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の自 由 フン ボル トの 政治 思想 と言 語思 想を 結び 付け る上 で注 目す べき は、 出版 の自 由に つい てで ある

。 出版 の自 由の 問題 は当 時多 かれ 少な かれ 詳し く、 いく つか の憲 法構 想の 中で 扱わ れて いた

。一 八一 五年 のド イツ 連邦 規約 の 条d に言 及が ある が、 ただ 将来 に対 する 約束 でし かな かっ た。 ハル デン ベル クは ウィ ーン 滞在 中既 18 に、 少な くと もプ ロイ セン でこ の分 野の 事態 を打 開す る為 に手 を打 つこ とを 企て てい た。 ハル デン ベル クは パリ 滞 在中 にフ ンボ ルト と検 閲の 弾圧 につ いて 討議 し、 この こと につ き法 務大 臣キ ルヒ アイ ゼン に対 して も意 見を 述べ た。 フン ボル トは 自ら の意 見を まと め、 ハル デン ベル クに 提出 した

。そ れが

﹁出 版の 自由 につ いて

一八 一六 年︶ で ある

。彼 はこ の分 野に 関し ては 未知 では なく

、若 き日 の構 想に おい て既 に基 本原 則が 固め られ てい た︵ 彼の 構想 は 政界 引退 後も 保持 さ

( )

れた

︶。

123

歴史 的経 緯と して は、 オー スト リア のメ ッテ ルニ ヒの 支配 下に 置か れた 連邦 は自 由主 義へ の弾 圧を 始め る。 そし

てカ ール スバ ート の決 議︵ 一八 一九 年︶ にお いて

、連 邦規 約の 約束 を裏 切る 出版 法が 採択 され た。 同法 にお いて

、 日刊 紙、 定期 刊行 物、 二〇 ボー ゲン を出 ない 出版 物は 各国 にお いて 事前 の承 認を 得な けれ ば出 版出 来な い、 とい っ た事 前検 閲が 定め られ た。 救済 手段 が与 えら れな い措 置も 規定 され てお り、 学問 及び 言論 の自 由を 著し く制 限し た もの だ

( )

った

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カー ルス バー トの 決議 の約 半年 前に 執筆 され た﹁ プロ イセ ン憲 法覚 書﹂ にも

、出 版の 自由 に関 する 記述 があ る。 以下 では フン ボル トの この 二つ の文 書で 述べ られ てい る出 版の 自由 に関 する 見解 を検 討し よう

﹁プ ロイ セン 憲法 覚書

﹂に おい てフ ンボ ルト は憲 法に 出版 の自 由を 書き 込む こと を訴 えて いる

。﹁ 人民 が憲 法を 通 じて 手に 入れ る保 障は 二重 のも ので あり

、等 族議 会︵

L a n d s t ä n d e

︶の 存在 とそ の活 動か ら間 接的 に生 じる もの と、 憲法

C o n s t i t u t i o n

︶ の一 部と して

、直 接表 明さ れる もの であ る。 後者 は以 下の もの を必 ず含 まね ばな らな い。

i

法律 にの み基 づい て扱 われ る個 人的

・人 格的 保障

j

所有 権の 保障

k

良心 の自 由、

l

出 版の

( )

自由

。﹂ フン ボル

125

トに よれ ば。

i

か ら

k

は プロ イセ ンに は既 に存 在す ると 言う

。た だこ れら はは っき りし たも のと は言 えな いの で、 法律 に由 来す る権 利を 侵す べか らざ る原 則と して 表現 する 必要 があ

( )

った

i

k

のよ うに いま だ存 在す ると

126

は言 えな い状 態で ある 出版 の自 由を 憲法 に明 記し て確 立し よう とす るフ ンボ ルト の思 想が ここ で確 認出

( )

来る

127

﹁プ ロイ セン 憲法 覚書

﹂よ り三 年前 の﹁ 出版 の自 由に つい て﹂ にお いて もフ ンボ ルト の主 張は

、憲 法の 中で 出版 の自 由を 保障 する こと であ った

﹁異 質の もの は必 然的 に極 めて 有害 な摩 擦を 生み 出し ます が、 それ に反 して 確固 たる

、正 当な 憲法 を通 じて 徐々 に形 成さ れた 公共 精神 は同 時に

、出 版の 自由 の濫 用の 不都 合な 点を 弱め てく れ

( )

ます

。﹂ フン ボル トに よれ ば﹁ 検閲

128

はそ の存 在故 に以 前か ら不 信と 異議 を引 き起 こし てお り、 一般 的諸 原理 の適 用が 極め て不 確か な場 合に は必 ず、 検 閲側 の主 張は 個人 の恣 意か 政府 の独 断に 帰さ れて いる の

