さて、前節で日本語の心理動詞が共起する名詞句の意味役割と助詞の分布によって四分類され ることをみたが、閉じ動詞でも名詞句の意味的特徴によって複数のグループに分類されることが ある。このような動詞はその語集部門でどのように記載されているのかが問題になってくる。例 えば、「喜ぶJという動詞は名詞句によって四グループ全てに入りうる。その例文の「喜ぶJを各 グループの語集概念構造で表すと (62a,bんd)になる。
(62) a.花子は思いがけないプレゼントに/傘を喜んだ。
[ etlent BECOME PLEASED(x)[BY(y)]]
b.花子はプレゼントに喜んだ。
[ etlent BECOME([state BE PLEASED(x, [WITH(y)])))] c 花子はプレゼントを喜んだ。
[prog ACT PLEASED(x, [ON(y)])] d.花子は自分の幸運行こ/を喜んだ。
[ .tate BE PLEASED(x, [WITH(y)])]
本論では、この同じ動詞が文レベルで様々なアスベクチュアリティを示すことができるのは、語 業部門のある段階で、実現可能なアスベクチュアリティのもとになる候補のリストがあると仮定 する。例えば、「喜ぶjはその登録形式として、テンス・アスペクト接辞のないyorokob‑の形で、
(63)のような定項 PLEASEDだけの原形があり、それが具体的な (64a,bムd)のアスペクトリス トに書き換わることができるのである。丁記号はそこになんらかの要素が入ることだけを示して いる。
(63) [etleT
(64) a. [event BECOME PLEASED(x)[BY(y)]]
b. [event BECOME([.tate BE PLEASED(x, [WITH(y)])])] c. [prog ACT PLEASED(x, [ON(y)])]
d. [山teBE PLEASED(x, [WITH(y)])]
(64a,b,c,d)のリストを具体的に説明すれば(65)のようなイメージである。尚、 LCS聞の
s
はそれぞれの LCSが別々に語集に登録されているのではなく、 (63)のような原形によって互いに関 連付けられていることを示す。
司Eム4
(65) ILCS:瞬間的到達動詞の yorokob‑I(ex)思いがけないプレゼントに喜ぶ
立
│LCS:到達動詞のyorokob‑I(ex)プレゼントに喜ぶ
立
│LCS:活動動詞の yo叫 ob‑I(ほ)プレゼン卜を喜ぶ
立
│LCS:状態動詞の yorokob‑I(ex)自分の幸福を喜ぶ
このリストを仮定することによる一つの帰結は、アスペクトシフトの現象が説明されることで ある。例えば、到達動詞の「喜ぶJは「ているJの付加によって活動動詞、あるいは、状態動詞へ のアスペク卜シフトが起こる。「喜ぶJのLCSを仮に、従来の記述されてきたように (64b)と固 定すると、このアスペクトシフトは LCSの状態の概念 BEに焦点が当たるという説明がされて きた。しかし、シフトが起こって「活動Jあるいは「状態Jのアスペクトに変化していても LCS のタイプはeventのままであり、喜んでいない状態から喜んだ状態に変化したことにはもはや言 及していないが、変化の概念BECOMEが背景化されるが LCSに書き残されるとし、う問題点が
あった。
本論で(64a,bιd)のように実現可能なリストが予め存在しているとすれば、例えば、 state
r
て いるJの LCSは、閉じタイプのstate'yorokob‑'と単一化(合成)を起こすことが仮定できる。ここで、「ているJの概念構造を表すにあたり、「ているJが表す「時間、 Event Time (ET)Jも LCSに記載されていると仮定する。(Igarashiand Gunji, 1998, p. 92の Proto‑lexionにある temporal parameterの概念を参照。)
「ているJはテンス接辞のないーteiの形で「活動J(66)と「状態J(67)の二つの語業登録があ ると仮定する。
I
LCS [prog ACT PREDICATE(丁)]I
(附
l ~~白 ;uch
that囚
E囚 l
I
LCS [.tate BE PREDICATE(T)]I
(67)
l ~~回 s川 that 回 E 囚 l
「状態Jのアスベクチュアリティをもっ「花子は自分の幸福に喜んでいる。Jの文で、「喜ぶj
と「ているJの合成を考えてみる。
まず、 yorokob‑のリストから「状態Jの(68)が候補に上がる。ここでは、動詞のLCSにも ET を記載してある。
I
LCS [.tate BE PLEASED(x, [WITH(y)])]I
(68)
r . ; i ' < ‑ ‑‑‑ ‑ . ‑ ‑ ‑ ‑
,‑‑, l ‑ ‑‑‑,J IJIJI
1 ET 111
閉じアスベクトタイプstateをもっ ‑tei‑のLCS(67)と合成が可能になり、 二つのLCSは単 一化される。さらに変項x,yに名詞句が入ると、文レベル、「花子は自分の幸福をyorokon・dei‑J、 の意味構造 (69)ができる。
I
LCS [山teBE PLEASED(花子, [WITH(自分の幸福)])]I
(側
l ~~囚 such
that囚 E 囚 j
つUA吐
語集部門に実現可能なアスベクチュアリティに対応する LCSのリストを記載することは、語 集知識を増大させるという欠点があるが、 一方で、アスペクトシフトに残されていた問題、動詞 のアスペク卜特徴とその動詞をもっ文のアスベクチュアリティの不一致、さらに、 LCSを仮定し た場合、文レベルでは含意しない意味関数が残るという点を説明できる利点がある。
5 おわりに
本論では、以下の三点について述べてきた。
. 経 験 者Jが主語にくる日本語の心理動詞を共起する「にJ名詞句、「をJ名詞句の分布と その名詞句の意味によって四分類した。
・助詞「にJと「をJの分布はその動詞のアスペクト素性と対応していることを示した。
・共起する名詞匂の意味的特徴によって、閉じ動詞でもアスペク卜素性が違ってくることか ら、実現可能なアスベクチュアリティの候補が語実部門でそれぞれに記載されていると仮定 した。
今後は、本論で仮定したLCSリストはどのように決定されるのか、アスペクトが決定されてい ない原型のLCSと実現可能なアスベクトをすべて記載したLCSリストとの関連性は具体的にど のようなものかというこ点を解決してして必要があるだろう。
キ本論は2002年3月24日、第8回 Morphoplogyand Lexicon Forum (於、東京大学)で口 頭発表した内容に加筆・訂正を加えたものである。
村本研究は、文部科学省科学研究補助金(基盤研究 C)
r
意味構造を用いたテンス・アスペク 卜の包括的扱いについてJによる補助を受けて行われました。Reference
Akatsuka MaιCawley, Noriko. 1976. On Experiencer Causatives. In Syntax and Semantics 6,
ed. Masayoshi Shibatani, 181‑203. New York: Academic Press.
