、結局は廃校せざるを 得なくなった。
鹿島区内には平成 23 年4月から応急仮設住宅の建設が開始さ れ、同年5月から入居が始まった。応急仮設住宅の建設は、当時、
原町区内には緊急時避難準備区域の指示が出されていたため、
南相馬市内では鹿島区にのみ認められた。鹿島区内には現在 26 か所の仮設住宅が設置されており、原町区も含めると平成 24 年 12 月末時点で 2,783 戸が建設されている。鹿島区の海岸部に は、田植踊や手踊が継承されていたが、津波被害が甚大であった。
南海老の神楽は南海老の O 家の祠に納められていた。かつてあ った北海老と南海老の大火の際も、神楽のカシラが隣の家のサ カキの木に飛び移り、難を逃れたという伝承があるが今回の大 津波ではそれもかなわなかった。
鹿島区には「おさがり」と称する式年の浜降り祭礼が数多くあり、この祭礼が鹿島区の民俗芸能を継承 させる下支えをしていた。烏崎浜をはじめとする浜辺は砂浜に神輿を据えて神事を行い、さまざまな芸能 を披露する重要な祭場であったが、堤防は押し流され浜辺の景観も変貌している。
仮設住宅に住みながらも、復興に向けてさまざまな手立てを講じており、個々の民俗芸能については復 活の兆しが見えている。「おさがり」は大変な費用がかかり 10 年くらい前から準備を始めるが、金銭的な 問題への対処以外にも、奉納芸能の手当てが課題になるかも知れない。今までも無形民俗文化財の継承に はそれぞれに地区でさまざまな工夫をこらして対応してきたが、集落として成り立ち得ないところも出て くるならば、神社は残ったとしても「おさがり」そのものが実施できるかどうか、課題は山積している。
鹿島区:泉田和香子+松本美和子+岩崎真幸
写真 4 塩ノ崎の手踊り(鹿島区) 第 8 回南相馬市民俗芸能 大会 130203
写真5 泉の大般若転読会(原町区) 津波被害に遭いながら も欠かさずに講会を実施していた。 120715
写真 3 仮設住宅で演じる南小高の神楽(鹿島区)
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