( )

です

。﹂

129

対し て政 府は

、あ らゆ る面 にお いて 原理

、体 系的 な規 律、 確固 たる 制度 で周 囲を 固め るの が良 いと して いる

。恣 意が 排除 され た所 に初 めて 政府 は安 全に 活動 する こと が出 来る ので ある

。検 閲の 恣意 的な 活動 への 疑い を解 消す る 為に

、フ ンボ ルト は裁 判所 の活 用を 考え てい る。 更に フン ボル トは

、表 現を 世に 送り 出す 主体 に言 及す る。 責任 を課 すと 著作 者は より 慎重 に、 真摯 にな るし

、同 時に 非常 に不 都合 な悪 ふざ けを 阻止 する こと が出 来る

。政 府は 裁判 とい うシ ステ ムに よっ て、 検閲 官の 言い なり に なっ てい るか のよ うな 見か けか ら逃 れ、 非常 に煩 わし い責 任か らも 自由 にな

( )

れる

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フン ボル トに よれ ばこ れま で多 くの 国で

、検 閲制 度を 廃止 する こと に躊 躇し

、検 閲に 甘ん じる 一方 で自 由が 残さ れて いる とい う状 態が 続い てい た。 しか しそ のよ うな 状態 が今 後も 続く こと をフ ンボ ルト は望 まな い。

﹁公 正で 合 法的 な自 由を すす んで 促進 する 政府 とい うも のは 積極 的に 強制 を除 去し よう とし ます

。我 々の 時代 には 確か に、 新 聞や それ と類 似し た雑 誌な どが しば しば 公共 精神 を狂 わせ てい まし た、 しか しま た当 該精 神を 呼び 起こ し、 形成 す る重 要な 手段 にも なる の

( )

です

。﹂

131

他方 で如 何な る規 定も ない まま に裁 判所 に、 出版 の自 由の 濫用 の事 案を 持ち 込む わけ には いか ない

。﹁ 決定 的に 必要 不可 欠な こと は、 当該 目的 に合 致し た立 法を し、 訴訟 形式 を定 めて おく こと

( )

です

。﹂

132

法律 は通 常、 国家 や市 民の 諸権 利を 侵害 し得 るよ うな やり 方で 出さ れた 印刷 物だ けを 顧慮 する もの であ る。 しか し著 作者 が公 衆︵

P u b l i c u m

︶に 向か って いる よう な特 別な 関係 につ いて 法律 は、 ごく 限ら れた 場合

︵先 の諸 権利 が 無視 され た場 合︶ にの み介 入を 行う

。更 に法 律は

、私 人を 害す るこ とや 公の 秩序 を乱 す企 てに つい て妥 当す るよ う な諸 原理 に従 って のみ 著作 者を 扱う こと が出 来た ので あっ た。 しか し編 集者 が国 家及 び彼 の同 胞に 向か うと いう 関係 は、 著作 者の 場合 のよ うな 片面 的な 視点 を通 じて は論 じ尽 くせ ない

。編 集者 は意 見や 判断 を伝 える こと によ って 公共 的な 活動 に従 事し てい るの であ り、 国家 に対 して 釈明 し

なけ れば なら ない

。 従来 の立 法が 新し い目 的に 対し て十 分な どと いう こと はあ り得 ない ので あり

、立 法を 目的 に適 合さ せな けれ ばな らな い。 また

、出 版の 自由 の濫 用に 関す る規 定を 作る 際に は、 曖昧 さが あっ ては なら ない

。裁 判官 を判 決機 械に する こと は不 可能 であ り、 また 自由 に対 する 不正 な制 限を 合法 的な 強制 へと 転換 し、 神聖 な外 見を 与え ると いう 事態 も懸 念 せね ばな らな い。 出版 の自 由の 合法 的な 使用 の規 定を 定め るこ とは 難し そう だが

、フ ンボ ルト によ れば

、出 され た 出版 物が 国家 福祉 の為 のも のな のか 違法 行為 を促 進す るも のな のか

、を 想定 すれ ば、 編集 者を 責任 から 解放 する か 否か の判 断は 可能 だと

( )

言う

133

フン ボル トは 著作 者に 責任 が生 じ得 る事 態に つい て言 及し てい る。 たと えば 著作 者が

、間 違っ てい ると わか って いな がら 事実 を捻 じ曲 げた り、 事実 を探 知す る方 法を 怠っ たり

、自 分で 究明 する こと が不 可能 で、 不正 確な まま 流 布す るこ とに より 危険 が生 じ得 るよ うな 事実 をあ えて 広め よう と企 てる 場合 は、 彼に 責任 があ ると 言え るだ

( )