Bando, Michiko. 1998. Semantic Structures of Psychological Predicates: With Special Reference to Japanes巴PsychologicalVerbs. Ph .D. thesis, Osaka U niversity
板東美智子・松村宏美.2002.
r
第3章心理動詞と心理形容詞J影山太郎(編)W
日英対照動詞の 意味と構文』大修館書庖.Belletti, Adriana and Luigi Rizzi. 1988. Psych‑verbs and Theta‑theory. Natural Language
&
Linguistic Theory 6: 291‑352.
Endo, Yoshio and Mihoko Zushi. 1993. Stage/individual‑level Psychological Predicates. In Argu‑
ment Structure: Its syntax and Acquisition, eds. Heizo Nakajima and Yukio Otsu, 17‑46. Tokyo: Kaitakush乱
Grimshaw, Jane. 1990. Argument Struc.ture. Cambridge, Mass.: the MIT Press.
堀川智也.1991.
r
心理動詞のアスベク トJW北海道大学言語文化部紀要』第21号・187‑202qd
4
Igarashi, Yoshiyuki and Takao Gunji. 1998. The Temporal System in Japanese. In Topics in Constraint‑Based Grammar of Japanese, eds. Takao Gunji and Koiti Hasida, 81‑97. Kluwer Academic Publishers.
影山太郎.1996. W動詞意味論』くろしお出版.
影山太郎・由本陽子 1997.中右実(編)
w
日英語比較選書8:語形成と概念構造』研究社出版.影山太郎.2000.
r
心理述語における形態と意味のずれJW
英米文学.145:1, 62‑79関西学院大学英 米文学会.工藤真由美.1995. Wアスベクトテンス体系とテクストー現代日本語の時間の表現一』ひつじ書房.
『広辞苑.11998.第五版.新村出(編).岩波書庖.
Levin, Beth. 1993. English Verb Classes and Alternations: A Preliminary Investigation. Chicago: University of Chicago Press.
Levin, Beth and Malka Rappaport Hovav. 1995. Unaιcusativity. Cambridge, Mass.: the MIT Press.
三原健一.1999.
r
日本語心理動詞の非非対絡性JW日本語・日本文化研究』第9号:45‑59.大阪 外国語大学日本語講座.三原健一.2000.
r
日本語心理動詞の適切は扱いに向けてJW
日本語科学.18: 54‑75.『日本語基本動詞用法事典.1(1989)小泉保・船城道雄・本 田 治・仁田義雄・塚本秀樹(編).大 修館書庖.
杉岡洋子.1992.
r
心理述語についての考察Jr
慶応義塾大学言語文化研究所j 第24号:361‑373. 寺村秀夫.1982.r
日本語のシンタクスと意味u
くろしお出版.寺村秀夫.1984. W日本語のシンタクスと意味
n J
くろしお出版.Van Vootst, Jan. 1992. The Aspectual Semantics of Psychological Verbs. Linguistics and Phi‑ losophy 15: 65‑92.
川制
コミュニカティブ な文法指導:理論と実践
太 田 垣 正 義 編 著
開文組出版
目 次
まえがき・・・・i
第I8s教 育 実 践 へ の 漫 言 ・ 級 告 1. リーデイングと文法指導 2‑1.ライテイングと文法指導(l) 2ー2.ライティングと文法指導 (2) 3ー1.リスニングと文法指導
3‑2.グループワークを取り入れた実践 4.スピーキングと文法指導
5‑1.音声と文法指導
5‑2.イントネーションと文法指導 一 括 す 、 聞 く 、 読 む を と り 結 ぶ た め に 6.日英語対比と文法指導一時間表現を中心にー 7 エラーの扱いと文法的基準
8 学習困首位点と文法指導
第E部 基 盤 と な る 考 え 方
1.コミュニケーション鍛と文法指導 2.オーセンティシティ再考
西 潟 俊 彦 3 太 田 垣 正 義 19 五百蔵高治 29
0 大 嶋 秀 樹 45 岩本 E泰男 59 麻 生 雄 治 71 回 宣 興 83
向井 剛 94 板東美智子 109 太 田 垣 正 義 125 多 回 宣 興 132
…山 森 直 人 147
一文法指導をよりコミュニカティプなものにするためにー・酉i事 政 春 162 3.異 文 化 理 解 教 育 と 文 法 指 導 伊 東 治 己 177 4.
r
コ ミ ュ ニ カ テ イ ブ な 文 法 ?J一 情 報 伝 達 の 観 点 か ら 見 た 文 法 薮 下 克 彦 189 5.宮 路 活 動 と 文 法 指 導
‑TBLTと社会・文化的アプローチの融合への試論 木村 総三 208
参 考 文 献.....219 著者紹介・.....225
ば コザ