第 6 章 日英語対比と文法指導
筆者が工業高等専門学校 1 年生、 2 年生で観察した時制の混乱や時制に 関する質問の多くは主に次の三点に分けることができる:(i)主節と従属
1.3 仮定法過去形の時制表現
最後は、仮定法過去の授業時のプリント演習のときに受けた質問を紹介 する。 (7a)は訳例である。
( 7 ) I f 1 had more money , 1 c o u l d buy a new c a r . I f 1 were you
,1 would t e l l him t h e
仕u t h .
(7a)もっとお金を持っていたら、新車が買えるのだけど。
もし僕が君だ、ったら、本当のことを言うだろう。
可Eム Fh u
第6章
日英語対比と文法指導
(7b)学生の質問
I 仮定法過去は現在の事実に反することの仮定、と いう説明なのに、訳がよ「もっとお金を持っていた ら、」と「た J を使うのはおかしい。同様に、「もし
僕が君だったら、」も今の想像に「だった j を使ってもいいのですか? J
仮定法過去形を教えるとき、意味的には「現在の事実に反することの仮定」
と説明し、同時に、構文的には時制をひとつずらして動調、助動詞の「過 去形」を用いる、と説明されるだろう。しかし、学生はここで意味と形の ずれに混乱を感じるようだ。
(7)の和訳に「もし僕が君なら、」と判定詞
「だ」の現在形条件の「なら J を用いた学生も多かった。しかし、ここで の i f の副詞節で現在の事実に反していてこれからも起こりそうにないこ とを表すには、やはり、日本語でも「だ、ったら J という「だ」の過去形条 件を用いるのがよい。日本語でも英語でも、現在の反事実をなぜ過去形の
I~ たら J
I
~だ、ったら」で表現されるのかを説明する必要があるだろう。(7b) の質問は、その必要性を示している。そして、 I~ た J が過去の時点
を表す、とだけ理解していては適切な和訳ができないことをこの質問にも みることができる。
2 . 日本語・英語のテンス・アスペクト分析
前節で挙げた学生の誤用例や質問に見られるように、日本語の I~ た J
の解釈とその英語の対応はそれほど単純ではないようだ。日本語母語話者 の教師と学生が日本語でコミュニケーションする場面では、直感的に様々
な文脈で I~ る」と I~ た j を使い分けているが、同じ日本語母語話者同
士で英語を問題にするとき、授業という場面では、上のような誤用や疑問 に対処できるようにその使い分けと対応について明示的に説明し、将来の しっかりしたコミュニケーションの基盤を築いておく必要があるだろう。
本節では、実際の授業の現場で援用できるようないくつかの言語学の先行 研究からの知見を紹介する。
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第I部 教 育 実 践 へ の 提 言 ・ 報 告
2. 1 日本語のテンス・アスペク卜分析
日本語の動詞の活用語尾 I~ た」の意味と働きをめぐっては、現在も多 くの研究論文や研究書が出されている。それ程、日本語の母語話者でもそ の全容を理解することは難しい助動詞である。それだからといって、学生 の理解を助けるためにはその意味と機能を説明しないで済ますことはでき ない。これまでの研究の中から代表的で、かつ、高校生レベルの授業にも
導入できるような明快な説明が必要である。
寺村 (1984) には I~ た J について (8) の意味分類がある。
(8)
a .
・過去' を表すとみる( テンス説.) b. .完了'を表すとみる( アスペクト説.)c.話し手の判断のしかた、立場の表現とみる( ムード説.
)
(寺村, 1984, p. 314)
(8a), (8b)に対応する例として、それぞれ (9a),(9b)を「過去のタ
J
と「完 了のタ」の例として挙げている。(9)
a .
キノウアノ本ヲヨンダカb.モウアノ本ヲヨンダカ イヤマダ読ンデイナイ
(寺村,1984, pp. 319‑320)
更に、従属節の中における I~ る J と I~ た J の対立についても、寺村
(1984)では、英語では・テンスの一致.に法則によって主節の動詞が過 去 形 の と き は 従 属 節 の 動 調 は 現 在 形 で は 使 え な い が 、 日 本 語 で は
(10a,b)のように両方とも可能であることが指摘されている。
(10)
a .
日本ヘ丞止トキ、友ダチガ空港マデ来テクレ之 b.日本ヘ丞之トキ、友ダチガ空港マデ来テクレ之(寺村, 1984, p. 322)
寺村の説明を借りると、
(10a)の空港は外国の空港、 (10b)のそれは成田q u
にυ
第6章 日英語対比と文法指導
か関空ということになる。ここでの従属節内の現在形は主節の過去時点に おいてまだ日本に来るという出来事が完了していないことを表し、過去形 は来ることが完了したことを表している。即ち、主節のタはテンスが「過 去」であり、従属節の「タ
J
は「完了J
か「未完了」かのアスペクトの弁 別である。(8c)のムード説、すなわち、過去の事実や、過去から現在までの完了 した事実の叙述ではなく、より複雑な話し手の心的状態の反映と思われる
í~ た J の用法は次の(l1 a) から (11f)の六つに分類されている。
(ll)
a .
過去に実際に起こらなかったことを、起こり得たことと主張する「…もう少しおそかったら助からなかった
J
b.過去に実際しなかったことを、すべきであったと主張・回想する たとえば株屋さんが「アソコハ買イダッタ」
c .
忘れていた過去の認識を思い出す「失礼デスガ、オナマエハ何之之之カネ
? J
d.未然のことを、既に実現したことのように仮想して言いなす
「月ガ鏡デ7‑:;之ナラ…
J
e .
さし迫った要求を、既に実現したことのように言いなして表す「サアー買ッタ買ッタ」
f. (過去の)期待の実現を表わす
「ヤッパリ来テヨカッタ」
(寺村,
1 9 8 4
,p p . 3 3 5 ‑ 3 4 2 )
(11) の í~ た」のムード説のなかで、前節の学生の仮定法に関する質問
への説明の参考になるのは(l1d)であろう。現在の仮想や反事実になぜ í~ た」が用いられるかについては、工藤 (1997) 、益岡 (2000) にも説明が ある。 (12a , b) のような反事実の í~ た」の例文とその説明も引用してお
く。
(12) a.もし僕が鳥だ、ったなら、すぐに君のところに飛んでいくのに。
b .
もし怪我をしていなかったら、今頃いろんなところを旅していたで4 4
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第
I 部教育実践への提言・報告
しょう。
(益岡,
2000,
p. 36)(12)