ろう

134

表現 の送 り手 の責 任を 論じ た後

、フ ンボ ルト は次 のよ うに 述べ るの であ る。

﹁万 人の 幸福 と、 また 少な から ず著 作者 集団 それ 自体 の威 厳の 保持 の為 に制 約を 加え るこ とに 関し て不 断の 警戒 をし なけ れば なり ませ んが

、よ り広 く 自由 を承 認す るこ とは 間違 いな く、 国家 と市 民の 諸権 利を その よう な面 から 確立 する 確実 な手 段

( )

です

。﹂

135

フン ボル トが

、表 現の 送り 手も 何ら かの 法的 責任 を負 う場 面を 想定 して いる こと

︵そ の為 に司 法制 度に も言 及し て いる こと は︶ 注目 に値 する

。勿 論、 フン ボル トの 想定 は、 彼ら の出 版の 自由 を制 限す るこ とよ りも 許容 する こと を 念頭 に置 いた もの であ るこ とは 見失 うべ きで はな い。 フン ボル トの

﹁著 作者 が公 衆に 向か って いる よう な特 別な 関係

﹂と いう 記述 は、 我々 にカ ント の﹃ 啓蒙 とは 何 か﹄ 一七 八四 年︶ の議 論を 思い 出さ せる

。カ ント は啓 蒙を 実現 する 為に

、自 己の 理性 の公 的な 使用 は常 に自 由で な

けれ ばな らず

、逆 に私 的な 使用 は制 限さ れて も構 わな いと する

。カ ント によ れば

、理 性の 公的 使用 とは

、個 人が 公 衆を 前に して 学者 とし て理 性を 使用 する こと であ る。 理性 の公 的な 使用 によ り個 人が 未成 年状 態か ら抜 け出 すこ と によ って

、立 法に も良 い影 響が ある だ

( )

ろう

。あ るい は一 七八 六年 の論 考で カン トは 次の よう に述 べて いる

。﹁ 自分

136

の思 想を 公に 伝達 する 自由 を人 間か ら奪 い去 るよ うな 外的 権力 は、 思考 の自 由を も人 間か ら奪 って しま う

( )

のだ

﹂。

137

﹃試 論﹄ にお いて も国 家秩 序の 安寧 が全 く無 視さ れて いた わけ では ない

。し かし

﹃試 論﹄ はフ ンボ ルト の青 年期

︵公 的活 動の 一切 から 退い てい た時 期︶ の著 作で あり

、当 時は フラ ンス 革命 の衝 撃が 彼の 知的 世界 を揺 り動 かし てい たに 過ぎ ない 状況 であ った

。翻 って 一九 世紀 初頭 のド イツ は、 ナポ レオ ンに 屈し

、そ こか ら立 ち上 がら なけ れば な らな かっ た。 フン ボル トが 思想 に耽 る人 であ るこ とは 時代 が許 さな かっ た。 国家 秩序 の維 持・ 市民 生活 の安 全を 妨 げる よう な出 版を 許容 する こと は、 政治 家フ ンボ ルト には 難し かっ ただ ろう

。し かし この よう なフ ンボ ルト の一 見 政治 的記 述の 中に

、や はり 彼の 人間 学的 含意 を読 み取 るこ とが 出来 るの であ る。 フン ボル トは

﹁出 版の 自由 につ いて

﹂で

﹁公 共精 神﹂ とい う語 を用 いて いる

。教 育改 革期 のフ ンボ ルト は既 に、 陶冶 され た人 間が 国家 の再 建に 資す ると いう 理念 を自 らの 文書 に込 めて いた

。そ こで 示さ れた のは

、全 人格 的陶 冶 が普 遍︵ 不偏

︶的

﹁文 化国 家﹂ とし ての プロ イセ ンを 支え ると いう 構図 であ った

。 翻っ て﹁ 出版 の自 由に つい て﹂ で見 られ る﹁ 公共 精神

﹂は

、も はや 純然 たる 個人 主義 的な 性格 では なく

、国 民

︵国 家︶ 生活 と結 び付 いた 概念 だろ う。 国家 市民 とし ての 陶冶 を期 待す るフ ンボ ルト は、 出版 活動 を通 じた 思想 の 自由 な流 通を 期待 した

。こ の見 解自 体は

、少 なく とも 現代 の我 々か ら見 れば 常識 的な もの であ る。 しか しフ ンボ ル トの 包括 的理 解と いう 企図 にお いて

、﹁ 出版 の自 由に つい て﹂ は独 特な 意味 を持 つと 思わ れる

I. Fe rr on ,S pr ac he is tR ed e, Kö ni gs ha us en

&

Ne um an n, 20 09 ,S .1 13 . 99

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